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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
情熱と暴走の間
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悪血

 異国情緒あふれる山水の邸では、今も当然のように多くの武芸指南役が修業を行っていた。

 それをみてデトランは『これだけの剣士を指導しているとは、実際に目にすると違うな』と思い、ステンパーは『各家の指南役がこれだけいるってことは、ここで悪さをすると一瞬で広まるってことか』と思い、他の三人も各々なりに受け止めていた。

 一つ言えることがあるとすれば、この場の全員がかかっても山水に勝てないということだろう。


「さて、では改めまして私、ボウバイから悪血の注意事項を」


 今日の所は貴族の方々は招いていない。

 悪血を宿す者を選出したのがその貴族たちなのである、それの邪魔をするほど愚かではない。

 もっと言えば、いかに山水が抑え込めるとはいえ、狂戦士と同じ状態になる男たちの前にいたいとは思うまい。


 ということで、屋内での修業である。

 板間で洋風の椅子に座っている五人は、目の前で実演しようとしているボウバイに注目していた。


「はあ!」


 ボウバイは気合いを入れた。

 本当にただそれだけで、彼の髪が銀色に染まっていた。

 体の中の悪血を消費して、自己を極限まで活性化させている。強血嵐風拳や王気神降しと同じ、純粋な肉体強化能力。

 それを発揮したボウバイは、先ほどまでと変わりのない表情をしている。

 どう見ても、イースターのような興奮状態には程遠い。

 おそらく人類史を見ても稀な、あるいは初めてとなる、凶憑きや狂戦士以外で悪血を発揮した人間だった。


 ボウバイ自身は参考にならないとか、あるいは自分の性格があっていたと言っていたが、その一方で成功例として実在していることも事実。

 五人は各々の心中で、それを良く思っていたり悪く思っていたりした。


「それでは……悪血の効果を披露しましょう。まずは身体能力の向上から」


 ボウバイはその場で反復横跳びを始めた。

 はっきり言って、身体能力を見せるという割にはとても間抜けなのだが、それでも常人の数倍で動くと間抜けさがそがれていた。

 小刻みに動いているだけに、まさに常人の反射神経では動きを捕らえることができない。


「では次、再生能力ですが……あいにくと私は悪血の量が乏しいので、実演できません。これは皆さんも大差ないでしょう、たぶん骨折でも治せば疲れ切ると思いますよ。イースターやラン様みたいに体が治るのは、悪血を膨大に宿している天才中の天才だからですし」


 悪血を宿す者にとって、再生能力は強みであり弱点でもある。

 嵐風拳や神降ろしにはできない芸当だが、その一方で最も悪血を消費する。

 狂戦士ほどに宿していれば別だが、それ以外では緊急時の止血ぐらいが関の山である。


「代わりと言っては何ですが、ちょいと芸をお見せしましょう」


 そう言って取り出したのは、意外にも楽器だった。

 一つや二つではなく、弦楽器や管楽器、打楽器という結構な数の楽器を、山水が準備していく。


 何が始まるのかと思えば、普通に演奏が始まった。

 多種多様な楽器を、見た目に反して似つかわしくない、流麗で正確に奏でていく。

 それこそ、その道の一流の演奏に聞こえる。

 五人は全員がそれなりの家に生まれたので、それなりに教養はある。

 楽器がそこそこのもので、しかも一つの楽器につきほんの数秒しか演奏していないのだが、それでも付け焼刃ではないと感じていた。


「ああ、もう無理。悪血が尽きました……」

「ご苦労様です」


 その一方で、悪血の効果による『付け焼刃』なのだと理解できる。

 相手の動きを一瞬で模倣する、その力によってあらかじめ演奏を覚えておいたのだろう。


 ただ模倣しただけ、ただ真似ただけ。指の動きや唇の動き、関節の動きや筋肉の動きを見て、学習して己がものとする。

 なるほど、これはこれで達人の動きではあるのだろう。


「と、どうでしたか? 俺は、じゃなかった、私はただ見て聞いて覚えただけなんで、凄いかどうかはわからないんですよね」

「凄かったです!」


 恥ずかしそうにしている、銀色の髪を収めた、あるいは悪血が尽きたボウバイ。

 カゼインは無邪気に拍手をしているが、他の面々はただただ感心している。


「悪血を活性化させると、単純に目や耳が良くなるだけじゃなく、観察力や理解力が大幅に向上するんですよね。だからこうして、何度か見て何度か練習すれば、そのまま真似できる。もちろん悪血を使うんで、長くはもたないんですが」


