熱意
『儂の娘の屋敷に男が……皆殺しじゃああ!』
あながち邪推でもない一晩を明かして、お父様がいらして俺が叩きのめして、そのまま学園の前で授業となっていた。
お父様も同席の下、多くの生徒たちや国中から集まってきた猛者たちに指導を行うことになった。
「力み過ぎですね」
「そ、そうですか?」
「ソペードの前当主様がご覧になっているのです、その分力が入るのは当たり前でしょう。ですが、それでは却って声がかかりにくいですよ」
「も、申し訳ない」
「自分が今どういう状態なのかを常に考えながら、『意』のままに体を動かせるようにしてください。今の自分の精神状態が平常ではないと客観視するのも大事です」
この場の多くの面々にとって、ソペードの前当主はとても大きい存在だ。
なにせ、直接出世の雇い主が来てくれるのである。そりゃあ緊張するというものだ。
「結構な人数だな」
「お、お恥ずかしいです。名前が何処からか漏れてしまいまして、こうして多くの方が学園の前に集まるようになっていて」
「あら、本当に不思議ねえ」
お父様に対して、不敵にほほ笑む学園長。でも俺は知っています。学園長先生が、学園の外に仮設の椅子や屋根を用意して、お酒とかの準備もしているって。流石賢者、抜け目ないことです。
「でも嬉しいわあ、元々剣士に関しては私も門外漢で、この学校の教育水準がどの程度なのかわからなかったもの。でもこれからは、この国最強の剣士君が皆を指導してくれるものねえ」
果たしてその指導力はこの学園で求められているのかどうか。
最高水準の教育を施したいのはわかるんですが、そこまでを生徒が求めているのかどうか。
教えている身が思ってはいけないのかもしれないが、ここの生徒たちにそこまでの向上心があるようには思えなかったわけで。
少なくとも俺だって、自分一人では逃げ出せない深い森の奥で、一切選択肢がない状況でも数年間はそんなにやる気なかったわけだし。
「あの、ご隠居様。申し上げにくいのですが、一部の希望者以外は走込みと集団訓練と筋肉の鍛錬をさせるべきなのでは……」
「そういうことは領内でやっている。仮にこの中から見出すのであれば、ブロワに匹敵する逸材とその育成だ」
それはハードル高いです。個人としては最高水準です。
「お前が言いたいことわかる。お前はお前で、それなりに我がソペードの教育を知っているからな。だが、もしも大口の出世を求める者がいるのならば、このやり方が正しい。この国最強の剣士であるお前が認めるほどの人材が一人でも出れば、それで成功したと思うだけだ。甘やかす必要はないぞ、これで目が出なければ、その程度の男だったということだ」
「わかりました」
言いたいことはわかるだけに、反論の余地がない。
確かに普通の仕官じゃ満足できない、一発逆転の好機を目指す者たちとしては、それでいいのかもしれない。
普通じゃないほど強くなって、普通じゃない待遇を受けていい暮らしがしたいんだろう。
お父様にしても同様で、平凡な使い手なんてそろえても意味がないわけで、ブロワ並みに強いのが欲しいのだろう。
「あらあら、前当主様は親衛隊でも新設するの? ご隠居なさったのに若々しいわねえ」
「年上の現役にそんなことを言われるとはな。第一、ディスイヤなど未だに前世代が現役だ、そうそう老け籠ってもいられん」
王家所属の学園長先生が、王家とは無関係に個人的な好奇心を満たすために探りを入れている。
この人が一番フリーダムだと思われる。というか、お父様も大分警戒していらっしゃる。
「重要なことは最強が此処にいることを知らしめ、その力を実際に知り、畏怖と共に多くの者が知ることだ。サンスイは最強だが、その強さを信じる者は少ない」
「あらあら、そうかしらね」
「実際に己で戦い、この国最強の剣士の遠さを理解し、失意のうちに己の故郷へ帰り、そのでたらめさを語り継げばそれがソペードへの畏怖に繋がる」
なるほど、そういう視点はなかった。
お父様にしてみれば、俺をそういうふうに活用するのは正しいのだろう。
「そもそも、噂に聞くカプトの切り札にしてもバトラブの入り婿にしても、ありえないほどに強いのだろう。だが、そうした例外を除いて、大抵の場合最強とはそんなに大したものではない。人間とはそこまで差があるものではない。少なくとも、同じ教育を受けた場合はな」
なんとも耳の痛い言葉だった。
