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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
傷だらけの愚者
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密会

 大事なことは平常心を保つことである。

 しかし、平常心を保つということは変化を恐れるという事であり、素直さを忘れそうになることでもある。少なくとも師匠だって俺に揺るがぬ背中を見せてくれていた。あの人の背を追う者として、未熟なりに『人』へ剣を教えることは当然だろう。

 とはいえ、人に指導をするということは、自分の至らない面を見るのではなく相手の足りない面を見ることになる。

 それを指摘して、優越感を感じることもあるだろうか。それとも、相手の未熟さや不合理に対して呆れてしまうのだろうか。

 それが剣を曇らせ、増上慢に至らしめるのであれば、それはやはり修行が足りないということである。

 師匠が言うには、今の俺は五百年前の師匠、つまり千年間森の中で鍛えていた師匠と同じ技量を持つに至っているという。

 しかし、エッケザックスが言うには、師匠はあの森にこもる前に俗世で旅をしていたという。

 つまり、俺が今こうして人の世で過ごす日々を既に師匠は経験しており、俺はまだ経験が足りないと言える。

 まあ悪く言えば、失敗も経験の内ということだろう。自分が未熟であることを受け入れて、他人に対して増上慢であることを理解しながら、その上で謙虚さと素直さを忘れないようにしよう。

 そう思いながら、俺はソペード屋敷のベッドで寝ていた。もう日が落ちているので、寝る時間である。


 他の仙人はどうだか知らないが、少なくとも俺の師匠は夜は寝る派だった。というか、睡眠欲だけは旺盛に残っている。

 相変わらず飲み食いはしないし情欲も無いのだが、夜は眠くて仕方がない。

 そう思っていると、ドアの外に気配を感じていた。

 知っている気配というか、ブロワがドアの前で緊張している。俺は透視能力も読心能力もなく、精々感情や肉体の状態を読み取る程度なのだが、多分彼女は勝負服を着ていると思われる。


