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栄冠

大変短いです、お許しください。

 本戦に進んだ百人の選手が多くの予選敗退者を踏み越えてきたように、ランと言う一人の切り札が勝者と認められるには百人もの本戦出場者の敗北が必要だった。

 全員がすぐれた武勇を持っていたわけではないし、全員が願いをかなえられたわけではない。

 中には失意、絶望を抱えている者もいるだろう。痛い目を見たこと自体を腹立たしく思っている者さえいるだろう。


 公正で厳正な規定は、最初から最後まで守られた。

 後だしで新しい規定が増えることはなかったし、前提を無視して勝敗がひっくり返ることはなかった。

 だがそれらは、当然敗者たちを慰めることはない。

 どちらかと言えば、観客たちのための規定だったのだろう。


 落ちるか倒れるか殺されるか、という分かりやすい勝敗の規定は、遠くから見ていても楽しんでもらえるため。

 何を使ってもいいというのは、既に知られている道具を使っているのかいないのか、余計な疑念を抱かずに見るため。

 時間切れがランに有利なのは、勝利に徹して逃げ回る無様な戦いを避けるため。


 諸国の貴族はともかく、観客たちの誰もが今回の試合を楽しんでいた。

 この大会を見てよかった、また来たいと思うようになっていた。

 特に初戦と最後の戦いが楽しかった。

 ランが相手の攻撃を受けたからこそ、苦戦を演じたからこそ、そのうえで明確に実力で勝ったからこそ、彼らの強さもわかりやすかった。


『今回の神剣の継承者を決める戦いは、実に天晴であった』


『一部残念な者もいたが、ほぼ全員が尽くしてくれた』


『この大会を主催した国王として、大変うれしく思っている』


『勝ち抜いた銀鬼拳ランが、最強の神剣エッケザックスの正当なる所有権を得たことは当然だが……』


『それとは別に、一名、特に厚遇で迎えるに値するものを見つけることもできた』


 閉会式。

 拡声器の機能を持つ宝貝によって、国王は観客と参加者たちへ言葉を送っていく。


『結となる百戦目の挑戦者、イカミ・シバ。彼をバトラブが雇い入れることとなった。この国の者ではない彼を国民として認め、かつその周辺の者を迎えることにしている』


 会場の誰もが納得する。

 一般参加の選手たちは志波の戦いを見ていたため、彼ほどの力があれば認められて当然と思い……。

 南側の兵士たちや密偵たちは、ある意味裏切った彼へ怒りを向ける一方で納得もしていた。

 彼は守りたい者を守ろうとしているだけなのだと、守ることに成功したことへ祝福を送りたくもあった。


『我がアルカナは』


 この『我がアルカナ』という言葉がどれだけ軽いのか、彼はよく知っている。

 だがそれでも、今は言い切らなければならない。


『特に優秀な者であれば、外国の者でも厚遇する。そうでなくとも、国家への奉仕心を持つ勤勉なるものであれば、新しき国民として迎え入れるだけの器量がある』


『励み、勤め、高め、正しく生きるのなら、それは報われる』


『では、正当なる勝者となったランへ、神剣の授与を』


 審判役を行っていたエッケザックスのところへ、ようやく介護用宝貝の外れた祭我が歩み寄る。

 まだ万全には程遠いが、自分の力で歩いてきた彼は、神剣の所有者として最後の役割を果たそうとしていた。

 その彼へ無言で頷いて、エッケザックスは少女の姿から剣に戻る。

 今まで軽々と振るっていたそれの重みにぐらつきながらも、それでも最後の力を込めて笑う。


 ここまで王者として対戦相手を打ちのめしてきた、圧倒的強者であるラン。

 しかし彼女は、まるで年頃の娘のように、何かをこらえて彼の前で膝をついていた。


 これは、彼女にとっても負けられない戦いだった。

 それは、嘘でもなんでもなかったのだ。

 彼女は負けたくなかったし、勝ちたかった。

 どうしても、これが欲しかったのだ。


 たとえ国家が滅ぶわけではないとしても、この剣を得ても真の意味で最強になれなかったとしても。

 それでも、この剣を彼から受け取りたかった。本当に、それを目指していたのだ。


 多くの国家の思惑や利害の中で、それを全うしつつ。

 そのうえで、彼女は望む状況を得ていた。


 すなわち、栄冠である。

 彼女は過去の行状を許してほしかったのではない、今の自分を認めてほしかったのだ。

 本当に、ここを目指してたどり着いたのだ。


 それを、遠くから見る者たちも共感していた。

 今彼女は、勝者としてすべてを得た。

 それは戦士の夢、それは騎士の夢、それは強者の夢。


 最強の剣と言う冠が、彼女の手に正しく託された。

 それを渡すのは先代の主であり、それをさらに遠くから見守るのは先々代の主だった。


 音が消えた世界で、無言のままに剣が譲渡された。


 彼女はそれを、強く握りしめた。

 まさに満願成就だった。

 テンペラの里を出てからの日々が脳裏をよぎった。

 それらがすべて正しかったわけではないが、それでも正しい場所にたどり着けたのだと浸っていた。


 そして、それを天に掲げる。

 制限の解放されたままの神剣が、その威光を示した。

 彼女の背には飛行能力を与えるマントが輝き、さらには掲げられた神剣から竜さえ切断する光が刀身を形成していた。


 天を突く光は、まさに神の剣。

 諸国が求めた竜を殺すための剣が、真にその性能を持っていたことを示していた。


『これにて、神剣の所有者は正当に定まった。大会の終了を宣言する』


 口惜しい思いをした者もいる。

 満足をした者もいる。

 だがそれらは、結局参加者たちの話であり、その彼らを送り込んだ者たちの話だ。



 結局、バアスはソペードにある山水の邸には戻らなかった。

 大会が円満に終わり、つまりはアルカナにとって想定通りの終わりを迎えた。そのあとに挨拶をすると、バアスは最小限の荷物だけをもって山水の元を去った。

 最初に臨んでいた結果は得られなかったが、それでも経験は詰むことができた。


 一つ救いがあるとすれば、ランがきちんと優勝したことと、それを世間が認めていたことだろう。

 他の誰が何と言っても、あの大会を実際に見た者たちは、ランを正当なる神剣の所有者と認めるだろう。

 一番強い剣士が身分の貴賤を問わずに、参加者や観客、主催者から認められる。

 あれは、まさに自分がなりたい強者そのものだった。


「……最強は、あったんだなあ」 


 最強の神剣を持つにふさわしい、最強の剣士は実在する。

 それも一人二人ではなく多くいた。

 山水やスイボクだけではなく、ランと対峙していたトオンも、少なからず資格があったと思うところであるし。


 結局自分が今まで大成していなかったのは、強さが足りなかったから。

 そして肉体的な強さは限界に達しているとしても、新しい技術や武器を学ばずとも、心ひとつで自分はまだまだ強くなれる。

 それを学べたことは、とても大きい。


「実力を身に着け、気品を保って、そのうえで成果を出せたなら……それはきっと、俺が望むものだ」


 自分は今まで、イースターと変わらない男だった。

 イースターよりはるかに弱い上で、イースターのようにふるまっていた。

 だが、今となっては違うものを目指している。


「もっと強くなって、そのうえで……文句なく勝って、勝ち取る」


 願わくば志波のように挑み、しかしランのような勝利を。

 祭の熱狂が続く王都の中で、バアスは人ごみの中に入っていく。

 ソペードの夜に現れた彼は、王都の昼に去っていった。



「俺はまだ、何も得ていないからな」

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