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理念

「童顔の剣聖と、直接会って話をした感想はどうだ?」


 ソペードの分家、その長男と父親は話をしていた。

 門下生は山水の邸で寝ているが、貴人はさすがに畳と布団では問題があるので、近くに小さめの邸をいくつか建てて、そこで寝泊まりをしてもらっている。

 よって、普通に不自由なく過ごせていた。


 夕食も終わって、一日の全ては終わっている。

 しかしそれは、親子としては報告会になる。


「……あれだけのことをしたとは、信じられないほどに徳のある男だった」


 二人は山水の戦いを見たことがある。

 正しく言えば、オセオの『王女』との確執をその眼にしていた。

 当たり前であるが、本家の令嬢が結婚するので顔を出していたのだ。


 山水の戦いに、見入ったことがある。

 だからこそ、あの後一国を攻め落としたことも含めて、信じて疑っていない。


「正直、なんとも言えない。理解の外だ」

「ほう」

「あれだけ強ければ、好き勝手に振舞うはずだ……」

「ふっ……だからか? 昼の失言は、お前らしくなかったぞ」


 分家の長男は、昼に『表の男たち』に言及していた。

 考えてみれば無茶苦茶な話である。確かに山水の元で修業をした『元チンピラ』や、未だに免許皆伝を受けていない『現チンピラ』もいる。だが、そうではない正常な武芸指南役もいる。

