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稽古

 山水は武芸指南役の総元締めであり、直接的に貴族へ指導をするということはない。

 指南役への指導が仕事であり、間接的な指導ということである。


 学校でたとえるのなら、教頭ないし校長だろう。

 少し違う気もするが、概ね間違いはない。


 山水が貴族へ指導を行うとしたら、それは現役の武芸指南役たちに至らないところがあるということであろう。

 山水にしてみれば、武芸指南役の半数以上は自分と無関係である。その彼らを差し置いて、直接指導を行うことはためらわれた。


 そもそも極論すれば武芸指南役など、誰がどうやってもまるで変わらない。

 はっきり言って、お貴族様のお稽古ごとの一つを請け負っているだけである。

 一種の教養であり、実用性など誰も求めていない。


 とはいえ、アルカナ王国最強の剣士から直接的な指導を受けてみたい、というのは人情であろう。

 山水の指導はとても穏やかで、人間的な成長も促すと有名であり、その成果は今回の戦争でも明らかだった。

 相手が一万年前の怪物でも、一歩も引かずに死ぬまで奮戦するなど、忠義も勇猛さも申し分ないわけであるし。


 ぜひ、指導をお願いした。

 自分で習いたいという貴族もいるし、子供へ指導を行ってほしいという貴族もいた。


 普段なら山水へその話が直接行くことはない。

 山水はソペード家当主の直臣であり、他のつながりがないからだ。

 ソペードの当主も軽々しく自分の臣下を貸し出したくなかった、ということもあって遮断されていた。


 だが、今回の戦争で本家は非を認めていた。

 ディスイヤを除くすべての当主たちは、戦争からの被害を補償するとともに、高圧的な態度をおさめていた。

 よって、山水から指導を受けることも許していた。


 そういう事情である、山水は日ごろの御恩に報いるべく、当主を支えるために貴族の者たちへ全力の指導を行っていた。

 なお、一番全力を注いでいたのは、彼らの機嫌を損ねないようにすることだったのだが。


「ようこそ、大八州の大工殿に建造していただいた、我が屋敷へ!」


 山水は飾り気のない男であるが、貴人を多く迎えるということでそれなりに頑張っていた。

 具体的には、道場の中に絵を飾るなどしていた。

 大八州に出向いて、東洋の神秘性を感じられそうな絵を仕入れてきて、ごちゃごちゃしない程度に飾ったのである。

 そのあたりも専門家を大八州から都合してもらったので、まあ問題ないと思われる。


 完全な木造建築など、アルカナ王国では貧乏人の住処である。

 しかし、実際に中へ入ってみれば異国情緒溢れる、しっかりとした建物であると感心してもらうこともできた。


「シロクロ様、この絵は?」

「十牛図と申します、宗教画でございます。これは悟りの段階を描いたものでして……」


 人によっては貧相で、黒と白だけの退屈に見える絵なのだが、そうでもない人も結構いた。

 なんとか詰め込んだ知識を語ることで、己の阿呆さを語らずに済んでいた。

