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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
傷だらけの愚者
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研鑽

 さて、非常に今更だが、魔法を学ぶにはそれなりに時間とお金がいる。

 それがあるとしても、千人の内十人ぐらいは魔法が使えない。つまり、比較的裕福で向学心があっても、希少魔法の資質を持っている子供たちは、自分に合った魔法を習得できないのだ。

 カリキュラムがなく、加えて指導者の不在である。法術の場合はその限りではないが、十人の内一人ぐらいしか法術は学べないのだ。

 学園長先生は、そのことを憂いていた。学びたいというすべての子供に教育を。それが彼女の願いだったからだ。


『呪術ですか……私はその、呪術師としては半人前で、それに呪術を教わりたがる人はいないと思います』

『神降ろしを教えろだと? 王家の秘伝だ!』

『仙術って、どう頑張っても五十年はかかりますけど……』


 ツガー・セイブ、マジャン=スナエ、俺。

 希少魔法の使い手である俺たちは、三者三様の理由で学園長先生からの要請を断っていた。

 どの言い分ももっともなので、彼女は泣く泣く受け入れていた。


 法術はともかく、呪術の才能があるなんて世間に知られたら生きていけないレベルらしい。そりゃあ、ウソつきを石に変える技なんて、資質が有るだけでもおっかないしな。

 神降ろしは普通に国家機密だ。もしも教えたら、彼女も教わった生徒も殺されるだろう。

 仙術は難易度はともかく時間がかかりすぎる。この世界での五十年は、生まれたばかりの子供の殆どが死ぬ時間である。


『影降ろしを教えて欲しい? 別に構わん。その代わり、法術の使い手を我が国に派遣し、癒しの業を伝播させてほしいのだ』


 免許皆伝をもらっており、他人に教える資格を持ち、加えてそんなに機密性も高くない魔法を覚えているトオン。彼は学園長やカプトと取引をして、貴族や豪商の子供たちの中から影気を宿す者を選別し、指導することになっていた。


