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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
情熱と暴走の間
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開始

 悪血の活性化そのものは、さほど難しいことではなかった。

 魔法の初歩が指先から水や火を出すことだったのだが、悪血の場合は発動がすなわち基本で最後である。

 肉体の強化、感覚の強化、再生能力。それらが同時に発動する。

 そのうえで、悪血の効果そのものによって、術の習得は高速化する。であれば、ある意味ではもう教えることがないのだ。


「いきなり五人とも成功していますね。俺の時もそうでしたけど、簡単だなあ……」

「貴方の場合は既に精神的な素養ができていましたからね」


 現在五人は、道場の中で髪を銀色に燃え上がらせていた。

 今まで自分の体の中で眠っていた、使い方のわからなかった力。

 それの発動によって、ジョンを含めて全員が高揚していた。


 なにせ元々魔法が使えないことに対して、多かれ少なかれうっぷんを感じていた面々である。

 その自分たちが、魔法が使えないからこそ使える希少魔法を発動させている。

 それに対して、興奮しないようにしろ、と言われても無理だろう。


「これが、銀鬼拳……!」

「これを制御できれば、俺は……!」

「すごい……いろんなものがよく見える」

「やった……やった!」

「悪血の発動……」


 初めての『魔法』、自分が特別になったという実感。

 それに悪血の興奮作用が加われば、暴れだしてもさっぱり不思議ではない。


「……楽しそうですね」

「最初だけですよ、すぐに飽きます」

「私はそういうのがあんまりありませんでしたから、羨ましいですよ」


 楽しそうな五人を眺めている二人は、水を差すのも悪いと思っていたのでとりあえず話しかけなかった。

 暴れださないのなら、それでよし。できるだけ前向きになってほしいこともあって、最高に楽しい瞬間を味わってもらうことにしていた。


「仙術ですか? あれ大変ですよね、何十年も何百年も修行しないといけないなんて」

「スイボク師匠も昔は効率的な修行をしていたらしいのですが、一周回って非効率な仙術修行による精神の鍛錬に至りましたからね」

「その結果が、なんでしたか、ほにゃらら不惑ですか」

「そう、ほにゃらら不惑です。ちょっと待ってくださいね……」


 小さな紙を見て、確認する。


「そうそう、水墨流仙術、総兵法絶招、十牛図第十図入鄽垂手、自力本願剣仙一如、不惑の境地です」

「もう技の名前からして面倒ですね」

「そうなんですよ、もう不惑の境地でいいと思うんです」


 スイボクが三千五百年かけて到達し、五百年かけて伝授した技だが、相変わらず弟子は名前を覚える気はない。

 そもそもスイボク自身が、山水へきちんと名前を教えていなかったので当たり前だが。

 大事なのは名前ではない、精神なのだ。


「あ、あれ……?」


 一番最初に悪血が尽きて、腰が抜けるように虚脱したのはアラビ・アガムだった。

 興奮状態が一瞬で解かれ、人生で初めての枯渇状態に陥っていた。


「うう……」

「くう……」

「はぁ……はぁ……」


 次いで、ほぼ差が無くジョン・マルシ、デトラン・ソペード、ステンパー・ソペードが崩れた。


「あ、あの……?」


 それでも余裕があるのは、一番幼いカゼイン・ソペードだった。

 どうやら悪血の量はかなり多いらしい。

 ランや正蔵ほど極端な例ではないが、ある意味才能があるようである。


「カゼイン様、もう納めて結構ですよ」

「ど、どうすれば」

「気を楽にしてくださいね」


 山水はカゼインの悪血の流れを解析していた。

 そして、その急所となる部位へ指を当てていた。


「発勁」

「うわ?!」


 全身が軽くしびれると同時に、悪血は静まっていた。

 銀色の髪が鎮火し、活性化していた脳髄がもとに戻る。


「大丈夫です。悪血を宿すあなたなら、次には自力で戻れますよ」

「あ、あの……サンスイ殿、僕は、もしかして……その、才能があるんですか?」

「ええ、悪血の量は、この場の中では一番です」


 ただの事実として、少年を褒める山水。

 流石に『いえ、ランとかイースターに比べたら大差ないですよ』とか、そんな白けることは言わない。

