好悪
山水の元から巣立っていった面々は、その手腕を評価されていた。
この場合の手腕とは、腕っぷしという意味ではない。論理的な思考を全体で共有できる、段取りの手腕を買われていた。
言葉に気品は欠けているが、建設的な議論が出来る彼らを見ていると安心感があった。
頭のいい兵士。
それは本来なら、忌避されて好ましくは思われない。
頭がいい兵士とは、つまり作戦に口をはさんでくる兵士に他ならないからだ。
もちろん、本来なら作戦への口出しは悪いことではない。
多角的な意見はいつだってありがたいし、硬化しないために参考にするべきである。
ただ、それは相手が一定以上の地位にいる場合に限る。
はっきり言って、兵士一人一人に意見を聞いていたら作戦など成り立たないし、ごく一部の兵士を優遇すれば反発を招く。
そもそも、専門の教育を受けているうえに軍事上の機密を預かっている指揮官が作戦を練るべきであって、それらがすっぽ抜けている者の意見など意味がないのだ。
仮に『頭がいい兵士』の考えた作戦が仕官の考えている作戦よりも優れているとしたら、それは兵士の頭がいいのではなく仕官の素養に問題があるだろう。
第一、意見をする兵士の頭がいいかどうかなど、周囲にはわからないし証明のしようもない。
強いて言えば、士官学校を卒業したことが、頭のいい仕官であることの証明である。
ある意味では、頭がいい兵士などいない。本当に頭がいい兵士なら、無駄に仕官へ発言して印象を悪くするような真似はしないからだ。
仕官の建てた作戦へ進言するのは、それこそ自分のことを頭がいいと思っている兵士でしかない。
と、いうのがソペード貴族の認識だった。ごく一部の精鋭を除けば、兵士とはそういうものだと思っていた。
そして、そのごく一部の精鋭を手元に置いてみると、これがなかなか頼もしい。
ちゃんと自分で危機管理できる兵士、というのは警戒力が違う。ただ指示された場所に立っていたり、決められた順路を歩く兵士とはわけが違った。
山水の門下生は、剣の才能はあっても魔法の才能はない。
だが魔法の代わりとして宝貝を支給されており、更に山水から基本的な護衛としての心得も習っている。
本人たちの経験もあって、武芸指南役ながらも護衛としての役割も果たせていた。
ちゃんと建設的な議論ができる、屈強な兵士。
それを養成するのは簡単ではない。なにせ当人たちは自分の基礎体力に甘んじており、そこから先のことなど考えないからだ。
山水の場合はその屈強な兵士たちを上からねじ伏せることができるので、すんなりということをきかせられるわけだが、他の場合はそうもいかないわけで。
ようするに、山水は若い衆へ薫陶を聞かせられる、優秀な教師として期待されていた。
なにせ国内最強の剣士である。その彼が言うことなので、親に反発したがる年頃の若者も聞いてくれるのだ。
「目的を達成するには、二種類の努力が存在します」
空を行く多くの石船。
その中にはソペードの貴族たちが座っており、彼らは山水の講義に耳を傾けていた。
退屈しのぎということもあるし、山水がどんな講義をするのか興味を持っている者もいる。
同行を許されているバアスとしては、山水が口で言うことをそのまま受けいれる準備をしようと、反発しがちな自分へ言い聞かせていた。
「一つは自分を高めること、もう一つは他人を陥れることです」
宝貝の船を操作しながら、山水は門下生へ語っていることを貴人へも伝えていた。
「ある意味では、他人を陥れる、あるいは有力者に取り入るのは近道です。真面目に努力をするよりも、よほど早く出世できるでしょう」
通常なら受け入れにくいことも、なんとか受け入れてもらえるように言葉を選びながら、慎重に説明していく。
「もちろん、それはそれで労力を必要としますし、才気や覚悟も求められるでしょう。ですが、それだけでは不足です。どれだけうっ憤をため込んで、どれだけ不満を秘めて、その果てに望んだ地位を手に入れたとしても……そこで待つのは新しい仕事でしかない」
