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集団

 アルカナ王家は連日連れ込まれてくる、捕縛された『襲撃者』を見て、白黒山水への対策を練っていた時のことを思い出していた。

 魔力による魔法では、どうあっても対応できない『どうしようもない相手』。

 テンペラの里の住人たちは流石に山水ほど無茶なわけではないのだが、なにぶん集団である。

 そう、集団なのだ。それが相手にとって、相当やりにくいことであろうと察しはつく。


「その……正直に申し上げて、テンペラの里の戦士たちは『田舎の喧嘩自慢』にしか見えません……」


 彼らの護衛を命じられていた兵士は、そんなことを上官に報告している。

 送り込まれ来る刺客はそれなりの実力者に見えたのだが、どういうわけだか『田舎の喧嘩自慢』に手も足も出ずにいた。

 襲撃している側にも関わらず、迎え撃つ側が圧倒していたのだ。


「……なるほど、最強とされた『伝説の傭兵集団』か」


 その一方で、近衛兵たちは納得していた。

 なるほど、彼らは確かに伝説(・・)の傭兵集団(・・)である。


 テンペラの里の住人がなぜ襲撃者を圧倒しているのか。

 看板に偽りなく、テンペラ十拳は確かに『最強』の傭兵たちだったからだ。

 ただ、この場合の『最強の集団』とは、断じて『最強の個人を集めた集団』ではない。


 広大な国土をもつアルカナ王家が臣民の中から選りすぐった、体術と魔法の才能が両立している天才中の天才だけで構成され、更に過酷な訓練を経ている近衛兵は『最強の個人を集めた集団』であろう。

 だが、いかに希少魔法の血統を守っているとはいえ、狭い隠れ里で細々と永らえてきたテンペラの里が、最強の個人を選りすぐれるわけがない。農作業の合間程度にしか修業もできないであろうし、特に必要もないので集団訓練を入念にやっているわけもない。

 ではなぜ今回、こうも無敵を誇っているのか。


「テンペラ十拳の拳法家は、『少数の傭兵集団』として最強なのだ……」


 考えてみれば、おかしな話である。

 アルカナ王国は人間でいうところの希少魔法を得意とする旧世界の怪物と戦ったが、ここまで一方的な印象はなかった。

 旧世界の怪物に比べれば劣るはずの、人間が使う『希少魔法』。それがどうして『戦争の時』と違って強力に働いているのか。

 答えは単純、テンペラの里が重ねてきた『対魔法』の積み重ねである。


「どういうことですか?」

「考えてみろ、彼らは仙人の生涯さえ上回るほどの間、拳法を継承し続けてきたのだぞ? 天才でなければ継承できないような、多大な熱意が無ければ習得できないような、そんな難易度であるわけがない」

「……つまり、その、簡単な拳法だと?」

「そうだ。もちろん全員がそうではなく、強い者は強いのだろう。だが、全員が精兵というわけではない。むしろ、ほとんどが精兵から遠いはずだ」


 伝説の傭兵、というのだから歴史は長いのだろう。

 それだけ長く続いてきたのだから、途切れることが無かったということ。

 つまり、優れた指導要領が存在するということ。希少魔法の資質さえあれば、多少やる気があれば十分使い物になる訓練法が確立しているということ。

 最強なのはテンペラの里という組織であり、個々人は決して最強ではない。


「ですが、戦っているのは全体としてではなく、あくまでも個人単位では? 多くても十人ぐらいですが……」

「逆だ、彼らは少人数で戦った方が強い集団なのだ」

「……意味が分かりません」

「ではこう言い換えよう。彼らは個人としては穴があるが、それを他の拳法家との連携で塞ぎ合っている」

「……確かにそうですね」

「だが、軍隊規模同士の戦いでは、魔法の殲滅力に圧倒されてそれまでなのだ。つまり、数万単位の多数が真っ向からぶつかった場合は、魔法の方に軍配が上がるということだ」


 スイボクは偏執的なほどの完璧主義者であり、どんな状況であっても美意識を貫き、その上で絶対に負けないという境地を目指している。

 山水もその理想を引き継いでおり、『どんな状況であれ、どれだけの人数差であれ、百回に一回でも負ける可能性があれば、実力差があるとは言えない』という無茶なことを言っている。


