爆弾
「……本家の次期当主様が、レインさんのことを大好きなんですか」
「ええ、この場合の大好きとは、近付く男を殺そうとするほど大好き、という意味です」
非常に今更だが、ドゥーウェ・ソペードはとんでもなく有名な我儘姫だった。
その彼女がなぜ許されていたのかと言えば、父親と兄から溺愛されていたからに他ならない。
それこそ、娘に近づく男へ切りかかるほどに。
「そ、そうですか」
「それから、これは私の、養父としての意見ですが」
政治的なことではなく、父親としての発言を山水はする。
「切りかかられるだけで諦めるような軟弱者に、娘は任せられませんね」
雌の奪い合いなど、野生でもよくあること。命をかけて殺し合うのも、ある意味では当たり前の話。
それが確実に発生する、というだけで諦めるなら、その程度の『雄』ということだろう。
山水は、その辺り冷酷だった。
「もちろん、坊ちゃんを殺していいというわけではないので、そこはご理解を」
「……」
「諦めても、私はとがめませんよ。私の養子というのと、皇族の生き残りというのでは、条件が違い過ぎますからね」
少なくとも、ステンパーはあっさり諦めていた。
確かにソペードの分家なら、皇帝の祖父になることもそこまで無茶ではない。
だが、だからこそ苦労が想像できる。身の丈に合わない権力や権威を得ても、身を滅ぼすのが関の山である。
「僕は……僕は!」
「はい」
「レインちゃんと結婚したいです!」
「わかりました」
山水は最大限の配慮をすると約束をした身であるし、どのみち政略結婚をするのならカゼインでも同じだろう。
それに判断をするのは、山水でも現当主でも、坊ちゃんでもない。ソペード家全体が協議することである。
別に大急ぎで結論を出すわけでもないし、軽々に返事をするわけでもなかった。
それなら、一端話を上にするのが当たり前である。
「それではその件は確かにお受けしました、当主様に相談させていただきます」
そして、話は受けたので試験の続きである。
「今日からは宝貝を使って、試合に向けた訓練を行います。如意金箍棒を人数分用意しましたので、どうぞお使いください」
さらりと、最強の宝貝が練習用として貸し出された。
何分打撃武器なので、真剣よりは練習に向いていると判断されたようである。
なお、それを報酬として欲しがっていたアラビは、突然渡されて困惑する。
それは耳に収まるような大きさではなく、一般的な長物の柄と同じ大きさであり長さだった。
「うわあ……」
しかし、手で握って『小さくなれ』と念じるだけで、小さな針ほどに変わって掌に収まっていた。
さらに念じるだけで、耳に入るほどの、小さな虫ほどの大きさになっていた。
「す、すごい……これは、本当にすごいな」
本来なら持ち出すだけで死刑を免れない、最強の宝貝。それを軽々と練習用として貸し出されたことに、普段は消極的なジョンも感動してしまう。
なにせ伸縮自在の武器が、実際に自分の手の中で伸縮しているのだ。
強力な武器を意のままに操る、という快感は男子としては当然である。
モノが刃物ではないこと、ただの棒であることが恐怖感を小さくしてもいた。
「あらかじめ大天狗に、室内用として調整していただいています。一番長くしても、天井に当たることはないのでご安心を」
「い、いいんですか?! 練習でこれを使っても?! この間の試合みたいに、壊れちゃうかもしれませんよ?!」
「構いません。何分、倉庫で埃をかぶっていたものですので」
ディスイヤの倉庫にもいくつかある、伝説の宝である如意金箍棒。
しかし作れる大天狗やその周辺からすれば、使う当てもないのに溜まっていく代物である。
できれば正しく使って正しく壊して、道具としての天寿を全うして欲しいのだろう。快く訓練用として出してくれた。
なお、厄介払いともいう。
「もちろん試合でも使いますし、皆さまさえよろしければ支給する予定です」
「本当ですか?! 報酬としてではなく?!」
「ええ、それとは別です」
報酬とは無関係でもらえる、しかも今から使える。
それを聞いて、思わず強く握ってしまっていた。
「とはいえ、それは成功した場合の話です」
「わかりました!」
「武器を使って試合をするのは、怪我を防ぐためです。防御用の宝貝も準備しましたが、極力相手へ怪我をさせないように配慮をしてください」
悪血を最も消費するのは自己再生である。増強された身体能力で、全力で相手を殴れば、いかに骨格も強化されているとはいえ、相応の傷を負ってしまう。
もちろんそこを加減するのも銀鬼拳と言えるのだが、やはり最初は悪血を可能な限り節約したい。
如何に巫女道の使い手がいるとはいえ、長期間の訓練である。使いつぶすような真似は、出来るだけ避けたいところだ。
「武器で攻撃し、武器で受けさせる。武器の攻撃を、武器で受ける。それを念頭に置いて、ボウバイさんを相手に戦ってみてください」
「え」
訓練を初めて、早々に試合である。いくら何でも早すぎるのではないだろうか。
もうちょっとこう、事前の心構えとか気構えとかが必要ではないのだろうか。
「……筆記試験とかないんですか。それに合格しないと、悪血で試合しちゃいけないとか、そういうのは……」
「ないです」
思考が逃げに入っているジョンに対して、申し訳なさそうな山水である。
しかし、数をこなして『仕方ねえなあ』と諦めるのも修業である。
山水も目の前に広がる森を前にして『仕方ねえなあ』と諦めた男なので、彼の気持ちは痛いほどわかる。
