結託
南側諸国のほとんどが滅亡した現状で、北側諸国はまだましだった。
なにせアルカナという大国に上納金を納めているかぎり、竜は攻めてこないのだから。
だが、それは薄氷の上である。誰もが理解していることではあるが、竜が攻めてこないのはその必要がないからである。必要だ、と判断すれば攻めてくるだろう。
羽化した竜にしてみれば、人間など脅威ではない。
八種神宝と少数の長命者を例外とすれば、竜以外などすべて下等生物なのだから。
「さて、皆集まってもらったわけだが……」
北側諸国の中でも、中堅国以上の君主が集まった会議。
まずどこで開催するのかである程度もめごとも起きたが、何とか『すべての国の中心にあるというだけの小国家』で秘密裏に開催されることになった。
それもこれも、全体で会議を行う必要があると全員が感じていたからであろう。
「どうせ秘密裏の会議だ、前置きはいいだろう。最大の問題である……どこの国を優勝させるか、を決めたい」
アルカナ王国が公式に発表した、エッケザックスの所有者を決める大会。
前の所有者である瑞祭我が竜との戦いで負傷し、引退をすることになったので新しい主を正式に決めることになった。
現在仮の主となっている銀鬼拳ランに対して挑戦者をつのり、打倒した者にはバトラブの勇者として厚遇することを約束する。
なんとも胸の躍る話だが、実際には一般人が参加しても優勝できるようにはなっていない。
まずランは悪血を宿す狂戦士であり、試合のルール次第では絶対に勝てない。
そのルールを決めるのがアルカナ王国なのだから、その時点で絶望的と言えるだろう。
加えて北側にせよ南側にせよ、アルカナとドミノ以外のすべての国が喉から手が出るほど神剣を求めている。
仮にランに勝てるほどの実力者が現れたとしても、その誰かがアルカナ王国に所属する限り、この場に集まった国々の放つ暗殺者によって殺されるだろう。
「何をバカなことを……我らにとって共通の敵はアルカナ王国の代表である狂戦士。彼女をどうにかして排除するために、各国が足並みをそろえようとしているのに、そのような足並みを乱す議題を出すとは」
ランを負けさせる、というのが一番難しいことであり、そこから先はさほど難しいことではない。
またランを負かせることができれば、結果として竜への対抗手段は北側のどこかの国の物となる。
その国が竜と戦えばいい話であって、今この場で決めることとは思えない。
「我らはいかにして南側諸国と連携をとるのかを考えてですね……」
「アルカナを出し抜くことに集中し、優勝争いは実力によるものにするべきだと?」
「ええ、誰が勝っても恨みっこなしです」
まあ、わからなくはない。
この場でそんなことを決めようとすれば、大いにもめることは確実だ。
「では貴君は、自国の領民がどれだけ死んでも恨まぬと?」
「は?」
「楽天的だな、貴殿は。良いかな、ここで口論にならず、先送りにすればどうなると思う?」
「それは、送り込んだ選手を信じることになるのでは?」
「食い合いになるに決まっているだろう。それこそ、肝心の銀鬼拳ランとやらが倒れる前から、足の引っ張り合いになる」
だが、ここで大いにもめなければ、現場で大いにもめるのだ。
それは送り込んだ工作員同士の、文字通りの殺し合いに発展する。
神剣の所有者をあらかじめ『頭同士』で決めておけば、少なくとも他国の選手を殺すということはなくなるのだから。
「あらかじめ優勝国を決めておけば、『味方』同士の殺し合いは避けられる。そんなこともわからないのか?」
「で、ですが、その……いかにしてランを脱落させるかを考えるべきでは……」
「そんなことは、我らが考えるべきことではない!」
ある意味、政治家らしいことを言う。
しかしそれは、悪い意味ではない。
「それは現場の人間が考えるべきことだ! 我らは現場が十分な力を出せるように、余計なことをさせないようにするだけだ!」
なんだかんだ言って、現場の専門家こそがそうした手口に一番詳しい。
ここで専門外の人間が知恵を出し合っても、絶対にうまくいきっこない。
「とにかく……少々脱線したが、どの国が優勝するのかを決めようではないか」
アルカナ王国からエッケザックスを奪わねばならない。
それがどこの国でも構わないが、できるなら自国が手に入れたい。
北側各国の首脳は、もう失うものがない南側諸国とは違う形で協力体制を構築しようとしていた。
「勝った国が、アルカナに次ぐ地位を得るということか?」
「話はそう単純でもない。考えてもみろ、エッケザックスがアルカナから別の国へ渡ったとして、竜が黙っていると思うか?」
「……アルカナがされたように、先制攻撃されると?」
「そういうことだ……相手が一頭とは言え、国土が丸焼けにされてもおかしくはない」
アルカナから首尾よくエッケザックスを手に入れたとして、今度は竜と戦う義務を背負う。
それは狭い国には負担が大きすぎた。
「もちろん、このままアルカナに専横を許す気はない。その上で決めようではないか、竜と戦う使命を負う国を」
※
「ということで、まだ『上』は意思決定に手間取っている。よって、うかつな行動は慎め」
アルカナ王国の王都に潜入している北側の工作員。
彼らは隠れ家に潜みつつ、作戦を練っていた。
上の意思決定が遅れているということに対して、誰も不満を感じていない。
