選好
最強とは目標であると言ったのはスイボクである。
それが文字通り、言葉通りの意味で『最も強い』である必要はない。
例えば格闘技。
同じ競技でも極めて小刻みに体重ごとの階級が存在し、複数の王座や金メダルが用意されている。
基本的に、体重が重い方が有利であることに疑いはない。
にもかかわらず、あえて体格の劣る者にも栄光が用意されているのはなぜか。
それは王座を多くすることで、門を多くするということである。
これは欺瞞ではない。重要なのは上に何人いるかではなく、どれだけ横にいるかである。
軽量級の王者だとしても、競技人口が膨大ならばそれはまさに栄冠であろう。
少なくとも、この世界で一人しかやっていない競技の『王者』よりは、大いに評価されるだろう。
新しい競技が世間へ披露されたのなら、もしもそれが多くの人々を熱狂させたのなら。
それは評価され求められる最強になりうる。
「サンスイ、何時もすまんな」
「いえ、これも私の失態から来たものです」
「そういうな。お前は常に最上の結果を出してきた」
今まで山水はソペードの本家以外に従うことはなかった。
しかし先の戦争で大いに株を下げた本家は、分家やほかの家に対して下手に出ることを選んでいた。
反省は態度と行動で示してこそ、である。
「お前には少々頼みにくいことだが……」
「当主様の仰せとあらば」
「そうか……」
今までさんざん無茶を振られてきた。
近衛兵を一人で全滅させろとか、ならず者を全員斬首しろとか、一国の軍隊を攻め落とせとか。
そんな当主が、一体何を山水へ頼むというのだろうか。
なお、近衛兵を一人で全滅させろと言われたのは自己申告が原因である。
「先の戦争を生き残ったお前の生徒の中に、ランから銀鬼拳を学んだ者がいたな?」
「はい」
「それを、他の者にも教えて欲しいらしい」
それを頼む当主は、本当に申し訳なさそうだった。
もちろん、山水は祭我や廟舞と違って、銀鬼拳を使うことはできない。
だが、銀鬼拳を極めた者さえ抑え込むことができる。
いわんや、銀鬼拳を覚えようとしている者を抑え込むなど、それこそ赤子の手をひねるようなものだ。
「お前が狂戦士を嫌っていることは知っている、当然の懸念だとも思っている。兵士はただでさえ血気盛んだが、悪血を活性化させれば更にそれが悪化する。まるで熱病に浮かされたようにな」
「はい」
「だが、ランは完全に制御した。少なくとも、あの場では完璧に制御して見せた。その上で、銀鬼拳を魅せた。それはあの場にいた誰もが思ったことだろうな」
飛び散る鮮血、凄まじい打撃音、遠くから見ても見失いそうな速度。
ある時は素手で、ある時は武器を用いて、豪快に立ち回る。
銀鬼拳同士の戦いも、あるいはそれに匹敵する者との戦いも。
どちらも、観客を熱狂させる戦い方だったのだ。
「武神奉納試合にも、銀鬼拳同士の戦いを組み込むことになった。当然バトラブからも何人か出るだろう。そして、ソペードもそれに入りたい……いや、違うな。自分も雇用者として参加したいのだろう」
というのは、本音の一部であろう。
「それを抜きにしてもだ、先日の戦争では魔法で圧倒できるうちは優位だったが、間合いを詰められると一気に崩れてしまった。そうした時に、銀鬼拳の使い手が宝貝をもって前線を支えて欲しい。即座に戦争が起きないとしても、その備えはしたいのだろうな」
それもまた、本音ではある。
即座に戦争が始まるわけではないからこそ、その恐怖や教訓を忘れないうちに備えをしたいのだろう。
確かに猛獣の脅威を味わうと、素面のまま戦うことはできまい。
逆に相手が人間だったとしても、銀鬼拳の兵士がいるというだけで相手はしり込みするだろう。
「武人の指導こそ武芸指南役の務め。であれば、ご命令のままに」
とはいえ、山水は応じるほかない。
最初から山水が嫌がることは目に見えていたにもかかわらず、当主は山水へ話を振ったのだ。
断ることができない、ということであろう。
仮に山水が断ったとしても、なんとかして銀鬼拳の使い手を育てようとしかねない。
それを避けるためには、山水が手を出した方がいい。
「ですが、人数などは……」
「安心しろ、いきなり一個中隊を指導しろとか、そんな無茶は言わん。イースターの姿や怒声を聞けば、アレを安易に飼い慣らせるとは思わないだろう」
成功例と失敗例がぶつかり合ったからこそ、その明暗も分かれた。
負けて暴れだすような、身体能力を強化されている大男など、安心して配下に置けるものではない。
「こんな言い方はどうかと思うが、あくまでもこれは試みの一環だ。お前がやってダメなら誰がやっても駄目だろう。誰もがそれを受け入れざるを得ない」
その一方で、山水はランを躾けた前例がある。
もちろん本格的に鍛えたのはスイボクであったり祭我なのだが、それを抜きにしても年相応に泣かせた実績を考えれば、信頼されても不思議ではないだろう。
「お前以外では無理だとか、時間がかかりすぎるとか、そうした結果でも構わない。結果は欲しいが、この場合の結果は『絶対に成功しろ』という意味ではない。『こうすれば絶対に成功する』という結果ならそれが一番だが、『十人中五人はうまくいきました』でもいいから、まずは試みて欲しい。できるだけ多くの『例』を育てて欲しいのだ」
