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 とまあ、なんとも切迫した状況ではあるが、アルカナ王国の善良なる市民や新しい農奴たちには何の関係もなかった。

 本戦も予選も、一般の民衆には縁のない話。むしろ彼らの関心は、各地で催される祭の方だろう。


 何事も飴と鞭。

 真面目に頑張っていればいいことがある、という風に思わせるためにも、祭には農奴も一般国民も関係ない。

 一定の労役をこなしたものならば、参加は自由。限度はあるものの、食べきれない量のごちそうがふるまわれる。


 それは多くの血を流したアルカナが、より力強く復興を遂げている証明であり……。

 歯を食いしばって旧世界の怪物と戦った、民衆への感謝を示すものだった。


「……お祭りだっていうけど、なんだろう、この……」


 それは労役を終えた、一クラスの教師学生たちも同じだった。

 彼らは現在、最寄りの街で行われている祭に参加していたのだが、浮かれていたはずの全員が冷や水を浴びせられていた。


 中世ヨーロッパ風の建物が並ぶ、如何にも異国情緒のあふれる街並み。

 そこには多くの『外国人』が楽しそうにしているのだが……。


「さあらっしゃいらっしゃい! 大八州名物、鳥の串焼きだよ! そんじょそこらの串焼きとはわけが違う、何が違うってタレが違う!」

「飴細工、飴細工だよ! 今日食べなきゃ大泣きだよ! 縁起のよろしい瑞兆の鶏が、ほらこの通り!」

「金平糖、金平糖はいらんかね! 口の中でコロコロ転がる甘い金平糖はいらんかね!」

「怖い怖い、まんじゅうが怖い! お茶を飲んだらまんじゅうが怖い!」


 並んでいるのは、普通に屋台だった。

 空に浮かぶ島、大八州から多くの人が参加してくれているのだが、ただの出店であり屋台だった。

 これを見て『わあ、異世界だ!』という感じを得られるのはごく少数だろう。


「これって、ただヨーロッパで異文化交流のお祭りしているだけなんじゃ……」


 女生徒の一人が、そうつぶやいた。

 そう、異国情緒あふれる街並みも、良く知っているものを売っている屋台のせいですべてが台無しである。

 しかも大八州の人間は、日本人そっくりである。そのため、本当にただ異文化交流の祭が催されているようにしか見えなかった。


「……いえ、実際に異文化交流の祭なのでしょうね」


 教師の言葉は真実だった。

 異世界の中で、異文化交流がされている。

 ただそれだけなのだろう。


「山水さんは五百年前からこの世界で暮らしていたと言いますし、大八州にもそういう人がいたのかもしれませんが……」


 ただ、それだけにしてはやたら似すぎである。

 おそらくはるか以前に大八州で生活していた日本人がいて、彼らが日本の文化を広めたのだろう。

 ものすごく台無しだった。


(余計なことをしやがって……)


 教師を含めて、ほぼ全員がその誰かを呪っていた。

 いるのかどうかも怪しいが、異世界に来た実感の一切を奪っている。

 もう観光地に来たとしか思えなかった。


「異世界で日本の料理を広める小説とかあったけどさ、その結果がこれだとちょっと……」

「現実って、過酷だね……」

「浅草に来たみたい……」


 流石に発電のためのエンジンやら電球やらはない。

 調理のための熱源は、普通に炭やら薪やらである。

 客寄せとして提灯がつるされていることもあるが、中にはロウソクを入れるようになっていた。


「こういうのも、ファスト風土というのかしら……と、とにかく皆さん、今日はハレの日です。楽しんで帰りましょう。それから、凄い人が並んでいますから、分担して料理をもらってきましょうね」


