指摘
白黒山水。
競争主義の下に、自主的に落ちぶれたソペード本家の直臣である。
本来であれば立場がどこまでも悪いはずだが、卑屈な姿勢はともかく、彼自身の価値はソペード全体の中でも抜きんでている。
彼自身の価値である『強さ』は一切損なわれていないうえで、今回の戦争の前後で政治的な価値も生まれていた。
(この御仁が、アルカナ王国最強の剣士……噂通りに、静かな佇まいだ)
(俺が担がれているわけじゃないとしたら、この子供がシロクロ・サンスイか。ちっとも強そうに見えないってところも含めて、噂通りだな)
デトランとステンパーは、異なる視点で山水を見ていた。
その上で、先ほどまでの諍いを忘れるほどに、山水のことに集中していた。
なお、他の三人は山水が来たことで場が収まったことに安堵していた。
目の前でいきなりケンカが始まってしまえば、ステンパーが危惧していたようなことが、連帯責任が生じかねない。
(この人のお弟子が各地で奮戦し、伝説となっている。そして分家筋であれば誰でも安易に彼の弟子になれる今、逆にお時間を長くとることは難しい……)
(参ったぜ、いきなり嫌われるようなことをしたな。要注意人物と思われたか? 元々ボウバイも荒くれ者だったって話だし、まだ一線は越えてないからそこまで気にすることはないか)
この両名は、とても真剣だった。
だからこそ、大真面目に思考していた。
(是非、この人の内弟子に。これから俺が現役の間は、武勲を建てる機会など巡ってこない。もしも巡ることがあれば、アルカナ王国は間違いなく滅亡するがゆえに! であれば俺は、この人の弟子となることで名を上げる!)
(まだまだこれからだ。今回の試験で全力を尽くせば、きっと評価してくれる。そういう意味では、誰よりもソペードなお人だって話だしな。こんなところで諦めたりしねえぞ!)
熱い視線を感じつつ、山水は全員に着席を促し、自分も席に座った。
これによって立っているのは、ボウバイ一人だけである。
緊迫した空気の中で、悪血を宿している五人は生唾を呑む。
命令されれば、誰が何人相手でも斬り殺す最強の剣士を前にしているのである。如何に味方だとは言え、密室の中で向き合えば緊張して当然だろう。
その一方で教える側も緊張していた。山水もボウバイも、自分より下の人間がいない状況である。それで危うくもめ事が起きるところだった。気が気でないとはまさにこのことだろう。
(危ないところでしたね……)
(お預かりした子息がいきなりケンカとか……気が抜けないな)
悪血云々を抜きにしても、年頃の男子とは喧嘩っ早いものである。
親が同伴していない、精神的に枷の少ない状況に対して、山水もボウバイも緊張してしまう。
先が思いやられる、というほかない。
「では皆さま、改めまして。私は白黒山水と申します」
ある意味では、ドゥーウェの護衛をしている時よりしんどい。
ドゥーウェの命令に従って、その安全を守っていれば何も考える必要が無かったのだが、今はよく考えて衝突を抑えなければならない。
「既に存じていらっしゃるでしょうが、こちらは銀鬼拳を習得している武芸指南役、ボウバイです」
「よろしくお願いします」
とはいえ、それも仕事である。
双方の為に、ソペードやアルカナの為に全力を尽くすのみ。
「堅苦しく長々と話すことも好ましくないでしょう。なので単刀直入に申し上げます」
五人全員が境遇も心境も異なっている。
もしかしたら、情報の伝達が不十分かもしれない。
それゆえに、五人が到達すべき目標をきっちりと明言する。
「皆さんには、試合で銀鬼拳を披露できる域を目指して頂きます」
それを聞いて、カゼイン・ソペード、アラビ・アガム、ジョン・マルシは青ざめていた。
その言葉の意味するところは、成功するにせよ失敗するにせよ、ソペードの有力者たちの前で『実演』することが求められているということだ。
こうなると、むしろ晒せないほどに失敗して欲しいとさえ感じてしまう。
とはいえ、デトランもステンパーも、さほど驚くことはなかった。
元々ソペードの分家が総がかりで人間を集めたのである。その彼らが成果を確認しようとするのは当然だろう。
むしろ二人の目的から言えば、皆の前で実演しないことには意味がないのだ。
