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王道

 現在、アルカナとオセオの国境を基準にして、『世界』は北と南に分かれている。

 北側の国々はアルカナへの上納金を払わねば、竜によって襲撃されてしまう。

 南側はさらに悪く、多くの国が竜に国土を奪われていた。


 しかし、本当の意味で世界の危機というわけではない。

 当たり前だが、竜はある程度侵略をした時点で、縄張りを拡げるのをやめていた。

 竜も人類を滅ぼしたいわけではなく、ただ自分やその下僕の暮らす土地が欲しかっただけだ。


 悲劇なのは、国土を失った国々とその国民である。

 相手が人間なら、政府や軍隊は滅ぼされても、国民は一応生きることが許される。

 奴隷扱いだったり、下等市民扱いかもしれないが、労働力として価値を見出されている。

 もちろん、それが幸福なわけがない。

 しかし、彼らは更に過酷な運命にさらされていた。


 支配よりも搾取よりも、さらに残酷な追放。

 旧世界の怪物に先祖代々の土地を奪われた民は、同じ人間にさえ見捨てられていた。


「……忌々しい話だ」


 アルカナ王国の国境に建築された、難民たちの仮宿。

 難民たちがなんとか持ち出した家財に布を張って、何とか雨露をしのごうとしている。

 その中で、それなりに大きい天幕があった。


「あの空にそびえる巨大な山々……はるか東方に浮かぶという、神々の住まう地だとか」

「まったく……アルカナは神に愛されているとでも言わんばかりだな」


 そこには、竜に国土を奪われた南側の王たちがそろっていた。

 誰もが難民と共にアルカナへたどり着き、そして入国を断られた面々だ。

 若い王もいれば、幼い王もいる。老齢の王もいれば、女性の王までいた。


 普段は対立することも珍しくない彼らも、肩を並べて知恵を絞っていた。

 議題は当然、国土の奪還である。そのためには、如何なる手段をも使うつもりだった。

 問題は、その如何なる手段をもってしても、既に状況は詰んでいた。


「……正直、竜の思惑が分からなかった。わざわざ神の宝をすべて持っていたアルカナへ挑んだのだからな」

「今はわかる……わかってしまう」


 竜はアルカナ以外の国々を侵略している。

 やろうと思えば、最初からアルカナ以外を侵略することもできた。

 なぜそうしなかったのか、この場の面々にはわからなかった。

 だが、今はわかる。


「……扇動のしようがない」

「どれだけ賄賂を渡しても、意味がないだろう……」

「さすがに、直接的過ぎる……」

「あの戦争では、生存者の全てが当事者だ。さすがに、もう一度戦争をしたいという者はいないだろう」


 もしも、アルカナ王国と戦わずに、竜が侵略を始めていたらどうなっていただろうか。

 なにがしかの約定を結んで、相互の不干渉を誓っていたかもしれない。

 しかし、その『紙切れ』に何の意味があったのだろうか。

 征服された諸国は、あるいは脅かされている周辺の国は、必死でアルカナへ扇動を行っていただろう。

 それが成功する可能性は高かった。あるいは、可能性が存在していた。

 そうではなくても、竜たちは常に『紙切れ』を疑いながら過ごしていただろう。


「だが! あきらめろと言うのか!」


