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幼児

 第一戦であわや決着か、という大本命との大衝突。

 ランが多少でも弱体化してくれるのではないか、と言う期待。

 このままランが負けて、自分たちに順番が回ってこないのではないか、という不安。

 その双方を抱きながら、ランへ挑む二番手以降の挑戦者たちは観戦していた。


「勝者、銀鬼拳ラン!」


 その決着は、期待も不安も吹き飛ばすものだった。

 初戦を突破しただけではあるが、ランの表情にも立ち姿にも、余裕が溢れている。

 こうなると、直近の挑戦者たちは青ざめるしかない。


 今目の前で行われた大決戦を見て、ランを見た目通りの少女と侮る者はいないだろう。

 相手は狂戦士さえくだすほどの、異常な戦闘能力の持ち主なのだ。

 そんな相手と面と向かって、一対一で戦わねばならない。


 アルカナ王国に重用される切り札になりたかった、そんな夢を見ていた一般の参加者は現実を見ざるを得なかった。

 アルカナ王国がありえないほどの好待遇を約束している戦士というのは、ここまで他と懸絶しているのだと。

 同じような参加者を下し挑戦者である百人に入ったことで自信をえた、最強の剣を手にするバラ色の未来を夢に描いていたのだ。


 あと一人に勝てばいい。

 その規定はまったく変わっていない。

 それで全部が解決するにもかかわらず、その一人が途方もなく強すぎた。


「や、やべえ……あれは人間じゃねえ……」

「みろよ、手足が血まみれなのに、もう全部治ってやがる……」

「アレが狂戦士……無理だろ、あんなの勝てっこない……」

「いったいどうしろってんだ……なんでもありだって? 一人でどうにかできるかよ……」


 なまじ、イースターが強かったため、誰もがランの強さを適切に理解していた。

 ランとイースターの速度を目の当たりにして、戦う気さえ失せていた。


 とはいえ、彼らはただ諦めればいいだけである。

 仮に今ぞろぞろと降参して、百人の試合が歯抜けになったとしても、観客の誰もがそれを許してしまうだろう。

 狂戦士さえねじ伏せたランに、それ以外の人間が挑むなど自殺以外の何物でもなかった。


「それでも……多少は傷を負ったはずだ」

「まだ勝ち目はある……私が勝てなくとも、後に続くものへ託すことは……!」

「誰か一人でも勝てばいい……せめて一太刀浴びせることができれば!」


 だが、諦めることができない者たちがいる。

 観念して試合放棄する、自棄になって無謀に突っ込むことができない者達がいる。

 この期に及んでも、勝算を探らなければならない者が居る。

 素面になれば、客観視すれば、どう考えても勝ち目がないことがわかっても、それを認めることができない者たちがいる。


 南側諸国から選ばれた、剣と魔法の才能を併せ持つ精鋭たち。

 如何に相手が怪物と言えども、戦う前から諦めることができない者たち。

 彼らは、それこそ岩にかじりついてでも、負けるわけにはいかなかった。


 彼らが諦めてしまえば、負けてしまえば、一体どこに帰ればいいのだろうか。

 彼らを送り出した貴人や、彼らを信じて祈る民草がいる。

 彼らを帰すために、不退転の覚悟でここに臨んでいるのだ。


「……厭味ったらしい奴だ」

「どうしてそう思う」


 そうした中で、いまだに単独での勝利を意識している二人の日本人がいた。 

 彼らはただ、ランの戦い方へ思考を巡らせていた。


「アイツ、その気になれば最初からああできたはずなんだ。それなのに、わざわざ痛めつけて、実力差を教え込んだんだ……!」

「そうだな」

「勝てると思わせて、いたぶって遊んだんだ!」


 あながち、間違いとも言い切れない。

 倒そうと思えば、最初の一撃で倒すことができていたはずだ。

 わざわざ苦戦を演じていた、ということは正解である。


「で?」

「で……ってどういう意味ですか、志波さん」

「仮にそうしていたら、お前はなんというんだ」


 冷ややかに問う志波。

 それの意図が、いらだっている鏡にはわからない。


「相手に一切抵抗を許さず、一方的に先制攻撃で倒していたら、お前はどう思っていたんだと聞いている」

「それは……」

「言ってみろ。実に合理的で、適切な戦い方だ、と褒めるか?」


 鏡の言うことの反対、つまり奨励されるべき行動だった。

 だがそれを想像した鏡は、顔をさらに曇らせていた。

 眉を寄せて、どうにもならない苛立ちを深めていた。

 それはそれで、きっと腹を立てていたに違いない。


「相手を苦しませず、正しい戦い方だと褒めるのか」

「……」

「それとも、武器を使って殺していれば、お前は納得して彼女を称えるのか」

「そ、そんなわけないじゃないですか!」