「戦争が始まっているのに、のんきなもんだなあ……」

「カプトの切り札は、爆撃機みたいな戦い方をするんだろう? だったら俺たちは要らないじゃないか」


 分身を出す特訓をしている子供たちを見ながら、俺と祭我は話し合っていた。

 実際の所、俺が言うのもどうかと思うが、とにかく一方的な破壊だったと聞いている。

 日本人であった俺達には、その無体さがよくわかるのだ。


「でも戦争が続くんだよな……嫌だなあ」

「そう思うのはいいが、口にしないことだ。嫌かどうかで判断を決めるのは子供だぞ」


 俺だって、嫌だなあと思いながら粛清隊とかと戦っていたのだ。どこの世界でも、仕事とは大変なものである。


「ということで、素振りだ」

「うん」

「大事なことは正しいフォームを覚えること。それが結果として威力や疲労の軽減につながるんだ」


 俺は祭我や他の生徒、教師たちに剣の指導をすることになっていた。

 なんでだろうとは思わないでもない。しかし、意外にもお兄様もお父様も、俺が多くの人に指導することに乗り気だった


『お前が一定の水準に達したと判断した者は重用してやる』

『それを餌にやる気を出させてみろ。教える人数はお前に任せるが、基本的に多い方がいい筈だ』


 何とも勝手な話である。

 とはいえ、エッケザックスから祭我へ剣の指導を頼まれ、師匠からトオンの指導を頼まれた身である。

 これで学園長先生からの要望を断る理由もなかった。


「当たり前だけど、皆やる気がそんなにないな……」

「そりゃあそうでしょ、やる気出させるのも教師の仕事よ」


 愚痴る俺に、お嬢様がもっともなことを言う。

 とはいえ、目の前に百人ほど並んでいる。彼らにも一定の指導は必要だろう。

 師匠の言葉を借りるなら、『最強の剣士の弟子になること』自体が彼らの『最強』になっているのだ。

 それでは、余りにも哀しい。どうせなら、剣士としての喜びを知ってほしいのだ。


「岩でも切らせてみるかな……」

「ちょっと待て! 我を捨てた後のスイボクの弟子として、それはどうなのだ!」

「いえいえ、分かりやすい目標がないと、皆やる気を出せませんって」


 祭我の素振りを見ているエッケザックスから苦情が出た。

 しかし、剣聖の弟子になれば岩が斬れるようになったよ、というのは修行の目標として正しいとは思う。

 剣の刃の向きとか、体重移動とか、単純な腕力とか。そういうものが一定の水準に達していると、誰の目にもわかりやすい。

 分かりやすいのは大事だ、心底そう思う。人間の時間で学ぶなら、分かりやすい目標が必要なのだ。

 俺だって、人間の人生の基準だと未熟なままだったしなあ。


「まあ、師匠が目指した剣から遠いことも事実ですが、それは特別に熱意のある方にだけお教えしようかと」

「スイボクの名を貶めることにならんか? 流石に我としては許しがたい」

「どうせそういう偽物はこれからいくらでもはびこりますよ、一日俺の前で素振りしていただけの男が、この国最強の剣士から手ほどきを受けた、とか言い出します。俺の顔も見たことのない男さえ、一本取ったと言い出すでしょうね」

「ぬぬぬ……」

「大丈夫ですよ、そうした偽物はどんどん淘汰されていきます。本人に実力がなければ、結局いい目なんて見られません。幸い、俺のことはソペードや他の四大貴族の方もご存知ですしね」


