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歓迎

 こうして、よりにもよってテンペラの里の住人を、闇討ちの上捕獲しなければならなくなった諸国の刺客たち。

 彼らの苦心苦労は置いておくとして、そうした愉快な血みどろの殺し合いとは無縁のソペード、白黒邸。

 大八州仕立ての平屋で、月が美しく輝く涼しい夜。

 ソペード家筆頭剣士、武芸指南役総元締め、白黒山水は愛娘の隣で眠りこけていた。


 十年ほどこの人の世で過ごすようになった山水であるが、未だに夜に弱い。

 日の出とともに起床し、門下と共に素振りをするわけではあるが、日が沈むといきなり眠そうな顔になり、そのまま夕餉を食べて寝入ってしまう。


 ドゥーウェ・ソペードの護衛を任じられているわけではなく、貴人貴族へ配慮する必要もない。

 ただ門下へ稽古をつけ、剣の心と技を伝えるという夢のような日々。

 家族とも暮らせる日々は、彼にとって不足の無いものだった。

 もちろん、彼の家族がどう思っているのかは別だが。


「こうしていると、父と娘というよりは兄妹のようだな」


 金丹の術が解けた夫は、それこそ最初に出会った時となにも変わらない『童顔の剣聖』だった。

 それは寂しくもあるが、最近はむしろ『このままだと人生に満足して解脱するのではないだろうか』という懸念も出てきて、逆に緊張感が生じている。

 五百年以上生きているので大往生も大往生だが、今死なれると困るのでみんなで止めている。


「……パパはさ、本当に楽しそうだよね」

「スイボク殿からこのままぽっくり行くぞと言われた時はまさかと思ったが……いきそうだな」


 勝手に満足して死なれると迷惑なのだが、それが仕事なので仕方がない。

 趣味を仕事にする、というのは大変である。なお、誰が大変とは言わない。

 娘と妻は、寝ている山水とファンを見ながらため息をついていた。


「たまにさ、こう、光って薄くなるよね」

「そうなんだよ……なんで俗人の私が、仙人に先立たれることを怖がらないといけないんだ」

「本当だよね……」


 この際邪仙になってもらえないだろうか。

 己の醜さを認められない男になって、老け込んでほしいところである。

 なお、山水の中に『醜さ』があるのかは、正直怪しいところだった。醜さの定義は難しいところである。


「まったく……無欲というのも面倒なものだ」

「そうだよね……ずいぶん先の話だけど、ゼンって人のお師匠にもなるのにね」


 この場合のずいぶん先とは、それこそアルカナ王国が滅びた未来のような気もする。

 仙人は長生きすることになったら本当に長く生きるので、そういうものらしい。

 少なくとも山水は、素だと十年近くなんの変化もない。


「何とかならないものか……」

「本当だよねえ……」


 ずっとそばにいると、それはそれで嫌な面が見えてくる。

 生活のずれに悩む母と娘。

 そうしていると、寝ていた山水はいつものように無駄のない動きで起き上がっていた。


「さ、サンスイ?!」

「パパ?!」


 当然、まだ夜であり、朝日は遠い。

 にもかかわらず、なぜ山水は起床したのだろうか。

 考え付くのは……。


「サンスイ、まさか敵か?!」


 山水は寝ていても周囲を警戒している。

 それによって、ドゥーウェの危険を察知することも時折あった。


「……敵と言えば敵だが、まあそんな本格的じゃない。相手は一人だし、俺ひとりで迎えてくるよ」


 眠そうにあくびをしながら、床の間に飾ってある大八州刀を腰に下げて、山水はなんでもなさそうに表へ向かっていく。

 それは、彼がこれから戦うことを意味していた。

 余りにも緊張感に欠ける出陣だが、戦うというのなら逆に不安はなかった。


「……もう寝ようか、レイン」

「そうだね……」


 二人は、悩むのをやめていた。



 山水は指導の基本として『夜は稽古を禁止』ということにしていた。

 以前は良しとしていたのだが、正式に指南をすることになりそう定めた。


