恫喝
アルカナ王国、四大貴族が一角、ソペード家。
要するに、この王国で五指に入る大貴族様が、俺の雇い主だという。
つまり俺はこの国で五指に入る偉い人の手を木刀でひっぱたき、更には跡取り息子の頭をブッ叩いたことになる。
それを知ったとき、俺はどうやってレインを連れて逃げようかと考えたほどだった。
幸い、武門の名家であるプライドからか、俺の就職はそのまま許された。
その上、旦那様でも若旦那様でもなく、お嬢様付きの護衛と言うことになった。
「あらあら、私の見出した剣士を、取り上げてしまうなんて大人げない」
そう笑うお嬢様は、素性の知れぬ俺の事を護衛にしてくださった。いや、喜んでいいのかわからないけども。
結局、レインにも乳母が付いて食糧問題も解決された。一応俺が義父なのでマメに顔を出しているが、そこはお貴族様なので俺がいなくても問題は無いらしい。
さて、俺には専用の部屋があてがわれた。
自分の部屋とか、昨日の朝まで師匠の庵で寝てた俺には考えれないことだった。
一応、廊下を通らずとも隣にあるレインとその乳母の部屋に行けるよう、直通のドアも用意されている。
とはいえ、これでレインを育てるためにも、この家にご奉仕せねばならなくなった。
「ドゥーウェ・ソペードか……」
変な名前だなあ、とは思うがこの世界では普通なのだろう。
というか、俺の場合日本でも変な目で見られていたしな。
「まあいいや、とりあえず俺はそんなに弱くないらしいし」
正直『俺はどの程度強いんだろうか』と真剣に悩むのも度が過ぎるとムカつくとは思うのだが『俺は最強無敵なんだぜ~~!』よりは多少マシだと思われる。
実際、人と戦ったのは昨日が初めてだったのだし。
「というか、仮に強くてもなあ……」
仙人らしく大自然の雄大さを語ってもいいのだが、即物的に言っても一切読み書きのできない外人が、乳飲み子を抱えて養育するなど無謀もいいところだ。今更その事実を再確認した俺は、金の力を再確認している。
まさか仙術で詐欺だの強盗だのをするわけにもいかないしな。そんなことしたら、師匠に顔向けできないにもほどがあるし。
「さて、そろそろ素振りでも」
如何に住む場所が違うとはいえ俺は仙人であるし、ドゥーウェお嬢様の配下である。
つまり、朝目が覚めたら木刀で素振り。これに限る。
なにせ五百年やってきた習慣なので、ここで絶やすわけにはいかない。
修行は継続してなんぼである、これは勉学もダイエットも同じことだしな。
「っせ、っせ、っせ……」
幸い、俺にあてがわれた部屋も結構な広さがあり、素振りをするには十分なスペースがあった。
絨毯を汚さないように体を軽くしつつ、そのまま素振りを行う。
大自然の中での素振りとはずいぶん勝手が違うが、それでも俺は素振りをする。
室内であっても、仙術の神経は張り巡らされていき……だんだんとこの王都の内部を把握していく。
野生にはない乱雑さもあるが、それはそれとして人の営みなのだろう。
人の手が入っていることで、生態系の流れもやや不自然ながら、それでも俺は素振りによって世界を把握していくのだ。
「むむむ、レインが起きて乳母も起きたか」
やることが沢山あると修行にばかり専念できないが、それでも俺は一人の赤ん坊を育てると決めている。
であれば、それをやり遂げてこそ一人前の仙人と言うものだ。
仙人関係ない気もするけど、それを言い出したら剣だってそこまで関係ないしな!
