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特異

 夜の王都、城壁のすぐそばにて。

 壁に寄りかかっている私服姿の兵士と、外国の密偵が話をしていた。

 もちろん、双方お互いの職業も立場もはっきりとわかっている。


「それで、どうにか屋敷に人を送れそうか?」

「難しいな。当たり前だが、王家直轄領って言ってもかなり広い。こういうことを警戒しているのか、かなり方々から集めたみたいだな」

「それなら顔が見分けられないんじゃないか? 兵士の服を手に入れれば、侵入できるかもしれないな」

「……いくらで買う?」

「ずいぶんだな」

「当たり前だ、そもそもここでこうして話していること自体が、かなり危ないことなんだぞ」


 クローも言っていたことではあるが、兵士の給料と言ってもピンキリである。

 近衛兵なら相当の給料をもらえるのだが、王都の警備をしている程度の兵士ではそこまでの給料はない。

 そして、給料相応の暮らしをする兵士だけではないし、程度が低い兵士というのは志も相応である。

 先の戦争で戦った兵士たちには相応の報酬があったのだが、『幸運』にもこの王都には関係が無かった。


「半金は既に払ったはずだが?」

「だから、それは内部の情報を集めたカネだろう? 兵士の装備を持ってくるって言っても、一着や二着じゃないならこっちにも危険があるんだ。それなりの誠意が無いとなあ」

「……なるほどな」

「悪いなあ……もらったカネで勝負しようとしたら、運が無くてなあ」


 この時、密偵は既に『判断』を終えていた。

 どのみち、自分のような立場の人間がいることは知られているのだし、借金を抱えている兵士が一人死んだぐらいではなんの問題もない。


「それで、いくら必要なんだ? 準備をするから、それまでに兵士の服を準備しておいてくれ。そうだな、最低でも五着は欲しい」

「おいおい、前金が基本だろう?」

「ずいぶんだな」

「仕方ないだろう、今すぐにでも先立つものが必要なんだから。ああ、一応言っておくが、別に他の兵士を当たってもいいんだぜ? その場合、俺の口が軽くなるかもしれないけどな」


