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身長

 どんなに楽しい時間も充実している一瞬も、肉体が疲れてしまえばそれまでだった。

 元々体調がよくないこともあって、バアスはほどなくしてよろけていた。


「勝負無し、ということで」

「情けか?」

「おおかたサンスイに痛めつけられたんだろう? 私も経験がある、このまま勝っても面白くないだけだ」


 激しい運動は頭の傷に響く。

 バアスはその勧めに従って、戦いを切り上げていた。

 体がそこまでいたくない、木刀で打ちあったはずなのに傷を負っていない。

 それは相手が気を使ったのだろうと想像がつく。


 普段なら舐めやがってと怒るところだが、今は素直に感謝している。

 山水が以前に『別に当てなくてもわかりますよね』と言っていたことも無関係ではないだろう。

 自分の何が良くて何がいけないのか、今のバアスにはわかっていた。


「いやはや、お見事だった。バアスと言ったか? サンスイ殿が気に入っているわけだ」

「相手をしてもらったことぐらいはわかってる」

「そういうな。見ていてすがすがしかったぞ」


 柔軟を終えていたトオンは、汗を拭きながら称賛した。


「ええ、本当に。見ていて面白かったわよ。さっきのお見合いとは段違いだわ」


 なお、ドゥーウェ。

 とてももっともなことを言う。


「全くだ、さっきとは偉い違いだぞ」


 世界最強の男からもお墨付きである。


「ははは……申し訳ない」

「……そうだな、うん」


 トオンもランも返す言葉が無い。

 確かに冷静になれば、酷い試合だった。


「とにかくだ、我が妻が言ってくれたが、君はとてもいい剣士だ」

「しつこいぞ」

「いやいや……貴殿はかなり場数を踏んでいるが、剣術に拘っていただろう? それは本来非合理なことだが、窮してもそれに逃げないのはよかったぞ」


 戦場では何が何でも目の前の相手を倒さねばならない。

 それも、可能な限りの完全武装をしている相手、をである。


 もちろん、全員が全員、金属製の全身甲冑を着込んでいるわけではない。

 金属製の鎧はとても重い上に、そもそも高価で、一人で着こめるものではないからだ。

 よって、たいていの兵士は革の防具や胴、簡単な兜ぐらいしかかぶっていない。


 とはいえ、それでも十分な防御効果は見込める。

 少なくとも、裸に近い恰好よりは生存率は大幅に上がる。

 逆に言うと、武装している相手を殺すのは難しいということだ。

 それを剣だけで戦ってきた、というのは才能と美学、幸運のなせる業だろう。


「別に禁止していたわけでもないのに、当身や投げ技を使わなかった。小柄で体重の軽いランには有効なはずだったのだが」

「……自分で言うのもどうかと思うが、その手のことは練習したことが無い。確かに、サンスイのところじゃあそういうことを練習している奴もいたけどな。まあ……そんなんで勝てるとも思えないしな」


 一番得意な剣術が通じない相手である。不慣れな『卑怯』に走ってもあしらわれるだろうと察しがついていた。

 なにせ、ランには常に余裕があった。自分が何か別のことをしようとすれば、ゆうゆうと対処されただろう。


「当たり前だ、私はもともと剣術よりも拳法の方が得意だぞ」

「……剣術よりも?」


 とはいえ、ラン本人が剣術より拳法の方が得意、といわれると傷つく。

 自分の得意分野が、さほど得意ではない相手に負けるのは辛いことだ。


「私の故郷であるテンペラの里は、拳法家が集った隠れ里でな」


 テンペラの里。

 アルカナ王国に助成した数少ない外部勢力の一つであり、十もの希少魔法を存続させてきた、世界でも稀にみる異常集団だ。

 今まで世界が忘れていたのだが、今回の戦争で一躍の有名集団にのし上がった。

 その特異性は、近隣諸国の諜報機関が嫌というほど思い知っている。


「そこで私は、拳法家たちのなれ合いを見てきた」

「なれあい……」


 バアスはなんとなく、テンペラの里とはさぞ実力主義で何もかもを武力で通す、男にとって理想的な社会だと思っていた。

 どうにも、実際には違うようである。


「なにせ外との交流がほとんどない、自給自足で細々とやっていた隠れ里だ。農作業の合間に拳法の訓練をするだけで、たまに試合をするとしても本家に気を遣って優勝するのはいつも当主。まあ面白くなかったな」