 しかし、それはあくまでも長命者の理想論だ。

 当人たちも認めるところだが、普通はそんなことを考えない。


 もちろん、どんな状況でどんな相手がどれだけいても、個人で対処できるのならそれが一番だ。

 だが、実際にはそんな必要はない。ありとあらゆる状況で、絶対に勝てる強さを目指しても中途半端になるだけだ。

 むしろ『特定の条件下なら絶対に勝てる』を目指した方が、使う側にしても簡単であろう。


「普段は個人としての力量を試合で磨き、有事には他の家と少人数で連携し、絶対に勝てる条件でだけ戦う。それがテンペラ十拳の兵法……!」

「……それは無理では? 戦いとは、相手次第で変わるもの。確かに彼らは多くの希少魔法によって、魔法使いしかいない兵士に対する『絶対に勝てる状況』は多いでしょうが、それでも限度はあるはず」

「だから、傭兵なのだ。彼らは主戦力ではない、あくまでも傭兵であり、特定の条件がそろった時だけ戦う……なるほど、傭兵としてが正しい」


 魔法が意味を持たない、あるいは魔法が効果を発揮できない条件でだけ戦う。


「彼らは自分の強みを知っている。十もの希少魔法の血統がそろって、一つの組織として動けることそのものが彼らの最強(ゆうい)なのだ……」





 白昼の王都、裏通りで衝突するテンペラ十拳と他国の刺客。

 ともに、アルカナに属さぬ者同士。恨みはないが、利害が衝突している以上戦うしかない。


「ヒートレイ!」


 人間だけが使うことができる、上位属性の魔法。法術の壁さえ貫く、熱の魔法。

 屈強な猛獣さえも貫き、そのまま絶命させる死の熱線。


「掌盾」


 それを防ぐことができるのは、玉血による硬化だけである。

 しかし、熱の魔法は閃光にも似た攻撃である。一点に集中する分、火の魔法よりも回避は簡単だが、受けるとなると逆に難しい。

 二足犀ならば手に持てる物ならば硬化できるが、人間では手足しか硬化することができない。


 予知も可能だったかつての祭我ならともかく、閃光として放たれる熱の魔法を掌で受け止めるなど不可能だ。

 しかし、それは四器拳だけで対応しようとした話である。


「瞬身帯」


 効率が悪いものの、高速移動できるようになる仙術。

 それを再現する宝貝によって、四器拳の使い手は一瞬で間合いを詰めていた。

 刺客が熱線の発射口としていた右手の人差し指を、硬化させた右の掌で固く握っていた。


「あ、あああああ!」


 逃げ場を失った熱線が、術者の指を一瞬で蒸発させていた。

 その一方で、熱の魔法の『直撃』を受けた四器拳の掌には、焦げ目一つついていない。


「下段、足刀」


 悶絶する刺客、その両足を硬質化させた己の足で『切断』する。

 四器拳による攻撃は、一切抵抗なく人体を切り裂く。

 もはや言葉を失った刺客は、鮮血を溢れさせながら地面に転がっていた。


「これ、いいなあ……本当に便利だ」


 腰に巻き付けている宝貝の具合を確かめながら、四器拳の使い手は転がった刺客へ手当を始める。

 なんのことはない、殺すよりも殺さない方が儲かるとのことだからだ。


「さあ、どうしたどうした?」

「く、相手は亀甲拳……直接的戦闘能力は低いはずなのに!」

「なぜだ、二対一で勝てない!」


 一方で、亀甲拳の使い手は二人の刺客を相手に圧倒していた。

 町中ということで長剣ではなく短剣で武装しているのだが、それでも亀甲拳の使い手は侮っているのか素手で立ち回っている。

 にもかかわらず、二人の刺客は既に顔を腫らしていた。


「ふん!」

「ぐぅ!」

「はあ!」

「うぅ!」


 物理的な干渉が一切できない、普通の戦場なら後方で待機しているはずの予知能力者。