 兵士本人は、交渉を上手に進めているつもりなのだろう。

 街の明かりで照らされている表情は、とても得意げで自信にあふれていた。

 外国の密偵のことを知っているのだから、それ自体が弱みでありカネを引き出せる理由になると思っていた。

 軽い口を封じるために、二度と息ができなくなるようにされるとは思っていないらしい。


「それは困るな……とはいえ、流石に持ち合わせがない。後日払うから、それからまた調達を始めてくれ」

「おいおい、待ってくれよ。俺は、今、必要なんだぜ? ほら、お前らだって困るだろう? 俺が借金取りにつかまって、あることないこと言わされたらなあ」

「……仕方ない、それじゃあ案内するからついてきてくれ。そこでならカネを渡せる」

「おお、そうこなくっちゃな」


 もちろん、カネを渡す気はない。

 適当な所へ連れて行って、黙らせて、始末をつけてから別の協力者を探すつもりだった。

 底辺の兵士は、密偵のアジトを知ることができて、更に弱みを握れるとニヤニヤ笑っていた。

 こんなバカと話をしている時間が無駄だ、密偵は見切りをつけて最後の案内をしようとして……。


「……え?」


 らしくもなく、間の抜けた声を出していた。

 彼は見てしまったのだ、にやけている兵士のもたれかかっている壁を。


「あ、あ……」

「どうしたんだ? 今更後悔か?」


 そこには、数人の顔が浮かんでいた。

 壁に人間の顔が張り付いていて、明らかに眼球が動き自分と兵士を捉えていた。


「俺だって暇じゃねえん……」


 しゅるり、と太い腕が分厚い石の壁から生えてきた。

 そして、そのまま兵士の首に絡まる。


「ひっ……!」


 そう言ったのは、兵士だったのか密偵だったのか。

 少なくとも、密偵は悲鳴をあげざるを得なかった。

 後ずさろうとして、自分の両足が『地面から生えている』四本の手につかまれていることに気づいたからだ。


「ひゅう……   」


 自分の首に手を当てようとした兵士は、首に絡まった腕によって城壁の上へ一気に移動していく。

 それは兵士の首を絞めることであり、一瞬にして彼の意識を奪っていた。


「た、た、助けてく……」


 ここが敵国であることを忘れ、密偵は絶叫しようとした。

 しかし、それよりも先に両足を掴んでいる四本の手が高速で移動し始めた。

 それは必然、密偵が膝から折れて後ろに倒れ、そのまま引き回されることを意味している。


 四本の手はそのまま壁に向かい、地面から壁へ移動し、そこから更に上へ向かっていった。

 ひっくり返された密偵は抵抗もできず、そのまま城壁の上部へ運ばれていく。

 いや、引き回された、と言っていいだろう。


「鮫噛拳」


 そして、城壁の上には十人ほどの男たちが縄を手に待機していた。


「舟幽霊」



 弾血を宿す鮫噛拳の使い手たちは、空管という水中呼吸用の使い切り宝貝を支給されており、それを使って自由に王都やその周辺を泳いでいた。

 なにせあらゆる『魔法』の中でも、鮫噛拳の機動力は最高である。

 彼らは地面へ潜航できることもあって、自由に屋敷の中を出入りしていた。


 宝貝によって呼吸が無制限なら、彼らは地中を自由に泳げる。

 しかしそれは、当然周囲から顰蹙を買っていた。

 他の拳法の使い手たちは、たいして面白いこともなく刺激を味わえることもなく、退屈な軟禁生活を送っていたのだ。

 これで一つの家だけが好き勝手に過ごすなど、それこそ許されるものではない。

 というか霧影拳の使い手たちは『自分たちも天界とかに行きたい』とか言い出して石舟に乗り込もうとするし、本当にどっか行きそうだったので止める羽目になった。


 そういうことなので、鮫噛拳の使い手たちは『買い出し』および『偵察』および『捜査』を任じられていた。

 できれば泳ぐだけではなく近くの街で楽しく遊びたいところだったが、流石に他の全ての家を敵に回すこともできず、彼らはたいして面白くない見回りをしていた。

 王都の内部を回ることはないとしても、王都の近くにある森を回ったり、城壁の外側や内側を泳いでいた。


「なんつうか、もう面倒になってきた」

「お前真面目だな~~俺なんて初日でもうすでに面倒だったぞ」

「つうかそもそも、俺そんなに泳ぐの好きじゃねえし」

「ああ、本当ランの奴死ね……俺、アイツに殴られたことあるんだぜ?」

「どうせ股の下から見上げたんだろ?」

「ち、ちげえし! あんな女の股ぐらなんて見てもいいことねえし!」

「うわあ……お前みたいなやつがいるから鮫噛拳は覗き魔とか言われるんだよなあ」

「亀甲拳じゃねえんだ、覗き魔扱いされちゃあたまらねえよな」

「あいつら絶対女湯で覗いてるよな」

「ああ、絶対未来予知か過去を見てるよな、女湯」


 やや曇った夜、一行はいったん城壁の上で休んでいた。

 如何に高速移動ができるとはいえ、ずっと泳ぎ続けていれば疲れる。

 そもそも、飽きる。


 高速で泳ぐのは楽しいのだろうが、彼らにしてみれば一族全員の特技である。しかも故郷にいた時からよく泳いでいる。

 こうして外に出られるのはいいのだが、そんなに楽しいものではない。


「……もう帰るか」

「そうだな」

「帰ったら他の連中からまた『楽しかったか?』とか言われるんだろうな~~」

「ランの奴め……あいつのせいで、こんな目に……」

「で、アイツは最強の剣の所有者だろ? 世の中って才能が全部だよな~~」

「かったりい~~」


「おい、下の方でなんか聞こえないか?」



 北側であれ南側であれ、諸国は足並みをそろえてランの足を引っ張ろうとしていた。

 それが目的であって、テンペラの里の者を拉致することは手段でしかない。

 よって、テンペラの里の者を殺して、圧力をかけようという国もあった。

