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危機

 白黒山水はソペード家筆頭剣士であり、武芸指南役総元締めである。

 言ってしまえば大貴族公認の、最強の剣士。男子たるもの、誰もが憧れる『権力に保証された武人』である。


 その彼の務めは、各地の領主に剣術を教える、武芸指南役への指導。先生の先生、という認識で問題はない。

 今回の戦争でも、山水の生徒は奮戦した。もちろん多くが命を落としたが、それだけ前線で戦っていたということである。

 その彼らの武勲もあって、山水の指導力とその免状には大きい価値が裏付けられた。


 白黒山水の弟子になれば、大成できる。

 どの領主も、向こうから召し抱えに来る。

 白黒山水の弟子になれば、宝貝をもらえる。

 伝説の職人の作った、竜さえ殺せる魔法の武器がもらえる。

 白黒山水の弟子になれば、強くなれる。

 旧世界の怪物さえ恐れる、本物の強者になれる。


 人がいつか死ぬのだとして、夢を見る人はそれを追い続けるとして。

 山水の生徒たちは、各々の故郷で夢を叶えて散った。

 彼らの名前は、史に刻まれるだろう。


 国一番はともかく、彼らの背を追いたいという若者は多かった。

 同じ戦線に立ち、彼らの戦いぶりを見た男たちは、その戦場での報酬として山水への弟子入りを求めた。


 少し前までは、山水が指導するのは既に取り立てられた者だけだったのだが、戦争で多くの将兵が散った今、ソペードは軍隊の立て直しを必要としていた。

 加えて、国外からの軍人だけで穴埋めすることを良しとせず、国内の人間も厚く雇用したいと思っていた。

 つまり、復興作業が進むことによって、山水の仕事が増えたということである。


「先の戦争で、この場の方の多くが武勇を示したと聞いています」


 ソペードの領地内に大八州の職人が建造した、大きな剣術道場。

 その前にある、更に大きな庭。

 砂利の敷き詰められたそこには、多くの戦士たちが立ち、並んでいた。


 その彼らの前に立つのは、金丹を服用した山水。

 彼の背後には、既に山水の弟子として認められた男たちであり、戦争で生き残った者たちだった。

 一種の濃度がある空気、それを遠くから見ているのは貴人ばかりである。


 どんなに才能がない男たちでも、一流の剣士に育てることができる、国内最強の剣士。

 既に隠さずに語られている、悠久の時を研鑽に費やした本物の剣士。

 ソペードの『武』である、童顔の剣聖。


「皆、弁舌ではなく武勇に秀でているのでしょう」


 彼が再び指導をするということで、生き残った領主たちは己の子息や妻を連れて、見学に訪れていた。

 竜さえ殺す、最強の剣士。その彼の、本当の意味での真価を見せるために。


「本来なら皆に剣を渡し、一人一人立ち会うところですが、今は貴人の前です」


 山水は、目の前の彼らへ親しみを込めて微笑んでいた。


「誰からでも、何人からでも構いません。先ほどお渡しした木刀で、私に挑んでください」


 いつものように、仕事を始める。



 まるで、演武を見ているようだった。

 まるで、型稽古を見ているようだった。


 実際には、逆である。演武や型稽古の目指す境地を、山水は危うげなく行っていた。

 誰が何人相手でも、機を掴み流れを読み、敵を打つ。


 危うげなく丁寧に、場数を踏んだ男たちを一撃で倒していく。

 その姿を見て、誰もが理解する。彼こそが、剣を極めた男なのだと。


「皆さん、貴人の前ということで少々固くなっていましたが、それを抜きにすれば十分な力を備えていますね。さすがは、人外の者とも戦い抜いた方です」


 その一方で、山水は正直安堵していた。

 また、自分の生徒たちの仕事が大変だと思っていた。


 なにせ先日、自分の同胞の面倒を見た後である。

 彼らに比べれば、目の前の荒くれ者など大したことはない。

 一応大きい口を叩く程度の実力はあるし、実績だってあるのだ。

 少なくとも走らせて数分で息が上がることはないし、筋肉だってムキムキだ。

 殴られてもそんなに文句を言わないし、正しい意味で死の覚悟もある。


 これがまともな日本人なら、殴られたら『なんで殴るんだ』とか『いじめだ』とか『体罰』だとか言い出す。

 そりゃあ普通の場では正しいのだが、戦場に立つものが殴られることが嫌とはこれ如何に。

 と、そんなことを言ったところで、実際貴族やその子息はそんなものである。

 殴らずにおしえることはできるが、相手が目上だと難しい。

 それをやっている、やってきた生徒たちの苦労がしのばれる。


「私の弟子になれば、強くなれる、出世できる、という嘘が蔓延していますが……それは違います」


 その彼らを称える意味も込めて、山水は自分の指導方針を語っていた。


「私が鍛えるまでもなく、誰もが鍛えれば強くなれます。ですが、私が定める水準まで己を鍛えられるかどうかこそが、凡庸な剣士と評価される剣士を分けます」


 山水の弟子が大成したのは、あくまでも自助努力あってこそ。

 それも特別なことではなく、当たり前の積み重ねあってこそ。


「貴方達が、特に面白くもない修業に耐え、特別な技能を得ることなく、凡庸なまま上級の技術を身に着けることができたのであれば……この場の方々もきっと認める実力者になっているでしょう」