 その彼は、暗器も使わずに二人の刺客を殴っている。

 フェイントや牽制は無視し、本命を斬りこんでくる前に下がり、挟もうとした瞬間に回り込んでくる。


 未来を選びながら行動しているのだから当然だが、腹立たしいぐらいに失敗せず最適な行動しかしてこない。

 高速移動をしているわけではないし、怪力を発揮しているわけでもない。ただ、機先を制し続けて離さない。

 亀甲拳の専門家、生まれた時から学び続けた格闘術。それは接近戦では無類の強さを誇る。

 相手が長い槍でも持っていれば、あるいは対処の限界を超えるほどの人数を揃えていれば話は別だが、今回はそうではない。

 もちろん、そうだからこそたった二人で戦っているのだが。


「く……! がっ!?」

「駄目だ、防御しようとしてもすり抜ける!」

「盾や鎧もなく、亀甲拳の使い手に挑む……その無謀を知れ!」


 テンペラの里の住人は、全員が生まれた時からの格闘技者。

 もちろんピンキリではあるが、戦場に立つものが弱いわけはない。

 彼は予知を十分に活かし、自分が誘導しようとしている未来を悟らせない。


「こうなれば……!」


 予知をしてもどうにもできない手段に出るしかない。

 二人の刺客は、目配せをすることもなく前後に分かれた。

 片方は火の魔法を準備し、もう片方は亀甲拳の使い手に掴みかかろうとする。

 亀甲拳の使い手は、例え回避ができたとしても火に焼かれる。

 回避できないほど広範囲で、味方もろとも一気に焼き殺す。

 火の魔法は、宝貝で防ぎきれるものではない。

 よって、もはや何があっても死ぬだけだと思っていたが……。


「え?」

「な?!」


 亀甲拳の使い手は、自ら大きく距離をとっていた。

 今までは相手に魔法を使わせないように、間合いを詰め続けていた彼。

 それをいきなり放棄して、相手に魔法を使わせようとしていた。

 重ねて言うが、亀甲拳には物理的な攻撃力も防御力もない。

 近距離なら圧倒できても、遠距離になれば手も足も届かない。

 だからこそ、手が止まりそうになるが……。


「ええい! 燃え尽きろ!」


 それでも、裏通りを覆うほどの火がほとばしった。

 魔法が発動した時点で、その前方にいるすべての命は灰になる。


「お断りだ!」


 だが、それは相手が本当に無手だった場合の話である。

 刺客が放った炎は、しかし途中でかき消された。

 そう、亀甲拳の使い手が放った、明らかに格上の『水の魔法』によって。


「ば、バカな?! 希少魔法の使い手が……魔法を使うだと……?!」


 火の魔法に比べて、圧倒的に殺傷能力に劣る水の魔法。しかし膨大な水量は火の魔法を吹き消し、その速度と重量をもって刺客二人をまとめて押し飛ばす。

 それは、まさに鉄砲水だった。狭い裏通りの建物に沿って押し込んでくる水が引いた時、せき込む刺客たちは地面から起き上がれずにいた。

 おそらく、体の骨が砕かれているのだろう。意識はあるようだったが、だからこそ不可解さに戸惑っていた。

 魔法を使えるものは、魔力を宿している者を見分けることができる。そして当然ながら、亀甲拳の使い手からは魔力を感じなかった。


「そんなことができるのはディスイヤのビョウブと、引退したサイガだけだったはず……なぜおまえが……」


 いっそ、個人の才能、特殊技能ならよかったのかもしれない。

 しかし、現実はさらに過酷だった。


「便利なもんだな……スクロールというのは」


 ウンガイキョウによって複製された、本物よりも強力な水のスクロール。

 それを使用していた亀甲拳の使い手は、残酷にも刺客たちを見下ろしていた。


「……遊んでいたのか」