 そして、それを妨害しようとする『味方』もいなかった。


「おいおい、どうして飲んじゃいけないんだよ」

「そうだぞ、別にいいじゃねえか」

「そ、そのですね……あくまでも、見回りですから」

「だまってりゃあバレやしねえって」

「な、いいだろ? 向こうも誘ってるしよ」


 夜の街を、護衛も連れずに歩き回っている三人の成人男性。

 無明拳の拳法着を着ている彼らは、ふらふらと裏通りを歩いていた。

 多少年上に見える二人は表通りの酒場に惹かれているが、その一方で年若い一人はそれを止めようと必死だった。


「お酒を飲んで帰ったら、皆に怒られてしまいますよ!」

「かってええなあ……」

「いいじゃねえか、少しぐらい……」


 その三人を、建物の上から観察している男たちが三人いた。

 できれば三人とも酒気を帯びていて欲しかったが、それは難しいかもしれない。

 であれば、機を逸するわけにはいかない。


 今回の『汚い仕事』は、あくまでも超大国が仕掛けた、一種の諜報戦である。

 実力で狂戦士に挑んでも良し、裏工作で追い込んでもいい。

 だが、戦争になるのなら容赦はしない。

 竜をけしかけるのかもしれないが、自ら直接手を下さないとも限らない。

 アルカナ王国の保有する殲滅力は、近隣諸国をすべて相手取ってなお余りあるのだから。

 暗黙の了解によって行われる『無法』は、一般大衆への被害を極力減らすことで見逃されている。

 しかし、一線を越えれば、おそらくアルカナ王国はなすべきことを成すだろう。


「……やるぞ」


 それを避けるには、人通りがない今この時を置いて他にない。

 ここでなら火の魔法を使っても、急いで対処をすれば鎮火できる。

 そう、殺そうと思ったのだ。

 生き残っていればそれはそれでいいが、殺すつもりで火の魔法を使うつもりだった。

 そうしなければ、人参果を食べているであろう男たちを捕縛できないと判断したからだ。


「……いいな!」


 建物の上から、下の道へ向けて炎を放つ。

 相手は輝く粉をまき散らす無明拳の使い手たち。

 それを軽く見るつもりはなかったが、この状況なら既に勝っている。

 要は先制攻撃を撃てばいい。

 先に攻撃を当てることができるのなら、魔法は最強である。

 その殺傷能力は、人間でない者にさえ有効だ。まして、物理的な防御力や機動力を持たない無明拳には、確実に致命傷となるだろう。

 宝貝の防御も身体能力強化も、あるいは蘇生さえも。

 火の魔法が持つ、圧倒的な殺傷能力の前には無意味だった。


「撃て!」


 放たれる炎の塊が三つ、三人の標的を捉えていた。


「……命中したな」


 煌々と燃え上がる、魔法の炎。

 それは直撃した生命を断つ、単純すぎる殺害方法。

 そう、人は燃えれば死ぬのだ。


「……死体を確認するぞ」


 そしてテンペラの里に、火の魔法を防ぐ手段はない。

 動輪拳は防ぐ可能性を持っていたが、使用した場合即座に気血を切らしてしまうだろう。

 そう、テンペラ十拳に魔法を防ぐ術はない。回避するか、使う前に術でハメるか、幻影などでかく乱するか。


「……なんだ?!」


 あるいは、『他の誰か』に防御してもらうか。


「ブライトウォール!」


 無明拳に扮していた聖騎士が、光の壁によって炎を遮っていた。

 熱と雷以外の魔法をはねのける堅牢な壁が、自らと他の二人を護っている。


「な、カプトの聖騎士だと?! テンペラの里の者に扮していたのか?!」


 そして、組織力とはこういうことである。

 魔法使いしかいない陣営には、希少魔法の使い手の見分けができない。

 魔力を宿していないことしかわからず、着ている服から判断するしかないのだ。


「離脱だ!」


 襲撃者は、即座に逃走しようとした。

 裏通りの建物の屋根を蹴って、空に躍り出て、そのまま火の魔法で飛び上がろうとした。


「ぐぁ?!」

「なあ?!」

「ふぅぐあ!」


 そして、それを全員が失敗していた。

 確かに慌てていたが、だとしても三人が全員ずっこけるなどあり得ない。

 そのあり得ないことが起きたのだとしたら……!


「傀儡拳、二人羽織り」


 テンペラの里の拳法家は、既に『糸』で三人と繋がっていた。

 離脱の為に全力で走りだそうとした三人、その力をほんの少し後押しした。

 その結果、三人全員が屋根の上で転んだ。

 そして、そのまま建物から落ちていく。


「ぐぅ……!」


 二人は無様に落下する。

 しかし一人はなんとか火を噴射して、減速しようとする。

 体勢を整えて、何とか逃げ延びようとする。


「ぐぁあ?!」


 だが、それも無理だった。

 飛行するのは超一流の魔法使いにしかできない、とても繊細な作業だ。

 それを二階建て程度の建物から落下しつつ行うのも無理だが、更に傀儡拳と繋がっていれば不可能と言っていいい。

 推力の調整そのものが乱され、建物へぶつかって今度こそ気絶する。


「俺の仕事がねえ……」


 無明拳に扮していた動輪拳の使い手は、呆れつつも落ちた三人へ絡新婦を使って拘束する。

 気絶したままであるし、もう観念しているだろうという判断だった。

 それに、積極的に殺すなど好ましいことではない。


「……スゴイ」


 空を飛べる魔法使いを、こうもあっさり倒した。

 もしかしたら熱の魔法さえ使えたかもしれない刺客を、傀儡拳の使い手はあしらうようにひねっていた。

 若い聖騎士は、法術以外の希少魔法の、その異常性を改めて認識していた。



「テンペラ十拳は……こういう戦場で強すぎる……!」



 その真実に、震撼するしかなかった。

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