※
「うふふ、それにしても見事だったわね、サンスイ。まさかお兄様をああもあっさり倒すなんてね」
「いやあ、田舎剣術ですから」
「その田舎剣術に負けたお兄様と来たら……うふふふ、みっともなかったわねえ」
いかん、へりくだると昨日戦ったお二人を馬鹿にしてしまう。
とはいえ、あんまり図に乗るとお仕置きが待っているだろうし、匙加減の難しいところだった。
とにかく俺は、ブロワとドゥーウェお嬢様の前で、色々と説明をすることになっていた。もちろん、やましいことは無いのでドゥーウェお嬢様の部屋でである。
なお、レインはすぐ脇の乳母が抱えていた。
「それにしても……雇い主として聞いておきたいのだけど、貴方の希少魔法は何ができるのかしら。希少魔法は使い手が少ないし、一般の魔法と違って情報が流通しないのよね」
そりゃあそうだろう。
だって、千人中十人ぐらいしか該当しないうえに、そこからさらに細分化しているのだ。
単純に使い手も少ないし、その分学ぶ機会も少ないのだろう。
「私の希少魔法は、仙術といいます。自然の力を操るのですが……例えば自然に無い力は使えません。例えば今この密室で風を使うことはできませんし、水を出すこともできません。どんな状況でも使える力と言えば、木刀を強化する気功剣や、体を軽くする軽身功、後は縮地と発勁ぐらいですか」
「センジュツ……知らないわね。それと、縮地や発勁ってどんな魔法?」
「縮地は一瞬で移動する技、発勁は素手で攻撃する技ですね」
後は気を読むとか、そういう技ともいえない物だ。言ってて悲しくなるほどできることが少ないな。
文章にすると、自分の引き出しの少なさが哀しくなってしまう。
師匠的には最強らしいが、それでも言えることが少ないと哀しい。
まあ、十分強いとは思うのだが。一応師匠からも合格をもらっていたし。
「ふうん……後は剣の技か……いいわねえ、そう思わないブロワ」
「……希少魔法に関してはともかく、剣術に関しては私以上かと」
「あら、天才児と言われた貴女でも?」
「ええ、魔法を使えばその限りではありませんが、剣術では勝ち目がありません」
「あらあら、貴女は何時からお兄様よりも強くなったのかしら?」
素直に俺の剣を褒めつつも、しかし対抗心をむき出しにしているブロワ。
そりゃあまあ、こんな貧相ななりをしている得体のしれない男が、完全武装の次期当主や背後から襲い掛かってくる現役当主をしばいたんだから、そりゃあそうも思うだろう。
「恐れながら、若旦那様は心が殺気に逸っていました。あれでは勝利は望めません」
「そうねえ、確かにお兄様は色々酷かったものね。でも、貴女はあの装備のお兄様に、木刀で勝てるかしら?」
「木刀ではなく、お嬢様から賜ったこの剣ならば」
「そう……それじゃあそう言うことにしてあげるわ」
すげえ分かりやすい上下関係だった。このお嬢様、ツンデレだなあ。
「それじゃあ貴方に今後の私の予定を教えてあげるわ。ここは王都であり、私達の領地ではない。お父様は大貴族だから国政にも関わっているので、お兄様と一緒にこうして時折王都に来て議会に参加するの。でも二人とも私の事が好きだから、時折こうやって顔を出してあげているの。つまり、私はあと数日したらこのお屋敷から領地に帰るわ」
「貴様には私と一緒に道中の護衛を務めてもらう。それが最初の任務だ」
私一人で十分だがな、という敵意を燃やしている。実際、行きの段階ではそうだったしな。この国で五本の指に入る名家のお嬢様なのに、その護衛が一人だった。
それだけ、このブロワを信頼しているということなのだろう。
「貴方の実力もわかったけど、このブロワも天才よ。私よりも年下なのに、お兄様からも時々一本取るんだから」
「お褒めの言葉をいただき、恐悦です」
「つまりブロワよりもお兄様は強いの。そんなお兄様から一本取った貴方は、ブロワよりも強いのよねえ。うかうかしていられないわね、ブロワ」
「……はい、励ませていただきます」
実際、それだけの力はあるのだろう。とんでもない天才である。
剣も魔法も使える、可愛い少女。それはさぞご自慢の護衛に違いない。
