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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
情熱と暴走の間
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常識

「だあああああ! もうやってられるか!」


 悪血を用いた稽古中に、そう叫んだのはジョンだった。

 彼ら五人が山水の元で修業を始めてから、既に一週間が経過している。

 その間にうっぷんをため込んでいた彼は、悪血の興奮作用もあって叫んでいた。


「もうどうでもいい! 勘当されようと知ったことか! なんで俺がこんなところでこんなことをしないといけないんだ!」


 暴走と言うには、あまりにも言葉が先に出ている。

 ジョンは言いたくて言いたくて仕方なかったことを、喉を痛めるほどに叫んでいた。


「なんで俺に悪血なんてもんが宿ってる?! なんで悪血を宿しているってだけで俺が稽古なんてしなくちゃいけない?! なんでお偉方はこんなことをまじめにやってるんだ!」


 彼の主張は、とてもまっとうだった。

 デトランやステンパーにとっては幸運だろうが、ジョンのように考えても不思議ではない。

 

「お前らだけでやってればいいだろうが! 俺を巻き込むんじゃねえ!」


 言いたくても言えなかったことを叫ぶと、そのまま道場の中から出ていく。


「あばよ! もう二度とこねえよ!」



「なんで! いつまでも! こんなところで! こんなことしてないといけないんだ!」


 さて、アラビである。


「せっかく希少魔法を使えるようになったのに! せっかく銀鬼拳ランと同じ希少魔法を覚えたのに! なんでだ!」


 彼の主張はやや危険性を帯びていた。


「こんなに強くなったんだ、魔法を使って大活躍したいのに! もう強いのに! どうしてまだここで練習なんてしないといけないんだ!」


 獲得した力を使いたい。

 その誘惑には抗いがたいが、力を使うこと自体が目的になっているのは危険だった。


「止めても無駄だ、俺は自分の強さを世界に示す! 俺だって、銀鬼拳を使えるんだ!」



「あああああああああ! もう我慢できねえ!」


 ステンパーもまた、鬱屈した思いをぶちまけていた。


「デトラン! なんでお前はいつまでたってもそんなに平気そうなんだよ! 我慢している俺がバカみたいじゃねえか!」


 爽快感のかけらもない、反復練習。

 それは耐性のないものをいらだたせていく。


「教えろよ! 教えるって言っただろうが! なんでお前は楽しそうにしているんだよ! 俺とお前で何が違うんだよ!」


 これは性格であり、精神力はさほど関係ない。

 優劣ではなく、適材適所と言うべきだろう。

 少なくともステンパーにとって、この状況は楽しくなかった。


「暴れるのは仕方ないとしても、お前の後にしたかったのに! 最後まで我慢したかったんだぞ!」



「うわああああああ!」


 最年少のカゼイン、彼もまた吠えていた。


「レインちゃああああん! もう我慢できない、会いに行きたい! お話ししたい! 結婚の約束をしてほしい!」


 なんか違う。



「これで、私以外の全員が、何度かうっぷんを吐き出しましたね。やはり私は優秀と言うことでしょうか」

「もちろんですよ、デトラン様。貴方はこの状況には適応している、それは確かですよ」


 板間の上で、恥ずかしそうにしている四人。

 思っていたことを大声で叫んで、悪血が尽きて素面に戻った四人。

 彼らは心中の吐露に対して、大いに恥じらっていた。

 自分の情けない部分を、意図せずに叫ぶ。それはまともな人間からすれば、とても恥ずかしいことだった。


 そういう意味では、興奮してもそうなっていないデトランは、やはり優秀と言えるだろう。

 もちろん、練習をしている間は大丈夫、というだけでしかない。実際に多くの状況で試さないと、銀鬼拳の免許は皆伝できない。

 とはいえ、練習中に暴れださないだけでも、彼の優秀さは証明されているのだが。


「それは私の指導によるものでも、ボウバイさんの功績でもありません。ここにくる以前の貴方や、その周辺の環境によるものです」


 精神の鍛練にも時間がかかる。

 そして、その時間は既に費やされている。


 だからこそ、参考にならない。

 ボウバイがそうであるように、デトランでは試す意味がない。ただ一人、成功例が増えるだけだ。