それは貴人に言っていることではあるが、バアスにも話していた。
同様に、この場に他の門下生がいても問題ないように、内容を考えてある。
「もしも自助努力を怠っていれば、その仕事を全うすることはできません。もしもあなたが望む地位に辿り着いても、その職務をこなせなければ、別の誰かに仕事を奪われて終わるでしょう」
とても当たり前のことを、大切に語っていく。
山水が大真面目に語っているので、周囲の誰もが真剣に耳を傾ける。
「当たり前ですが、仕事のできない者が優遇されることはありません。仕事ができないということは、同じ仕事を担当している方へ負担を強いることになりますし、同様に推薦した方へご迷惑をお掛けすることになります」
どれだけおべっかが上手でも、仕事が出来なければ周囲から嫌われる。
仕事の内容が高度で、人気が高く、かつ重要性もあるのならなおのことだ。
「憧れている仕事では自助努力できる、と思うかもしれません。ですが、それは実際にはむなしい想像です。仮に皆様が大きな料理店へ赴き、とてもではないが料理と言えないようなモノが皿に載せられて出されたとします。当然、料理を作ったものへ苦情を伝えるでしょう。その料理人が『憧れていた料理長になるために、多くのわいろを贈った。その結果望んだ地位になれたので、今後は頑張りたい』と言ったとします。それに対して、皆さまはこう思うでしょう」
笑い話のような、冗談を含んだ話。
しかし山水本人が、まったく笑わずにすらすらと口にしている。
その関係もあって、まるで笑えなかった。
「客で練習するな、と」
山水は、本心からしてはならないことを説明している。
「他のいかなる仕事も同じです。仕事があるということは、他の誰かへその仕事の結果を伝えるということ。仕事を滞らせる無能は、ただそれだけで嫌われます」
子供の姿をしている山水だが、それでも一切子供らしさはなかった。
「仕事とは、格好がいいだけではありません。必要とされているからこそ存在し、そこに熱意だけがあっても意味はありません。むしろ、熱意があるのなら地位につく前に努力しろ、と思うでしょうね」
最強の剣士になるために、五百年を費やした男は自嘲しつつもそう口にした。
ここまでの話は、バアスにとっては楽しい話だった。
とても合理的に、自分の嫌う人間が馬鹿にされている。
「ですが、その一方で自助努力だけしていればいい、仕事ができればそれでいいというものではありません」
しかし、そう甘い話をしているわけでもなかった。
「仕事が出来ている、自分は有能である、必要とされているのだから、他人から嫌われても問題はない。そう思っている人間もまた、他人から好かれる努力を怠っている、と言えます」
とてもざっくりと、バアスに刺さることを語り始める。
「はっきり言えば、どんな仕事でも前任者がいます。それはつまり、特定の個人でなければできない仕事などない、ということです。どれだけ有能だと自負していても、よほど顰蹙をかえば別の者に仕事や地位を奪われるでしょう。仮に代わりの方が劣る仕事ぶりだとしても、その場合は複数で分担すれば済む話ですからね」
分かってはいるが、面白くない話だった。
お前の代わりはいくらでもいる、と言われて喜ぶ者は少ないだろう。
「不満でしょうが、事実です。例え代えが効かなかったとしても、普段から好かれていなければ捨てられるでしょう。失敗しない人間などいませんから」
その言葉を聞いて、貴族たちは思い出す。
他でもない山水が、国難の際に不在だったことを。
仕方がないと誰もが思っていた。
彼が師と共に遠くへ行った時は、誰もがこんなことになるとは思っていなかったのだから。
とはいえ、それを失敗ではない、とは言えなかった。
如何に最強の剣士と言えども、その場にいなければどうしようもなかった。
「皆さんも、よく覚えておいてください。万人から好かれることは無理だとしても、自分から積極的に嫌われる振る舞いをなさらないように」
大変申し訳ありません。
今日は短いです。