 戦場で無理をするのは当然としても、日常で不要な無理はしない。

 昼十分に修練を積むことができれば、夜に修業する必要はない。

 むしろ、夜修業すればいいという甘えが良くない。


 言われてみれば確かになあ、という理屈によって門下の生徒たちは応じていた。

 当の山水がすぐに寝て、朝早くに稽古をしているので、それを見本にする者が多くなっていた。

 とはいえ、夜に酒を飲みたがる男たちもいた。

 山水本人は飲まない(というか仙人用の酒じゃないと酔わない)のだが、飲酒は翌日に響かない程度なら許していた。

 よって、月の夜に生徒たちが酒を飲みかわすのは、ある意味普通のことだった。

 全員落ち着きのある者なので、騒がしいこともなく静かにワインを飲みかわすだけだが、これが意外と楽しいものである。

 なにせ山水の弟子になった時点で、修業を完遂さえすれば出世は決まっている。既に武芸指南役になっている者も多いので、はっきり言えば勝ち組ばかりなのだ。


 そんな彼らだからこそ、自分たちの師匠が帯刀して現れた時には驚いていた。

 やや眠そうにしているが、明らかに冗談ではない雰囲気で邸の庭に出てきた。


「全員、よく聞いてください」


 砂利の敷き詰められた庭に出た彼は、目をぬぐいながら金丹を呑んだ。


「今こちらへ、殺気をみなぎらせた客が向かっています。私が直接お迎えしますので、皆さんはいったんお酒をしまってください」


 緊張感がない喋り方であるが、明らかに『歓迎』するつもりである。

 全員が状況を把握し、慌てて支度をはじめていく。


「相変わらず、サンスイ殿は律義だな」

「ああ、夜に挑んでくる相手を、客として自ら出迎えるとは……」

「それだけ自分の腕に自信があるということだ……正直、憧れてしまうな」


 ソペードの威厳、白黒山水。

 彼は挑戦者に対して自分一人で受ける。

 これは普通ならありえない話だ。


 武芸指南役と言えば、その地方の領主が認めた最強の剣士である。

 その剣士がどこかの誰かに手傷を負わされた、となれば評判に傷がつく。

 そして、その傷を負わせたものは、それだけで名を上げるのだ。


 当たり前だが、武芸指南役にとっては百害あって一利なし。

 もしものことがあってはたまらないと、大抵の挑戦者には弟子や部下をぶつけて『帰す』のだ。

 だが、それを山水はしない。

 もしものことなど、絶対に起こらないという自負。

 老いも衰えもないが故の、俗人への誠意。

 真似できないと思いつつ、しかし憧れてしまうのは自分もそうしたいからだろう。


 わずかに酒気が残る庭に、山水は立っていた。

 そこから離れて、居合わせた門下生たちは腰に剣も帯びず並んでいる。

 それはまるで、申し合わせた決闘のようだった。


 その光景を見た『客』は、やや面食らった。

 少なからず、夜襲を仕掛けた己に対する羞恥があったのだろう。最上級の歓待で迎られたことに戸惑いつつ、しかし歩みを進めた。

 月の明かりの下で、彼は山水の前に姿を見せる。

 門下生たちは、その客を見て眉をひそめた。


「……童顔の剣聖、シロクロ・サンスイだな」

「はい、その通りです」


 まず体格がよかった。

 おそらく、その身長は二メートルを超えているだろう。

 金丹で疑似的な成長を遂げた山水をして、見上げるほどの偉丈夫だった。


 金属鎧による完全武装とはいかないが、分厚い革による防具で肩や胸などを守っている。

 その手に持つのは、体格相応の両手剣だった。


 そこまでそろっていて、弱いわけがない。

 山水もスイボクも、筋肉や体格を決して否定しない。

 だからこそ、門下生たちも彼の強さを認めていた。


 だが、最大の理由は表情だろう。

 場数を踏んでおり、人間を何度も殺した顔をしていた。


「……噂通りの男だな」


 一方で、客の方は驚いていた。

 そこにいるはずなのに、気配がまるでない。

 強者としての風格を漂わせていない一方で、自分を前にしてもひるみもしない。

