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拘束

 いよいよ王都で神剣の所有者を決める試合が始まろうとしていた。

 そうなると山水は出立の準備をすることになるわけであるが、彼は荷物をまとめた後に邸を出ていった。

 何事かと門下生たちや貴族たちが心配していると、ほどなくして縄でぐるぐる巻きにされ口枷や目隠しまでされた人を、十人ほど浮かせて持ち帰ってきた。

 全員が、それなりに裕福そうな格好である。見方によっては、貴人を拉致してきたようにも考えられる。

 というか、そうとしか見えない。ブロワは恐る恐る訪ねていた。


「……サンスイ、その人たちはなんだ?」

「一週間ぐらい前から俺の邸を監視していた連中と、そいつらから報告を受けていた連中だ」


 おそらく、山水が留守になる時を狙って、邸へ忍び込むつもりだったのだろう。

 その機をうかがっていたのだろうが、山水はそれを常に把握していたらしい。

 今回邸を離れるということで、機先を制して確保したようだった。


「まったく……どこの誰なんだろうなあ。俺の邸に忍び込もうとするなんて」


 その場の彼らに、どこの誰なんだろうねえ、と言っておく。

 つまり、どこの誰だか詮索するな、ということだった。

 それを聞いて、山水の門下は何も聞くまいと思い、ソペードの貴族たちは全てを悟っていた。


「俺の邸には、何にもないのになあ」


「何をおっしゃいます、この邸は大八州の大工が趣向を凝らして作った、見事なお屋敷ではありませんか」

「その通り……、異国情緒あふれる建造物であり、多くの美術品が並べられており……さながら大八州の縮図でしょう」

「そ奴ら賊も惜しいですなあ、この光景を拝めぬとは」


 軽い調子で、挑発してみる貴族たち。

 その言葉を聞いていた【賊】は、全員が激しく体をゆすり始めた。

 懸命に、全力で、己の目隠しをどうにかずらそうと頑張っている。


「……サンスイ、一応聞くが跡が残るような縛り方はしていないだろうな」

「ああ、安心しろ。どこの誰だか知らんが、そう手荒な真似はしていない。未遂だしな」


 ブロワの確認に対して、山水は応じる。

 そう、ほぼ間違いなく、拘束された面々は国内の人間だ。

 というか、それなりに高貴な生まれだろう。それも、許可をとれば入れるソペードの貴族ではなく、他の家に属する貴族のはずだ。

 何かあれば、国内で問題になりかねない。如何にソペード領地へ忍び込んでいるとしても、拘束すればこちらが不利になることもあるからだ。

 まあ、そんなことはないだろう、と全員が察している。


「では、どうするのだ? 座敷牢とやらに閉じ込めるのか?」

「これから石舟で王都へ向かうんだし、一緒に連れていく」


 ばたばたと、拘束されている面々がもがいていた。

 よほど王都に連れていかれるのが嫌らしい。

 というかまあ、この邸を見れないのが嫌なのだろう。

 ますます彼らの身元がはっきりしてしまう。


「……サンスイ、お前は彼らのことを把握していたのに解脱しかけていたのか」

「ま、まあ……正直無害だと思っていたし」

「……大八州からの寄贈品が盗まれるとは思わなかったか?」

「……ごめん」


 ブロワに対して謝罪する山水。

 そもそも解脱されるとまず迷惑なのだが、泥棒を把握しているのにそのまま解脱しそうになる危機感が更に問題である。


「一応、門下生には残ってもらう予定ですが……」

「……」

「バアスさん、よろしければご一緒にいかがですか?」


 そこで仕切り直すように、山水はバアスを誘っていた。

 もちろん今更王都へ行っても、ランへの挑戦権を得ることはできない。

 加えて体調も最悪、参加できても満足な戦いができるとも思えなかった。


「……なあ、ランってのは、アンタが認めるほど強いのか?」

「私は彼女のことを、個人的に嫌っています」


 それは、認めていない、ということだった。

 バアスにとっては意外なほどに、山水はランを否定していた。