というか、昔過ぎて懐かしすぎた。
「……あの、これで殴られるんですよね」
「大丈夫ですよ、相手はボウバイさんですから。ちゃんと防御できるように攻撃しますから。ちゃんと受ければ怪我はしません」
「失敗したら……」
「怪我をしても治りますよ」
「頭は?! 頭は治りますか?!」
「頭の怪我は治りませんが、頭には攻撃しませんから」
不安材料を探りすぎてドツボに嵌まっていくジョン。
しかし山水はそんな彼を笑わない。そして、その気持ちに応えることもできない。
「時間をかける方法を選びますか?」
「……がんばります」
五百年ぐらい安全に素振りだけしていれば、自分の命なんてどうでもよくなってくる。
その時アルカナ王国が健在かはわからないが、それもどうでもよくなっているだろう。
目的と意味を見失っている気もするが、それを実行したのが山水なので何も言えない。
「はい、頑張ってくださいね」
俺の五百年は正しかったのだろうか。生きる意味を否定されているような気もして、少しだけ思考の迷路に足を踏み入れる山水。
惑うことはないけれども、迷うことはあるのだ。だって、人間だし。
「それではボウバイさん、お願いします。私は少し席を外して、当主様へ連絡をしますので」
※
「羨ましい」
義理の娘と言えども、それこそ赤ん坊のころから面倒を見ていたレインが、求婚をされた。それに対してブロワの反応は嫉妬だった。
「ブロワ……お前坊ちゃんとカゼインに言い寄られているレインが羨ましいのか?」
「羨ましい」
呆れている山水に対して、ブロワは素直にねたんでいた。
なお、一緒に聞いているレインも呆れている。
「駄目だよ、パパ。そこはこう、お前には俺がいるからいいだろう、だよ」
ただし、山水に向けてである。
「……そうだな、レイン。お前には俺がいるじゃないか、ブロワ」
「お前は戦闘の流れが読めるのに、会話の流れが読めないのか。第一、家族で解決するべき心の問題ですら、ディスイヤのご老体の話を聞いて、勝手に解決したくせに」
「百年ぐらい時間をくれれば、俺だってトオンぐらいには……」
「冗談でも止めてくれ、シャレにならない」
やってくれと頼めば、ブロワが死んだ後でも努力を継続するだろう。山水とはそういう男である。なお、その努力の成果を享受できるのは、ブロワより後世の人間である。
「しかしだ、当主様や先代様の気質を知った上で、それでもレインと結婚したいというのは中々の気骨だな。やはり羨ましい……情熱的で、若々しい。青春だなあ……」
女性向けの恋愛ゲームがあったら、ドはまりしているかもしれない。山水は自分の妻へ、自分の実力不足を棚に上げて失礼なことを考えていた。
しかし仕方ない。なにせブロワの人生は修業、護衛、結婚である。甘酸っぱい要素がほとんどない。
「それはそれとして、レイン。お前はどう思っているんだ?」
「ウキョウ陛下と結婚するかも、と思ってたからそれよりはいいかなって」
「ああ、その可能性もあったな」
レインが最後の皇族であることは、ダインスレイフによって確認できている。
そのレインの血を右京の子孫と合流させるという話であり、レインと右京が直接結婚しても良かったのだ。
とはいえ、あんまり結婚したい相手ではあるまい。いくら面識がないとはいえ、親戚一同を皆殺しにした過激な革命家とは、直接結婚したくないだろう。
「ほら、王女様とも一緒になるし」
「ステンド様か……あの人も俺のことを恨んでたしな……」
「とにかく私は、まだ嫌ってほどじゃないよ。それで、パパはどう思ってるの?」
娘として、父に問う。
世間体もへったくれもなく、自分の結婚相手をどう思っているのか真っ直ぐに問う。
「カゼイン様に言ったとおりだ。相手が誰だろうが、逃げ出すような奴には任せられない」
同じ言葉を、しかし重みを込めて伝えた。
「トオンがお兄様やお父様にしたように、歯を食いしばって認めさせる気概と実力を彼が持っているのなら、あとはお前の気持ちだよ」
「……うん」
なんのかんのいって、トオンはドゥーウェと結婚している。
あの父兄が執着していたドゥーウェを、真正面から嫁にした。
その真っ直ぐさは、正に男の中の男だろう。
その強さをカゼインが次期当主に示せるのなら、山水は文句を言うことはない。
「先に言っておくが、お前の結婚相手はお前が選んでいいんだ。その程度には、ソペードの人たちも融通を利かせてくれるだろうし、俺もそこは譲らないから安心しろ」
山水が『絶対に嫌だ』と言ったことに関しては、ソペードだろうがアルカナ王家だろうが、国民投票だろうが文句は言えない。
スイボクもそれを肯定するだろうし、内容が娘の結婚相手なら正当性も十分だろう。
「限られた人数の中でも、悪血を宿す人間が五人も見つかったんだ。お前が結婚したいという相手も、これから見つかるだろう。相手に失礼をしなければ、俺はお前を応援するよ」
「……うん」
「サンスイ、その優しさを妻にも頼む。言葉を尽くして、愛を語ってくれ」
「……子供の前だとちょっと」
「期待しているからな! 頼んだぞ!」
そう言いながらも、山水は手紙を書いていた。
なんでもそうだが、口で言うよりも手紙にした方がいいこともある。
宝貝で通信すると、時間がかからなすぎる、ということもある。
爆弾が爆発するのは、遅い方がいいのだ。
「とにかくだ、俺はカゼイン様を鍛えておく。ちゃんと手加減して、坊ちゃんを抑え込めるようにな」