 少なくとも、大物であればあるほど俺の強さを知っている。

 即ち、我が師が目指した、俺が受け継いだ『遠すぎる剣術』を。

 適当な誰かと戦わせれば、あっさりと真贋は露見するのだ。


「それはお前を知っている者の話だ。知らぬ者は勝手に崇めるやもしれぬぞ」

「それは言い出したらキリがないでしょう。第一、そうした輩は私や私の師の名を出さずとも、別の名で悪事を働くだけです」

「だから、それがスイボクの名を貶めることになるであろう!」


 多分、こういう面倒なところが師匠に捨てられた原因の一つなのだろう。

 言いたいことはわかる。理解できる。人間的な理由だ。

 だが、仙人としてはどうでもいいのだ。自分の名前が、名声が、世間的な評価が、仙人には無価値なのだ。

 俗世の欲を断つとは、そういうことなのである。


「他人からの評価を気にする時点で、仙人ではないと思いますが」

「我が嫌なのだ!」

「エッケザックス、気持ちはわかるけど俺の素振りを見てくれよ……」


 昔の男の事で盛り上がっている、自分の剣を悲しげに見ている祭我。

 人に歴史ありなのだ、余り哀しい顔をするものではない。


「す、すまぬ! 盛り上がってしまった!」

「あらら、やっぱりあの森に残った方がよかったんじゃないの~~?」


 ハピネがエッケザックスを挑発している。

 しかしこのお嬢さん、本当に怖いもの知らずだな。

 相手は俺や師匠よりも長生きしているかもしれないのに、対応が雑というかなんというか。


「そ、そのなんだ、サンスイ! 私の素振りはどうだ?!」

「いつものように見事だよ」

「あ、うん、そうか……そうだったな……」


 レイピアの使い手ではあるが、俺は彼女の稽古を割と頻繁に見ていた。

 なので、フォームに関しては結構口出しをしていたのである。

 というか、トオンほどではないが彼女だって剣の天才である。魔法も剣も、この国で最上級なのだ。


「パパ! 駄目だよ! ママ……ブロワおねえちゃんはパパとお話したいんだから!」

「……そうだな、でもそれは後にしような」


 浮世のしがらみの重さを感じながら、俺は指導を続けることにした。

 とはいえ、本番はこの後なのだけれども。



 ソペードの館のすぐ近くの森。他の誰もいない状況で、俺はトオンと祭我だけがいる稽古をしていた。


「なんですか、これは」

「竹刀の代用品、綿棒だ」


 もちろん、適当なネーミングである。

 夕方。トオンによる影降ろしの指導が終わり、俺は俺で一般の生徒や教員への指導を終えた後、俺は改めて二人に指導をしようとしていた。


 使うのは木刀でも真剣でもない。

 細い木を厚手の布でぐるぐる巻きに縛った、スポーツチャンバラ用の模擬刀の代用品である。

 当たるとそこそこ痛いが、死ぬことはたぶんない。


「緊張感に欠けるとは思うかもしれないが、二人とも真剣の怖さは知っていると思うし、まず道場稽古で色々身につけないと先に進めるわけもない。そもそも、怪我したら治す手間が生じるので」

「なるほど……まずは基本からということで」

「そうなります。俺も教えるのは初めてですから、コツコツやっていきましょう」


 剣の道は険しくも楽しい。

 別に切った殺したばかりではないのだ。


 斬ることしかできない剣も、殺すことしかできない剣も、ありていに言えばつまらない。

 好きじゃないことは続かない、それだけの事だ。


「ああそれから、祭我。貴方はまず占術と法術を重点的に鍛えることです」

「うん、わかってる。特に占術は、占いそのものよりも、占いで出た結果に体が硬直しないようにしないとな!」

「わかっているなら幸いです」


 実際、占術は使いこなせれば大分強い。

 地味な技ではあるが、地味ゆえに発動を悟られにくい。

 現状、法術以外では唯一使える希少魔法であるし。


「エッケザックスと法術の壁や鎧があれば、大抵の敵は倒せます。というかまあ、法術自体非常に強いですし」

「そうだよな……」

「それから……影降ろしを習うことを含めて、型を作ることも考えた方がいいでしょう」

「型?」

「必殺技、といえばわかりやすいと思います」


 必殺技、という言葉に目の前の彼は眼を輝かせて、すぐに気を静めていた。

 多分、必殺技を出す前に俺に投げられたことを思い出したのだろう。


「必殺技って……俺の考えた必殺技、あっさり破られちゃったんだけど……」

「あれは色々勘違いしてできたものだとはわかっているはずです。先日の学園長先生の戦いを見て、思うところがあったでしょう。大事なのは、相手を知り自分を知ることです。どういう状況でどういう結果を求めるのか。大事なのはそこですよ」


 トオンも自覚していたけど、あの戦いは最終的にトオンに花を持たせるための戦いだった。

 勝ちすぎると良くない、という自覚もあったのだろう。三戦三勝では、要らぬ怨恨を残しかねない。

 あえてトオンの前で手札を見せて、彼に対応させたのだ。


「大事なことは目標を見失わないことです。貴方には守らないといけない人が沢山いるでしょう」

「ああ、そうだな……」

「剣は極めれば無形に至りますが、そこまで極めたくないなら普通に状況を想定して型を作るのはいいことです。幸い、私よりも詳しい方も相棒としていらっしゃいますしね」

「うん、相談してみる」


 とはいえ、まずは一歩目である。

 お互いの目標のために、ケガの無いように打ち合っていただきたい。


「ではトオン様、貴方は祭我様の攻撃中の意識の変化に注意しながら戦ってください。格下相手には当然のようにやっていたことが、どういうことなのかを感じながら戦ってみましょう」

「承知した!」

「布で巻いた剣です。遠慮なく、加減無く打ち込みあってください。しかし、あくまでも昼間に素振りしたように、練習に忠実にやってくださいね」


 こうして、長くなるのか短くなるのか、彼らの修行が始まった。

 カプトの方では戦争が始まっているのに、能天気なことをしているとは思う。

 しかし、別に何をしろと言われているわけではないし、俺が出会った貴族の方も王家の方も、皆が優秀だったし心配は彼らに任せよう。

 今は只、研鑽あるのみである。

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