 彼らは既に、肉体的には十分な域に達しつつある。

 そうでなければ、戦場で生き残れず、この場に現れることもできない。


「私が免状を渡すとすれば、その域に達した者。あくまでも紙切れではありますが、保証は致しましょう」


 この男は十分な実力者である、という保証。

 それが紙切れと言えばそうなのだろうが、当に千金に値する『値札』だ。


「皆さん、克己の心を忘れず、今までの自分を越えてください」



 と、偉そうなことを言った後で、山水は貴人たちをもてなさなければならない。

 今の山水は貴族なので、そういうことから逃げられない。

 祭我もそうだったが、面倒なことを我慢できる人間であると証明するのは大事なことだ。


「サンスイ様! 凄かったです!」


 無邪気な貴族の子供から、敬語で話しかけられる。

 何か違和感を感じるが、笑顔で応じるのが大人の器量であろう。


 ソペードの本家が持つ城を借りて行われているパーティーでは、多くの貴人が山水との良い関係を求めて子供を含めた付き合いをしようとしていた。

 今まではほとんど無用の長物に近かったのだが、これからは隣に旧世界の怪物が居座るのだ。

 対抗手段をないがしろにして、いいことなど何もない。


「そうですか、お楽しみいただけたのなら幸いです」

「僕も貴方みたいに強くなりたいです! 旧世界の怪物だって、ばっさばっさと切れるぐらいに!」


 そして、子供というのは強いものが好きだ。

 周囲の大人が本気ですがるほどの実力者に、憧れない理由がない。


「山を切ったり竜を切ったりする魔法もみたいです!」


 まあ、それが山水本人の実力、と言うわけではないのだが。


「そ、そのですね……アレは私の力ではなく、双右腕という魔法の武器によるものなのですよ」

「そうなんですか?! それじゃあ僕はそれが欲しいです!」


 まあ気持ちはわかる。

 と、山水は自分に言い聞かせていた。

 確かに最強の武器を誰かが持っているのなら、欲しくなるしそう言いたくもなるよね。

 でも、面と言われると些かショックである。


「こらこら、サンスイ様を困らせてはいけないよ」

「お父様? だってあの剣があれば、竜だって切れるって……」

「よくは知らないが、アレは仙人という希少魔法の使い手にしか使えないそうだ。そうなんですよね?」

「ええ、その通りです。それに……」


 双右腕は確かに竜を殺せる武器である。

 しかし竜を殺すことを目的にしているわけではない。

 多くの機能を備えている分、使いこなすには仙人でも相当の練度がなければなるまい。


 高速で飛行する竜を殺す、というのが特に難しい。

 山水には全く問題にならないが、超遠距離から一瞬で通り過ぎていく竜を完全にとらえる、と言うのはほぼ無理だ。

 仙人の中でそれができるのは、山水とスイボクだけである。


「仮に双右腕を他の誰かに持たせても、それが何人相手でも、私なら素手で全員倒せます」


 大分以前の話だが、山水はエッケザックスを持った祭我をあしらうように倒した。

 ささやかな噂話ではあるが、裏で語られている山水の武勇伝の一つである。

 剣が強いわけではなく、剣術が強い。それが山水と言う男。


「今は修理に出していますし、普段から使うには大げさですしね」


 だからこそためらいなく手放すし、それでも一切強さが陰らない。

 何にも依らない、強者の余裕。

 木刀一本でも完全武装の近衛兵たちを圧倒し、敵から剣を奪い続けて軍隊を切り伏せる。


 それが、絶対に失敗しない、一切危険ではない。完全無欠たる究極の剣士。

 絶対に傷つかず、誰にも殺せない不死の生物。

 やや誇張は入っているが、周囲の貴人はそう感じていた。

 それが敵ではなく、こちらへ歩み寄ろうとしている常識の通じる相手であること、それに安堵を覚えていた。


「そうですか……それじゃあ、エッケザックスの使い手になればいいんでしょうか?」

「……」


 山水の顔が、緊張した。

 現在アルカナ王国内では、『仮の主』という(・・・)ことになっているランに挑戦するものを募集している。

 ランに勝ったものはエッケザックスの主と国王直々に認め、バトラブの新しい切り札として取り立てることになっている。


「サンスイ様がエッケザックスの使い手として名乗りを上げないのなら、僕のところの武芸指南役でも勝ち目はありますよね?」

「それはやめたほうがいいですね、私は生徒たちに出場しないようにと助言をしているほどです」


 最強の定義が負けない、殺されないだとして。

 一番神経を削られるのは『暗殺』である。

 野生においては最も当然のことであり、卑劣とされる一方で最も合理的な殺害方法だった。

 それが、その試合では確実に横行する。


「現在、周辺諸国はエッケザックスを求めて権謀術数を巡らせています。軽い気持ちで参加を表明した場合、頭角を示せば確実に殺されます」

「……暗殺されるって……強いから大丈夫なんじゃないですか?」

「私や師匠ならなんの問題もありません。ですが、周囲を警戒する術というのは本当に難しいので、俗人が完全に習得するのは困難を極めます。いえ……そもそもの時点で方向が違うのでしょう」


 それを、一般的な意味で『最強』と呼ぶのかどうかは置いておいて。

 生存で一番大事なのは『敵に見つからず敵を見つけること』である。

 つまり、見つからないように隠れる力ないし、隠れている敵を見つける力である。

 それに、腕力も速度も頑強さも魔力も一切何の関係もない。


 不惑の境地を完全に修めることができているということは、何時どんな時でも周辺の情報を把握し続ける情報把握能力と情報処理能力を極めているということ。

 また、意図したわけではないが、山水もスイボクも気配が完全に自然と一体化しており存在感が希薄である。そのため周囲を警戒していても、発見されにくくなっている。


 それが、一番難しい。

 心の準備云々ではなく、一切気を休めることができないのだから。


「私や師匠が出ない以上、物を言うのは間違いなく『組織力』です。どんな試合形式になるかはわかりませんが、水面下での闘いこそが本番になるでしょうね」

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