「ですが、彼女のことを祭我様は認めています。私にとっては、それが、それだけが全てです」

「……強いのか?」

「それを確かめに行きましょう。きっと意味がある、見る価値がある戦いになるでしょう」


 国家の利益がかかわった、特定の選手にとって有利になる試合。

 それはバアスが認めたがらない、裏工作を山積みにしたもののはずだった。

 だがそれでも、それを知ること自体は無意味ではない。

 山水はそう信じて、バアスを誘っていた。


「わかった……頼む」

「はい、それでは一緒に行きましょう」


 なお、山水本人は、捕まえた貴族に自分の邸を見せない模様。これは山水の意志ではなく、国家で決まっていることなので仕方ない。

 拘束されている彼らが、所属する家の当主からどんな扱いを受けるのか、考えるまでもないことだった。



 いよいよ開催、という時期である。

 最後の望みをかけて、各国の諜報員たちがテンペラの里の住人を拘束しようと奮戦していた。

 そして、ある一人の若き密偵が、何とか一人の男を拘束して王都から連れ出すことに成功していた。


「お、おお……!」

「お前、ついにやったな!」

「もう完全に諦めていたが……」


 馬車に積み荷として紛らわせ、王都の近くにある森へ運び込む。

 それはとても危ういことであったが、何とか達成された。

 ここまで連れてくれば、あとはどこかへ潜むだけである。


「まずは、全力で離脱だな」

「ああ、魔法を使うと目立つから、別の馬車へ移し替えよう」

「包んでいる布も、別のものに変えるか……」


 お世辞にもきれいとは言えない布にくるまれていた、霧影拳の服を着た男。

 暗器の類を持っていないのかを確認したうえで、別の布に詰めていく。


「急げ、他の拳法家が気付いているやもしれんぞ」

「……というよりも、どうやって拘束したのだ?」

「ああ、酒場で薬をもった」

「なるほど、どおりで酒臭いわけだ……」


 正直に言って、この男一人をさらったところで今更意味があるのかわからない。

 ありていに言って、ランに近い人間であるのかを確認する余裕が無かった。

 最初はできるだけランと親しい人間をさらおうと奮闘したのだが、一人とてさらうことができず、殺すこともできなかったため、それらを調べることを放棄していた。

 放棄したうえで、一人をようやくさらえたのだ。

 彼らが何度も挫折しかけたのは、今更語るまでもないであろう。


「いいか、きちんと調べろよ」

「ああ、拳法家はどこに武器を隠しているのかわからん」


 だからこそ、彼らは全員入念な確認を行った。

 そして、その最中に、あることに気づいた。


「……おい、ちょっと待て」

「どうした?」

「こいつを全裸にしろ!」

「そんなことをしている暇があったら……」

「さすがに今、そこまでは……」

「違う、そうじゃない!」


 一人の密偵が、拳法家の脚を調べている時に気づいた。

 肌の色が、途中から変わっていることに。

 太ももまではやや白く、一つのくぎりからいきなり褐色になっていた。



「……もうバレたのか」



 常人なら、三日は起きないはずの眠り薬。

 それを服用したハズの『霧影拳の格好をした男』は、いきなり目を開けてそう口にした。

 そして、その直後に音もたてずに消えていた。


「……影降しだ!」

「マジャンの技か!」

「肌はどうやって誤魔化していたんだ?!」

「そんなことはどうでもいいだろう! 完全にはめられたぞ!」


 法術使い同様に、テンペラの里に所属していない希少魔法。影気、影降し。

 術者の健康状態や服装武装さえ再現できる術なのだが、逆に言って分身の姿を調整することはできない。

 影降しの使い手は、基本的にはマジャンの人間だけであり、人種が違うので判別できるはずだった。

 だが、それこそ地肌との境目を見つけない限り、変装だとわからないほどに『自然』な変装だった。


「いや……もう手遅れだ!」


 風を切る音とともに、王都とは反対の方向から大量の『何か』が飛来してくる。