 大山のような不動の心、それが所作にあふれていた。


「……」


 客は周囲を見た。

 そこには隠れもせずに門下生が並び、己の指導者が戦うところを見届けようとしていた。

 これで、いきなり不意打ちもないだろう。それだけ自分が下に見られている、ということに怒りを感じるが、話が早いとも思っていた。


「戦ってくれるんだな」

「もちろんです」


 客は、剣を抜いた。

 山水も、刀を抜いた。


「アルカナ王国最強の剣士、その技を見せてもらおう」


 偉丈夫が大上段に構える。

 その姿には威圧感が溢れており、彼の前に立つ男には死の運命だけが待っているだろう。

 それが、尋常の範疇ならばだが。


「……名を、お聞かせ願えますか?」

「バアス」

「では、バアス殿。アルカナ王国四大貴族、ソペード家筆頭剣士、武芸指南役総元締め、白黒山水がお相手いたします」


 バアスは異国風の庭で、月下に刀を構える剣士と対峙していた。

 なぜ自分がここに来たのか、どれだけの血を流すつもりだったのか、それらを忘れて目の前の相手に集中する。

 少なくとも、目の前の相手と戦いたかった。それが目的であったし、実物を前にしてその思いはさらに高まっていた。


 超大国となったアルカナ王国が認める、最強の剣士とは自分よりもどの程度強いのか。

 それを確かめるために、彼は走っていた。


「おおおおお!」


 バアスの振り下ろしは、兜割どころではない。

 金属の兜も装備した全身甲冑の騎士を、脳天から股下まで降りぬくほどの威力。

 如何なる小癪な防御も打ち砕く、絶対の自信を持つ一撃。


 彼の人柄を表すような最初の攻撃、それは一流である門下生たちをして感嘆するほどの一振りだった。

 やや前のめりで力んでいるが、真剣勝負に対する恐怖のない一撃。

 武芸指南役などにはふさわしくないが、実戦では猛威を振るうであろう戦場の剣だった。


「?!」


 バアスは森の中での野戦も経験している。それは開けた庭とは違う、星明りが乏しい上に障害物も多い、とても視界の限られる戦いだった。

 その戦場さえ生き残った彼にしてみれば、剣を振り下ろしきる前に胸へ一太刀浴び、さらに空振りをするなどありえないことだった。


 そう、ありえない。

 胸を押さえながら振り返ると、そこには山水が立っていた。

 残心どころではなく、仕切り直しと言わんばかりに刀を構えている。

 後の先だとか先の先どころではなく、追撃をすればそのまま殺せるはずだった。


「……本当に、噂通りとはな」


 童顔の剣聖は必要と判断すれば何人でも斬るが、不要と判断すれば真剣をもつ敵でも殺さずに倒す。

 眉唾だった噂を確認しながら、バアスは剣を構えなおした。

 腹立たしいことに、胸の痛みは戦闘に支障をきたすものではない。

 相手が強いなどわかり切っていることだったがゆえに、本当に仕切り直す。

 まだ戦えるがゆえに、バアスは負けを認めていなかった。


 だが、周囲の面々はやや驚いていた。

 そう、目の前の光景が何とも不自然だったからだ。


「なぜ、一撃で倒さなかった?」


 そう、普段の山水なら今の一合で終わらせていた。

 一撃を命中させるまでもなく、寸止めで喉元に切っ先を突きつけるか、打撃などで悶絶させていた。

 それをしない、というのは不自然過ぎた。


 しかし、戦闘では合理主義でもある山水である。理由があるのだろうと察して、騒ぐことはなかった。

 少なくとも、いい試合である。

 互いが剣一本で切り結ぶ戦いは、男にとってあこがれだ。

 勝ちにこだわるが故の卑しさがない、戦うことや相手を上回ることにこだわる戦い。


「……まあ、戦いたくなる、可愛がりたくなる相手なのは確かか」


 門下生たちは突然の客をもてなす己の師匠の雄姿を刻みながら、己の糧とすべく見取り稽古をしていた。

 とても清々しい、月夜の一幕である。

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