 もちろん、他の四人は『こんな子供に劣るのか』と思うのだが、これは純粋な数値であり否定の意味がない。

 第一、ランを引っ張り出せば全員がへこむだけだ。せめてカゼインだけでも喜ばせるべきだろう。


「つらいことですが、先に言っておきましょう」


 山水は既に、国家から信頼を勝ち取っている。

 しかし目の前の五人から、直接的な信頼を得ているわけではない。

 今山水がしなければならないことは、まず『山水の言葉は真実である』という信頼を得ること。

 礼節を失わない一方で、必要な言葉は隠さずに言う。


「今の結果が全てです。魔力や聖力がそうであるように、生まれ持った総量は鍛えることができる一方で限界はあります。およそ倍がやっとだそうですね」


 はっきり言えば、現時点の悪血の差が縮まることはない。

 全員が努力をするのだから、総量の差だけは絶対に変化しない。


「仙術の場合は千年単位で土地に仙気を注ぐことで、その土地そのものを己の肉体とすることができますが、それは例外的なものです。魔法がそうであるように、体の中に宿している気血の量は戦闘能力に直結します」


 同じ種類の気血を宿すのなら、より多い方が強いに決まっている。

 これが魔力の場合剣の才能などでまた位置が変わってくるのだが、悪血の場合は格闘能力と直結しているため、総量に差がありすぎれば体格でも補うことはできない。


「ですが、それは今回重要ではありません。皆さんには戦闘や決闘をしてほしいのではなく、試合をしてほしいのです」


 改めて、強ければいいとか勝てばいいとか、そういう短絡的なものを求めているわけではないと語る。


「戦場に放り込まれて多数を相手に戦ったら? 不意を突かれて想定外の敵と戦うことになったら? 無防備な状態から一撃をもらい、そこから反撃をすることになったら? そんなことは考えなくてもいいのです。十分な準備をした上で、規定の中でわかっていた相手と戦い……観客を満足させなければなりません」


 悪血の量など全く問題ではない。

 それをどうにかする手段など、アルカナ王国にはいくつかある。

 大事なのは、試合運びそのもの。

 どうにもならない才能を嘆くよりも、真剣に考えてもらわねばならないことはいくらでもある。


「秘境より巫女道の方をお借りしています。その方から補給を受け次第、ボウバイさんと戦っていただきます」


 さらりと、この国では普及どころか存在が知られていない希少魔法の使い手が、この地に来ていることが分かった。


(流石だ! 地下世界だかなんだかわからんところにある秘境から、希少魔法の使い手を借りてこれるなんて!)


 ステンパーは脱力しながら興奮する。

 悪血などよりも、目の前の男の人脈に興奮する。


(世界最高の宝貝職人、大天狗! 魔法の道具をなんでも作れるっていう、とんでもない人! お近づきになれれば!)


 そして、その一方で。


「デトラン様」

「……はい」

「よろしければ、貴方に戦っていただきたいのですが」

「わかりました!」


 彼の心中は、語るまでもないことだろう。



 およそ十人ほどの巫女道の使い手が道場の中に入って、デトランとボウバイへの供給を行っていった。

 それだけで、デトランもボウバイも一瞬で悪血が回復していた。

 気血の充実以上に、デトランは自分が期待されていると理解しているがゆえに充実していた。

 見学している四人のことや、あるいはカゼインに悪血で大きく劣っていることも忘れていた。


(負けて当然の試合……手を抜く気はないが、その試合を組まされているということは、俺が精神的に屈強だと認められている証明!)


 仮にジョンがいきなり戦わされて打ちのめされれば、それこそ暴走を通り越して逃走をしかねない。

 負けてもへこたれない、という程度の信頼はされている。それがいっそ嬉しかった。


(数をこなす、壁にぶつかる、格上に胸を借りる……まして相手はあらゆる意味で成功者!)


 ボウバイが見込みがある、と言ったのは勘違いではなかった。

 デトランは負けることが確定している、あるいは負けて当たり前と思われている試合に対して、とても前向きだった。

 自分が侮られているとか、自分が弱いと想われているとか、そういう後ろ向きな感情が無い。

 ある意味では、既に適切な精神状態にあると言える。


 その彼の表情を見て、ボウバイは自分の見込みが間違っていなかったことを確信していた。

 目の前の彼は大丈夫、ほぼ確実に成功例となる。


(もう問題は、あとの四人か)