「じゃあ黙っていろ。はっきり言って、試合を前に八つ当たりをされるのは不愉快だ」


 ただ難癖をつけたいだけだと、イライラしているので当たり散らしたいだけだと、見抜かれてしまう。


「で、でも……いいんですか、このままで。はっきり言って、あのランって奴の噛ませ犬ですよ?!  勝ったって、実際にもらえるか分かったもんじゃない!」

「それならさっさと出ていけ。そこを疑いだしたら、ここにいる意味自体ないだろう」


 少なくとも、ランにきわどいところはなかった。

 素人目に見ても、背中を舞台につけることはなかったし、舞台から落ちそうになったこともなかった。

 一対一で戦って勝ったのだから、もしかしたら規定を破るかもしれない、という疑いをかけること自体が失礼である。

 そこまで主催者が信じられないなら、強制されているわけでもないのだし辞めればいいのだ。

 別に呪われているわけで無し、誰も困りはしないだろう。他でもない、この場の二人とその周辺を除いては。

 少なくとも、主催者は全く困らない。イースターが奮戦しランが勝ったことで、既に目的は達成されているのだから。


「お前はどうしてこう、不都合な相手を貶めて自分を立たせようとする。お前が考えるべきことは、ランが素質に甘えているだけの小娘ではないということだろう」


 どちらかと言えば、素質に甘えていたのはイースターの方だ。

 そのイースターに対して、適切で有効な攻撃を行い続けていたのが、他でもないランなのだろう。


「勝てるのか?」

「勝ちますよ、絶対に!」

「どうやってだ、俺はそれを聞いているんだが」

「それは、今は言えませんけど……」

「それは、素質に甘えていない相手に、絶対に成功する作戦なのか?」

「成功させますよ!」

「気概だけで勝てる相手に見えるか?」


 気概だけで勝てるなら、それこそ最強の剣など不要なのだ。

 気概だけで勝てないから、アルカナが主催している大会に参加しているのである。

 気概だけでは勝てない相手に勝つために、気概だけでは勝てない相手に挑む。まさに矛盾だろう。


「それよりも、だ。よく見ておいたほうがいいぞ」

「何をですか」

「これから何が起きるのかを、だ」



 鏡が悟っていたように、ランはあえて今回のような殴り合いを演じた。

 やろうと思えば最初の一撃で殺すこともできたし、宝貝で寝かせて拘束することもできたし、それらは規定に違反することはなかった。

 勝つだけでいいのなら、最初から悪血を大いに消費することはなかったのだ。


 だが、相手が狂戦士である以上、観客はランとイースターの血戦を期待していたのだ。

 その期待を裏切ることは、切り札になるランには許されなかった。


 最初の一撃で、合理的に殺していたなら。

 あるいは宝貝を用いて、賢く拘束していれば。

 きっと、観客は期待外れで拍子抜けしていたはずだ。


 何でもありだと規定されているとしても、瞬殺では誰も納得しない。

 もちろん、ランの武名は地に落ちることになるだろう。

 勝つのは最低限だとして、そのうえでさらに観客を魅せなければ切り札になりえない。


 他の皆がそうであるように、こんな怪物がいる国にうかつなことはできない、と恐れられなければならない。

 こんな怪物が、国家に従っている。この国の貴人は怪物を飼いならしている、そのつながりを断つことはできないと思い知らせねばならない。

 山水がオセオを攻め落としたように、正蔵がドミノの軍を吹き飛ばしたように、ランもまた狂戦士を真っ向から打ち破ることで各国の来賓に武勇を示さねばならない。


 それには、イースターが弱く見られてはいけないのだ。

 あっさり倒すのではなく、ある程度苦戦しなければならない。

 戦闘を長引かせるのは本来愚策だが、それを理解したうえで戦ったのだ。


 最初は優位に、中盤では劣勢に、終盤では一気に逆転。

 相手にもある程度花を持たせたうえで、狂戦士の恐ろしさを示したうえで、ランが実力で押し切る。

 それを手抜きと言えばそうかもしれないが、仮に山水が雷霆の騎士と戦った時のように一瞬で倒していれば、イースターは憤慨して爆発していたかもしれない。


「よく戦ったな、これを食べろ。傷が治るぞ」

「うう……?」


 とはいえ、ちゃんと試合をしていたからと言って、相手が怒らないかと言えばまた別の話だが。


「お、俺は……」

「蟠桃を食べたのでな、傷はもう治ったはずじゃ」

「……俺は、そうだ、俺は!」


 あらかじめ断っておくが、イースターに勝たなければならない理由など一切ない。

 実は病気の娘がいて、蟠桃や人参果が必要だとか。

 あるいは貧乏な村を救うために、たくさんの賃金が必要だとか。

 もしくは国家から依頼されて、この試合に参加していたとか。

