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最低

書籍化2巻もニコニコ静画も絶好調です。

どうもありがとうございます。

 最低という言葉がある。

 最高という言葉に対して、余りにも後ろ向きな印象を与えてしまう。

 だが、実際には最弱や最強とは違い、ただ位置を示すだけで常に優劣を示すわけではない。

 そして、最低()となったとき、その言葉の意味は『最重要』ということになる。

 最高の条件とは、出来ることなら満たしたいという『比較的重要性が低い』条件を満たしているという意味になる。

 最低こそが最重要、最高こそが不必要。その辺りを勘違いしている者は、本当に多い。

 自分以外に対してはそれを求めるが、自分に対してはそれを求めない。


 自分は他人へ最低限を求め、自らには最高の条件を求める。

 それが人間の性質であり、身勝手さなのだろう。

 そして、最低限の規定を守れない場合、社会から排除されるだけである。


「失せろ、クソガキが!」


 とはいえ、社会をねじ伏せるほどの腕力は存在する。

 狂戦士の中でも、おそらく最も才能に恵まれた男。

 イースターは、自らを頂点とする秩序のなかで暮らしてきた。


 絶対的な暴力による、他の社会からの搾取。

 略奪を行った共同体が壊滅したとしても、他の場所へ赴けばなんの支障もなく存続する理想の生活。

 望むものを手に入れて、不要になれば捨てて、新しい場所を探す幼児のような精神性でも継続できる組織。

 我慢をしなくてもいい、好き勝手していい、誰も彼をとがめられない。


 まさに、ワルガキ。


 そして、その人生はここで止まる。

 彼を止めるのは正義でも秩序でも、不運でも病気でも、老化でも災害でもない。

 勇気でも友情でも、愛でも恋でもない。

 奸智でも策略でも、悲劇でも喜劇でもない。


「おお、負けて悔しいのだな」


 おそらく、イースターは目の前の相手を『認識』していなかった。

 目に映ってはいたが、意識していなかった。彼の脳髄は、己の瞳に映ったものを、障害物だと処理していた。


 ゆえに、ただ手で払う。

 乱雑に押しやり、吹き飛ばそうとする。

 見た目は貧弱な子供なので、その結果として大怪我を負い、死ぬことがあるのかもしれないが、そんなことを意識することさえない。

 強ければ、なんでも許される。自分は強い、だから何をしてもいい。


「気持ちはよくわかる。己が負けるかもしれない、己が弱いのかもしれない、己よりも強い者がいるかもしれない。それはさぞ恐ろしかろう」


 信じて疑わなかったイースターは、視界がひっくり返ったとき、何が何だかわからなかった。

 なぜ自分が軽くなっているのか、自分の目に映る全ての上下が入れ替わっているのか、まるで分らなかった。

 余りにも突然すぎる状況に対して、彼は何もできなかった。

 まるで今まで寝ていて、突然起きたかのような戸惑いだった。


「痛いほどよくわかるとも、その苦しみは」


 だが、観客たちは誰もがそれを理解していた。

 ふわりと浮かされたイースターは、足を空に向けたまま停止している。

 もがく、という思考さえ浮かぶことが無く、ただ呆然としていた。


「つらいだろう、嫌だろう、認められないだろう」


 とても、冷えた声が聞こえてくる。

 親しみを込めて、同調し共感した声が聞こえてくる。


「せめて……痛いと思わぬように……」


 反転した視界が、一気に『上昇(かこう)』する。

 そして、暗転した。

 視界だけではなく、意識も、生命も。


「楽に殺してやった(・・・)