山水としてはできるだけ少人数で試したいだろう。
それはわかるが、実験であればある程度は実例を揃えたい。
失敗と成功の双方を含めて、である。
学園長が言うように、失敗例を積み重ねた結果こそが、生きた学問というものだ。
「……他に条件はございますか?」
「無論ある。今分家達が、魔力も聖力も宿していない人間を集めている。ただし、生粋のアルカナ国民だ」
ソペードらしからぬ保護的な考えだが、この場合は仕方がない。
外国人だけで構成されている切り札たちに関しては全面的な信頼を置いているが、それはあくまでも各々への信頼、個人個人への信頼である。
いきなり何の信頼もない外国人に、暴走の危険が大きい術を教えるほど人材は枯渇していない。
「その中から悪血を宿す者を選出し……そこからお前に選んでもらう」
「承知いたしました」
※
山水が壊滅させた近衛兵。
それはアルカナ王国が、単一の王朝によって成立している王国である、という証明だった。
ソペードにしてもバトラブにしても、その本家にしても分家にしても。
優れた体格と魔力を宿す者は、近衛兵を目指す。
それこそが最上の栄誉であり、王家を守る武門の誉とされていた。
国中から集められた天才で構成された、精鋭中の精鋭。
旧世界の怪物さえてこずらせる、礼節と武勇を兼ね備えた勇者たち。
国王に付き従う彼らを見て、貴族の誰もが想うのだ。
ああした精鋭を従えてみたい、と。
そして、銀鬼拳ランである。
彼女がイースターや志波と戦うところを見て、やはり彼女のような強者を従えてみたい、大会で競わせてみたいと思うのだ。
それは貴族ゆえのおごりともいえるが、雇われる側にしても厚遇されるのなら文句はない。バアスが望んだように、勝っても負けても命が保証されている大会で栄光を求めるのは、男子として当然だ。
「もともとそう多くを集めるつもりはなかったが……実際に集めてみると、意外にも集まらないものだ」
「魔力を宿さない子供を冷遇する親も多いですからな」
幸か不幸か、悪血を宿す者をソペード領の中から集めていたソペードの分家達。
当然ながら、今までのように誰でもいいというわけではない。多く入りすぎた外国の出身者はわざわざ入れる理由がないし、もともと法を犯している無法者は更に悪い。
しかし、そうなると条件は厳しい。
なにせ真っ当に働いている人間の中から引き抜くとなると、いくら貴族が命じるとなっても反発が起きるだろう。
いくら金を払うとしても、雇われた個人が反発的であれば、必然的に暴走の危険性は上がる。
ここでちんけな悪役であれば、わざわざ何の罪もない家族を殺して、その子供をさらうなりするだろう。
だがソペードは普通に貴族である。ただでさえ戦争で減ったのに、この上無意味に数を減らすほど馬鹿ではない。
わざわざそんな面倒なことをする意味はない。もともと人数を揃えるつもりが無かったこともあって、そんな強硬手段にでる者は一人もいなかった。
第一魔力を宿していない者を集める段階では、悪血を宿しているかどうかはわからないのだ。いったい何人殺せばいいのかわからないだろう。
よって、元々把握していた貴族の分家内での魔力や聖力を宿していない者がまず選ばれた。加えて、商家などでも公募がかけられ、希望者を募ったわけである。
当然ながら、そう多くの人間が集まったわけではなかったが、魔力や聖力を宿していない人間を集めれば、二十人に一人か二人は悪血を宿している。
そのため最終的に選出された、悪血を宿すものは五人だった。
多いのか少ないのか微妙な線だが、これ以上無理に集めても仕方がないので妥協することにしていた。
「まあ無理に集めてもいいことなどありませんからな」
「その通り、余裕のある範囲で動けばいい話」
「見栄や好機で身を滅ぼせば、それこそ笑えませぬ」
「もとより上手くいけばいいという話、それに考えようによってはちょうどいいのでは?」
「そうですな。五人なら全員をお任せできるでしょう、誰にするのかもめる必要もない」
もちろん、ソペードはまともな貴族である。
集めた五人やその家族には、きちんと事情を説明している。
幸い悪血で興奮しても、脳に後遺症が残るということはない。
もちろん一度習得した術を忘れることはないので、本人が使おうと思えばその限りではないが、そんなことは普通の魔法も同じなので気にすることではない。
第一、ランやイースターのような規格外でもない限り、鍛えないと悪血が戦闘に堪える量になることはないのだ。危険人物になって監視される、ということもない。
「……結果的に、全員が男子というのもよかったですな」
「ええ、悪くはないかと」
ドゥーウェでさえ善良な領民には一切危害を加えなかったのだ、それ以外のソペード貴族が率先して馬鹿な真似をするわけがない。
とはいえ、集められた五人は微妙に心細そうだった。
なにせ短時間とは言え、狂戦士と同じ力を発揮できる気血が宿っているとわかったのである。呪力ほどではないが、そんなに大喜びできるわけがない。
何よりもソペードの分家から『そんなに固くならなくていいよ』と言われても、硬くなるのは当たり前なわけで。
「ううう……」
そして、その中に。
ちょうど、山水の娘であるレインと歳の違わない男子もいた。
まあ、それだけのことである。