「……お嬢様に見つかれば、笑われるじゃすまないぞ」

「大丈夫だ、お前も察しているだろうが、トオン様とご一緒だ」


 俺がドアを開けると、ネグリジェを着たブロワがとても切ない顔をしていた。

 俺に気付いてほしかった一方で、止めておけばよかったと後悔している。


「お前は、私の感情が読み取れるんだろう?」

「俺じゃなくても、顔を見ればわかるさ。慌てている一方で、勇気が出ないことぐらいな」


 俺はブロワを部屋の中に案内して、ベッドに腰かけた。

 星明りが薄く入ってくる部屋の中で、俺もブロワも互いの顔を見ることができなくなっていた。


「なんでもお見通しだな……お前が敵でなくてよかったと思うよ」

「それをいうなら、俺だってそうだ。少なくともソペードに雇われてから、後悔したことはそんなにない」


 そもそも、仙人に敵はいない。

 そういう意味では、己の強さを確かめるために諸国で敵と戦っていたというかつての師匠は仙人失格で、今の師匠は原点回帰したのだろう。それをいうと今の俺も仙人失格だが。


「……花の命は短いという。お前に比べれば、特にな」

「それは俺がおかしいんだ。お前には、お前のペースがあるよ」

「その理屈で言えば、今の私は普通だ。お前の近くにいたい、それがそんなにおかしいか?」

「おかしいなんて思ってないって」


 積極的に行動している割に、ブロワは腰が引けている。

 普通に考えれば『決め』に来たとしか思えないのだが、彼女は求められたら応じる構えでありつつ、自分から一線を越えるつもりがない。

 期待している一方で、そうなってほしくなさそうである。色恋沙汰とは難しいもんだ。


「私の傍には、お前しかいなかったからな」

「そうだったな、俺とお前でお嬢様を守ってきた」

「あの人にも春が訪れそうだ」

「ああ、いいことだ。やはりお嬢様には、自負するだけの運がある。あそこまでいい条件の男は、どこを探したって見つかるもんじゃない」


 お嬢様が俺達を繋ぎとめているものは単純だ。

 一々つまらん裏切りをせず、すべてを明かし、約束通りの仕事をさせて約束通りの給料を払う。

 それだけで、俺にとってもブロワにとっても守るべき貴人だ。


「そうだな……いよいよ、私とお前が結婚することに障害がなくなってきた」

「ああ、いいことだ」


 少なくともお嬢様と結婚するよりはいい。少なくとも俺は、お嬢様よりもブロワと結婚したいのだ。


「そうなると……却って恥ずかしくなってしまってな」

「うん、まあそういうもんだ」

「お前にもそういう時期があっただろう。昔のことだろうが」

「昔といえば……初めて会った時のお前が、こんな女になるとは思わなかった。俺達があったとき、一番背が高かったのは俺なのにな」

「そうだ……私達はすぐ変わってしまう」


 不安そうに俺に身を寄せてくるブロワ。

 五年前の幼かったころを思い出してしまうが、本当に大きくなったもんだ。

 俺は体重を預けてきた彼女を受け止めながら、腕を回していた。


「少しは気の利いたことができるんだな……私は、変わるのが怖いよ。あっという間に、お婆ちゃんになってしまいそうだ」

「それはそれで素敵だと思うけどな」

「……そうなったとき、お前は今のままなんだろう?」


 そう考えることもあるだろう。

 しかし、実際には少し違う。仙人は不死身ではない。不老長寿というだけだ。

 確かにブロワは、百年後には確実に死んでいるだろう。

 だが俺だって、明日死なないとは言い切れない。大事なのは、何時だって今日の筈だ。


「そうだろうな」

「それで、私が死んだら、レインが死んだらまた森に帰るのか」

「そうだといいな。お前を看取ることができれば、さぞ幸福だろう。なかなかできることじゃないぞ、天寿をまっとうするのは」


 ついうっかり、ろうそくの火を消されることだってある。

 少なくとも俺はそうだったんだ。


「私はお前を見ていると変わりたくないと思ってしまうよ……これから変化が続けば、どんどんシワだらけだ」

「それはそれでいいと思う。きっと上品なお婆ちゃんだ」

「お前にしてみれば一瞬なんだろう……なにせ五百年だからな。二十年も生きていない私には、想像することもできない」


 お互い前を向きながら、ブロワは俺の腰に両手をまわして、横からしがみついてくる。

 俺の方が小さいので、まるでヌイグルミにでもしがみついてきているようだ。


「こうやって、なし崩し的に初体験をするのはどうかと思う一方で……お前とそんなに変わらない内に繋がりたいとも思っている。そんな心の内だって、お前にはお見通しだろう」

「そんなお前も、俺の事はよく知ってるだろ」

「そうだな、お前の事はよく知ってるよ。だから、今日の所は……甘えさせてくれ。不安になって眠れないんだ」



「貴方は本当にいい男ねえ、私とこうして夜に二人っきりだというのに、鼻の下を伸ばさないなんて」

「いやいや、そんな貴女も魅力的ですよ。私自身、国の中でも国の外でも、黄色い声ばかりで近づきたいという女性はなかなかいない」


 妖艶で豊満な女性。静観で凛々しい男性。

 ドゥーウェとトオンは、ソペードの屋敷で大人の夜を過ごしていた。

 酔いつぶれない程度の酒と、少々の肴。それを机に置いて、蝋燭が少ない暗い部屋で話し合っていた。


「とはいえ、こうして年頃の男女が密会をするんですもの。もう逃がしませんよ?」

「それは手厳しい。逃げられそうにありませんな」


 ドゥーウェは概ね見抜いていた。

 おそらく、目の前の彼は情欲を満たすためにここにいるのではないと。

 まちがいなく、色気のない真面目な話をするため、或いは胸の内を打ち明けたがっている。


「それで、どのようなご用件かしら」

「貴女の持つ、二本の剣に関してです」


 山水のでたらめさに目を奪われがちではあるが、ブロワもトオンをして苦戦を免れない相手である。

 加えて、ソペードの騎兵隊もまた並々ならぬ実力者が揃っていた。


「我が師の御息女がおっしゃるには、王家直属の近衛兵なる物が存在するとか」

「ええ、いるわよ。でも、それぐらい貴方の国にもいるのでしょう?」

「ええ、もちろんです。ですが、あそこまでの精強さはない」


 ソペードの騎兵隊もさることながら、昼間に山水へ殺意を向けていた者たちも、一角の者ばかりだった。

 一人二人の傑物はいても、精鋭部隊を結成するほど、となるとそう数をそろえることはできない。少なくとも、マジャンでは無理だろう。


「無理なのです、我が国の政治としては」

「最強の者が王になる、殿方らしい単純な理屈ですわね」

「ええ、だからこそ公正で公平。ただ王の子として生まれた者には、頭上に冠が輝くことはない。しかしそれは、自分を倒せるものを自らの国に置けないことを意味している」


 トオンは、影降ろしを伝えるかわりに法術を国に持ち帰ろうとしている。

 それ自体に迷いはない、優れた医術は国民を豊かにしてくれる。

 だが、魔法を持ち帰るつもりはない。そんなことをすれば、国が乱れてしまう。


「貴女の兄上もお父様も、武人として恥じぬ実力をお持ちの一方で、しかし最強というわけではない」

「そうね、サンスイは当然のことながら、ブロワにも負けるでしょうね」

「加えて貴女は、戦う術を全く持たない。にもかかわらず、あの二人を従えている」


 それは、彼の価値観から言えばありえないことだった。


「当主など、誰がなっても同じだ。それがお兄様やお父様の言葉よ」

「それは、どういうことかな?」


 神降ろしは強い。それは、巨大な獣となった王は、大抵の刃をはねのけるからだ。

 だが、魔法は違う。熱や雷を用いずとも、ただ火を使えば焼き殺すことができる。

 もちろん、そのまま死ぬなどあり得ない。しかし、仮に学園長クラスの魔法使いが数人いれば、条件次第では王を倒せるだろう。

 それでは、最強の者が王になるという前提が覆ってしまう。


「さあ、私にはわからなかったわ。でもきっと、お隣の国もそうなんでしょうね」

「なるほど、戦に私も参加しろと?」

「ええ、兄や父と一緒に、武勲を挙げてちょうだい。私と結婚できるように、遠すぎて無名の国の王子様が、どれだけ凄いのかを皆に見せてあげたいの」

「滅びた国、新しい国……そして、勝つ国。なるほど、多くを学べそうだ」


 この国の王は、間違いなく強い王だ。王が弱ければ、国が乱れるからだ。少なくともトオンはそう思っている。

 だが、マジャンの王ほどには強くあるまい。しかし、この『国』はマジャンより強い。


「でもその前に、貴方にはこの国の酒の味を知ってほしいわ」

「これはどうも……酔って手元が狂いそうだ」

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