 負けたら誰かに殺されるとか。何かの賭けをしていて、自分が負けたら損をするとか。山賊だから試合に負けたので、逮捕されて処罰されるとか。

 もちろん、南側の国家の苦境を聞いて、義侠心から参加したということも一切ない。


「うむ、お主は奮戦したが、こうして舞台から落ちておる」

「俺が、負けたのか?!」


 イースターは絶好調で試合に臨んでいた。

 毒を盛られたわけでもないし、度の強い酒によって引きずっていたわけでもないし、食事がまずかったり寝床が狭かったりもしない。

 ランは規定を守って、イースターにも見せ場を作ったうえで、実力で勝っていた。

 無理やり転ばせて背中を床につけるとか、突っ込んできたイースターを避けて場外に誘導したとか、あるいは外部の何者かが援護したとか、そんな姑息な手段も一切していない。


「俺が……負けた?!」


 双方が完全に素手で戦って、技術と腕力と精神で戦って、その優劣が決しただけである。

 これでもしもイースターが異論を唱えるとすれば、それはただの癇癪でしかない。


「お主はよく戦ったぞ。さあ、元の席に戻るのだ」

「ふ、ふ、ふざけんな!」


 だがしかし、厳正な規定を守り正々堂々戦って、明らかな敗北を与えられたとはいえ、それで悔しくないかと言えば否であろう。


「俺は認めねえぞ!」


 祭我がそうであったように、ランがそうであったように、万人が納得して勝者を称えられるわけではない。

 世の中には一定数、自分にとって都合のいいことしか起こらないと信じて疑わない、自分の敗北を認められない人間がいるものである。

 自分が勝つことしか認めない、自分が勝つまで戦い続ける、そういう思想が常識となっている人間。

 ある意味では最強の男を探すという趣旨に反するものではない。しかし、その最強性は、あまりにも陳腐で幼稚だ。

 負けても負けを認めないという自分勝手な『最強』は、自分が幼児性の抜け切れていない子供であると恥をさらしているだけのこと。


「なんで俺が負けるんだ!」

「舞台から落ちている以上、お主が負けていることは明らかであろう?」 

「俺が負けるわけねえだろうが!」


 ある意味では、往生際が悪い。

 ある意味では、不屈の闘志。

 しかしこの場合、敗北を認めないのはただ邪魔なだけである。


「あの小娘! よくも俺に恥をかかせやがって! ぶっ殺してやる!」


 これは試合であり、しかも勝ち抜き戦である。

 どれだけ強かろうが、どれだけ惜しかろうが、どれだけ悔しかろうが、どれだけ叫ぼうが。

 今この場での再戦など認められるものではない。


「お主の出番はもう終わったであろう。また後日に機会があるかはわからんが、この場は引き下がるべきではないか?」

「冗談じゃねえ! なんで俺がお前如きに従わねえといけねえんだ! 俺は散々待たされたんだぞ、それなのに負けたから諦めろ?! 舐めてるのか?!」


 会場全体が、狂戦士の叫びを聞いていた。

 不安になり、どよめく。

 もしやこの場で、狂乱し観客にも被害が及ぶのではないか。


「俺は、最強の神剣を手に入れて! 酒も女も肉も、デカい城も何もかも手に入れるんだよ!」

「それはもう諦めよ。ランはこの後、九十九人と戦わねばならんのだ。お主がどれだけ惜しく思っても、他の者にも同じような都合があるものだぞ」

「知るか! ああ、もう面倒だ! 俺がどれだけ強いのか、全員ぶっ殺して教えてやる!」


 舞台の上にいるランは、泰然として動かない。

 もう一度戦うことが、規定に違反するという判断によるものだろう。

 如何に狂戦士を抑え込むのが難しいとしても、これではイースターが二回も挑戦するというありえない願いをかなえさせることになるからだ。

 それでは、あまりにも不公平。望むかどうかはともかく、すべての選手に二回挑む権利を与えなければならなくなる。

 それは事前の取り決めを破ることであり、主催者が許すことなどありえない。


「そうだ、全員ぶっ殺す!」


 許さないとはいっても、選手全員へ呪術の縛りを施しているわけではない。

 一旦狂戦士が暴れだせば、言葉での静止は不可能であり、狂戦士以上の暴力をぶつけるしかないのだ。


「そうか、ずいぶんと欲張りな」


 さて、非常に今更だが。

 ここは国家公認の試合会場であり、多くの貴人が招かれている。

 そんな状況で、なぜ暴れだすと分かっている狂戦士を治療したのだろうか?



 

「では、命はいらんのだな」




 他でもない、絶対の勝算がそこにいたからであろう。

 すべては円滑に試合を進めるため。

 丁度最初に一番難癖をつけてくるであろう相手がいたので、負けた後でごねたらどうなるのか、体を張って証明してもらうためである。

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