「あと……確かに私のソペード家は武門の家だけど、最低限の礼儀は身に着けてもらうわ。私の護衛を務めるのですもの、相応の気品は必要よねえ?」
一方で俺にプレッシャーもかけてくる。
そりゃあそうだ、この二人と並んでいたらそれこそ不審に思われるし、お嬢様の家の沽券にかかわることだ。
「安心しなさい、貴方は私に価値を示したもの。木刀一本で王国屈指の剣士をこともなく倒す……うふふふ、これは良いものを拾ったわ。安心しなさい、お父様もお兄様も、一度負けた以上何の文句も言ってこないわよ。それに、もう少しすれば私も領地に帰るしね」
「へへぇ」
「貴方のレインにも教育を付けてあげるわ。貴方の給料から天引きだけども」
「ありがとうごぜえます」
※
お嬢様はブロワを連れて何やら誰かに会いに行った。
多分、社交界とかそういうあれだろう。流石に手製の着流しを来たままの俺を連れて行こうとは思わなかったようだ。
なので俺はレインを背負って、木刀を手に素振りに没頭である。
レインも俺の持つ自然の力に落ち着いているのか、いい子で眠っていた。
そして、レインを背中に括り付けているぐらいでバランスの崩れる俺ではない。
むしろ、これはこれで荷物を背負った状態での戦闘の経験になるというものだ。
「精が出るな」
「え、ええ」
昨日俺がのした若旦那様が、貴族の礼服を着て俺に話しかけていた。
やっぱり中庭ではなく、自分の部屋で素振りをするべきだったのだろうか。
「赤ん坊の面倒なら、乳母に任せればいいだろう」
「いえいえ、一応俺の子ですから」
「俺の、子か……ふん、俺の子か」
びっくりするほど浅い理由だから、そんなに期待されても困るのだが。
とはいえ、流石にさらってきたとは思っていないようだ。似たようなもんだけど。
「貴様、剣は誰に習った」
「スイボクという御仁です」
「……聞いたことが無いな。まさかお前の様な剣士を育てる実力者が、蛮地にいるとはな」
蛮地っていうか、人外魔境なんだが……。
とはいえ、俺に問答無用で斬りかかってくる空気ではない。
お嬢様のおっしゃる通り、一応俺に斬り掛からない程度には理性があるようだ。
昨日のアレは、呪いの武装で心が壊されているのかと疑ったほどだった。素だったようだけど、そっちの方が嫌だな。
「……不覚だった。お前への憎しみと妹への愛で、お前の実力を見誤った。父も私も、危うくお前に殺されるところだった」
自分を戒めるような言葉だった。
実際、あの場で俺が殺そうと思えば、当主も次期当主もお嬢様も皆殺しだったしな。
「お前の様な猿のお情けで生かされているのかと思うと、自責の念で憤死しそうだ」
死ぬほど嫌だって直で言われると、結構傷つくな。
とはいえ、まさか殺すわけにはいかなかった訳で。
「とはいえ、ソペード家は武門だ。その剣の冴えは認めざるをえん。良き師に恵まれたことを感謝するべきだな」
「ええ、それはもう」
もちろん師匠にはいつでも感謝している。
ただ、師匠との出会いに感謝するとなると、必然的にあの駄目な神様にも感謝することになるので勘弁だ。
あいつにはあんまり感謝したくない。
「妹を頼む」
「ふぁあ?!」
「妹はあれで、ブロワを信じすぎている。ブロワもそれに応えようと必死だが、負担が大きすぎる。いくらあの子が天才だとしても、多勢に無勢と言うことは有るのだ。敵対的な態度をとっているが、手練れの護衛が増えたことには内心感謝しているだろう」
確かに、常識的に考えて御者と護衛だけで旅とか、色々おかしいしな。
色々気難しくて、雑なことが嫌いなんだろう。
「それと……妹の期待に応えてくれ。あれは人に裏切られることに慣れていない」
「へへぇ」
「あれは自分が思っているよりも、脆い子供だ。よろしく頼む」
なんだ、意外といいお兄ちゃんじゃないか。
やっぱり昨日のあれは……。
「裏切ったら、今度は我が領地の全軍でお前を殺す」
うん、コレ重症だ。
「完全武装の私を一蹴したお前だ、今度は貴族の全力で屠る」
その後、俺は旦那様からも似たようなことを言われて、自分の重責を理解するに至ったのだった。