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関係

 今更ながらランは、山水が自分の生徒を可愛がっていた理由を理解していた。

 才能や練度、ありとあらゆる面で偽装した近衛兵の方が上だった。

 それでも、才能がなく育ちも悪い一般的な生徒を可愛がっていたのは、ひとえに彼らが一人の男だったからだろう。

 負けても悔しい思いをするだけとか、憤慨して帰るとか、負け惜しみを言って去るとか、その程度の連中だったからだ。


 国家の命運を背負って挑んでくる輩というのは、倒しても気分が良くない。最初から妥協の余地も折衷の余地もないからだ。

 所属している組織が違う以上、どうあがいてもさわやかな結末などあり得ない。

 もちろんまともに仕事をしている方が偉いし、いい歳をした男が立身出世のために国内最強の剣士へ挑むこと自体がどうかしているのだが、評価というよりも好悪の問題だろう。

 倒しても楽しくない相手、ということであろう。


「と、そのようなことがありました」

「そうかそうか……何人かは死んでいるかもしれないが、あえてとどめは刺さなかったと」


 ランは現在のバトラブ家当主と次期バトラブ当主である祭我、そしてスナエへ報告をしていた。

 仮にも領内で問題が発生したのだ、報告は当然である。


「今後は、殺した方がよろしいでしょうか」

「君に任せよう。その程度には、信頼している。ただし、領民へ被害を及ぼした場合は、極力殺さずに拘束して欲しい」

「承知しました」


 バトラブの当主は、新しい切り札をほほえましく見守っていた。

 祭我が引退というのは早すぎる気もしたが、代わりが既にいるというのはありがたいものである。

 本来なら狂戦士を召し抱えるなどあり得なかったが、既にしつけは済んでいる。そして、もしもの時には山水やスイボクもいる。間違いが起きても、決定的なことにはなり得ない。


「……正直、面白くない相手だっただろう」

「……はい」

「安心したまえ、君は仕事の範囲で行動をしただけだ。第一、食い詰めた兵士の相手を楽しむ趣味が、バトラブの切り札にあってはたまらない」


 そもそも、エッケザックスの所有者へ闇討ちもどきをしかける連中が、そんなに上等なわけがない。

 通常なら精鋭であっても、この非常事態にまともでいられるわけがないのだ。


「彼らに非はない、それは哀れだが仕方がないことでもある」


 次代の当主である祭我は、その話を聞いて沈んだ表情をしている。

 国外が荒れているのは、アルカナ王国の思惑通りである。

 竜を殺せる力をもった唯一の勢力が、完全に静観しているからに他ならない。

 はっきり言えば、罪悪感を感じていた。

 そんな彼へ、現在の当主は助言を与えていた。


「当然だが……今回の戦争、アルカナ王国内では知らない者はいない。なにせ、国全体を襲われたのだからな」


 もしもアルカナ王国の民で竜たちとの戦争を知らない者がいるとすれば、それは戦争が始まる前に、竜の僕によって殺された者達だろう。


「しかし、諸外国なら話は別だ。一部の首脳を除いて、竜が現われたことさえ知らなかった(・・・・)かもしれない」


 右京はさんざん通信技術を欲しがっていたが、それはつまりこの世界の住人のほとんどが情報とは無縁の生活をしているということである。

 であれば、遠い国で戦争が起こったかどうかなど、わざわざ政府が公布しない限り知るはずもないことである。

 それは兵士たちも同様で、眉唾物の噂程度の認識だったのだろう。

 実際に竜が現れるまでは。


「外国の情報とは、権力者が積極的に集めようと思わなければ、そうそう簡単に手に入るものではない。如何に大国が滅亡寸前まで追いつめられていたとしても、所詮は対岸の火事ですらない別世界の出来事だ」