「ああ、遊んでいたとも」


 組織力とは、こういうこと。

 ダヌアによる人参果もさることながら、超大国からのバックアップを受けられるのならば、あらゆる装備が手に入る。

 使いどころを間違えなければ、使い捨てのスクロールは魔法使いを真っ向から打ち破れるのだ。

 そして、使いどころを間違えないことこそ、亀甲拳の強みである。


「古代の人間は星を見上げ、亀の甲羅の割れ具合を見て、未来を探ったという」


 普段は同門と試合をし、読み合いをしつつ相手の行動へ即座に対処している彼からすれば、魔法が使えるだけの相手など脅威ではない。


 スイボクが目指したものとは対極に位置するが、これもまた不惑の境地。

 彼は敵が如何なる行動を選んでも、それら一つ一つに無数の回答を用意していた。

 だが、亀甲拳は違う。完封勝利という未来への一本道に、敵と己を置き続ける。

 ただ一つの結論へ、正しい選択を選び続け、それを完遂することこそ亀甲拳の不惑。


「ゆえに、星血、亀甲拳」


 四器拳、亀甲拳。どちらも派手ではなく、はたから見れば面白くもなんともない術。

 しかし、派手ではないからこそ、相手に敗北を悟らせずに倒している。

 観客が見てもわからないのだ、戦っている相手自身はなぜ負けたのかなどわかるわけもない。

 それこそが、もっとも恐ろしいのだ。


「未来を見るということは、未来を選ぶということなのだ」

「何を偉そうに。ずいぶん余裕をこいてたから、星血が尽きかけてるんじゃないか?」

「そ、そんなことはないぞ、うん」

「俺の言葉に詰まってるってことは、そういうことだろうが。全く……」


 それでも、予知が気血によるものであることは変わらない。

 戦闘中に多くの未来、遠くの未来を見ながら戦うということは、気血を大量に消費するということ。

 それは予知ができなくなる、という単純な結論に達する。


「……準備はいいな」


 それは、少し考えればわかることだった。

 裏通りで襲撃を仕掛けた三人の刺客は、既に全滅して拘束されている。

 だが、それを観察しているのは五人ほどの、新手の刺客だった。

 彼らは三人を捨て石にして、建物の上から戦況を見守っていた。

 そして、二人が消耗するのを待っていた。


「……行くぞ!」


 五人は、全員同時に飛び降りようとした。


「えい」


 そして、五人同時に、背中を蹴られて落ちていった。


「……え?」


 体勢を無茶苦茶にしながら、五人の刺客は自分たちの背を蹴った相手を見た。

 そこには霧影拳の使い手が一人と、亀甲拳の使い手が四人いた。

 

 そう、組織力とはこういうことである。

 他の地では珍しい予知能力者も、テンペラの里にとっては十ある流派の内の一つでしかないのだ。


「我らは未来を選ぶ者」


 たった一人の予知能力者を相手に対策を練っても、何の意味もない。

 他の予知能力者たちが、姿を消しつつ援護をするだけなのだ。

 

「お前たちは、我らの掌から落ちることしかできない」


 どんな体術を持っていても、空中ではもがくことしかできない。

 五人の刺客は、受け身もとれずに落下していた。


「まあ、恰好がいいことを言ってもだ……つうしん用だったか? 宝貝で襲われたことを知らされていなかったら、ここに来れなかったわけだがな」


 下の二人に手を振る、上の五人。

 亀甲拳に限らず、彼らは一切何も恐れずに未来を確信していた。


 素手かそれを装い、少数同士で戦闘を行う。

 それは、テンペラの里にとっては最も都合がいい戦場だったのだから。

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