 長年研鑽した達人からしてみれば、まったくもって冗談ではないだろう。

 文字通り人生を賭して獲得した技術が、一目見ただけで習得されてしまうのだから。


「いったん覚えた動きは、そうそう忘れません。自分の体で実際に試せばなおさらです。それに悪血を使わなくても、こう、コツがわかるというか……大幅に上達は早まるんですよね」


 文字通り、体で覚えている。自分の体が実際に最適な動きをしたので、なんとなく体得できているのだ。


「すごいですね、なんでもできるんじゃないですか?!」

「そうでもないんですよ……」


 夢いっぱいのカゼインに対して、やや申し訳なさそうな顔をしているボウバイ。

 そう、実際にはそんな簡単な話ではないのだ。


「例えば、絵ですね。俺は絵を描いているところをずっと見ていれば、その絵の描き方はわかるんですが……絵を描くなんて、それこそ一朝一夕じゃ終わらんでしょう? それに、全く同じ絵しか描けないんです。仮にそれでいいとしても、画材やらなんやらもそろえないといけませんし」


 なんでもそうだが、一流は道具からして違う。

 筆が超一流の職人の作であったり、絵の具が貴重なものだったりと、とにかくカネがかかるのだ。

 それは他の仕事も同じで、仮に料理を作るにも材料や道具をちゃんとそろえなければならない。


「だいたい、俺絵が嫌いなんですよね。嫌いなことをずっとやるとか、冗談じゃないですし」


 仮にランやイースターが、超一流の料理人の技を模倣し習得したとする。

 その彼らが、客のためにずっと料理を作るだろうか。

 材料を集めたり、包丁を研いだり、翌日のために仕込みをしたり、朝早く起きたり。そういう『超一流の料理人の生活』まで模倣できるだろうか。

 記念日に一度や二度やるならともかく、日常的にこなすのは無理だろう。それこそ、そんなに好きでもないわけで。

 五人全員が、『動きの模倣』に限界を理解していた。体や技が追い付いても、心が真似できないのである。


「結局……そこに着きますね。銀鬼拳をきちんと習得するには、苦手だとか嫌だとか、面倒だとかを治していかないといけない」


 世の中には、やろうと思えばできる、と言う言葉がある。

 こと、銀鬼拳の使い手は、大抵のことをやろうと思えばできる。

 だが、悪血を活性化させた場合には『やろうと思う』ことがまず難しい。

 やりたいと思えなければ、真似することも気付くこともないのだ。


「人間には各々、怒ることとどうでもいいことがあります。例えば試合で相手の顔を立てて負けろと言われた時」


 それを聞いて、デトランは硬直していた。


「逆に、どう考えても面倒な相手に対して全力で勝ちに行けと、縁もゆかりもない相手から無責任な発言をされた時」


 今度はステンパーがやや体を硬くする。


「無礼なことを言われたり、あるいは簡単な挑発をされた時。まあ人それぞれなわけで。普段ならはらわたが煮えくり返る程度で済むことも、悪血を発動させていると我慢が出来なくなる。昔嫌なことを言われたとかその程度でも、大いに怒って襲い掛かることもありえます」