 にもかかわらず、一緒くたにするのは無理がある。よその家の指南役を侮辱することにもつながるだろう。

 そこを、山水は回避していた。


「……」

「武人は嫌いか」

「ああ、嫌いだ」


 ソペードは武門の名家、とはいえ貴人全員が武闘派というわけではない。

 ただ、武闘派が尊重される風潮はある。加えて言えば、体を動かすことが好きでも得意でもない者さえ、それを強いられる状況でもある。


「そのくせ、武人を倒せるようになりたいのか? 無茶苦茶だな」

「うるさいぞ、親父」

「暴力が嫌いでも、気に入らない奴はぶん殴りたい。まあそんなものだ、人間など」


 それでも、権力者には相応の人事権がある。やろうと思えば、チカラでどうにでもできる。だが、それでは勝った気になれないのだろう。

 できることなら、権力ではなく腕力で何とかしたい。そして、きっちり勝ちたいのだ。


「ケンカが強いだけで偉ぶっているだけの連中だ……ああ、本当に腹立たしい」

「そうでもない。サンスイ殿も言っていたが、あの場にいたものはそうでもない」

「心に新しい風、か……」

「そういうことだ。誰かを嫌いになるのは悪くないが、全員を嫌いになることはない。そして、それは権力者にとってゆがみだ」


 人を使うのが権力者なのに、人を嫌っては本末転倒であろう。

 確かに信用できる武人ばかりではないとしても、全ての将兵を嫌っては政治は成り立たない。


「全員を信頼しろとは言わないが、信頼できる武人を育てることが出来なければ、今後に差し支えるぞ」

「……わかってる」


 父親は安堵の笑みを浮かべていた。

 少なからず、山水と会わせた成果が出ていた。


「それでいい。別に今の時点で、どこにもいない誰かを信じる必要はない。そういうのは、帰ってからでいい」

「それじゃあ聞きたいんだが……エッケザックスについては、親父はどう思っているんだ?」

「どう、とは? 既に優勝するのは決まっているだろう?」

「……エッケザックスも、ソペードが得るべきだとは思わないか?」

「思わないな」


 迷いなく、ソペードの分家を治める男は答えていた。


それ(・・)は足の引っ張り合いだ。お前も知っているはずだぞ、一番優先すべきは……」

「国家の利益、次にソペードの利益、そして……他の四つの家の利益だ」

「お前の思っていることは、ソペードの利益になるだろうが……国家の利益にならない。つまり、話にならないということだ」



 バアスは山水の邸からでて、しばらく離れた場所で素振りをしていた。

 夜の明かりの中で、木刀ではなく鉄の剣を振るう。それは昼の練習を反復するものであり、頭の中にいる『誰か』を切り刻むものだった。


「ふぁあああ」


 眠そうな山水が、バアスの前に現れていた。

 一応金丹は服用しているが、今にも子供に戻りそうですらあった。


「精が出ますね」

「……なんの用だ?」

「いえいえ、こうして夜に稽古をしているようなので、止めるように言おうかと。明日の朝は早いですし、早めに寝た方がいいと思いますよ?」

「……アンタこそ、貴族に対して甘いんじゃないか?」


 山水は屋内で、貴族へ稽古をつけていた。

 なので屋外にいたバアスには、稽古の内容が分からなかった。

 だがそれでも、和気あいあいとした声は聞こえてきた。


「剣術は戦う技だ、痛めつけなければ意味がないだろう」

「ふふふ」

「なにがおかしい」

「いえいえ、言うと思っていましたから」


 そう言って、山水は腰の刀を抜いていた。


「どうぞ、打ち込んできてください」

「……なんでだ」

「剣は口で語るものではないでしょう?」


 山水が真剣を中段に構える。

 それに対して、バアスはやや迷うものの、それを振り払う。

 確かに剣は口で話すものではないからだ。


「……言っておくが」

「何でしょうか」

「死ぬぞ」

「死にませんよ」


 山水が手に持っている刀は、薄く軽い。

 対してバアスが持っている剣は、体格相応に大きく分厚い。

 相互にぶつかり合えば、何が起きるのかなど考えるまでもない。


「剣は口で」

「ああ、わかった……!」


 何を伝えたいのかわからないが、剣で撃ち合うなら自分の領分である。

 バアスは昨晩の屈辱を返すべく、大上段に構えた。


「……」


 目の前には、山水がいる。

 中段に構えて動かない、最強の剣士がいる。

 彼は相変わらず、微笑んでいて……。

 ほんの少し、躊躇した。

 それを振り払って、振り下ろす。


「おおおおおお!」


 裂ぱくの気迫。

 渾身の一振り。

 細い刀を両断し、それを支えている腕をへし折り、更に頭をカチ割る。

 それだけの自信をもって、彼は大剣を振り下ろしていた。


「があ?!」


 山水は、刀を横にして頭を守っていた。

 バアスの大剣は、山水の刀をへし折っていた。

 しかし、そこで刃は止まっていた。

 正しく言えば、バアスの動きが止まっていた。


「お見事ですね……腕がしびれました」


 山水は折れた刀を回収しながら、麻痺して動けないバアスに近づく。

 気功剣法、十文字。発勁法、鯨波。

 全力で防御した相手、あるいは全力で攻撃してきた相手を硬直させる技。

 それを用いて、山水はバアスの動きを封じていた。


「大きい剣を上段から振り下ろせば、それだけでかなりの運動量が発揮できますが……何かにぶつかったとき、振りぬくのは腕力であり握力……すでに加速していた分の運動量によって私の刀を折ることはできましたが、私には届かなかった。まあ最悪、縮地で回避していましたが」


 動きを封じられた状態のバアス、その顔の前に掌を置いた。


「バアスさん。貴方は痛めつけなければ意味がない、とおっしゃいましたね」


 口調は穏やかだが、話している内容はお世辞にも穏やかではない。

 バアスは生殺与奪を握られている状況に、生唾を呑むこともできなかった。


「今私は、貴方に寸止めをしている。痛めつけていない状態です」


 掌で前が見えないが、それでも声色は穏やかだった。穏やかだが、とても恐ろしい。


「ですが十分に、私は貴方を倒せている。ここから先のことを、練習する必要や体感する必要があると思いますか?」


 山水はゆっくりと、掌を下ろしていった。

 そしてバアスの分厚い胸板に、ゆっくりと触れていた。


「それで何かを得られるとでも?」


 びり、と鈍い衝撃がバアスの体を貫いていた。

 全身に走っていた衝撃が、それによって鎮静化する。

 ようやく、バアスは膝を付くことができていた。


「不必要な苦痛を与えることは、怨恨を生むだけです」

「はっ、はっ……!」

「そんなものがなくても、技を伝えることはできます」

「ふっ……ふっ……」

「苦痛を与えることなど、女子供でもできます。重要なのは戦っている相手へ苦痛を与える、その前の段階。相手を征する、それまでの経緯です」

「う……う……」

「技とは警戒している相手を、いかに無防備にするか。真正面から戦ったうえで、相手へ有効な一撃を与えられるかどうか……。であれば、その前段階でも問題はありません。ご理解いただけましたか?」