 誰かが、誰かへ向けて叫んでいた。


「竜が国を滅ぼし、竜を殺す方法はある! 諦める要素がどこにあるのだ! 何とかすればいい!」


 問題は、その『なんとか』がないことだ。

 そして、その回答を用意してくれる誰かは、この場にはいない。


 すべての王が賢いわけではない。王の子だからと王になり、王だからこそ支えられてきた。

 本当に意味で王の方針に中身を持たせていた知恵者は、既にさっている。


「……あの不忠者どもが! こんな時に、なぜいないのだ!」


 一つはっきりしていることがあるとすれば、本当に頭がいい連中は既に諦めている。

 滅びかけた国を支えるだけの気概はあっても、滅亡した国を蘇生させるほど酔興ではない。


 仮に竜を殺して国土を奪還しても、確実にアルカナへ借りを作る。

 その上竜が死んで旧世界の怪物が死んでも、失われた人命はそのままで、更に破壊された設備もそのままだ。

 しかも、周辺諸国も同様に疲弊したままなのだ。


 そこから国家を再建するなど、どれだけの時間と労力が必要なのか考えるまでもない。

 できるかできないかは置いておいて、労力に見合わないにもほどがある。


 解無し。

 それが知恵者の出した結論だった。

 滅びた国は諦めて、別の国へ仕官する。


 知恵者たちは、自分に自信がある。

 国家という組織が滅亡しても、自分が生きているのなら問題はない。

 別に異世界へ転移したわけではない、勝手を知ったこの世界で自分の能力を売り込めば、また出世することはできると信じていた。


 国が亡びる。

 それは別に珍しいことではないし、長いか短いかの差で必ず訪れることだ。

 今までの地位という、今では無意味になったものへ固執することはない。

 頭がいいということは、損得勘定ができるということなのだから。


 では、残った『王』たちは全員無能なのだろうか。

 無能ゆえに、他人へ曖昧な指示をし、他人に支持されるだけの男ばかりで、国家が喪失すると何をしていいのかわからない、知恵者に見捨てられただけのどうしようもない奴なのだろうか。


「去ったものは仕方がない、我らはそれに応えるだけの力が無いのだから」


 違う。そうではない。


「だが、それでも我らが国民を見捨てるわけにはいかない。我らは国家の君主、我らが臣民を見捨てれば、それこそ誰もが希望を失い失意のまま死ぬのだから」


 指導者は、力及ばずとも解を求める。

 苦難の道だとはわかっているが、それでもそれを進むのが王の務めだ。


「……たとえ、アルカナがどうなったとしても!」


 竜を滅ぼし、国家を取り戻す。

 それにどれだけの『犠牲』を払ったとしても、どれだけの危険を冒したとしても。

 どれだけ愚かだとしても。


「この際だ、北側の諸国も巻き込もう。彼らも竜への対抗策を求めているはずだし、そうでなくともアルカナの外交政策にいらだっているはず。きっと、汚れ仕事を引き受ける人材を求めているはずだ」

「つまり、健在な北側諸国にエッケザックスを得させると? しかしそれで、我らの故郷をとりもどせるのだろうか……」

「竜を討ち、旧世界の怪物を掃討するのなら、結局国土は帰ってくる。もちろんすべて我らの物になるとは思えないし、相当の借りを作ることになるだろうが、今よりはましなはずだ」