 今うまくいっていない四人の方をどうにかしなければ、試験の意味がない。


「ですが、サンスイ殿。巫女道は元々、供給している相手のことを詳しく調べる力と聞きます。その上、貴殿ご自身が相手の気配を深く感じることが得意と聞きます」


 デトランにはわからない。

 山水がその気になれば、最初から四人は暴走さえできなかったはずだ。

 暴走する直前、我慢が臨界に達したその瞬間、彼らが決定的に衝動を解き放つ機を捉えて気絶させていたはずだ。


「何事も経験ですよ。それに、ため込んだうっぷんは爆発させるのが一番です。無理に抑え込んでも、心の声は消せません」

「……なるほど、愚痴を言うのも大事と言うことですか」

「祭我も言っていました。あの竜との戦いのとき、本当に辛くて嫌で逃げ出したかったとき、どうしたのか」

「どうしたんですか?」

「素直に弱音を吐いたそうです」

「……」

「その上で、最後まで戦った。彼は、本当に強くなった。必要な時にいて、国家を守った本物の英雄ですよ」


 弱音を吐くのは弱さではない。

 心中を修行中にぶちまけるのなら、それは決して悪いことではない。

 むしろ逆だ、弱さをぶちまけてこそ修行である。


「なるほど……」

「それに皆さん、流石に良識がおありだ。暴力には及びませんでしたね」


 この場を離れる者もいれば、誰かにつかみかかることもあった。

 だが、誰かを殴ったりはしなかった。流石にその場合は止めていただろう。


「とはいえ、慣れない環境、慣れない生活習慣に、皆さま鬱屈された様子。今日の訓練を終え次第、休日といたしましょう」


 およそ貴賤を問わず、休日を喜ばない者は希少だろう。

 暴走した四人は、互いの顔を見合わせて安堵していた。

 休日が何日続くのかわからないが、ひとまずこの修業が途切れるのだ。

 なお、逆にデトランは残念そうだった。


「あの、サンスイ殿……よろしければ、私はその休日を武芸指南役の方との稽古に当てたいのですが……もちろん、悪血を使うつもりはありません」

「駄目です。貴方がそれを希望していることは存じていますが、だからこそ逆に不公平でしょう。如何に進みが早いとはいえ、貴方だけが先に報酬を受け取るというのは……」

「そうですか……」

「貴方もうっぷんをためてみることです。それもまた修行ですよ」



 こうして、五人は休日を満喫することになった。

 とはいえ、この地に来てから一週間しか経過してない。

 にもかかわらず、いったん故郷へ帰るなどありえない。せめて半年は滞在するべきだろう。

 そういうことで、五人は武芸指南役たちの稽古を見学することになっていた。

 もちろん巫女道の使い手たちへの休暇も兼ねているので、数日は暇である。

 見学は今日だけであり、明日からは何か中流や上流らしい休日があるそうだった。


「いやはや、流石は武門の名家で指導を務める者たちだ。一人一人がとても強い……私も参加したい」

「おまえ、どんだけ馬鹿なんだよ……限度があるだろ」


 デトランに対してそう言ったのはステンパーだけだが、他の三人も同様だった。

 毎日毎日、悪血を振り絞って鍛錬している。にもかかわらず、なぜまだ鍛錬をしたいのだろうか。


「自分で言うのもどうかと思うが、私にとってはこの地での生活も、普段とそう変わるものではない。むしろ、煩わしいことから解き放たれているのでいい気分だ」


 なるほど、全く参考にならない。

 真似するべきだとは思うのだが、マネできる気がしなかった。


「あっそ……」

「私としては、むしろお前たちが投げ出さないことが驚きだ。もちろん悪血が活性化している時に出ていく者はいたが、全員帰ってきたからな」


 デトランの無神経な言葉に、カゼイン以外が呆れていた。

 最初から失敗を意識せず、しかも実際に順調なデトランにはわからないだろうが、そんな簡単な話ではないのだ。


「……失礼ながらデトラン様。よほどのことがない限り、我らに引く道も帰る家もございません」


 一番嫌がっているジョンは、それでも理性的に判断をしていた。

 ジョンの場合は最初から嫌だったうえに、実際嫌なことしか起きていないので、帰りたくて帰りたくてたまらない。

 しかし今帰れば、何が待っているのかよくわかっているのだ。


「嫌なことから安易に逃げ出す者に、任せられる仕事などないのです。取り返しのつかない大けがを負って、頼まれたことが失敗したのならまだいいのです。しかし、やる前から逃げ出す、やって一週間もたたずに投げ出す。そんな男の人生が明るくなるわけもないのです」

