手段
一番大事なことは安全である。
例えば普通のイノシシやクマを狩猟するとして、鎌倉時代の武士がごとく名乗りを上げることはないだろう。
人間らしく知恵を絞って、穴を掘って落とすなりするだろう。
戦って勝つことが目的なのではなく、肉や毛皮が目的なのだから当然だ。
そう、仕事と趣味を混同してはいけない。
美意識は大事であるが、それはぜいたく品であって必要なものではないのだから。
「ああ、めんどくせえなあ」
「まあそういうなって……俺たちの順番を待とうじゃねえか」
「っていうかだな、お前たちはいいけど俺たち霧影拳はずっと術使ってるんだぞ」
「俺たち亀甲拳も、予知を続けているんだが」
「良いじゃねえか、蟠桃を食ってんだろ?」
「アレ怖いんだよ! 食い過ぎたらどうなるか、お前らも見ただろうが!」
「なんでも治す果実の食い過ぎで死にかけたら笑えねえだろうが!」
大八州からもらい受けた、空飛ぶ石舟。
それに乗り込んで、上空から同胞の警護をしているテンペラの里の面々。
彼らは特に緊張感もなく、ただ不満を口にしていた。
しかしそれでも、ほぼ問題なかった。
ちゃんと順番が存在し、交代で術を使っているからだ。
「お前らな……音は隠せないって言ってるだろ。いくら下の街が騒がしいからって、限度があるんだよ」
「静かにしろ……まったく、黙ることもできねえのか」
人間の集中力には限界が存在するが、視野にも限界はある。世界の全てを見ることができないうえで、視界に映る全てさえも把握しきれるわけでもない。
よほど訓練を積めば話は別だが、それも長時間維持できるわけではない。
それを常に維持し続けることに、山水は五百年を費やしたわけであるが、当然俗人には不可能な話だ。
第一そんな労力を費やさなくてもいい方法はある。
たった一人で全部を完璧にやろうとするから無理があるわけで、複数の人間で分担すればいいだけの話である。
それこそ、誰でも知っていることであろう。
複数の人間で監視して、更に定期的に交代すればいい。
それだけで、一気に隙は減る。無くなりはしないが、減るのだ。
「……おい、そろそろだ。傀儡拳!」
「わかった……任せろ!」
大天狗が作り出した宝貝、小木人。
仙術攻撃や物理攻撃を周囲へ逃がす形で軽減する効果を持つ。今回は大天狗に頼み、傀儡拳の使い手が遠距離で操作できるようにしてある。
また、彼らが着ている服は全て大聖翁になっている。
これは蓄積された仙気によって、常時気功剣の原理による防御力の向上を行っていた。
真下を歩いている兵士達や酒曲拳の二人の小木人を、傀儡拳の使い手が起動させる。
そして、その直後に、彼らを狙ってクロスボウが発射された。
当然のように全員の『服』に命中し、しかし刺さることなく地面に落ちた。
「酒曲拳!」
「応!」
待機していた酒曲拳の面々が、風火綸を足に着けて飛び降りていく。
最大範囲で力場を展開し、逃げ出そうとした刺客を民衆ごと地面へ倒していく。
「ああ~~、その、なんだ。もうこの船を隠さなくてもいいだろう?」
「そうだな」
「そうだな、じゃねえよ、早く言えよ」
幻影によって隠されていた石の船が、街のすぐ上でその姿を現していた。
眼下では酒曲拳の使い手たちが、昏倒した民衆の中から刺客らしき人物を探し出し拘束している。
見た限りでは遠距離から狙撃されたふうでもないので、おそらく全員拘束できるだろうと思われる。
「旨い事釣れたが……他の奴らはどうだろうな?」
「なに、どうせ相手は搦め手だ。俺たちにとっちゃあ大した相手じゃない」
傀儡拳の使い手に対して、亀甲拳の使い手が答えていた。
その表情には余裕が満ち溢れている。
そう、こうした状況では『派手な魔法』はほとんど使えない。
仮に使えたとしても、予知ができるなら先制でつぶすことができる。
不意の打ち合いなら、相手に行動を悟られない『地味』な拳法のほうがはるかに有利なのだ。
真正面から大軍同士でぶつかり合うなら、およそ最強と言っていい普通の魔法。
しかし、真正面から多数同士でぶつからない状況なら、むしろ他の魔法に大きく劣る。
それを知っている彼は、悪意のある笑みを浮かべていた。
※
「とまあ、そんな感じじゃな」
ひとまず、一度目の襲撃を返り討ちにしたテンペラの里勢。
拘束された十人ほどの面々は、全員が襲撃を認めていた。旧世界の軍勢によって滅ぼされた国の、その工作員だと名乗っている。
おそらく嘘だろうとは思われるのだが、気にしても仕方がないということでいったん拘束されている。
