傑物
いよいよ、神剣の継承者を決める大会が始まろうとしていた。
北側諸国は貴賓として招かれ、密偵がことごとく返り討ちにあった王都へ入っていった。
厚顔無恥だとは思いつつも、しかしアルカナからは一切皮肉が無かった。
ある意味では、裏工作合戦も『試合』の一環だったのだろう。
もしも王都へ多大な被害を出していたのなら、それは『試合』を逸脱したものとみなして多大な報復を行っていたに違いない。
そうならなかったのなら、試合は滞りなく終わったのだろう。
アルカナ王国の完全勝利、という形で。
今まで呪術と法術しか知らなかった各国は、改めて思い知った。
希少魔法の血統が複数揃うことが、どれだけ国家にとって意味を持つのかを。
なお、アルカナ王国も驚いていた。
まさか自国内にこれだけの力を持った集団が、細々と永らえてきたという事実に。
その最たる例がスイボクであり山水ではあるが、震え上がったのはむしろアルカナ王国側なのかもしれない。
テンペラの里は外部協力者であり、対等に近い同盟国である。
窮地へ参じてくれた集団を併合するわけにはいかないし、そもそも相手には大量の予知能力者がいる。
かといって、今後を考えれば対策を練らないわけにもいかない。
アルカナ王家は学園へ多額の投資を行い、希少魔法の習得者を増やすように指示していた。
なお、学園長は狂喜乱舞したという。
ともあれ、北側諸国は既にエッケザックスをあきらめていた。
やはり上納金さえ納めていれば国家が安泰であるのなら、そこまで必死になる理由がない。
これ以上あがいて余計なことをして、南側のように滅ぼされてはたまらないのだ。
たとえ一致団結したとしても、北と南では緊急性の度合いが違う。
うまくいっているならともかく、一端座礁すれば分裂するのは当然だった。
南側は滅びた国をよみがえらせたいのだが、北側は今ある国を守らなければならない。
それはどちらも等しく尊いのだ。ということで、北は完全に諦めていた。そっちも尊いのだが、こっちも尊いのであきらめていただきたい。
※
さて、いよいよ大会本番である。
まずはランと戦う百人を選抜しなければならないのだが、参加する選手たちはその百人がどういう順番で戦うのかが気になるところだろう。
腕に自信がある者は、ランが消耗していない早めでの戦いを望むだろう。
何が何でも勝ちたいものは、腕自慢と戦った後の中盤頃を狙うだろう。
運が良ければ自分も神剣の主になれるのでは、と思うものは後半が好ましいはずだ。
そんな彼らへ示された、百人の順番。
それは極めて明快かつ公平で、厳正だった。
最初の段階で選手にどの順番で戦いたいのか希望を聞いて、同じ順番で戦いたがる者同士で勝ち抜いてもらうのだ。
最初に戦いたがるものは、同じく最初に戦いたがるものを蹴落とす。
十番目に戦いたがるものは、同じく十番目に戦いたがるものと争う。
最後に戦いたがるものは、やはり同じ最後に戦いたがるものと競う。
必然的に参加人数にはばらつきが発生するので、誰とも戦わずに予選を突破する者さえ出ていた。
逆に言えば、膨大な人数と戦う者も多い。彼らが不公平を口にすることもあったが、アルカナからしてみれば『じゃあ参加しなければいい』というだけだった。
強制参加ではないし、事前にその規定は伝えているし、偏ることはあるが適正にするつもりはないとも言っている。
それで参加者が減ろうが増えようが、一切訂正するつもりはない。
そもそものお題目として、最強の剣士を探しているのである。参加者全員が総当たりして、一人だけに絞ってもいいのだ。
それをせずにあえてランが負けやすい規定にしているのだから、文句を言われる筋合いはない。
それが主催者の主張なのだから、激戦区の面々は割り切って戦うしかなかった。
「……」
予選では、魔法などの術の使用は禁止されている。
あくまでも剣士を選抜するという題目なので、仮に近衛兵並みに魔法が熟達していても、使用しようとした瞬間にスイボクが縮地で退場させる。
乱戦で魔法を許可した場合、それこそ全員丸焦げになってしまう可能性があるので、死傷者を出し過ぎないためにも必要な規定だった。
逆に言うと、魔法が得意で剣が苦手な者にはやはり不利である。
またテンペラの里の様に、希少魔法と合わせて使うことが前提になっている体術も不利だった。
だが規定で決まっているのだから、それに従うほかない。
アルカナ王国に反する形で神剣を奪おうとするよりはまだ分がいいし、なによりも魔法の使用が解禁された場合はただ運任せになりそうなので、仕方がないと納得していたのだ。
「……」
バアスは山水が用意してくれた貴賓席に座って、それを観戦していた。
最激戦区である、十番目の挑戦者を決める試合。
それは多くの剣士たちが、命をかけて戦う戦場だった。
一人の例外もなく必死で戦っているが、やはり集団戦闘をしている面々が目立つ。
二十人ほどの剣士が円陣を組み、中心の剣士を守っていた。
ある意味当然なのだが、精鋭が協力して陣形を組めば、相手に飛び道具がない限り堅牢な守りになる。
今回の規定では、最適な戦術だろう。
仮に中心にいる本命が剣を苦手としていても、周囲の精鋭が最終的に辞退すればいいだけなので、何の問題もなく本戦へ送り出せる。
そこで勝てるかどうかはともかく、本命を消耗させないためには最適解だった。
しかしそこには、剣士たちの意志も名誉もない。ただ国家の利益があるだけだ。