 何が起きたのかと言えば、ひっくり返って浮かんでいたイースターが、頭から地面に落下しただけ。

 それがなにがしかの希少魔法だとは、誰もが理解できた。

 だがその一方で、先ほどまで不死身のごとく戦っていた怪物が、そんな簡単に死ぬわけがないと思っていた。

 地面に埋まっている頭部を引き抜いて即座に復活し、また暴れだすと思っていた。


「哀れな……本当に哀れな……かつての儂の如き者であった」


 しかし何時まで経っても、指先ひとつピクリとも動かない。

 だんだんと確信していく。

 先ほどまで無双を誇っていた彼が、その人生を終えたのだと。


「だが儂の前で無礼を通すには、余りにも弱すぎる」


 痛い目を負わねば覚えないのが愚か者だとして、痛い目を負っても覚えないのなら死ぬだけである。

 試合で敗北したことは、人生の敗北につながるわけではない。

 だが、試合の敗北を認めるという、試合に参加する上で最低限(さいじゅうよう)の順法精神を持たないのなら、それは主催者を敵に回すことになる。


 逆に言えば、主催者は御せない参加者を許容してはならない。

 獅子と虎を戦わせるのなら、ちゃんと首輪と鎖、檻を用意しなければならないのだ。

 あるいは、獅子や虎さえ歯牙にもかけない、絶対の強者を準備するべきなのだろう。


「負けを認められぬのなら、死ぬしかない。既に捨てた身で偉そうなことを言うつもりはないが……」


 ぱん、とスイボクは手を叩いた。

 すると、首まで埋没していたイースターの死体が、更に地面へめり込んでいく。

 手足が重力に屈し、骨格が砕け筋肉が潰され、内臓がこぼれ、血液さえも地面に刺さっていく。

 まるで流砂に呑まれるように、イースターは大地へ沈んでいく。


「お前に、エッケザックスは任せられんな」

「ふっ、スイボクめ……」


 如何なる理不尽も、暴力で押し通してきたイースター。

 その彼の規定破りを阻んだのは、ただただ、更に迷惑な怪物でしかない。


 確かにイースターは規定のある試合に参加したうえで、その規定を破った。あるいは破ろうとした。

 しかし、ここまでされるほど、この試合に限れば悪行を成したのかと言われれば否だろう。


 だが、誰も文句を言えない。

 スイボクが最強であるということもさることながら、イースターを擁護する者が一人もいなかったからだ。

 法的にはともかく、情緒的には正当だと判断してしまう。理解はできるが共感できず、同情の余地が一切ない。

 負けて悔しいのはわかるが、だからと言って暴れだすことを認めれば、それこそ話にならない。

 規定や法律はみんなが幸せになるためのものではないが、それでもみんなが不自由に感じながら守るもの。他人の自由で自分が傷つかないように、自分の自由を縛るもの。

 最低限の規定を、最重要な約束を守れないのなら、最低限の人権さえ尊重されることはない。


「それでは改めて、第二試合を始める! 選手は前へ!」


 今回の試合は、ただ名誉をかけたものではない。

 国家の命運、民族の命運、種族の命運をかけたものである。

 そしてそれは、規定上の敗北を迎えたからと言って、そうすんなり受け入れられるものではない。


 背中が舞台についたぐらいで、舞台から落ちたぐらいで、人は死ぬことはないし戦えなくなることもない。

 だからこそ、負けていないと主張することもある。

 負けるわけにはいかないからと、負けを認めない者もいる。


 その場合どうなるか。

 戦えなくなるように、騒げなくなるように、世界最強の男に殺される。

 極めて厳正な、過酷な規定の元に。


 アルカナ王国がランの敗北を認めないのではないか、という無駄な心配よりもそちらをまず考えるべきだったのだろう。

 選手が負けを認めない場合、アルカナ王国はどんな対処をするのか。

 それは、正に目の前で行われたとおりである。


 文句があるなら参加しなくていいし、不満を感じれば帰ればいいし、勝てばちゃんと神剣を与えたうえで厚遇する。

 文句があるのに参加し、不満があるのに帰らず、負けても戦うというのなら、殺されても仕方がないのかもしれない。


「……なんなんだ、アイツ」

「先々代の神剣所持者らしい。アルカナ王国に所属しているわけではないが、切り札たちさえ凌駕する世界最強の剣士にして仙人だそうだ」

「仙人って……」

「あの浮かぶ島で修業を積んだ、千年以上生きている男だそうだ」


 絶句する鏡に対して、志波は答えた。

 特に隠されているわけでもない、正しい情報だった。


「神宝を用いずに、魔法の武器も使わずに、竜を絶滅させることができるほど強いらしいぞ」

「そんな、奴が、いるんですか」

「そうらしい」

「じゃあなんで、竜を放置しているんですか!」

「逆だろう。いつでも絶滅させることができるから、放置しているだけだ」


 実際には違うかもしれないが、そういう理由も考えられる。

 なるほど、世界はつくづく理不尽だった。


「よくわかっただろう、岩にかじりつくことの無謀さがな」

「……」