 それがなんなのか、考える必要もないことだった。


「な……!」


 嵐風拳の使い手が、何かをこちらへ向けて投擲した。

 魔法が届かないほどの遠距離から、こちらを拘束するための何かを投げてきた。

 その時点で、既にすべてが終了していた。


 仙術、錬丹法、桜埋。

 仙術、宝貝、薫風。


 桜埋は、ありていに言って眠り薬である。

 薫風は着弾と同時に破裂し、周囲へ内蔵した薬をばらまく宝貝である。

 それが何を意味するかと言えば、着弾した地点の人間を眠らせるということだった。


「……おい、はやく取りに行けよ」

「いやだ」


 森の外から森の中へ、眠り薬を投擲した一行。

 テンペラの里の面々は、森の中へ他国の密偵を回収しに行くのを渋っていた。


「嵐風拳が投げたんだから、回収も嵐風拳がするべきだ!」

「鮫噛拳が追跡したんだから、回収も鮫噛拳がするべきだ!」

「傀儡拳が具体的な位置を補足したんだから、回収も傀儡拳がすればいいだろうが!」


 どの拳法家たちも、森に入ること自体を嫌がっていた。

 無理もあるまい、桜埋なる仙術は、一度眠らせると三カ月は起きないらしい。

 三時間でも三日でもなく、三カ月である。飢饉のときや厳冬の際に使用するらしいが、いくら何でも強力過ぎるので他の薬を求めたのだが、あいにく切らしているらしい。

 一応その仙術を遮断する布をもらってきたが、それがあるとしても入りたくないのが人情であろう。

 下手をすれば、三カ月も寝太郎である。


「あ、あの……俺が行きますよ。一人ずつでいいですよね」


 三カ月は起きない眠り薬の散布された森の中へ、さらわれた分身を操っていた影降しの使い手が入ると言った。

 もちろん、自分が入るのではなく分身を中へ投じるつもりである。


「それにしても……凄いな、この皮は」


 山水が石化部位を隠すために使っている、大天狗特製の皮膚。

 それを使って、マジャンの密偵は己の肌を隠していたのである。


「これがあると、分身も一緒に変装できますからね……スゴイもんですよ、天狗の宝貝というのは。もとは医療用と聞きましたが、触っても全然違和感がありませんし、汗や血も流れるし」


 ぺりぺりと、顔の皮が剥がれていく。

 他にも手足に貼っていた宝貝をとってから、


「これを持ち帰るだけで、マジャンの影降し、密偵達は大助かりですよ」


「そりゃそうだろうな……」

「だが俺たちとしては、影降しも大概だと思うけどなあ……」

「神降しより便利なんじゃないか?」


 テンペラの里に属する拳法家からみれば、影降しも宝貝に負けないほど便利だった。

 警戒が強まってきた相手を一網打尽にするため、今回マジャンへ協力を願ったわけであるが、頼んだ方が驚くほどに分身は効果的だった。

 本体が無防備になるという危険性はあるが、分身を直接操作し続ける術は、酒曲拳などの術や眠り薬などが一切効かない上で感覚を活かすことができる。


「ははは……それは不敬ですよ」


「いやいや……神降しより欲しいって。マジャンには影降しの血統はないのか?」

「テンペラの里にもほしいなあ……テンペラ十一拳、影血、分身拳か?」

「そのまんますぎるだろ……もうちょっとひねろうぜ」


 本人そっちのけで、テンペラの里へ新しい流派を迎える算段を建て始めていた。

 なお、本人はとても困っている模様。


「と、とにかく、回収してきますので……」


 このままだと遠い国の隠れ里に拉致されそうであるが、マジャンの密偵は己の分身を森の中へ放っていた。

 三カ月は起きないということになっている、可哀そうな他国の密偵達。

 彼らは既に拘束されている密偵達同様に、手荒い真似をされることなく、試合が終わるころに国外へ出されることになっている。


 祭の始まりは、騒動の終わりが近付いていることを意味していた。

書籍の二巻が今月に発売です。

どうかよろしくお願いします。


https://pashbooks.jp/

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