 ステンパーが言っていたように、今回の試みに参加する五人は、全員が競争相手でもないし競合相手でもない。全員が成功を目指す仲間である。

 わけても、指導する立場としては全員に成功して欲しい。

 銀鬼拳が普及するかどうかはともかく、目の前の五人には明るい未来があって欲しい。


(まあ、それも武芸指南役ってことだな)


 正しい教え方を探る。それもまた、指導者の務めである。

 特段、今までと違う仕事を押し付けられたというわけではない。


「はああ!」


 気合いを入れる。デトランは得たばかりの力を発揮して、ボウバイに拳を向けていた。

 素手の技はそこまで得意でもないが、それを含めて試金石になる。


 二重の意味で興奮し、熱くなっていく頭。

 しかしその一方で、試合開始を待つ理性は残っていた。


(おお、もう大分心構えはできているな。当たりまえだが、昔のランより落ち着きがあるぞ)

(話が早くて助かるな、本当にスジがいい)


 ただそれだけでも、指導する二人は感心していた。

 熱くなることをこらえているのではなく、熱さの中で規定を守っている。

 それが出来ている時点で、半分成功しているようなものだ。

 おそらく他の四人は、ここまで来るにも相当時間を必要とするだろう。

 とはいえ、ここから先の半分(・・)が簡単というわけではないのだが。


「それじゃあ、どうぞ」

「はあ!」


 動き出した時既に、自分がどれだけ強くなっているのか、デトランは把握していた。

 単純に加速しているというわけではない、その速度の中で感覚が間に合っている。

 自分の手足が早すぎて、頭が追い付かないということが無い。


 その上で、周りが良く見えている。

 相手のことも見えているし、自分の体のことも分かっている。

 全身の関節が、筋肉が、全て意識できている。


 動作の中で目まぐるしく変化する、緊張させる筋肉や弛緩させる筋肉。

 それが、理屈ではなく感覚で確信できる。


 たった一歩前に踏み出た瞬間に、山水やスイボクと同等の最適化された動作を手に入れていた。

 とはいえそれは山水やボウバイにしかわからないこと。

 ただ見ている四人は、さきほど悪血を活性化させたはずのデトランが、既にイースター同様の速度を手に入れていることに困惑するばかりだ。


「おおお!」


 拳を振るう。

 その一動作の中で、拳を最高速にするための関節駆動や、体重移動などが一瞬で修正される。

 一撃で死ぬ、という攻撃を簡単に放ててしまう。

 当たれば死ぬ、その攻撃を撃てる自分に対して感動しつつ。


「ふうぅ」


 ボウバイは、あっさりと対応していた。

 かつてランと山水が戦った時のことを思い出しながら、デトランの拳を回避する。

 なんのことはない、まず速度は同等、感覚も同等、しかも最初の一撃。

 如何に最適化されていると言っても、常人同士の達人同士で、相手がいきなり後先考えずに全力で拳を打ち込んできただけ。


 達人の動きではあっても、拙い攻撃だった。

 だからこそ、回避されると一瞬で窮地に陥る。

 大振りを回避されてしまったことで、デトランの脳内は一気に焦っていた。


(俺は馬鹿か?! なんで牽制もせずいきなり突っ込んだ?! 相手が格上だから胸を借りるつもりだった?! 違う、これが悪血の興奮作用か!)


 相手も同じく悪血の活性化を行っているのなら、この隙を見逃すわけがない。

 そう思ったデトランは歯を食いしばって、痛みに備えていた。


(頭を打って一撃で意識を刈り取るか?! それとも崩しから連続攻撃か?! いや、発勁の可能性も!?)


 回避を既に諦めていたデトランだが、しかしそれに対してボウバイが打った手は。


(な?!)


 肩透かしなことに、ただ間合いを広く取っただけだった。

 大きく下がって回避をしたのではない、一端回避してから隙だらけのデトランを前に、悠々と下がったのだ。


 しかし、それが分かったのは巫女道の面々と、山水だけ。

 見学している四人は、デトランが高速で攻撃して、ボウバイが下がって避けたようにしか見えなかった。


「デトラン様、どうぞ遠慮なく」


 一撃で昏倒させても、連続攻撃を叩き込んでも、見学している『お客』には何が起きたのかわからない。

 一瞬で勝負を終わらせても、なんの教訓も得られない。今倒す必要はないどころか、今は倒してはいけない。

 理屈はわかる。だが、一人の男子として、手抜きをされていることにうっ憤がたまってきた。





「……なるほど、苛々してきた」

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