 話を聞いていると、確かに広めたくない術である。

 普段はそこまで危険ではないが、人間関係に問題が生じた時味方同士でぶつかることになるのだろう。

 というかむしろ、普段はそこまで危険ではない、というのが危険性を助長するのだろう。


 悪血を活性化させている時には優しくするとか媚を売ればいいとかではなく、普段から怒らせたりいらだたせたりしないようにしなければならない。

 周囲の人間からすれば、何時暴れだすのかわからない爆弾がそばにあるようなものだろう。

 絶対に怒らせてはいけない相手がいる、というのは周囲にとっても精神的な負担であろうし。


「まあぶっちゃけ、数をこなして慣れていくというか、麻痺させるしかないんですが……」


 試合で負けたくないというこだわりがあるとする。わざと負けるのが嫌で、どんな反則をしてでも勝ちたいと思っているとする。

 そのこだわりを持っている男も、負けて負けて負け倒せば、そのうち負けても仕方がないと思えるようになるだろう。

 ものすごく後ろ向きな解決策だが、基本的に訓練とはそういうものであるし、慣れるとか麻痺するとか観念するとか諦めるとかは元々そのため(・・・・)の精神状態である。

 嫌なことに対して抵抗をなくす、というのは鍛錬の基本であろう。


 慣れることも麻痺することも観念することも諦めることも、納得することも割り切ることもどうでもよくなることも面倒になることも、一切できない人間は周囲も自分も苦労する。

 もちろん、社会における適合性は低い。具体的には、スイボクのことである。


「こればっかりは、本人の根気次第なんですよね」


 そう言って、ジョンを見る。


「心を鍛えるってことは、つまりずっと嫌なことを続けるってことです。嫌なことが嫌じゃなくなるまで、何時か嫌じゃなくなると信じて、嫌なことを続けるしかない」


 ジョンはどんどん青ざめていく。

 そこから先の言葉が、どんなものなのか想像できるのだ。


「それはとっても……サンスイさん、なんていうんですかね?」

「イライラする、うっぷんがたまると言いますね」

「そうそう、うっぷんがたまるんですよ。ものすごくイライラします。人によっては暴走することもあるでしょうね。その場合は私やサンスイさんが叩きのめすのでご安心を」


 銀鬼拳を習得する、あるいはその姿勢を示す。

 それに対して高い目的意識があれば、『耐えること』そのものに対する抵抗も薄いだろう。

 だがそれがなければ、嫌なことは嫌なことのままである。自主的に参加したのならまだ責任感なども沸くだろうが、やりたくもないのにやらされているので悪循環と言うほかない。

 その上、うっぷんが爆発したら殴り倒される。余計嫌であろうし、逃げ出したくなるだろう。なお、山水は逃がす気がない。


「悪血を増やすには、頻繁に悪血を活性化させるしかないんです。魔力を多少でも増やすには、魔法を何度も使わないといけないのと一緒ですね。そして、悪血を活性化させると、体って勝手に鍛えられていくんです」


 五人の中では、一番己を鍛えているデトラン。

 体も技も、どれも他の四人を大きく超えているだろう。

 だがそれらは悪血の訓練によって、あっという間に追いつかれてしまうだろう。

 そういう(・・・・)意味では、彼の今日までの鍛錬は無駄だった。


「ですが、経験上、既に鍛えている方は銀鬼拳の習得も早いでしょう」

「……本当ですか?」

「ええ、デトラン様。貴方は銀鬼拳を知る前から、自分を鍛えていた。ある意味では私と同じで、強くなるためなら我慢できる、我慢をしたことがある方です。我慢そのものに対して抵抗が薄い、つまりすぐ慣れるということです」


 魔力を宿していなくても、腐ることなく自己鍛錬にいそしんできた。

 それは確かな自信であり、自負である。つらいことに耐えた、それによって強くなれたという成功体験があるからこそ、慣れることが早いのだ。


「……そうですか」


 デトランは自分の手を見て、握る。そして浸っていた。

 今までの自分の修業が、精神的にも自分を磨いていたのだと称賛されたことが嬉しかったのだ。


 なお、ジョン。

 彼は自分でも嫌がっている自覚があり、それがどんな結果に至るのか知らされていた。

 青ざめながら、すがるように山水へ訪ねていた。


「サンスイ殿……」

「なんでしょうか、ジョン様」

「サンスイ殿は精神的にも鍛えているのですよね、何かコツのようなものは……」


 一番成熟している理想の剣士へ、教えを乞う。

 なるほど、一番の見本に思えるのかもしれない。


「コツ……あいにくですが、私の場合はとにかく時間をかけて解決しましたから、効率も期間も度外視でして」


 そして、すぐに思い出した。

 目の前の彼が、武に生涯をささげている長命者(・・・)だということを。


「私は五百年かけました」

「……そうですか」

「ちなみに、我が師は三千五百年かけました」

「もういいです」


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