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声援

 いよいよ本戦が始まる。

 初戦が狂戦士同士の戦いという、滅多に見れない見世物に対して期待している観客は多い。

 学園の実験場を借りて行われる百人抜きは、以前から行われている公開試合の評判もあって大いに盛り上がっている。

 来賓たちはやや冷ややかながらも、しかし世界の命運を決め得る試合を見届けようと、静かに覚悟を決めていた。


「ごほん」


 拡声の宝貝を用いて、既に並んでいる選手たちと観客へ向かって、エッケザックスが宣誓を始める。


「先の戦いによって、我が主であったミズ・サイガは戦う力を失った。そのため、新しい主を決めねばならん」


 その彼女の脇には、仮の主であるランが立っている。


「サイガの推薦によって、我は今のところ銀鬼拳ランを主としているが……それはあくまでも、仮の話。ランもまた先の戦争で大いに武勲を挙げたが、我が主として定めるには足りん。何よりも、我は最強の神剣。多くの者が、候補として挑戦する権利を持つ」


 最強とは、多くの者が求めるべきもの。

 多くの者が求めない最強には、何の価値もない。

 最強とはあくまでも、目標であるべきなのだから。


「この場に集った百一の戦士たちには、いずれも我を手にする資格がある」


 挑戦する資格は、誰にでもある。

 もちろん、相応の試練を受けてもらうのだが。

 最強という目標が唯一なのであれば、報われることを祈ってはいけない。

 同じ願いを持つ者を追い落とし、踏みにじり、蹂躙し、ただ一人の勝者にならなければならない。


「ランに勝利せよ! 我を手にする条件は、ただ一つである!」


 その言葉を聞いて、会場は沸いた。

 選手たちも、自分が勝者になったかのように喝采を挙げた。


「それでは、最後の確認だ。これより百人と一対一の試合を繰り返すわけだが……」


 エッケザックスは、この試合における勝敗を説明する。

 その条件こそが絶対であり、それを違える者に使われるつもりはないと目で語っていた。


「一対一であること。それさえ遵守するのであれば、あらゆる装備、薬物、毒物を許可する。無論、目を突こうが急所を攻撃しようが、殺そうが自由だ。勿論、ランが我を使うことだけは禁止しているがな」


