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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
傷だらけの愚者
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頂点

 荒れ果てた大地。あるいは、何の目的もなく耕された畑。

 少し湿度が高いというだけで、生き物の気配の無さは砂漠に近い。

 カプト領地の前で行われた爆撃の場所を前に、正蔵とその護衛、そしてパレットと聖騎士隊長は言葉を失っていた。

 あの戦いから十日ほど経過しているにも関わらず、その間毎日通い詰めている正蔵を守るために、一行はこうしてここにいた。


「……もう少し、悪い気分になると思ってたんだけどな」


 自分で何もかもを破壊した正蔵は、目の前の光景に現実感を感じることができなかった。

 この風景は、実は数百年も数千年も前からこうで、自分が魔法を使う前からこうだったのではないか、と思ってしまうほどだ。


「なあパレット、これで良かったんだよな。これがこの国の、カプトの領地の為になることだったんだよな」

「……はい、そうです。貴方は私達の依頼通りに動いてくれました。ありがとうございます」


 たった一人の人間が、何千何万もの人間の命を左右する。

 それはある意味、政治の本質ともいえる。少なくとも侵略者の軍勢を送り込んできたドミノ共和国の新しい指導者は、その何万何十万、という人間に人を殺して物資を奪ってい来いと命じた。それはそれで、正しい選択と言える。

 であれば、パレットを含めたカプトの上層部が、その命を大地ごと徹底して破壊するように命じたのも、ある意味では正しい。

 異常だとすれば、たった一人の人間に何万何十万もの命を殺すだけの力があり、それを実行した正蔵に他ならない。


「そうか」


 そこから先、彼は深く聞かなかった。

 やらなければならない。そうしなければならない。自分にだけできることがある。

 もしも自分が魔法を使わなければ、彼らを殺さなければ、あの要塞都市は攻め落とされ、更にカプトの領地が被害を受けていたかもしれない。

 そうなれば、どれだけの人々が被害を受け、多くの命が失われ、更に多くの悲劇が起きたのかわからない。

 それでも、ここまで徹底的に殺す必要があったのだろうか。

 少なからず、初めて全力で魔法を使うことに高揚がなかったわけではないし、もしも自分が躊躇えば接近を許し、要塞都市ごと魔法で吹き飛ばしていたのかもしれないという懸念がなかったわけではない。

 しかし、だとしても、全員を殺す必要があったのだろうか。ここまで徹底的に、死体どころか痕跡さえ残さずに殺す必要があったのだろうか。

 疑問に思わないでもない。


「それは良かった」


 でもそれは自分が考えることではないのだろう。

 少なくとも結果として、カプトの領民は死ななかった。

 最低限の一線は守られた。であれば、そこから先はきっと難しい事なのだろう。

 自分が考えて、迷うようなことではない。


「すみません、ショウゾウ。私は貴方にとんでもないことを……」

「いいって。本当に、全然実感がわかなかったからさ」


 パレットの謝罪を受けても、正蔵は目の前の光景を受けとめようとして、しかし受け止められなかった。

 身に余る力だとは思っていた。誰もが危険だと言っていた。しかし、ここまでの力だとは思っていなかった。


「ただ……ここまでやらないと、国って守れないんだな」

「……それは私の役割であって、貴方の役割ではないはずです」

「違うって、俺の杖はパレットやカプトの人に預けてる。だから、カプトが命令して俺がやる。パレットは決めるのが仕事で、俺は魔法を使うのが仕事だ。だからこれだって俺の役割さ」


 世界最強の魔法使いは、カプトの姫に笑いかける。


「俺が考えて決めることよりも、パレットやカプトの人が決めることの方がずっといいことだって信じてる。もしも後々になって間違いだってことになっても、馬鹿だってわけじゃないって。きっと他の誰かでも同じような間違いをしていたさ」