自分も、あそこにいるかもしれなかったのだ。国家のことを考えれば、あそこにいるべきだったのだ。
「……」
そんな精鋭に挑んで、倒れていく剣士たちがいた。
もしかしたら自分よりも強いかもしれない剣士が、集団戦術の前に敗北している。
仕方がないだろう、特におかしなことが起きているわけではない。
卑怯と言えば卑怯だ。一応最強の剣士を決める戦いなのに、これでは徒党を組んだ方が勝つことになっている。
とはいえ、この場に山水がいれば全員まとめて倒しているので、徒党を組まれただけで負ける側が弱いともいえるだろう。
だがそれは残酷な理屈だ。凡庸な実力しか持たないものでは、ランに挑む機会さえ得られない。
国家の利益が関わる試合なら、それは仕方がないのかもしれない。
だがそれでも、自分の同志たちが倒れていくのがつらかった。
そして、それらを置いて思うところもあった。
選手たちの奮戦ではなく、周囲に貴族たちや豪商たちがいる状況に関してである。
「なんで俺がここに……」
もちろん、山水に挑んで負けたのだ。
その結果として、エッケザックスをかけた試合に参加できなくなった。
何もおかしいことはないし、それ自体は問題ではない。
だが、なんで貴賓席に座っているのだろう。
元々は貴族になりたかった、今も貴族になれているわけではない。
だが結果としては、貴賓席という場所にいる。
必死で頑張っている、同じような境遇の面々を差し置いて。
山水に勝ったのならともかく、負けたのに厚遇されている。
それはとても恥ずかしいことだと、浅ましいことだと思っていた。
それは彼に、今後の進路を決めさせるものだった。
※
ある意味当然ではあるが、世界は広い。アルカナ王国近隣から人数を集めただけであっても、少ないなりに傑物を探すことができていた。
その彼らに対して、北側も南側もさほどの期待をしていなかった。
国家が用意できた傑物とは、せいぜいが近衛兵。接近戦で、一対一で狂戦士に勝てるものではない。
だがそれは、あくまでも政府とつながりのあった選手に限られる。
それこそ切り札たちのような、図の抜けた戦力は個人として参加していた。
ほんの数人だが、アルカナ王国からエッケザックスを勝ち取るべく奮戦していた。
「……あれ、ずるくないか?」
ランとその仲間である四人の娘たちは、第一試合の挑戦権を獲得した男を見て驚いていた。
そこにいるのは、筋骨隆々の大男。そういうと如何にも陳腐だが、その大柄さはバアスさえ突き放している。
さしものバアスも、彼と横に並べば子供に見えるかもしれない。それほどの体格を、彼は誇っていた。
もちろんそれだけなら、ずるいだとか反則だとか、そういうそしりを受けることはない。
しかし、その彼の髪を見れば、アルカナの人間は反則だと思うだろう。
ランと同様に、銀色に燃え盛る髪。
それはまさに、悪血を通常の百倍以上宿した狂戦士の証だった。
つまり、常時自己強化、自己活性化を行っているということ。
一対一以外のあらゆることが許されている本戦とちがって、予選では試合が始まると同時に退場させられる、存在そのものが反則と言える選手だった。
その彼が第一試合の挑戦権を得ることができたのは、予選の試合が始まらなかったからだ。
つまり、八十一試合目だとか、六十二試合目だとか、そういう中途半端な順番の試合と同様に、彼だけが第一試合を希望していたからに他ならない。
もちろん、たまたま偶然そうなったわけではない。
ただ単純に、彼が自分と同様に第一試合を希望した面々を、己の体格と威風を活かして威圧していたからに他ならない。
彼は一応我慢していた。興奮し続けている狂戦士のわりには、一応我慢して暴力を振るわなかった。
だが、普通に考えて、見るからに話が通じなそうな大男が銀色の髪を燃え盛らせていれば、試合以前にかかわりたくないだろう。
もちろん国家の密命を受けていた面々は別だったが、彼らはむしろ『同じ狂戦士ならランを弱らせることができるのでは』という期待や、『同じ狂戦士でも国家の後ろ盾がない相手からなら、神剣を簡単に奪えるかもしれない』という希望があったからだ。
「アイツ普段は、北側の国で山賊やってるんだって」
「まさにお山の大将か……でもあれだけ体格がよかったら、そりゃあ大将だよね」
「嵐風拳も真っ青だな……旧世界の怪物にも真っ向勝負ができそうだ」
「恵まれた体格……なによりも男。ランよりも才能があるのかも」
四人の娘たちは、口々に脅威を語る。
少女だったランでさえ、テンペラの里の大人たちを相手どって圧倒したのだ。
魔法使いしかいないこの付近では、彼に敵などいなかっただろう。
「……そうだな、奴は私よりも才能があるかもしれない」
ランは素直にそれを認めていた。
自分と最初に戦う、自分以上の天才を認めていた。
どうあがいても、苦戦は免れないだろう。
「だが奴はただの狂戦士、私は銀鬼拳だ。その差は才能以上に大きい」
しかしそれは、今回の条件でないのなら、だ。
今のランはバトラブの切り札、であれば狂戦士如きに負けられるわけがない。
「そして何よりも、私は多くの人に支えられている。山賊風情に後れをとれるわけもない」
そう言い切って、他の挑戦者を巡ろうとする。
「秘境の巫女道から報告があった。百戦目の挑戦者は、ニホンジンに決まったらしい」
警戒すべき相手へ対策を練るべく、彼女は狂戦士を背に歩き始めていた。