後日、国外で解放される予定であった。
「流石は伝説の傭兵集団……見事というほかない」
「相手が魔法使いのみなら、こんなもんじゃよ」
得意げに亀甲拳の当主が、国王と右京に報告していた。
二人としては領民に危険が及ばないように配慮して欲しかったが、まさかテンペラの里の住人が悪いと言えるわけもない。
そもそも、周囲に民衆がいる状況で仕掛けてきたのは、相手側の工作員であるし。
「まあ、もっとも……大天狗どのからいただいた宝貝のおかげ、と言えばそこまでじゃがな」
霧影拳の幻影は、決して万能ではない。
基本的には映像の投射が彼らの術であって、別の人間に変身するとかはできない。
だからこそ、街の雑踏の中に集団を溶け込ませるというのは、とても難しいことなのだ。
だが、空に無音で浮かぶ船があれば、話はまるで変わってくる。
船周辺に空に似た保護色を施せば、よほど注意深く観察しない限り発見は困難である。
それに加えて個人用の風火輪があれば、自由自在に空中から着陸できるのである。
大聖翁や小木人もそうであるが、宝貝を作ってもらえるということは希少魔法の幅が一つ増えるということである。
それは大規模な戦争でも意味があるが、こうした市街地戦では特に意味が大きい。
「特に、傀儡拳の使い手が遠距離から操作できるようにした小木人が素晴らしい。アレのおかげで、餌役が気楽になれたしのう」
「予知通り、ということですかな?」
「いやいや、作戦通りというべきでしょうなあ。流石に作戦の成功を、直接予知できたわけではないので」
テンペラの里に伝えられていた十の拳法の内、四つは学園にて大々的に公開されていた。
それはテンペラの里が表に出る前の話であり、一応許可はとっていたのだが、それでもこうなると申し訳ない気持ちになってしまう。
とはいえ、そんなことを問題にしない強さがテンペラの里にはあった。
考えてみれば、あいまいな情報であっても『テンペラの里には予知能力者が大量にいる』と知られた時点で、大抵の相手はあきらめざるを得ないだろう。
別に襲撃者を殲滅したいわけでもないのだし、諦めて帰ってくれるならそれが一番ではあった。
逆に、予知能力者がいると知って、予知されても関係のない力まかせの物量作戦で押してくる可能性もあったが、それもアルカナ王国の『物量』によって未然に防げている。
そもそも、王都近辺に大量の軍勢を送りこみ、長時間潜伏させるなどほぼ不可能であろう。
「知っておるのかどうか存じませんが、我ら亀甲拳の予知も万能ではない。知っての通り、ランには負けておりますしな」
ずいぶん前の話になるが、占術を使える祭我は山水と戦ってあっさり負けた。
理由は単純、予知した未来が『頭を打たれて気絶する』という物だったので体がこわばってしまったのだ。
そのこわばりを山水に観られた時点で、祭我は占術の使い手として未熟と言えるだろう。
予知能力者が一番考えなければならないことは、予知した未来への対処を相手に悟られないようにすることだからだ。
相手がそれなりに聡ければ、その動きを見て完全に別の行動を選びかねない。
そうした場合、予知が枷になって逆に意表を突かれかねない。
「そりゃそうか、亀甲拳の術は『可能性を見る力』であって、『未来を決定する力』じゃないもんな」
右京は得心していた。
予知能力、というのは神話の時代から存在した力だが、それは大抵回避できない悲劇を予見するものである。
例えば『お前は明日おぼれて死ぬ』と予言されれば、その予言を受けた者はどうあがいても必ずおぼれて死ぬ。
しかし亀甲拳の予知の場合は『明日は河がいきなり増水するので、おぼれて死ぬ』というものであり、河が氾濫する未来は変えられないが、河から離れることでおぼれる未来は回避できるのだ。
「俺のエリクサーの場合、死なない未来に決定する力があるからなあ……ちょっと勘違いしてた」
「そっちの方が無茶苦茶じゃな……ともかく、儂らが未来を予知したこと自体が、未来に影響を及ぼすことはある。具体的には傀儡拳じゃな、アレらはつながりさえすれば儂らが過去や未来を見たときに、共有できるらしいしのう」
「なるほど、亀甲拳に対しては読心に近いな……予知と読心だとキリがないぞ……見ないほうがいいくらいだ」
「そうなりますのう」
山水が祭我と最初に戦った時、山水は祭我の表情を見て自分の行動を察したと感じた。
動きを読まれたことを、表情や気配から逆に読んだのだ。