「そうだな……今以上に悪くなることはなく、このまま座して死を待つよりは……」


 諦めない強さ。

 それは愚かさからあふれるものである。

 そしてそれは、決して侮ることができないものだ。

 賢く潔いものよりも、狡猾で功利なものよりも、さらに恐ろしく警戒に値した。



 先の戦争では、旧世界の怪物を相手に武勲をあげた、外部の組織テンペラの里。

 十もの希少魔法の血統を護る彼らは、スイボクが賞賛した戦闘能力を披露していた。


 当人たちも認めるように、お世辞にも戦略的な戦果は挙げなかったものの、彼らの援軍はとてもありがたかった。

 食料を報酬として欲したが、国家の存亡にかかわる労働の対価なので、正当な取引と言えるだろう。


 今回の防衛戦争が一応の成功を見たことで、アルカナ王国は彼らへ色を付けた報酬を支払っていた。

 その上でテンペラの里の面々には様々な仕事を任せており、当に功労者としての待遇を与えていた。


 なんだかんだ言って、旧世界の怪物と戦うというときに参じてくれたテンペラの里には、アルカナの首脳全員が私的にも嬉しく思っていたのかもしれない。

 人間、困っている時に助けてもらった人には一生忘れない恩を感じるし、困ったときに見捨ててきた相手のことは一生恨むものである。


 その、一生恨むような相手が一生恩義に感じる相手を狙っている。

 その情報を聞いて、アルカナ王国は注意を喚起すべく、テンペラ十拳の当主たちを集めていた。


「……ランの件で儂らが狙われる?」

「あの娘は、俺らに迷惑しかかけんな」


 国王直々の言葉を聞いて、全員が露骨に顔をしかめていた。

 話には聞いていたが、本当にランのことは嫌っているらしい。

 もちろん、好かれる要素が一切ないので、仕方がないと言えば仕方がない。


「あのランが公衆の前で恥をかかされたときいて、気を良くしていたのに……なにやら知らん間に最強の神剣を継ぐとか言い出して……」

「世の中は、本当に天才に甘い……」

「無常だ……健全に頑張っている者には、その程度の評価しかせん……」


 当たり前だが、ランはテンペラの里そのものに貢献したわけではない。

 というか、仮にテンペラの里へ貢献しても、ランの狼藉が無かったことになるわけではない。

 もしも彼らがランを許すとしたら……。


「前の兄ちゃんは戦争でボロボロになったんだろう?」

「ランがなりゃあよかったのになあ」


 まあ、そういうことである。

 彼女がみじめに落ちぶれてくれなければ、彼らとしては報われないのだろう。


 バトラブの当主が祭我へ語ったように、強いからと言って横柄に振舞えば嫌われるのが当たり前だ。

 彼女はずっと周囲へ我慢を強いていたのである。


「……まあそうでしょうな」


 気持ちはわかる、と同意した国王。

 彼も山水には色々と思うところがあり、自分よりも酷かった彼らの気持ちに賛同していた。


 この場に切り札たちがいれば、やはり『復讐ものの小説』を思い出していただろう。

 客観視するに、天才少女の堕落や失墜を願う男衆というのは、いたたまれないものがあった。

 とはいえ、切り札に準ずる実力者が大暴れしていれば、怖いだろうし嫌だろうしうんざりするだろう。


「ですが、相手がその気になる可能性もあるので、一応の警護を」

「ええ、お願いします」

「若いもんは断るかもしれませんがねえ……」


 如何に武術家と言っても、常在戦場の覚悟などない。

 先日まで実戦の経験がほぼない、普通の農夫に近い生活をしていたので当然だろう。

 よって、護衛の件はあっさりと受けていた。

 戦争が終わったのに、ケガをしてはつまらないのである。


「……遠からず、予行演習も含めて正式な試合を催すつもりだ。どうかそれまでは辛抱していただきたい」


 アルカナは竜と和平を結んだ。それはある意味、軟弱な姿勢なのかもしれない。


「我らは苦難を乗り越えた臣民へ、繁栄をもたらす義務がある。それは貴方達、善意の協力者も同じだ。決して、貴方達に損をさせぬように動かさせてもらう」


 それでも、勝ち取った平和なのだ。

 それを脅かすものは、人間だろうと敵であり、逆ならば人間でなくとも味方である。

 そう、アルカナの人間でなくとも。


「国王陛下……我らに直接こうして会うことも含めて、いささか過分が過ぎるのでは?」

「そんなことはない。いままでまともな付き合いがなかったにもかかわらず、苦境に至った我らへ参じてくれた貴殿らは万軍に匹敵する心強さだった」


 報酬は支払った、当たり前だ。

 感謝の言葉を送った、当たり前だ。

 だが、まだ足りない。彼らが狙われるのであれば、守らねばならない。

 それが恩を返すということだ。


「貴殿らがどういう思惑だったにせよ、国家は確かに守られた。国土を失った臣民が、どれだけ悲惨なのかは改めて知ったことだ」


 ああならならないために戦った。

 ああなってはいけないと思った。

 ああしないためにも、今後努めなければならない。 

 そのためには、得た友人は大切にしなければならない。


「……しかし、それではまるで小娘を守るようだな」

「うむ、さすがにそこまでされてはなあ……」

「少々暇を持て余してもいた……我らも戦おうではないか」


 男と言うのは単純である。

 強いと言ってくれればうれしいし、適正な報酬をもらえれば信頼するし、本音を明かしてもらえれば力になりたくなる。


「アルカナ国王よ、我らを雇ってはくれんか?」


 テンペラの長たちは、自らの手で刺客を排除する気になっていた。


「そちらの兵と協力し、国内に潜んだ敵兵を討つ……悪くないと思うがのう」

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