希望
こうして、希望はついえた。
北側諸国は南側諸国と全力で協力したし、一切妨害工作も自分だけが有利になるような立ち回りもしなかった。
アルカナ王国もテンペラの里や秘境、大八州と全面協力はしたが、南側や北側の諜報戦も裏側でとどめた。
南側に関しては、語るまでもない。
そして、実力の差が出ていた。
アルカナ王国が主体となって力押しを不可能にし、さらにテンペラの里が拳法によって対処不能な手段で防諜し、秘境やマジャンが細かい穴を埋めた。
本戦でも一切卑劣な手段を用いず、銀鬼拳ランが実力で優勝してしまった。
実力、厳正、公平、機会。
なるほど、なるほど、実に素晴らしい。
南側諸国が領土を失ったことも、実力が及ばず、厳正な戦争で、公平な条件で、機会は誰にでもあった、と。
なるほど、実に素晴らしい。
生きるためには奪わねばならない。
仮に農夫という生産職に就くとしても、雑草や害虫と言う他の生命を淘汰しなければならない。
なぜ雑草や害虫という、人間の都合でそう呼ばれているだけの生命が、薬などで一方的に殺されなければならないのか。
それはただ単に、生きているだけで迷惑で邪魔だからである。
仙人はそれを否定しない、むしろ当然だと思っている。
人間と言う生物の行動は、人間が思っているほど特別ではない。
同じ生物同士で殺し合うことも、殺し合うための道具を進化させていることも、どれも普通のことである。
なぜ人間は社会を形成し、納税をするのか。
生産的な職業に就かない人間へ、わざわざ食料を供給するのか。
それはひとえに、戦いの専門家がいたほうが、結果として安定した食料生産が可能だからである。
食料が足りなくなった時に奪いに行く、あるいは食料を奪いに来た相手を迎え撃つ。
それらが武力の本質であり、それは今回も変わらない。
最強である必要はないが、最低限領土を守れるだけの強さは必要なのだ。
生きることが、安楽で穏やかで当然だと思うこと自体が、一種の甘えと考えるべきなのだろう。
とはいえ、弱いから死ねと言われて死ぬほど、動物は決して弱くない。
それを同じ動物は、決して甘く見ないのだ。
「ごほん」
バトラブ家の当主とカプト家の当主。
二人は現在、護衛を連れてバトラブの南側国境地帯にやってきていた。
壁沿いに形成されているいくつかのテント、その中でも一際豪勢なところで、南側諸国の王たちと会議の場を設けていた。
「改めて、今回はそちらの国々も大変でしたな」
「多くの民が血を流し、先祖から受け継いだ領土を失った……悲しいことです」
アルカナ王国は、諜報員や刺客を送り込んできた南側に対して、特に憎悪の感情はなかった。
なにせ特に被害がなかったのだ。むしろテンペラの里の餌食になったことを、哀れに思っているほどである。
なるほど、雇えば必ず勝てるという伝説の傭兵集団は、決して誇張でもなんでもなかったらしい。
「……それで、どのようなご用件ですかな」
「我らの願い、聞き届けていただけるのでしょうか?」
「我らが故郷へ帰るという願い、叶うのでしょうか」
アルカナに送り込んだ、諸国の連合軍。
彼らから送られてくる報せはどれも暗いものばかりであり、先日遂に銀鬼拳ランが正式な使い手として認められたという決定的な情報まで入った。
ここに、彼らは一縷の望みさえ絶たれてしまったわけである。
それでも、彼らは民を導かねばならなかった。
「大変申し上げにくいのですが、それはまたの機会に……」
「どうかご理解を……」
それはアルカナ側も同じである。
如何に広大な国土を維持しているとはいえ、他国民を抱え込み過ぎるなど共倒れ以外の結果にはなりえない。
最初から一貫しているが、アルカナ王国は全員を救う力などない。
抱えられるのはごく一部、北側諸国へ送ることができるのもごく一部、優遇できるものなど更に一握り。
「しかしお察しの通り、我らにとっても皆様が国境沿いに陣を構える、というのは良いことではありません」
「我が国も前回の戦争で疲弊したまま……であれば、どうか理解していただきたい」
物は言いようである。しかし、実際そう的外れでもない。
まるで南側諸国がアルカナ王国へ攻め込もうとしているような言い方だが、本格的に追い込まれればそれもあり得る。
疲弊しているとはいえ兵士が多くいることであるし、大部分を占める民間人も武器を持たせれば戦うだろう。
つまり、まっとうな危機感と言える。
「ではご自慢の魔法使いで、我らを吹き飛ばすのですかな?」
「いやはや、これはもう天に祈るしかありませんな」
ありえない、とは思いつつも皮肉を言ってしまう。ある意味、それが一番簡単なのだが、それを最初にしていないのだから理由があると察していた。
それでも口に出すほどに、各国の王たちも自棄になっていた。如何に権謀術数を巡らせる、何枚も舌を持つ政治家でも、自棄にならざるを得ない詰みっぷりである。
「いえいえ、そのようなことは」
カプトの当主はそれを否定していた。
そんなことを正蔵に命じれば、それこそ愛想をつかされかねない。