 余りにも簡単すぎる、余りにも明白な取り決め。

 それはランを含めた参加者が全員死んだとしても、一切構わないという主催者側の意図が読み取れる。

 逆に言えば、挑戦者を『反則負け』にすることができないことを意味している。

 なるほど、公正で公平と言えるだろう。


「肝心の勝敗だが、相手を殺せば勝利であることは言うまでもないが、背中が石床につくか、あるいは石床から落ちれば負けだ」


 試合を行う場所は、硬い石の床で明確になっている。

 その段から落ちれば、あるいは背中がつけば、その瞬間に敗北だという。

 これに関しては、映像記録が残せないので審判次第と言えるのかもしれない。

 背中ではなく肩がついだけとか、言い逃れはできるのかもしれない。

 とはいえ、判定をするのがエッケザックスである以上、議論に意味はないだろうが。

 そもそも、肩でも背中でも、床につけば似たようなものであるし。


「それから、一定の時間が経過した場合、これは挑戦者の一方的な負けとする」


 唯一、明確に挑戦者が不利となる規定。

 試合時間を過ぎれば、強制的かつ一方的に敗北になる。

 しかしこれに異論を唱える挑戦者はいない。

 なにせ百人もいるのだ、全員が牛歩戦術をとれば遅々として進まない。

 第一、それでは空を飛べる選手が有利になりすぎる。


「とはいえ、ここにある大きな砂時計の砂が尽きるまでだ。何であれば一試合分試しても良いが……まあ必要なかろう」


 加えて、用意されていた砂時計は、観客でも目を凝らせば見えるほど大きい。

 希少魔法を使って早くしたり遅くすることも可能だろうが、それはさほど意味があるように思えなかった。

 そんなことをするぐらいなら、時間設定をもっと曖昧にすればいいだけである。

 試合を円滑に進めつつ逃走を防止するための規定なのだから、『長く逃げていたら警告し、それでも逃げ続ければ敗北』とでもすればいい。


「これらは既に、事前に取り決めた通りである。不満があるのなら遠慮はいらん、すぐに立ち去ればよい」


 アルカナ王国がエッケザックスの了解を得たうえで決定した、議論されていない一方的な規定。

 反則はないとしている一方で、寝技が出来なくなっていた。そしてそれが些細に思えるほどに、ランはあらゆる装備が解禁されている。

 ただの民間人が使ってさえ、訓練された軍人を一方的に殺傷できる『便利』な道具の数々。

 それを好きなだけ装備して臨めるのだ、負けるとは考えにくかった。


「……ランは辛いな」

「ええ、そうですね」


 山水はブロワとバアスを連れて、並んで座って観戦している。

 もちろん、一般の観客とは違う席である。

 何時にもまして場違いさがつらいバアスは、山水に話しかけることでなんとか紛らわせようとしている。

 なお、ブロワ。確かに家族で見て楽しいものではないのだが、娘たちを置いてこんなこの間襲い掛かってきただけの男を脇に置くことへ、複雑な心中だった。

 その雰囲気にきづかないほど、山水もバアスも無神経ではない。


「勝って当たり前の相手と百回も戦わされるんだろ? で、負けたら大恥だ」

「それは貴族に厚遇を受ける者の宿命ですよ。自信がないのなら、過分な地位にしがみつかねばいいだけです」

「……そりゃそうだ」


 負けたら可哀そう、というのは侮辱である。

 そんな当たり前のことを言われないと気づかないのは、それだけ話題に詰まっていたということだろう。


「私もサンスイも、護衛を務めていた時は過分な期待を受けていた。お前も貴族に抱えられることを望むなら、それに応えられるだけの実力を身に着けることだな」


 既に引退して久しいが、ブロワは剣と魔法の才能を併せ持った天才魔法剣士だった。

 その彼女をして、ドゥーウェからの要求にはつらいものがあったらしい。


「実力が大事ということはわかったよ、奥さん。おべっかだけじゃ務まらないんだな」


 流石に誰が聞いているのかもわからない状況で、貴族は全員クソだ、とかいう気にはならない。

 そんなことをしたら、山水から無礼討ちにされるだろう。山水に殺されるのなら本望だが、理由が馬鹿らし過ぎる。


「奥さん……そうだぞ、奥さんだ」


 おべっかでも何でもない、ささやかな呼称。

 頑固な武人の、精いっぱいの敬称。

 それを聞いただけで、ブロワの口角はわずかに上がっていた。


「……なあサンスイさんよ」

「……己の非力を呪います」


 日々にささやかな幸福を見出すのが、良き人生を送るコツだとは知っている。

 しかしだとしても、ささやか過ぎないだろうか、彼女の幸福は。

 仮にも国内最強の剣士の妻なのに、ささやかな幸福に飢え過ぎである。

 バアスには気配を読む力はないし乙女心も分からないが、山水が普段彼女とどう接しているのかわかるというものだ。


「とにかく、ランがつらいのはまた別ですよ」

「お、そうか」

「彼女にはあらゆる装備が許されていますが、だからと言って何をしても許されるわけではない。百人を相手にしても無様をさらすことは許されませんし、戦い方をよく考えて堂々たる勝利を飾らなければなりません」