とはいえ、ステンパーの場合は失敗してもいいと思っており、デトランの場合は自分一人でも成功して見せると思っていたが。
「あ、あの……」
おずおずと質問をしたのは、アラビだった。
商家の生まれである彼は、不敬かとも思いながら挙手をした。
それに対して、山水は快く発言を許した。
「試合の内容などは?」
「それに関しては、私ではなくソペードの方々がお決めになります」
「期限は?」
「私の報告を受けて検討することになっています。なにせ初めての試みですし、それ以上に危険が伴う試験です。短く区切ることなく、年単位での試験になるでしょう」
失敗もあり得る試験である、それゆえにできるだけ長期的な展望は当然だった。
少なくとも、今すぐに成果を出せと言う話ではないらしい。アラビはひとまず安堵した。
「ステンパー様」
「はい」
「失礼ながら、そちらの希望を聞いてしまいました。申し訳ありません」
欲丸出しではあるが、言っていること自体は特に問題なかった。
それゆえに、私的なことを聞いてすみません、と謝っていた。
もしも何も言わなければ、それこそ気まずくなっていただろう。
(これでステンパーが抜けてくれれば一番だが、そうはならないだろう)
(喧嘩はしなかったんだから、まあ大丈夫だろうな)
山水が自分から言い出したことによって、そこまで問題ではないと二人は察していた。
その気があるのなら、ケンカが始まってから声をかけていたはずである。
「明言は避けさせていただきます。あくまでも、今後次第ということで。ですが、一つだけ助言を。貴方は私を観察し警戒しましたね? 舞い上がっているのはわかりますが、それを私にだけしても仕方がありませんよ」
「う」
「それから、デトラン様。向上心は好ましいですが、まずは望まれていることをこなしていただきたいですね」
「……はい」
最初からいきなり苦言をもらうことになった二人は、情けない顔をしていた。
どうやら、図星だったらしい。
「幼い方や商家の方もいらっしゃいます。どうかソペードとして、尊敬されるふるまいをお願いします」
※
「あの、ボウバイさんは憶えるのにどれぐらいかかったんですか?」
山水の邸へ石の船で移動中に、アラビはボウバイに銀鬼拳を習得するまでの苦労を聞こうとしていた。
「え、ああ……参考にならないと思いますが……」
「お願いします」
「一日です」
「……え?」
アラビにはやる気があった。
しかし流石に、デトランとステンパーほどには意気込んでいない。
立身出世がどうとかではなく、単になにがしかの『魔法』を覚えたいと思っているだけだった。
「凄い……て、天才なんですか?!」
「いや、そうじゃないんですよ……」
この国では、魔法が使えない人間はとても少ない。なにせ魔法そのものが人間という種族の得意としている『魔法』であり、同時にこの国周辺では広く知られているからだ。
そこいらの平民でもある程度は使えており、裕福な家庭ならさらに高度な術も使うことはできる。
だが、魔力を宿していなければ使えるわけもない。これが聖力を宿しているとなれば、逆になにかと有利なのだが、そんなうまい話は二十人に一人いるか二人いるか程度である。
とはいえ、魔法が使えないからと言って生活が不便と言うことはないし、差別というほど冷遇されていたわけではない。
だがやはり、自分も『何か』使えるようになりたいとは思っていた。
そういう意味では、一番純粋に希少魔法を習得しに来たと言っていいだろう。
そのやる気が、どこまで続くかはまだわからないのだが。
「俺の場合は、気血の量とかは無関係で、まず気質の関係でしてね。武芸指南役を任せてもらえる程度には、落ち着いた性格だったというか、落ち着いた性格になったと言いますか……」
「性格の問題なんですか?」
「ええ、性格の問題ですね」
アラビとボウバイは、生まれた家の格が大体同じだった。
だからこそ、双方が気軽に会話ができていた。
その話をデトランとステンパーに聞かれていることに気付かないまま、ボウバイは全く参考にならない『自分の場合』を話していった。