侵略者だったドミノの兵士や、アルカナを焼き尽くそうとした竜を滅するのとはわけが違う。
彼らは被害者であり、救いを求める者たちだ。
そんな人々を無慈悲に焼き払うなど、彼の良心が持つとは思えない。
「……我らの提案を受け入れていただきたい」
さて、今更であるが。
なぜ竜やその下僕たちは、態々人間の領地を脅かそうとしたのか。
様々な理由があるのだが、最大の理由は『開拓するより略奪のほうが簡単』ということだろう。
この場合の簡単とは、つまりは時間がさほどかからず、しかも食料を大いに得られるということである。
切羽詰まっていた彼らにとって、どれだけ血を流してでも、その『簡単』こそが重要だった。
逆に言えば、簡単であることを放棄する分には選択肢は存在する。
「皆さんをノアに乗せ、新天地へご案内する」
その言葉を聞いて、激高しない王がいていいわけがない。
バトラブとカプトが察していたとおりに、全員が激怒していた。
「ふざけるな!」
「バカにするにもほどがある!」
「我らを一体何だと思っているのだ!」
「もういい、全員でアルカナへ突っ込んでやるとも!」
「そこまでして、生き永らえたいとでも思っているのか!」
彼らが怒ったのも無理はない。筋道で言えば、逆であるべきなのだ。
旧世界の怪物たちが人の住んでいない土地を探して、そこで暮らしていく。
それならわざわざ、攻め込んで滅ぼそうとは思わなかったはずだ。
だが、なぜ、追い出された人間たちが、一から開拓をしなければならないのか。
「新天地だと?! 要は人が暮らしていない人外魔境であろうが!」
「そんなところへ体よく追い出すぐらいなら、いっそ一思いに吹き飛ばしたらどうだ!」
「竜どもをそこへ連れて行けばいいだろうが! なぜ我らが新天地で開拓などせねばならん!」
開拓と言えば夢が溢れているようだが、実際には簡単なことなど一切ない。
自然の猛威を切り開き、人間の住みよい環境に改造する。
それは自然への冒涜だとか以前に、途方もない労力を要するのだ。
それを現在の疲弊している南側が行うとなれば、それこそ膨大な犠牲を必要とするだろう。
はっきり言えば、それは流刑である。先祖が苦心して開拓した土地を明け渡して、長い負担を子々孫々へ残すなど受け入れられるものではない。
「無論、今この場で結論が出るとは思っておりません。どうかお考え下さい」
「ですが、一つだけ。候補地をいくつか見つけておりますが、それは到底、この地のすべての民を許容できるものではありません」
怒りに染まっていた一団が、その言葉の真意を受け取って硬直する。
それは、南側諸国の団結を崩すくさびだった。
「ただでさえ我らを試練の地へいざなう気だというのに、その場所にさえ席が足りないだと……?」
人類がこの世界へ入植して、既に一万年が経過している。
元々それなりの文明を持っていた人類が、世界を切り開いていったのである。残っている土地と言えば、それこそ海に浮かぶ島々ぐらいであろう。
その島々に、そこまでの人口を許容する広さがあるわけもない。
少なくとも現在見つかっている土地は、そこまで多くないのだ。
「あげく、我らを割る気か……!」
「どこまで悪辣なのだ、お前たちは!」
逆に言えば、それはアルカナ王国にとって『都合がいい真実』だった。
もしも『全員を収容できる都合のいい土地』があった場合、むしろ旧世界の怪物をそこへ送ればいいという声は大きくなるだろう。
だが『前人未踏の島がいくつかあって、早い者勝ち』となれば、ここよりはいいと思う者も出てくるだろう。
というよりも、南側は今まで過去の遺恨を超えて手を組んでいたが、それが一気に破綻する。
人口の多い大国ほど忌避感が強くなり、人口の少ない国ほどそれが弱くなる。
そして、先に選んだほうが有利だという状況なら、さらに率先して名乗り出る国も出やすい。
「確かに、あなた方の故郷を取り戻すという最高の結果に比べれば、とても悪い条件でしょう。ですが、ここよりはいいはずです」
その言葉が、真理だろう。
ここには、救いのない者が多すぎる。
ただ待つよりは、どこにも行けないよりは、苦境でも新天地へ行きたい者が多いはずだ。
「お前たちは……本当に、我らを隣人とせず、怪物どもを隣人とするのだな!」
だとしても。
結局見捨てることに変わりはない。
綺麗な決着には、程遠かった。
「……ここまで」
負け犬は追い散らされる。
それを良く知っている諸国の王たちは、いよいよ自分たちが故郷と別れなければならないことを嘆いていた。
今まで多くの人間をそうしてきた彼らが、自分の立場になってそれを思い知る。
「ここまで、自分の無力を呪ったことはない……」
強さが足りなかった。
もっと強ければ、もっともっと強ければ、こんなことにはならなかった。
アルカナ王国がそうであるように、国体を保つことができたはずなのだ。
一万年前の人類が、どのような思いでこの世界へやってきたのか。
それを目の当たりにしているアルカナ王国の有力者二人は、改めて諸国の有力者たちに悲哀の目を向けていた。