 何事も、準備が大事なのである。


「シロクロ殿……この絵は? 実に、こう……牧歌的なようで、寂しいような……」

「瀟湘八景といいまして、風景、山水を描いた水墨画です」


 なお、この話を聞いて山水は『ああ、師匠の奥義って……』とか『ああ、大天狗の技って……』ということを知っていた。

 無学無知とは、恥ずかしいものである。


「もうちょっと色のあるものはないのか?」

「はい、こちらにございます。花鳥画をフスマに描いていただいておりますので、どうぞ……」

「おお、金箔を豪勢につかっているなぁ……」

「扉に紙を使うこともそうだが、まさかこれだけの大作を描いてしまうとは……」


 大八州への出入りが禁じられている現状では、山水の屋敷は一種の出島である。

 王都上空に鎮座している天界や、王都近郊に隠れている秘境。

 そのどちらもからも遠いソペードではあるが、他でもない山水こそがその双方とのパイプである。

 だからこそ、本来なら流通が禁止されている『大八州の芸術品』や『大天狗の宝貝』も、普通に置かれていた。


「ううむ……マジャンの絨毯などを見たときは、世界は広いと思っていたが」

「ええ、まさか空に浮かぶ島で、このような文化が育っていたとは」


 仕方がないと言えば仕方がないのだが、アルカナ王国は近隣諸国のほとんどと険悪になってしまった。

 それ故に、アルカナ王国と二心ない友好関係があるのは、遠いマジャンと大八州と秘境のみである。

 だからこそ、そんな友人のことを知りたくなっているのだろう。


「惜しいですなあ、私も数枚欲しいのですが……」

「ディスイヤの老体が、それだけはまかりならぬと禁じておりますからなあ」

「しかしまさか、宝貝と同等の禁制品になるとは……」


 人間、特に害もないものが政治的な理由で禁制になると、余計欲しくなるものである。

 コネを使えば訪れることができる場所なら、ある程度見ることができる、というのなら尚のことだった。

 一種の美術館、大使館のように、山水の屋敷は大八州や秘境の物にあふれていた。


「まあ、きれいな花ね……」

「この木も、花こそないけれど、趣があるわね……」

「この花瓶に描かれている魚、実在するのかしら?」


 思いのほか、山水の配慮は受けていた。

 正直あんまりやりすぎるのも、趣旨に反するのではないかと思っていたのだが、この反応を見るにそうでもなかったようである。

 むしろ、普段通りに飾り気なく済ませていたほうが、よほどがっかりさせてしまったのかもしれない。


「いやはや、これだけのものをそろえるのはさぞ大変だったでしょう」

「我らのために、ありがとうございます」


 とはいえ、山水の誠意は伝わっていた。

 剣術の道場なんだから棒が一本あればいいだろうが、という師匠節を炸裂させた場合顰蹙(ひんしゅく)を買っていたかもしれない。

 おもてなしの心は、どこでも大事なのだ。

 山水も貴族なので、修行時代のようにあばら家で寝て過ごすなどできないのである。


「お喜び頂いて、光栄です」


 まあそれはそれとして、全員を喜ばせることなどできないのもわかっていた。

 