たしかに師匠も言っていたが、五百年修行すれば強いに決まっているし、年下にしか勝てないならそれは優れているとは言えないだろう。
「だが、それでも一番であることには意義がある。誰もが一番を求め、その一番になり替わろうとする。或いは、その一番を己の物にしようとする。それこそが一番というものの、或いは最強という者の価値なのだ」
誰もが求めるからこそ価値がある、求められることこそが価値である。
なるほど、いいことをおっしゃる。確かに俺だって、昔はあの『神』に最強になりたいと恥ずかしげもなく願っていたし。
「これもいい機会だ、万一奴を越えるものがあれば厚遇し、奴が認めるほどの者が現れればさらに育てさせる。それだけの話だ」
これはこれで、師匠の言葉に矛盾しない。
最強とは目標であり理想。まったくなんの後ろ盾もなかった俺が四大貴族のお嬢様の護衛になり、その強さを当主や前当主から保証されている。
そんな俺を倒せば、出世できるに違いない。そんな目的をもって彼らは集まっているのだ。
「前当主様……少しお伺いしたいのですが」
「ぬ、トオンか。なんだ?」
「我が国のことを、最強の者が王となる国をどう思われますか?」
なぜそんなことを訊くのだろうか。一旦修行を切り上げたトオンは、真剣に訊ねていた。
「どうも思わん、それはそれで分かりやすいのだろう。それに聖力を宿さねば継承できぬカプトという家もある。別に野蛮とも思わん」
「……そうですか」
「王など誰がなっても同じだ、ならば最強の者が王になっても問題ない」
遠い国の王族に、とんでもないことをおっしゃる。
まあ、この人自分の国の王にも不遜な態度を隠さないし、今更だ。
「優れたるものが王になればいいとほざく輩も多いがな、大抵の人間には眼に見えるほどの差などない。それともなにか、そこのサンスイや話に聞くカプトの切り札ほどに、比較できぬほどの差が王になった者となれなかった者の間にあるとでも?」
王家で一番優れた人物と、二番目三番目に優れた者。
その間に、著しい差があるのかないのか。
それは、とても難しい問題である。
「仮に優れたものが王になれず、劣った者が王になったとしよう。それで、王になれなかった者はどうするのだ。まさか、諦めて隠居するのか。それとも世を儚んで自殺するのか? そんな国家への奉仕心の無いものが、優れているとでも?」
国を捨てた王子は、無言でそれを聞いていた。
「人間という者はな、大抵の場合それなりに手間暇をかけてやれば、それなりには使えるようになるのだ。生まれがどうという者も多いが、血の問題ではなく育ちの問題だ。そして多くの人間にその教育を施せば、それなりに使える者が見いだせるのであろうさ。だがな、王家に限らずどこかの何かを継ぐにあたって、候補を増やせばキリがないのだ。誰でもいいのだからな」
要はコストの問題だろう。
最高の教育をすれば、大抵の人間は優れた人材になる。
多くの者にその機会を与えれば、傑出した人材を見つけることもできる。
だが、それに見合うリターンがあるか、ということなのだろう。
「最悪なのは隣の国の様に『首のすげ替え』如きで国が割れることだ。内戦をして強くなる国などない、死んだ人間は死んだままなのだからな。王家の王位継承権争いで、王族がどれだけ死んだとしても、戦争ほどに死ぬことはない。その程度で押さえるべきなのだ」
「……なるほど」
「大事なのは国だ、国家だ。間違っても王族ではない。仮に王が腐っているから国が駄目になるということがあるとすれば、王以外の全員が腐っているということだ」
「うわあ……流石ソペードね」
そんな厳しい言葉を聞いて、ハピネは嫌そうな顔をしていた。
確かに辛辣な発言である。仮にも四大貴族の元当主が口にしていい言葉ではあるまい。
「……兄上が怒っておらぬ手前怒る気はないが、ソペードという家の気風なのか?」
「ええ、そうよ。ソペードとディスイヤはとにかく競争主義なのよ。成り上がりを容認する一方で、使えないやつはどんどん捨てていくの」
スナエとハピネが、当主様に不快感を抱きながら話していく。
「カプトの場合は、法術っていう先天的な要素が濃い分仕方ないけど、バトラブが一番保守的なのよ。先祖代々我が家に仕えている人も多いしね」
「王は国家の顔、という意味では同意するが……」
「はあ、お父様大丈夫かしら」
今頃、四大貴族と王家は、カプトの領地で今後の事を相談しているという。
果たして、本当に全面戦争になってしまうのだろうか。とても心配である。