 傷跡が刻まれた顔で不格好に笑う彼は、自分やカプトが間違いをしていないと信じていた。

 それを聞いているだけで、少なからず彼の護衛達も安堵していた。

 そう、例え世界最強の魔法使いであったとしても、その力をどう使うかは個人で決めていいわけがないのだ。


「良き覚悟だな、『傷だらけの愚者』よ。その忠義に曇りなし、というところか」


 十台近い馬車と、その護衛の騎士達が『荒野』の前に現れていた。

 そして、その中でもひときわ威厳を持った男が正蔵に話しかけていた。

 とはいえ、面識のない相手に対して正蔵はきょとんとするばかりである。

 もちろん、その顔を知っている者ばかりではない。しかし、その服装や家紋などを見て誰もが硬直していた。


「……なあ、パレット。いきなり話しかけてきたこの人、一体誰?」

「国王陛下です!」

「……なんでこんなところに?!」


 直接会ったこともあるパレットは悲鳴を上げる様にかしこまっていた。

 国王の顔を知らない正蔵も、しかし国王を知らないほど知恵がないわけではない。

 大慌てでかしこまり、片膝をついて礼の姿勢をとっていた。


「なに、これより会議を行うのであるが、先にこの眼で『傷だらけの愚者』の戦果をこの目にするべきだというのが総意でな」


 総意、という言葉に正蔵の護衛達は全員冷や汗をかいていた。

 この場で総意という言葉を使うとすれば、その面々の想像などたやすい。

 そう、この場には王を始めとして四大貴族の全てが揃っているということなのだ。


「まずは敵が目にする者を、自らも見るべきだ。それが戦争の基本だ」


 誰よりも若く、誰よりも苛烈な目をした現ソペード当主。


「違いない、そうでなければ王都ではなくカプト領地で行う意味がない」


 ソペードの当主から見て父ほどに年の離れたバトラブの当主。


「決断したのも我ら、命じたのも我ら。であれば、君がここにいるように私も訪れるべきだった」


 正蔵が顔を知る、パレットの伯父にあたるカプトの当主。


「然り然り……この眼で見るからこそ、品定めができるというもの。これを成した者を含めてのう」


 そして、国王を含めて誰よりも老齢の男。ディスイヤの当主。

 

 この場にこの国における最有力者たちが揃っていた。

 その事実を前に、正蔵の護衛達は戦慄を隠せない。

 なにせ、彼らの護衛、つまりこの国における『通常戦力』の最高峰である面々も周囲を固めていたのだから。


「中々思い切ったな、カプト。この決断には評価をせねばなるまい」


 不敵に、不遜に、上から目線でソペードがそう評した。

 目の前の光景を、明確な意図があり必要な行為だと認めていた。


「皆殺しにとどまらぬ徹底した破壊、まさに戦力の有効活用といったところだ」

「……甘えの許されぬ戦いです。彼に杖を預けられたものとして、生半な戦闘ではなくその上を行いました」


 その言葉を苦渋の顔で受け入れるカプト。実際、もう少し穏やかな戦いもありえたのだ。

 確かに皆殺しも壊滅も、不毛の農夫にしてみればさほどの変わりがあるものではない。

 であれば、徹底した破壊など命じず、ある程度の示威を行ったうえで撤退を要求する策もあったのだ。


「心苦しい事ですが、飢えに対して救いの手を求めるのではなく、剣をもって奪うことを選んだ者に、慈悲は示せませんでした」


 仮に、世界最強の魔法使いを穏やかに使い、皆殺しではなく半壊にとどめたとする。

 その軍隊が、規律をもって全員が帰国するだろうか。それは否である。

 まず間違いなく、半数以上が軍隊から逃亡しこの領地を襲う賊になるだろう。

 元々彼らは、食料が不足しているからこそ攻め込んできたのだ。仮に帰ることになったとしても、その分の食料が十分にあるとは思えない。

 そして、彼らにとってここは敵国。その領地を荒らすことにためらいを持つとは思えなかった。


「領民を守るために、皆殺しを決めました。加えて、正蔵を失いたくなかった」

「当然の危機感だ、世界最強の魔法使いといっても人間なのだからな。偶々石がぶつかって死ぬこともあるだろう」


 傷だらけの愚者の名前は誤報でも虚飾でもない。ただ単に、自分の魔法で自滅している男というだけだ。

 こんな死にやすい男など、他のどこにもいないだろう。


「仮に彼を地に立たせて戦わせれば、それは彼を失うリスクを負うことになっていたでしょう。私は帰る家のある彼らよりもただ一人の魔法使いを優先しました。そして、やるからには徹底的にやらねばならなかった」


 改めて、王と四大貴族の当主、そしてその護衛達が世界最強の魔法使いとその背後の光景を見る。

 まさに天変地異が起きたとしか思えない、圧倒的な破壊の爪痕を見て他に何も思えなかった。


「示威、ですな。誰もが死に絶えた後、きっとドミノの者はこの光景を見て全てを悟るのでしょう。ここで何が起きたのかはわからないが、誰もが圧倒的に殺されたことだけはわかる。戦争を通り越した殲滅が起きたと」


 バトラブはこの光景の意味をそう理解した。もはや、ドミノはこの地を踏むことができまい。

 仮に何も知らぬ軍勢がこの地に訪れても、この光景を見た瞬間にただならぬものを嗅ぎ取って引き返すだろう。

 この荒れ果てた大地は、如何なる城塞よりも侵略者の心を折る防衛の要となっていた。


「最強の魔法使いによる抑止力、それが争いを納めるきっかけになれば何よりですな」

「然り然り、戦争など儲からぬ。稚児のやんちゃに付き合っていては、そろばんは動かぬよ」


 バトラブの言葉を、ディスイヤの老人が肯定する。

 戦争など冗談ではない。金をかけてつくった剣が折れ、矢が尽き、兵が死ぬ。それも大規模に、である。

 戦争が必要なこともある。しかし、それでも戦争は最小限に納めるべきなのだ。

 そして、できるならば優勢のままに、である。全滅戦争など、不経済極まりない。労多くして益少なしの極みである。


「この光景を見たドミノが、早々に白旗を上げるであろうさ」


 その老人の言葉は、全員の総意だった。

 正蔵ですら、確かに何度来ても同じことをすればいい、としか思っていなかった。

 そう、戦争は終わりである。ドミノには戦う力がなく、アルカナには戦う理由がないのだから。


「……それを決めるために、我らは集まったのであろう」


 しかし、それでは困る理由が、他ならぬアルカナ王家にはあるのだった。

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