「……それがアンタと対等の戦士に求められるものか」


 百人を相手に勝つなど、切り札にとっては当たり前だ。

 勝つことそのものではなく、その成果が他と懸絶していなければならない。

 観客たちも、来賓も、この国の貴族たちも、ランにそれだけのものを求めている。


「アンタみたいに、全員の首を切り落とすのか?」

「試合でそれをしたら、不興をかいますよ。第一、挑戦者に対する斬首を称賛するのは、如何かと思います」

「できないとは言わないんだな……」

「首を落とすだけなら、貴方でも練習すればすぐできますよ。股まで切り分けるより簡単ですよ」

「殺し方に拘ったことはないんだよ」


 確かにある程度の腕力があれば、首を落とすことは難しくない。

 一撃で、一度も失敗せず、できるだけ力を使わず、戦闘中に、となると難易度は極端に変わるのだが。

 とはいえ、この場にそぐわないことも事実。


「これは試合なのですよ、であれば攻防をしなければなりません。特に、周囲が期待している対戦相手であれば……」

「確かに、つらい相手だな」


 改めて、試合会場を見る。

 そこにはすでに、エッケザックスとラン、そして対戦相手である大柄な狂戦士しかいない。


 観客がどよめく。

 最初にして最大の大一番、観客の誰もがこの一戦を熱望していたと言っても過言ではない。

 同時に、銀鬼拳(・・・)ランの器量や真価が問われる試合でもある。


「第一挑戦者、イースター!」

「まったくよう……長々長々、待たせやがって!」

「まったくだ、良く辛抱したものだ。同類だからこそ、感心するぞ」


 エッケザックスの声と共に、ランの長い髪が銀色に燃え盛った。

 本来ならほぼすべての人類にとって絶望的な状況であるが、対戦相手は最初から短い髪を同じように揺らめかせている。

 極めて稀なる、血統の開祖となり得る者同士の戦い。

 それも、まったく同じ気血を宿す者同士の戦い。

 しかも、悪血。格闘能力と再生能力に加えて、学習能力さえもたらす上で、宿主を狂暴化させる最悪の力。

 その道の一流とされる達人の、更に百倍を超える力を宿している両者は、エッケザックスの合図を待ちきれるか怪しい表情をしていた。


「まったく……いい話だぜ。お前みたいな小娘を一人ひねるだけで、酒も女も思いのままなんだからな!」


 興奮状態でなお、山賊を取り仕切っていたはずのイースターは笑っていた。


「小娘か、そう言われるのは何時以来だろうな」


 燃え盛っているランは、弱さを見せずに笑っていた。

 しかし見るからに、優劣は明らかだった。

 余りにも体格が違い過ぎる上で、その優劣は更に傾く。


「素手で相手をしてやろう」


 ランは腰に下げていた剣を石床から放り捨てた。

 それは彼女が百戦の全てで、その剣を使えなくなったことを意味している。

 それに加えて、彼女がこの試合で武器を使えなくなったことも確かだ。


 勝つだけなら、殺すだけなら、陥れるだけなら、いくらでも選択肢はあった。

 だが、上回るとなると、容易な相手ではない。

 まして、ほぼ素手で戦うとなれば。


「まさか、丸腰の小娘が怖いというまいな」

「はっはっは! ぶっ殺してやる!」


 イースターは鉄製の金棒を武器にしていた。

 刃こぼれが無く、壊れにくく、手入れもそこまで必要ではない、重量で攻撃する頑丈な鈍器。

 それをイースターは、ぞんざいに放り投げた。

 軽々と持っていた、軽々と放り投げられたそれは、地面に深く突き刺さる。


「もういいだろう、エッケザックス!」

「ああ、勿論だ。始めろ!」


 弾けるように、両者は飛び出していた。

 第一戦であるにも関わらず、両者が飛び出しただけで石の床は割れ、破片が飛び散っていた。

 風の魔法を使っているわけでもないのに、エッケザックスの髪や服が大きく揺れる。

 火の魔法を使っているわけでもないのに、会場の温度が上がった気がした。

 水の魔法を使っているわけでもないのに、観客たちは体温が下がった気がした。


「銀鬼拳、発勁法」