そのうえでさらに、祭我が動くのを見てから行動を変化させた。
当時の祭我では剣術の技量が違い過ぎて、山水の行動に対処できなかったのである。
これはランの場合も同じで、相手の動きを見てから適当な行動に変化できたので、亀甲拳では絶対に勝てなかったのだ。
五目並べで、相手がいきなり石を五つ置いたようなもんである。こちらが一回しか動けない間に、相手が五回も動けたら勝ち目などない。
なおスイボクの場合はさらにひどく、一つの行動に対して無数の反応が予測され、それが無限に連鎖している。
無限遠の体現者は、素の思考能力や対処能力が群を抜いており、希少魔法の効果を上回る読みと反応をしてくるのである。
「まあそれは極端な例としても、餌役が敵襲を予知してしまえば、どうしても気配に現れてしまう。それは結果として予知にブレが生じ、確実な未来にならなくなる」
襲撃する側は、獲物の表情から注意深く隙を伺っている。
いきなり表情が引き締まれば、そのまま撤退を判断しても不思議ではない。
それを避けるためには、餌役が何も知らないままぶらぶらしているのが一番だった。
「襲撃を受けるときに予知を一番確実にするには、亀甲拳の使い手を直接狙わせないこと。そして、予知された未来に対しての行動を悟られぬようにすることじゃ。その点、宝貝のおかげで楽じゃったな」
無音の石船を隠すことで、亀甲拳の使い手は安全な場所から一方的に観察できた。
仙人でもなければわからない宝貝を遠隔操作することによって、狙われた餌役は何も知らないままに守られていた。
まさに理想的な状況だったと言っていい。
そうした細工を知らずとも、露骨に罠とわかる状況でも手を出さざるを得なかった、襲撃者側の追い込まれ具合こそが最大の勝因ではあるのだが。
「テンペラ三千年の兵法、と言ったところですじゃ」
「改めて……御見それした」
「いやまったくだ……凄い」
自慢げな老体に対して、二人の為政者は手放しで称賛を送っていた。
流石は十もの希少魔法を伝えていた里、組み合わせの兵法は膨大であるらしい。
「特に、宝貝との組み合わせが凄い。手に入れたのは最近なのに、よく思いついたな」
「……そりゃあ、まあ、儂らもバカではありませんからのう」
感服している右京の称賛を聞いて、亀甲拳の当主は逆に嫌そうな顔をした。
宝貝のことを知ったのは、昨日今日の話ではない。あの戦争の日、すでに大天狗はテンペラの里と接触してほしい宝貝に関して聞かれていたのだ。
であれば、今日までの十分な時間を使えば、それを組み込んだ作戦ぐらい簡単に思いつく。
「新しい道具を組み込んだ兵法ぐらい、まともに頭があれば考えますわい」
「そ、そうだよな……」
右京は微妙に顔を引きつらせていた。
確かにその通りで、相手のことを軽く見過ぎである。
要するに『宝貝を組み込んだ作戦を考えられるなんて、頭がいいねえ』と褒めていたのだから。
しかし、生前ではそういう小説も多かった。
やたら現地人が既存の知識や習慣に固執して、柔軟な変化できないというものだ。
それはネット小説に限った話ではなく、現実でも起きていたことのように思える。
「ただ、アンタたちテンペラの里の人は、武器とかを使うのを嫌がっていただろう? 使うとしても暗器の範疇で、素手を装えるものぐらいだった気がするんだが」
テンペラの里では、希少魔法のことを拳法と呼ぶ。
それは希少魔法を格闘技と併せていることもそうなのだが、戦争の時でも素手にこだわるからであった。
宝貝は確かに素手を装えるが、彼らとしては抵抗がなかったのだろうか。
「……何を言い出すのかと思えば、儂らのことを何だと思っているのか」
その疑念に対して、老体はため息をついた。
「そりゃまあ、普段の試合で使うのは『無し』じゃよ。それに、外の者が一人で乗り込んできたときを含めて、決闘の範疇でも使うのは『無し』じゃ。しかし、今回はどっちでもなかろう。流儀がどうたら美意識がどうたらとか、うだうだ言っている場合じゃあるまい」
普段の試合では使えない手段、決闘では使ってはいけない道具。それらも相手が手段を択ばぬ者なら、遠慮なく使用する。
その幅があるのかないのか、武術と競技を分ける点であろう。
「戦いには作法があり、許される一線は場合によって異なる。今回はことさらに、その一線が低いというだけじゃ」
テンペラの里が存続し続けてきたのは、その柔軟性を失わなかったからこそ。
賢明であることを誇る彼は、己たちの姿勢を改めて示していた。