 如何に無料で販売されているとはいえ、並ばなければ料理は食べられない。

 多くの屋台に人が並んでいるので、生徒たちは手分けをして並んでいった。



 のだが、戻ってきた生徒たちの一部は、微妙に困惑した顔であった。


「どうしたのかしら……」

「先生、これ……」

「お寿司が売ってるから、楽しみにしてたんだけど……」


 おそらく、生徒たちは握り寿司かちらし寿司を期待していたのだろう。

 しかし並んで並んで手に入れたものは、微妙に握り寿司ではなかった。


「ああ、押し寿司ですか」


 教養のある教師は、それをみて納得していた。

 今でこそ高級料理としての地位を確立している寿司ではあるが、元は屋台などで売られている庶民向けの料理だった。

 そして、握り寿司よりも古くから存在しているのが、押し寿司。型に酢飯や魚などを詰めて、押し込んで作る料理である。

 それを見て、教師は微妙に嬉しくなっていた。


「これは立派なお寿司ですよ。郷土料理などの特集で、こういうお寿司を見たことがありませんでしたか?」

「そっか……これが押し寿司か……」

「思ってたのとなんか違うなあ……」


 ちょっとがっかり、という感じだった。

 こういう時、思っていたのと違う料理が来ると、複雑な心境になるモノである。

 これじゃない、という想いだった。


「先生~~」

「ちょっと、これ見てくれよ……」


 男子生徒たちが教師の元へ戻ってきた。

 やはり、釈然としない顔だった。


「タコ焼きを買いに行って来たら……」

「これが出てきた……」


「……確かにタコ焼きですね」


 小さいタコが、竹串で貫かれて焼かれていた。

 確かにタコ焼きである。どう見てもタコを焼いている。

 だが、期待していたタコ焼きではなかった。タコの串焼きだった。


「そうなんだよ……確かにタコ焼きなんだよ……」

「文句のつけようがないけどさ……」


 粉ものを期待していた身としては、ものすごく文句を言いたかった。

 たこ焼きには違いないが、これは顧客の期待していた料理ではない。


「先生~~~」


 いまだかつてないほどにがっかりした顔の生徒たちが、甘い匂いと共に帰ってきた。


「これ、これ見て……」

「これ、イカ焼きだって……」


「……イカ焼きですね」


 生徒たちが持ち帰った料理は、確かに名称を付けて販売するのなら、イカ焼き以外の何物でもないだろう。

 しかしながら、イカは一切使用されていない。

 これは小麦粉を水で溶いたものを、専用の調理器で焼き、さらにその内側に餡子を入れたものだった。


「イカの形をしている、タイ焼きですね」


 教師と言えども、雑学に精通しているわけではない。

 よって、タイ焼きがなぜタイの形をしているのか、何時成立したのか、根拠を示しつつ説明できるわけではない。

 そんな自分たちが、無知を棚に上げて聞きたくなる。


「なぜイカの形に……」


 もはや大喜利と化してきた、大八州の郷土料理。

 とんでもなくどうでもいいことに人生をささげたであろう、日本人の『影』が見え隠れしてきた。


 なお、どの料理も普通に美味しかった。



 異世界に来て故郷を想うのは、異世界に限った話ではない。

 そう言う意味では、多くの学友と一緒に異世界へ来たことは、不幸だったのか幸運だったのか。

 一つ確実なことは、この世界ではぐれはぐれにならず、日々の糧を得ることができる日々は、そう悪いものではなかった。

 少なくとも、最悪には程遠い。


「なんていうか……大八州が近くにあるせいで、ここが異世界だって気分にならないよね」

「俺らの家も日本の民家、藁ぶき屋根だしな」


 異世界に来たのに、あてがわれたのは畳のある家。

 昔話に出てきそうな、日本だったら文化財扱いの『新築』だった。

 おそらく山水や祭我が気を使ったのだろう。それなりには快適な生活を送ることができていた。

 ただ、異世界へ来たという感じが無い。


 どちらかというと、日本の原風景だとか、ド田舎中のド田舎へ農業体験をしにきているようなものだった。

 少々の不便さを感じつつも、友人たちと一緒に農作業をして……。


「農薬が欲しいよね」

「本当にね」


 雑草が嫌いになっていた。

 無農薬栽培がどれだけ面倒で、農薬がどれだけ農業を効率化するのか思い知っていた。


「食事中に農薬の話するなよ」

「飯がまずくなるだろ」


 せっかくの祭の日に除草剤の話などしたくなかった。

 なんだかんだいって、お祭りというのは楽しいものである。

 多くの平凡な人々が、普段のつらいことを忘れて楽しんでいる。


 剣と魔法の世界でも、一般の人々には剣も魔法も関係がない。

 クラスの面々がそうであるように、普通の仕事に従事しているのだ。