「俺はお前が心配だ。お前の骨を持ち帰っても娘は喜ばないし、俺だっていやだ」

「……でも、勝てるんですか。岩にかじりつかず、勝てるんですか」


 家族の為に、何が何でも、負けを認めずにもがきあがく。

 それは美徳だろうが、この場合はただの自殺だった。


「負けてもいいしみじめでもいいから、まずは生き残れ。俺にとっても、娘も妻も、まずはそれを望んでいる」


 そうしている間も、試合は滞りなく進んでいく。

 兵士にも家族はいて、その家族からすれば兵士の生還を望んでいるのかもしれない。

 しかし、兵士たちは国家全体のためにいる。

 みじめでもいいから、勝利の為に奮戦しなければならない。


「はじめ!」


 さほど広くない試合会場で、たった一人で狂戦士の上位互換と戦う。

 それがどれだけ無謀なのか思い知っても、広範囲を攻撃する魔法で何とか傷を負わせようとする。

 だが、悲しいことに。


「はっ!」


 ランにしてみれば、もうどうでもいいことだった。

 相手が同じ『狂戦士』ということで、イースターを相手にするときはそれなりに『攻防』をした。

 だが相手が『どこにでもいる魔法が得意な剣士』ならば、あえて危険な真似をすることもない。

 ほんの一歩踏み出して、魔法が攻撃の形になる前に、発勁で押し飛ばす。

 それは必殺ではないが、無強化の人間を地面に転がすには十分であり、あるいは舞台の外へ落とすにも十分だった。


「そこまで! 勝者、銀鬼拳ラン!」


 要するに、巻いていた。

 相手が百人もいるので、客が飽きないようにさっさと瞬殺していった。

 自分の強さは十分伝わっているので、身体能力を強化できない相手に対しては最適解を出さない理由がない。


「ぐ……ぐぅ」

「おお、ろっ骨が折れているぞ。安心せい、すぐに法術使いに見せてやろう」


 瞬殺とはいうが、実際に殺しているわけではない。

 気絶することや悶絶することはあっても、殺されてはいない。

 そんなことをする意味がない、そこまでの強敵というわけでもない。


 先ほどイースターを殺したのは、単に試合の規定に違反したから。

 そうでない限り、身分や出身、戦い方に一切関係なく殺すことはない。

 少なくとも、積極的に殺そうとはしていない。それを世間へ知らしめるために、ランはそれなりに気を使っていた。


「始め!」

「ちくしょう、やってやる!」


 相手が一般的な剣士であれば、それなりに遊んでもやった。

 悪血を節約する意味もあって、ある程度素手の打撃で相手をした。


「ぐふぁ! ぐへえ!」


 流石に全員を瞬殺していては逆に冗長であるし、見ていて面白いものではない。

 なによりも、バアスがそうであるように、純粋に個人の野心のため戦う剣士はランとしても戦っていて気軽だ。

 急所を狙うような、えげつない真似はしない。痛くしないわけではないし、あえて傷を負うこともないが、それでもちゃんと戦ってやる。


「どうする、もう降参するか?」

「あ、ああ……俺の負けだ……」


 相手が倒れれば、降参を促しもする。

 背中が舞台に着くまで殴り続けるとか、舞台から蹴落とすとか、そんな乱暴な勝ちにはこだわっていない。

 ある意味綺麗に、相手に自分が上だとわかるように戦うこともしていた。


 それを実力が上だからこその、舐めた戦い方と言えばそうなのかもしれない。

 しかし少なくとも、逃げ出そうかと思っていた一般の挑戦者たちは、ある程度安心して試合に臨むことができていた。

 岩にかじりつく覚悟がないのなら、甚大な怪我を負ってまで試合をしたくない。

 いくら治してもらえるとしても、目を潰されたり骨をぐしゃぐしゃにされたり、血反吐をぶちまけるような負け方は嫌だろう。


「スゴイな……アレがアルカナの飼い慣らした狂戦士か……」

「強い上に、配慮もできる。厚遇されるだろうなあ……」

「おまけに美人だ。なるほど、自慢したくなる気持ちもわかる」


 気楽な観客たちも、銀鬼拳(・・・)ランのことを評価していた。

 なまじ他の狂戦士を見たからこそ、自制できているランが如何に凄いのかわかる。

 戦う相手に会わせて、戦っている場を考えて、臨機応変に適切な戦闘を行う。

 それが切り札だというのなら、確かに欲しくなる。


 雇い主に命じられたことをこなし、余計なことをしないという『最低限』のことがこなせる『最強の戦士』。

 バトラブの新しい切り札は、衆目に対してその価値を示していった。


 果たして、番狂わせは起こるのか。

 このままランが活躍して終わるのか。

 少なくない人間が、切り札たちと同じ髪と目を持つ二人に期待を寄せ……。


「頼む……誰かランを倒してくれ!」


 テンペラの面々は、必死で呪い続けていた。


「もうこの際、スイボク殿かサンスイ殿が倒してくれないだろうか!」


 ランが昔『汚い王者』だった時の恨みを抱えた面々が、正しくなった彼女の栄光へ憤っていた。


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