国家の一大事であることは理解しているし、他の国まで蹴落とせと言われるほうがよほど嫌だ。
一応であっても『他国の工作員と衝突するな』と言われたほうが、まだ安心はできる。
「だが、作戦の立案と調査はできる。各人、意見を出してほしい」
「では……まず現地の有力貴族を引き込む案ですが……難しいようです」
なんでもそうだが、相手を切り崩す場合には『弱い場所』を探すのが一番大事である。
アルカナ王国は王家と四つの大貴族を基本とする国家であり、王家を切り崩すには対立している四大貴族を利用するのが手っ取り早い。
「今回の大会は王家が主催ですが、優勝する手はずになっている銀鬼拳ランはバトラブに所属しています。加えて、王家には既に五つも神宝があります。加えて、ソペードを除く各家も一つずつ所有している状態でして……」
ある意味当たり前なのだが、王家が一番神宝を所有している。よって、王家に働きかけてバトラブから奪う、というのは無理であろう。
王家が一つも持っていなかったら、バトラブから取り上げてしまいましょう、という甘言を吹き込むことができたのだが、既に大分偏っているので効果は見込めない。
加えて、他の貴族たちも一つずつは持っている。であれば、バトラブを困らせてやりたい、と思う者は少ないだろう。
「では、唯一持っていないソペードをけしかけるのは?」
「それも難しいかと……ソペードは一つも神宝を保有していませんが、反面『切り札』とされる長命者、『童顔の剣聖』を手元に置いています」
五つも有力な家があるのに、結果として国内のバランスは保たれている。
ドミノのすべてを掌中に収めている王家が頭一つ抜けているようにも見えるが、逆に言えばその程度なのだ。
どの家もそれなりに名誉欲を満たしており、バトラブを陥れようという歪みはない。
「この男の人脈によって、空に浮かぶ天界がアルカナを支援しているという情報は、隠されるどころか喧伝されています」
「加えて、仙人にしか使えない希少魔法の武器によって、先の戦争でも竜を多く殺しているという情報も……」
「では、他の家はどうだ?」
良くも悪くも、アルカナ王国の行動は『国益』を優先し過ぎている。
それに対して反発を感じるものも少なくないはずだ。
「ディスイヤは以前からの上客を積極的に引き入れ、上納金が払えない北側の弱小国へ引き取らせています。カプトは南側の難民へ食料などの援助を行っているようです」
「ですが、どちらも各国への援助を行いつつ、国家の大戦略に従っているようで……」
「厄介だな……」
目的は明らかだ。
国家全体では周囲へ圧迫を行っているが、それでは余りにも禍根を残し過ぎる。
それを避けるために、普段から個別で外交を行っている二つの家が、それなりに気を使っているのだろう。
追いつめすぎるとろくなことにならない、というのは現状が証明していることであるし。
「善意ではなく、不満を減らすためだと思われますが……」
「そんなことは当たり前だ。完全な善意だけというわけではないだろう、わかりきったことを一々言うな」
確かにアルカナ王国がその気になれば、国境の外に居座っている民衆を殺すなど簡単だ。
なにせカプトの切り札には、実際にそういう戦果がある。
ただ、切迫しているわけでもなければ、必要というわけでもない。
相手も人間で、こちらも人間。そんなに必要性もない状況で、大量虐殺などしたくはないだろう。
「だいたい、南側にしてもそんな善意に与りたくなどあるまい。結局どうあっても、彼らは我慢しろとしか言えないのだからな」
旧世界の怪物と戦うぐらいなら、滅びた国など放置する。
まあ、わからない話でもない。
「……アルカナが動かないのも、当然ではあるしな」
全員、黙ってしまう。
結局のところ、相手が旧世界の怪物だから少々誇張されているだけで、実際にはただの征服戦争だった。
隣の国が征服されたからと言って、わざわざ助ける国などめったにない。
相手が十分な領土を確保した後なら、なおのことであろう。
それはアルカナに対して、滅びた国がやったことでもあるのだ。
「言うまでもないが、我らはあくまでも母国の為に行動するのだ。断じて南側の為に戦うわけではない。その上で、内部から切り崩し以外で策を練らねばな……」
「やはり、要人を狙うのは止めた方がいいでしょう。我らに希少魔法の使い手はいませんし、そうなるとどうしても意表を突くことは難しい」
「そうだな……」
アルカナ王国の首脳を暗殺する。
そんなこと、やろうと思ってできるものではない。
しかも、今回はアルカナ王家が狙っている状況なのだ。
当然、普段よりも警備は厳重になるだろう。
そもそも、失敗した場合のリスクが大きすぎる。
「やはり……ランの故郷の住人である、テンペラの里の者をさらうしかないわけだが……」
カプトやセイブのような、希少魔法の使い手が生まれやすい血統の人間のみで構成された集団。
「全員が希少魔法の使い手、というのが問題だな」
「いくら何でも、大人から子供まで使い手ということはないだろう。テンペラの里へ襲撃をするのはどうだ?」
「とんでもなく辺鄙なところにあるらしい……」
「往復するとなると、現実的ではないな……」
「そうなると、やはり大の大人だけということか……」
相手もそれはわかっている。
だがだとしても、他に手はない。
「上からの指示があった時点で、動けるように準備をしておけ。相手の術理も、可能な限り調べておくんだ」