「そうですよ。これで逃げたら、実家から離縁されてしまいます」


 アラビも同意していた。

 アラビ本人としては習得したつもりになっている銀鬼拳で暴れだしたいのが本音だが、それを山水が禁じている以上実行に移す気はない。

 少なくとも、正気で素面の間には。


「デトラン……この場の面々は、一応それなりに信頼されている奴らだぜ? ドミノの亡命貴族(まけいぬ)どもと違って、考えなしな行動はしねえよ」


 偏見に満ちた意見ではあるが、この場の五人は卑しい生まれではない。

 決して最上級ではないが、それなりに裕福な出身である。

 だからこそ、普通に想像力という物を備えている。


「ドミノの亡命貴族……ですか? そんなにひどかったんですか」


 この場では最年少のカゼインは、右京に引き渡されたドミノの亡命貴族をよく知らない。

 彼らがアルカナへ避難していた時には、まだ幼かったので悪行を覚えていないのだ。


「それはもう酷かったですよ……」


 ものすごく実感を込めて肯定したのは、商家の生まれであるアラビだった。

 言うまでもなく貴族ではないので、身分としては亡命貴族より下である。

 だからこそ、とんでもなく下に見られていた。というか、それによる行動がひどかったのだ。


「知り合いが出資しているレストランへ上がりこんで、予約もしていないのに『この家紋が目に入らぬか。とっとと他の客を追い出せ!』とか言い出して……」


 食料の保存が難しいこの国では、高級なレストランは予約が当たり前である。

 そうして予約をして訪れている客たちを全員追い出して、自分たちだけを客扱いしろとは無茶極まりなかった。


「その上お代を頂こうとしたら『下民風情が、貴人へ金を払えとは何事だ!』ですからね。昔話の悪い王様じゃないんですから、聞いた人たちは耳を疑ったそうですよ」


 当人としては『自分のような貴人が訪れたのだから、それだけで大評判になり大繁盛。むしろ金をもらってもいいぐらいだ』という認識なのだろう。

 もちろん、そんなことはない。むしろ『あの店にはとんでもなく横柄な貴族が来るので、行かないほうがいい』という悪評さえあり得た。


「……本当ですか?」

「本当ですよ。そのあと領主様に訴えたら、裸にひん剥かれた亡命貴族を領主様が連れてきて、頭を地面にたたきつけてから、街の処刑場で自ら斬首なさったほどで」


 ソペードの分家が治める領地のことだった、と思われる。

 その訴えを聞いた領主は、まず事実確認のために、実際に亡命貴族へ訪ねたはずだ。

 そして、亡命貴族は悪いことをしたと思っておらず、むしろいいことをしたと思っているので隠すことなく報告したのだろう。


「そういうハナシが結構あったから、どうにか悪行も収まったらしいな。なにせ当主様が『誰であっても、法を犯したのなら殺してもいい』と公文書を出したほどだしな」


 いいことをしたはずなのに、身内が殺された。それを聞いて亡命貴族たちは、ソペードの当主や国王へ訴えたはずだ。

 そして、それに対する返答がその公文書なのだろう。


「私の父も亡命貴族から無礼なことを言われたと愚痴っていた。どうにも連中はドミノの皇族を頂点として、アルカナの王族をその次にして、それに次ぐ形で自分たちを置き、その下に我ら四大貴族を置いていたようでな」

「そうそう、俺のところも『帝国を奪還するために兵を出していただきたい! なに、断るだと?! なぜだ!』とか言われたらしいな」


 デトランもステンパーも、苦い顔をしていた。

 どうにも旧ドミノ帝国とアルカナ王国では、貴族と言う階級に生まれた者の権利が大分違ったらしい。

 もちろん、アルカナ王国が滅亡した国に合わせる理由は一切なかったのだが。


「四大貴族の、さらに傘下である我らに対しては、輪をかけて無茶なことを言ってましたからね。『お前の娘をよこせ』とか『なかなかいい屋敷だな、もらってやってもいいぞ』とか『なぜ我らにあいさつをしない?』とか」


 ジョンはため息をつきながら思い出していた。

 なんのかんのいって、アルカナ王国の貴族が汚職をする場合『これは悪事だな』という認識をもっている。

 だが亡命貴族たちはアルカナ王国の汚職がかわいく見えるような無法を『貴族に生まれた特権』だと信じて疑わない。

 どちらが無茶なのか、言うまでもないだろう。


「見た目は立派なのに、やっていることはディスイヤの連中よりも下劣でしたからね……。ドミノに金を払って和平を結んだときも、亡命貴族を全員差し出すという条件があったおかげで、誰もが大喜びでしたよ」

「そ、そんなにひどかったんですか……」


 もう五年ほど前の話である。

 それでもすらすら思い出せるのだから、よほどの悪印象だったはずだ。


「そうだ。誰もが『あんな連中の国は滅びて当然だな』と言っていた」

「ああ、『ああなっちゃだめだぞ』とか言われたぜ」

「全員がウキョウ陛下に殺されたと聞いた時は『清々した』と、惜しむ声の一つもなかったのです……」

「亡命貴族に比べれば、戦争の前の独断で領地を仕切っていた当主様や、我儘姫だってかわいいもので……」





「坊ちゃま、お越しになるのならお迎えに……」


「カゼインとかいうガキはどこだあああああああああああああ!」





 嵐、来るべくして来たる。

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