 それは、今回の戦争で大活躍したというテンペラの里にはふさわしくない、どう考えても面白くなさそうな話だった。

 しかし現実的に考えてみれば、隔離された集落ではそうなるしかないのだろう。


「ただ、今にして思えば……」


 法術だけではなく、多くの仙術による治療法。

 それらの存在を知った後だからこそ、強く思えることもある。


「里の中で殺し合いをしたくなかっただけなのかもしれないな」


 取り返しがつかない怪我が、拳法の試合では起こり得る。

 それは治療に特化した術の存在しないテンペラの里では、本当に取り返しがつかない。

 幼いころのランが暴れた結果、それを負った者も多く……。

 そのケガを癒してもらった、癒してもらってなおランを恨んでいる者も多い。


「昔の私は周囲を軟弱だと思っていたが、それは違った。私は暴れるのが得意だったので、暴れるなと言われるのが嫌なだけだった」


 子供だった。

 それでは済まされない話で、もう取り返しがつかないことだった。


「……そうか」


 狂戦士だというランのことは、バアスも知っている。

 正確には、狂戦士のことはよく知っている。

 戦場で度々うわさされる、如何なる怪我も治してしまう上に、人知を超えた怪力を発揮できる怪物。

 その彼女はさぞ尊敬されているのかと思っていたが、実際にはただ迷惑な乱暴者だったようだ。

 考えてみれば、まあそんなものだろう。


「貴方のところはどうだったの、トオン」

「ああ、私の所か……客人の為に説明させてもらうが、私もラン同様に異国の者でね。一応は王家の生まれだ」


 ドゥーウェの問に、トオンは思い出に浸りながら答えた。


「私の故郷であるマジャンは、その国で一番強い者が王になるという習わしがあった」


 それは、ある意味ではバアスの理想であり……。


「とはいえ、実際には希少魔法である神降しが使える者に限られるのだがな」


 残酷な真実を突きつけるだけだった。

 当たり前だが、剣の才能があっても、魔法の才能があるものより冷遇され……。

 両方の才能がある者の方が、もっとも優遇されるという真実を。

 剣が強いというだけでは、『魔法』を使ってもいい戦場では活躍の機会がないということを。


「神降しは、とても強力な希少魔法だ。今回私の妹が神降しで旧世界の怪物と戦ったのだが、蟠桃などの恩恵もあってか大いに活躍した。それこそ、私などよりもよほどな。その妹は、神降しの使い手の中ではそこまで優れているわけではない。もしも神降しの使い手の中でも精鋭とされるものが参戦していれば、当に獅子奮迅の働きをしていただろう」


 強者強者と言っても、所詮は剣術しか取り柄の無い男。

 希少魔法を操る者の中でも、更に精鋭とされるものから見れば雑兵同然だろう。

 剣術だけが強さとして評価される場所など、それこそ魔法がまるでない場所だけだろう。

 そして、そんな強さが特に意味を持つとは思えない。


 一つの街でなら通じても、国家の中で最強ともなれば当然の話だろう。

 はっきり言えば、バアス程度の才能を持つ者達はまったく珍しくないのだ。


「……まあ、それだけ強い神降しでも、神降しの中でも最強とされる王でも、横暴を極めていれば『老後』など悲惨だったらしいな。新しい王によって、それはもう酷い目にあったらしい。老いに勝てるのは仙人や天狗だけだからな」


 そして、その強者も老いから逃れることはできない。

 老いれば強さを維持できなくなるし、新しい強者に蹴落とされればそれまでだ。

 豊かな老後を得るには、やはり周囲へそれなりに気を使わねばならない。


「まあそれ以前に、どれだけ強い王も病気には勝てない。そちらに関しても、天狗や仙人ならほとんど無関係らしい」


 そんな都合のいい話はない。

 それだけの話だった。


「あらあら、そんなものなのね」

「そうか……まあそんなもんだな」


 それをバアスは受け入れていた。

 やはり、それも成長なのだろう。


「ねえ、スイボク様。貴方はどうだったのかしら?」

「ぬ……」


 世界最強の男は、ドゥーウェからの質問に対して目をそらしていた。

 かなり情けない所作である。


「儂の場合は、まあ……その、うむ。千年ほどは花札で社会生活をしていたが、他は旅の空というか、世捨て人であったし……基本的には、世間と縁を断っておったのでなあ。術の練習でよその国を巻き込んだり、喧嘩を売られた国を滅ぼすことはあったが、無理な頼みを他人へ押し付けることはなかったぞ」


 引け目に感じているような、老いとも病とも、敗北や格上とも無縁のスイボク。

 一切参考にならない上に、相当に迷惑な話だった。


「あらあら……その反省も含めて、サンスイをお育てになったのかしら」

「ぬ……うむ、然りである」


 ドゥーウェの問に対して、気まずそうに返すのが今のスイボクである。

 これもまた、一種の成長なのだろう。何歳になっても、修業は重要である。



 流石に、身元がはっきりとしていない人間を王宮に住ませるわけにはいかない。

 王都の中であてがわれた宿の中で、バアスはそこそこいいベッドで横になっていた。

 それなりにいい酒ももらっており、それを飲んで酔っていた。


 その上で、今の自分を見つめる。

 確かに才能があって、しかし珍しくない。

 元々強くて、更に強くなって、それでもこの国では上位に食い込むことはない。


 それを、今の自分がどう思っているのか。

 世界で一番強くなれるわけではないし、最強の神剣の主になれるわけではないし、国内でも屈指の実力者にさえなれない。


 そんな自分が、今後どうするのか。

 今後どうしたいのか。


「好機なのは確かだ……」


 なんだかんだいって、気に入られている。

 もしも今の自分が山水の弟子になることを望めば、あたたかく迎えてくれるかもしれない。いや、もうすでに半分はそういう状態である。

 そうなれば、今よりもっと強くなれるし、何よりも就職先だって見つかる。

 それはきっと、武人として成功と言っていいのだろう。


 しかしそれは、妥協だとも思う。

 世界で一番になれない、国内で一番にもなれない、最強の剣を得るわけでもない。

 貴族より偉くなるわけではないし、むしろ貴族に従う形になるのだろう。

 それでいいのだろうか。


「……俺が、俺以外になれるわけじゃないか」


自分の身の丈はわかった。

うんざりするほど、自分は大したことがなかった。


もし仮に、ここから自分が大逆転をするとしても。

それはきっと、今の自分の手柄ではないし、自分の望む形ではないのだろう。


自分が掲げた、剣士が見直される社会ではないのだろう。

それならばせめて、自分の納得できる生き方を考えたい。


そう思っていた矢先だった。


部屋の前に気配を感じ、起き上がる。

扉の前にいくと、一枚の紙が置かれていた。

文字は書かれていなかった。

代わりに、ある家紋が描かれていた。


字が読めないバアスだが、直ぐに意味を察した。

その家紋は、南側のある国の、有名な安酒に描かれていたものだからだ。


「くそ」


彼は、今の自分が何者なのか、嫌々ながら思い出していた。

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