 苦痛というには、余りにもささやかな攻防だった。

 もしかしたら、渾身の一撃を途中まで受けていた山水の方が、苦痛を感じているのかもしれない。

 だが、バアスは改めて山水の恐ろしさを感じていた。


「あ、ああ……わかった」


 ようやく、呼吸が整う。

 バアスはなんとか応じることができていた。


「ご理解いただいて幸いです」

「……今の技は?」

「気功剣法、十文字。そして発勁法、鯨波と言います」

「俺でも、覚えられるか?」

「ええ、もちろん。ただ……」

「ただ?」

「一年ほどは見ていただきたいですね」


 山水は申し訳なさそうに、そう言っていた。


「……アンタは」


 バアスは山水へ『聞いてはいけない』ことを聞きそうになる。

 それを何とか呑み込んでいた。


「何でしょうか」

「アンタは強いな」

「ええ、アルカナ王国最強の剣士ですので」


 それでも、口から出たのは言いたくもない言葉だった。

 だがそれでも、心からの素直な称賛だった。


「だがズレてる、誤魔化してるな」

「何がですか?」


 それを隠すように、相手の失点をあげる。


「……わかってるんだろう? 俺が言いたかったのは、貴族への指導が甘かったことそのものじゃない」

「そう聞かれたので」

「……なんで、貴族に甘い?」

「貴方にも甘いでしょう」

「貴族ってのは、全員クズだ」

「私も貴族ですよ」

「……アンタ以外クズだって言ってもいいぞ」

「私はクズですよ」


 照れくさそうに、恥ずかしそうに、山水は笑っていた。

 まるで悪戯をごまかす子供の様に、申し訳なさそうに笑っていた。


「先ほどもそうです。剣は口で語るものではないと言いながら、貴方の素直さや実直さに甘えて、罠にはめてしてしまいました」

「それは……」

「優位に立ってから、貴方に説教をしたかったのでしょうね」


 まあそうかもしれない。

 確かによく考えれば、説明不十分なまま行動を制限していただけだった。

 バアスは納得しかけるが、どうしても山水をクズと思えなかった。


「どうして、貴族に甘い? その理由を教えてくれ」

「……私は、ソペードの前当主様と現当主様に御恩があります。格別の待遇を受けてきましたが、そのお二人が今とてもお困りです」


 とてもまじめな顔をしていた。

 夜の空でもわかるほどに、山水は大まじめだった。


「私は、お二人の力になりたい。剣を振るしか能のない男として、出来る限りのことをしたいのです」


 真摯な言葉が、本心だと伝わってくる。


「それじゃあどうして、俺に甘いんだ」

「嬉しかったからですよ」

「何がだ? 一応言っておくが、俺はアンタに弟子入りしたいわけじゃないぞ」

「知っていますよ。でも……貴方は剣士です」


 意味が解らない。

 剣士など、玉石混交でいくらでもいるだろうに。


「国内最強の剣士として、剣士の規範になる『人物』でありたいと思っています。だからこそ、同じ剣士には対立しない限り真摯に当たりたい」


 山水は師匠の気持ちが分かっていた。

 最強とは孤高でも孤立でもないのだと。

 最強とは、もっと親しめる存在でなければならないのだと。


「この世に剣士が私一人だけだったら、と思うと心が痛みます。誰も剣に興味を示さず、私の技術を無駄と切り捨てる社会になったら、と思うと泣きそうになります」


 いつだったか、パレットに言われたことを思い出す。

 強さの果てに山水へ至るのなら、それは救いだと。


「剣とは確かに争うための道具ですが、もっと身近な遊行の道具として、趣味の一種になっていいと思っています。貴族の方が、争うためではなくたしなみとして、私に学ぶことが一種の『ステータス』になるのなら、それはその一歩目として好ましいと思います」


 ならば、そうあるべきだ。

 形からでも構わないので、剣士が野卑でも粗野でもなく、礼儀正しい者になって欲しい。

 周囲から疎まれない、立派な職業になって欲しい。


「……遊びで剣を『お稽古』している貴族と、命がけでやっている俺が一緒だっていうのか?!」

「指導をする立場としては、同じですね。どちらにも上達して欲しいですし、楽しんでいただきたい」


 夜なのに晴れやかで、明かりが少ないのに輝いていた。


「貴方が想っている以上に、武の懐は深い。形だけの剣術でも、命を賭した剣術でも、楽しむことができるのなら等しいと思います。もちろん、理想論だとは思いますが……」


 山水は、照れくさそうにバアスへ背を向けていた。


「多くの人が剣に興味を持ち、いつでも正しい指導が受けられればと……まあそんなことを考えていますね」


 それは、何時だったか学園長が言っていたことである。

 それを強く意識するようになったのはいつだっただろうか。

 それを難しいと考えながら、山水は立ち去る。


「俺と、貴族が、一緒……?!」


 背後の気配が、戸惑いつつも猛っていることを感じながら。

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