「銀鬼拳っていうか、狂戦士って、普段は一応話が通じるんですよ。ほら、イースターだって一応普段は山賊の頭をやってましたし、大会に参加する程度には理性があったじゃないですか」
「言われてみれば確かに……」
伝説に聞く狂戦士とは、戦場で息絶えるまで戦い続ける、狂った獣の如き戦士とされている。
実際そういう面もあるのだが、常にそうと言うわけではない。
「ただ、やたら怒りっぽいしすぐ手が出る。しかも、その怪力で遠慮なくぶっ叩いてくる」
「……怖いですね」
「なんていうか……酔っぱらってるようなもんなんですよ。気分よく飲んでいる時はゲラゲラ笑ってますけど、ちょっと気に入らないことがあると暴れだすでしょう? それを極端にしたような感じでして……」
なんとも、近くにいてほしくない人材だった。
なるほど、山水が危険視しているのもよくわかる。
「酒を飲んだら性格が変わるなんて言いますけどね、大抵乱暴な奴は酒が入ったらもっと乱暴になるし、おとなしい奴は酒が入ってもおとなしいじゃないですか」
「で、ボウバイさんは酔っても暴れにくい方だと」
「……一応言っておきますけど、酒の下りはたとえですからね。とにかくまあ、すぐに暴れるような気難しい奴ではなかったってわけでして……」
それを聞いて、デトランとステンパーはやや青ざめていた。
流石に先ほどの騒動を経て『俺は怒りっぽくないから大丈夫だな』とは言えない。
むしろ、習得に苦労しそうである。
「銀鬼拳は一遍使えば忘れませんし、ある意味単純なんで悪血の量を増やすこと以外には、特に修行とか必要ないんですよ。それは後でちゃんと実演しますんで」
「はい、わかりました……」
なるほど、とアラビは納得していた。ボウバイの場合は成功例と言うか特例だ。
悪血を宿しているうえで性格が重要になるのは、狭き門が過ぎる。
それに、性格を見極めるのはとんでもなく手間であろうし。
逆に言えば、性格さえよければ一日で覚えてしまえるものなのだろうか。
もしもそうなら、この場の五人の中で『性格の合うもの』がいれば、そのまま一気に免許皆伝なのだろうか。
そこまで虫のいい話があるとは、流石に考えにくいところであった。とはいえ、後で説明すると言われればそれまでである。
アラビは近づいてくる眼下の邸へ視線を送っていた。
「凄いなあ……本当に石の船が空を飛ぶんだ……」
集められたうちで、やる気がない人間が二人いた。
片方はジョン・マルシ、もう片方はカゼイン・ソペードだ。
ジョンの方はともかく、カゼインははっきり言って子供である。
決して聡明ではなく、良くも悪くも貴族の子供としては年相応である彼は、単に親から行けと言われたのでここに来ただけだった。
なにやら両親は自分に期待しているようだったので、親元を離れてここへ来ていただけだった。
言っては何だが、誰もさほど期待していない。
なにせ10歳、狂戦士の真似事をするにも子供過ぎるし、自重やら我慢やらを学ぶには幼すぎるように思われていた。
おそらく、悪血を宿すものがあと三人も見つかっていれば、山水へ推薦するまでもなく分家たちの方で彼を下げていただろう。
人数合わせに近く、四人だと少なすぎるという理由である。とはいえ、彼の両親が山水との深いつながりを期待していることは、決して否定できないのだが。
「あそこに行くんだ……本当に木ばっかりでできたお屋敷だ……」
なにせ、現在のソペードはお世辞にも以前ほどの地位を保てていない。
如何に周辺諸国が滅亡したり、アルカナへ上納金を支払っていたり、本家が責任を取って自主的に地位を下げたとしても、それでも他の四つの家には劣っていることは事実。かといって、武門らしく戦争をするわけにもいかない。
そうなれば、必然的に山水と良好な関係を作って、大八州や秘境から多くの品を得ることぐらいしか、自分の家を盛り立てることはできない。
もちろん他にもいろいろあるのだが、それが近道であることは事実。
それに考えようによっては、10歳のころから修練を積めるのは有利である。ある意味では、一番銀鬼拳を習得できる可能性が高いと言えるだろう。
「たくさんの人が稽古をしているんだなあ……」
その彼は、無邪気にはしゃいでいて……。
「あれ、こっちに手を振っている女の子がいる」