 華々しいことととは無縁で、退屈で厳しい仕事をこなしている。


「パパ、美味しい! もっとたべてもいいの?!」

「ああ、勿論だ。今日はソペード様が、大盤振る舞いだからね」

「やったあ! ソペード様っていい人だね!」

「ああ、素晴らしい人さ」


 リンゴ飴を舐めながら、幼い子供が父親と一緒に歩いている。


「かあちゃんかあちゃん、ほら! いっぱいもらってきた!」

「バカな子だね! そんなに食えるのかい!」

「く、食えるよ! これぐらい!」

「アンタまだ小さいんだから、半分ぐらいにしておきな」


 両手いっぱいに食べ物を抱えた男の子が、母親に叱られている。


「かあちゃん、もう食べられないよう……」

「何言ってるんだい! いまくっておかないと、明日も明後日も持たないよ!」

「だってえ……」

「今太っておくんだよ! わかったら食いな! 詰め込めるだけ詰め込むんだよ!」


 冬眠前のクマみたいな理屈で、当分の食費を浮かせようとしている母親もいた。

 ある意味、正しいぜい肉の使い方だろう。

 食べられるときに脂肪をため込まないと、生死にかかわるのだ。


 微妙に世知辛い話もあるが、おおむね祭そのものは平穏である。

 誰もが順番を守って、行儀よく並んでいる。

 秩序のある、平和な祭だった。


「かあちゃん、かあちゃん、並ぶのなんて嫌だよ……もう追い越しちゃおうよ!」

「そんな事したら、兵隊さんが飛び込んでくるに決まってるじゃないか! 黙ってな!」


 なお、平和な祭とは思えないほど、大量の兵士たちが街に配備されていた。

 騒動に対応するために、各地を見回りする班と、一際人数が多い広場に待機している班があった。

 武力であり抑止力、という印象が強い。

 腰に下げているのは警棒などではなく、普通に鉄の剣である。

 場合によっては、その剣が実行力になることもあるのだろう。


「なんていうか、こういうところだけ異世界だよね」


 とても大真面目に警備をしている兵士を見て、生徒も教師も背筋に寒いものを感じていた。

 日本でも警官は拳銃を携帯しているし、ある意味では剣などよりも物騒だった。

 だが、日本で真面目に生きている善良な市民なら、拳銃で撃たれるかもしれないとは思わないだろう。


 しかし、とても真剣に、熱意をもって、恐怖として抑止力になっている兵士たちを見て思う。

 人が集まるということはいさかいが起こるということであり、兵士という仕事にも浪漫などないということを。

 平和も秩序も、武力でしか守れないということを。


「余り騒がないことです。彼らは真剣に、お祭りの治安を守っているのですから」


 教師は改めて思う。

 生徒たちが彼らの様に、手に剣を持って魔法を使って、戦争をするような仕事に就かなくてよかったと。

 もはや彼らの保護者と再会することはないのかもしれないが、仮に再会できたとしても恥じることは何もない。

 生徒を戦わせずに済む。それは一人の教師として、誇れることだった。


「彼らのお世話にならないように、お祭りを楽しみましょう」


 他人から嫌われる、他人から恐れられる、他人を傷つける。

 それが必要なこと、社会に貢献しているのだとはわかる。

 だがしかし、それを生徒たちにしてほしくはなかったのだ。


 改めて思う。

 日本人として生まれ、日本人として育ち、日本人としての価値観を持ったまま。

 国家の抑止力として機能している切り札たちは、どれだけ過酷な人生を送っているのだろうと。


「先生先生!」

「たこ焼き、たこ焼きありました!」


 そんなことを考えていると、料理を抱えた生徒たちが走ってきた。


「ほら、これ! ソースもマヨネーズも鰹節もないけど、たこ焼きだよ!」

「ほら、中にタコはいってますよ!」


 カリっという焼け具合ではないが、ややしっとりしている。

 出汁をくぐらせたようで、香りも漂ってきた。


「なんていう名前だったんだ?」

「卵焼きだって!」

「おかしいよね、卵焼きっちゃあ卵焼きだけどさ!」


 それを聞いて、教師は普通に否定していた。


「いえ、それを卵焼きというのは普通です」

「え、そうなの」

「それはたこ焼きではなく、明石焼きです。明石焼きは、卵焼きともいうのですよ」


 一般的なたこ焼きではなく、その原型のひとつとされる『明石焼き』。

 明石市では『卵焼き』と呼ばれているので、おかしくもなんともない名前だった。


「卵焼きというかはともかく、明石焼きという料理自体は普通だと思っていたのですが……」


 そして、間違っていない名称を嘲る生徒たちへ、微妙にがっかりしていた。

 異世界に来て、日本の不勉強を知るとはこれ如何に。

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