「それで」


 見物観光に訪れた貴族、特に婦人方には満足していただけるが、そうではない人々には喜んでもらえるものではない。


「山を動かし街を逃がし、竜さえ切ったという『双右腕』はどこにあるので? それとも、既に腰のものがそうなのですか?」


 山水の元に来れば劇的な何かがあって、劇的に強くなれると期待している貴人もいる。

 今回の一件で、切り札たちの武名は天地にとどろいたのだ。

 アルカナ王国の誰もが勇壮な竜の姿と、それを葬った五人の活躍を見ている。

 だからこそ他国の人間ならずとも、八種神宝や禁式宝貝を欲するのは当然だろう。

 それも武人の気質に違いないだから。


「双右腕は先の戦いで破損し、製作者である大天狗にお預けしております」

「そうですか……」


 そうした相手をみると、山水は先行きの不安さを感じずにはいられない。

 なにせ山水の指導は、国内で行われている指導とさほどの変わりがないのだから。



 貴人の稽古に対して、山水はそれなりに熟慮を要した。

 もちろん、貴人への稽古だからと言って、教える内容そのものはさほどの変化はない。

 正しい動作を覚えて、反復によって筋力を得て、機を己の物とすればいい。

 なんだったら巻き藁を斬らせてもいいし、兜を割らせてもいいだろう。

 宝貝を貸しても、それなりには楽しんでもらえるだろう。


「ど、どうですか?!」

「体が固いですね。力を一度抜いてみましょう」

「ど、どうすれば?」

「まずはいったん剣を手放してみましょう。足さばきから初めて、緊張をほぐせば自然とよくなります」


 そもそも、純粋に剣術の向上を目指しているのは『少数派(ひとりもいない)』。

 国内最強の剣士に剣術を習った、というステータスが欲しいものがほとんどで、そうでなくとも珍しいもの見たさだろう。

 その気持ちも理解できるし、ある意味では最強の剣士ゆえのあこがれだ。

 それにこたえるのも専門家(プロフェッショナル)の役割だと理解しているし、むしろ本格的に強さを求めている者より御しやすい。

 というか、お嬢様の護衛に比べればなんのこともない。


「頭の中に人形を作り、己の関節がどの程度動いているのか考えながら振るってみてください。素振りではまず、関節の正しい動かし方を考えるのが大事ですよ」

「それで、強くなれるのですか」


 それでも、個別指導をしているわけではないので、こういう熱意のある若人もいる。

 木造の建築物、静謐な雰囲気の中で何が始まるのかと思えば、子供や大人の入り混じったお稽古。

 それで不満を感じるのも、まあ仕方がない。


「もちろんです。正しい鍛錬を積み重ねることこそが、上達への第一歩なのですから」


 流石に、貴人の集まりに気品にかける者はいない。

 なにせ山水も新参とはいえ貴族であるし、多少名を落としたとはいえ本家の直臣。

 比喩誇張抜きで万軍を切り伏せる、最強の剣士。

 その彼に、敬意を抱かないわけがない。

 だがだとしても、その彼に近づく方法として『稽古』を示されれば、それはいい気持ちにはならないだろう。


「かくいう私も、師の下で終わりの見えない研鑽として、素振りを課されたものです。退屈に思えるかもしれませんが、真の強者とは基本がしっかりとしているものですよ」

「……次期バトラブ殿も、ですか?」

「ええ、その通りです」


 皮肉のつもりでの質問にも、山水は朗らかに答えていた。

 そう、祭我もちゃんと努力していた。それはそれで、本当のことである。


「祭我様も、エッケザックスに認めてもらうため、ひと月ほどの間剣を振るい続けたとか……」

「ひと月……」

「とはいえ、それはあくまでも神剣を扱う資格を得ただけの話です。私は祭我様へ剣の指導をさせていただきましたが、それはもう熱心でしたよ」


 こういう時に、祭我がいてよかったと思ってしまう。

 自分の場合は一切参考にならないのだが、祭我の場合は寿命が普通なので比較対象として正しいのだ。


「マジャンから婿入りしていらっしゃったトオン様も、幼少のころから剣術を学び、国一番になっても慢心せずに武者修行に赴きました。強い方というのは、才気にあふれる上で地道な鍛錬を怠らず、さらにその先を目指すものですよ」

「基本的な鍛錬を抜きに、強者にはなれないと?」

「はい、そうです」

「それでは、表の者は? 彼らには基本的な鍛錬が足りていると?」


 山水が長命者なのは知っている。

 しかしそれでは、山水から指導を受けた者が、たちまち出世していることとつながらない。

 彼らにはそれだけの才気があるということなのだろうか。

 納得できない若き貴人は、不満げに尋ねていた。


「彼らには、まず単純に筋力が備わっています」


 それに対して、とても丁寧に説明していく。


「その上で、それなりに場数を踏み、戦場でもおびえない勇猛さを持っています」


 決して羨むような相手ではないのだと、言葉を選んで説明していく。


「はっきり申し上げて、貴方が知るような粗野で口が大きいだけの無法者は、この場にはおりません。そうした輩に埋もれない、野心の持ち主であり自己鍛錬を惜しまぬ(つわもの)です」


 決して軽んじていい相手ではないのだと、切々と語る。


「彼らは私の元に来る前から、歴戦の雄でした。その彼らが、さらなる高みを求めているからこそ、私も惜しまずに師から受けた剣術を授けているのです」


 貴人と武人は、決して嫌い合うものではないのだと、信頼していい相手もいるのだと微笑んでいた。


「先入観を捨て、彼らの鍛錬を見つめてください。きっと心に新しい風が吹くでしょう」

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