 通常の格闘ならあり得ないことが起きた。

 殴り合いをするという両者が、拳をぶつけ合わせた。


「崩拳!」


 そして、吹き飛んだのは体重でも体格でも劣るランではなく、その双方で勝るイースターだった。


「な、なんだああ!?」


 流石に、後ろへ吹き飛びすぎることはない。

 背中から床に倒れることはないし、石の舞台から落ちることもない。

 多少飛びのいて、体勢を整えるだけだった。


「いったい何を……!」


 石の舞台に、血がしたたり落ちる。

 ぶつけ合わせた両者の拳が、互いの力に負けて砕けていた。

 人間の手は複雑な骨格によって構成されているため、解放骨折をした場合完全に治るのは難しい。

 難しいのだが、既に二人の拳は完全に治癒していた。

 流れた血以外に、二人が失ったものは無い。


「しや、がっ!」


 まだ、二人は何も失っていない。


「たあああ!」


 極度の興奮状態に達している両者は、復元した肉体を再度ぶつけ合わせていた。


「銀鬼拳、発勁法……震脚!」


 小娘と大男は互いに申し合わせて、肩からぶつかっていく。

 体格と筋力を比べあう、単純な攻撃。

 普通なら、見た目通りにランが吹き飛ぶはずだった。

 だが吹き飛んだのは、やはりイースターである。


「ちいいい!」

「発勁!」


 追撃として放つは、普通の発勁。

 掌を通して打ち込まれる、ランの中の膨大な気血。

 それはイースターの無防備な体へ打ち込まれていた。


 無属性魔法と呼ばれる、発勁や気功剣。

 それを膨大な気血をやどすランが使用した場合、山水が使用する場合とは『規模』が違う。

 本人の筋力も相まって、急所に命中しなくても人体を破壊する。


「ぐぅお?!」


 破壊された人体は、しかし一瞬で復元する。

 それにも限度はあると、ランは知っている。

 なによりも、石の舞台には広さという限度がある。

 このまま押し切れば、そのまま力による勝ちとなるだろう。


「発勁!」


 悪血の天才は、格闘の天才である。


「発勁!」


 無属性魔法も格闘の範疇と考えれば、彼女の技量は山水やスイボクに近いのかもしれない。


「はっ……」

「ハッケイ!」


 だがそれは、イースターも同じだった。


「ぐぅ!」

「だったか? 面白い技だな」


 あと一押しだった。

 もう少しで押し込めるというタイミングで、ランは逆に弾かれた。

 胸板へ掌で触れて、打ち込んだ押し飛ばす発勁。

 それが、分厚い胸板から放たれた発勁によって、逆に吹き飛ばされていた。


「もう覚えたぞ?」


 己の優位を確信して、銀髪の鬼は笑う。

 そう、これこそが数の暴力と神降しでしか倒せない、狂戦士や凶憑きと呼ばれる者たちの脅威。

 同種であるランが習得できる技ならば、自分に使えないわけがない。

 その確信が、彼に発勁を学ばせていた。


「おおおお!」

「いけえ! イースター!」

「小娘をぶち殺せええ!」


 まあこうなるだろう、とは思っていたランは、目の前の大男を応援する声に対して苦笑する。

 技を使えば盗まれる、しかも身体能力は相手の方が上。

 なるほど、相手にしてみると嫌な相手だ。


「どうした、もっと来いよ。拳で戦うんだろう?」

「ああ、勿論だ。この会場の誰もに、銀鬼拳ランの戦いを見せてやろう!」


 だが、だからこそ、ランは彼を超えるのだ。


「死ねええ!」

「死んじまえ!」

「やっちまえ!」

「イースター! お前ならやれるぞ!」

「俺たちがついてるぞ!」

「勝て! 絶対に負けるな!」


 この声援に、負けないためにも。

 狂戦士に銀鬼拳が勝ると、会場に示すのだ。





「なあサンスイ……なんでランと似たような服を着ている連中が、イースターを応援しているんだ?」

「彼女、故郷では嫌われているので」

「ああ、うん、そうか……そこまでか」

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