 少なくとも、祭我は右京が革命を起こしたことを、カプトうんぬんの件で聞くまでは知らなかった。

 電話も無線もテレビもラジオも新聞もインターネットもない世界である、積極的に世界を知りたいと思っても難しいのだろう。

 日本の様に適当に遊んでいれば嫌でも情報が飛び込んでくる国と、同じ水準で考えることが間違っている。

 竜などの旧世界の怪物どころか、この世界に存在する希少魔法にさえ、詳しい人は少ない。いや、いないと言っていいだろう。


「だからこそ、民衆も兵士も、今回の件では被害者だ。攻め込んだ竜たちの犠牲者であり、無能な政府の犠牲者だ」


 知らないし、知りようもないし、知ってもどうしようもない。

 各国の首脳陣だけが、先の戦争に対する戦略の見直しをすることができたのだ。

 いや、というよりも、それこそが政府の仕事であると言えよう。


「オセオとの戦争の責任が、我らアルカナの長たちにあるように……彼らの国が滅亡したのも彼らの国の政府の責任だ」


 政府とはそれだけ重い責任を負っている。

 自分の後を継ぐ息子へ、決して茶化すことなく教えていた。


「君はこれからのアルカナを引き継ぎ、次へ託す使命を選んだ。彼らを憐れむのは構わないが、判断は誤らないでほしい」

「……はい」


 今更ながら、国家戦略を担う重責を認識する祭我。

 青ざめながらも、自分にそれが務まるのか、不安になっているようだった。


「心配することはないぞサイガ、お前は十分よくやっている」


 夫を鼓舞するスナエ。

 根拠がないわけではなく、きちんと理由を説明する、妻の内助の功である。


「戦争の直前にテンペラの里が参戦したのも、戦争が終わった後にマジャンが救援に来たのも、お前の外交の成果だろう?」

「そのとおりだ、スナエ王女。君がいなければ、どちらも手を貸してはくれなかっただろう」

「そ、そうですか? テンペラの里は、少し違うと思うんですが……それに、マジャンだってスイボクさんから話を聞いたら助けに来てくれたわけで……」


 自分の功績、と言われても実感が湧かない。

 自分は流れに身をゆだねるばかりで、自発的な行動はしていなかった自覚があるのだ。


「正直、運が良かっただけのような気が」

「運か……それは否定しないが、幸運だと卑下するのは間違っている」

「そうだぞ、サイガ。お前は偶然私と出会ったのかもしれないが、偶然努力したわけでもないし、偶然命がけで戦ったわけでもないだろう」


 ランも内心で運を否定していた。

 確かに周囲の環境を見るに『幸運』ではあるのだろうが、それだけではない。


「今君は、力を失った。たとえどんな理由があったとしても、それが現状だ」

「はい」

「もしも今までの君が、力があるからと横柄に振舞っていれば、力を失ったことで地位を失っていただろう」


 力があれば、何をしても許される。

 もしもそうならば、力を失えば何をされても文句は言えない。

 たとえどれだけの偉業を成しても、現在力を持つ者達によって、なんでもされてしまうだろう。


「だが君は排斥されていない。なぜなら君は、今まで周囲に甘えた態度をとってこなかったからだ」

「そうだぞ、サイガ。お前は王である父に、きちんと挨拶をしに行ってくれたじゃないか」

「まあそうかもしれないけど、自主的じゃなかったと思うんだ……」


 確かに、バトラブの領地で粋がったことはない。

 加えて、マジャンまで遠路はるばる、結婚の許可をもらいにもいった。

 だが、それを褒めてもらうのは、余りにも程度が低いように思える。


「人に嫌われないようにふるまって、実際に人に嫌われないことを幸運とは言わないだろう。君は通すべき筋を、誰かに言われたからだとしても通した。嫌だっただろうし面倒だったとは思うが、それを怠らなかったこと自体が大事なのだ」

「困ってから助けを乞うても、父は絶対に動かなかったぞ。父が自主的に助けに来てくれたのは、お前がちゃんと挨拶をしに来たからだ。そういう些細なことの積み重ねが外交というものだぞ」

「さすがは王女、よくわかっていらっしゃる」


 困ったときはお互い様、という言葉がある。

 しかし考えてみればおかしな話であろう。

 お互い様なのは、困ったときだけ、という意味にもとれるのだから。


「結局のところ、何事も一事が万事なのだよ。君自身わかっているはずだ、男女の信頼であれ己の強さであれ、きっかけも重要ながら維持するための努力こそが本質だと」


 もちろん、祭我は知っている。

 先日同胞に会った時、それを再確認していた。

 一時つらい試練があったとして、それを乗り越えれば信頼も強さも、一定の水準を維持し続ける。

 そんな、ゲームのようなデジタルな話ではない。

 仮に一度仲良くなっても、一度強くなっても。

 そのまま放置していれば、関係は冷えるし強さは衰える。

 いざというときに縁を切ってくる相手は論外だが、困ったときだけすり寄るのはさらに論外だろう。


「君は誰かに言われるがままだったとしても、やるべきことはちゃんとやってきた。他人へ自分の主義や主張を押し付けることもなかった。それはそれで、十分仕事だよ。もちろんそれだけでは困るが、今まではそれでよかったのだ」

「そうだな、これからは今まで通りだと困るが」

「……うん」


 今まではよかったんだよ、今までは。

 なんども言われると、流石に傷つくし不安にもなる。


「……さて、ラン」

「はい、スナエ様」


 スナエはいったん切り替える。

 これからの話をするならば、ランのことの方が早急である。


「言うまでもないが、素振りをしているお前に対して突っかかるような相手は、よほど困窮しているか何も考えていないかのどちらかだ」

「昔の私の様に、ですか?」

「そうだ。頭のいい輩は、もう少し手順を踏んできている。少し考えればわかる話だが、エッケザックスを盗んでも追手が放たれる。サンスイが双右腕を持っていることも知られているし、正式な譲渡を狙うのが当然だ」


 無理矢理盗んで竜を殺して、そのまま旧世界の怪物を駆逐する。

 そんなことを長々やっている間に、他の切り札たちが殺しに来るのが当たり前である。

 切り札たちが竜を殺せても民衆を守り切れなかったように、切り札たちから民衆を守り切ることはできまい。

 それでは本末転倒どころではないだろう。


「まあ理想を言えば、このアルカナをオセオと再度戦争させることだが……流石にそれは無理だろう。この国の惨状を見れば、そんな軽口を正式に頼めるわけもない」


 竜が何頭残っているのかわからないが、再度戦争に突入すれば今度こそアルカナは滅亡する。


「ダインスレイフを持っているのは一国の皇帝で、そうそう挑めるものではない。パンドラはその性質上、掌中に収めたいものではない。であればエッケザックスを持つお前を、正式な試合によって倒そうとするだろう。そうなれば、竜へ抵抗することを止められるものではない」

「……必ず勝ちます」

「それは当然だ、だが相手も必勝を期するはず……本当の意味で、なにがなんでもお前を負かそうとするだろう」


 ある意味では、マジャンでの御前試合に近い。

 だがその密度は、濃度は、毒素は、まるで異なってくる。

 旧世界の怪物に追いやられたすべての国が、滅亡を覆すために、そこから先の未来を勝ち取るために、あらゆる悪を尽くして戦うのだ。


「なまじ、お前が狂戦士として名を知られているだけに、相手は邪道に徹するはずだ。それは卑劣だが、生存の為に行われる必要な悪。そしてお前を護るのは、我らにとって必要な行為だ」

「……それはつまり」

「そうだ、サイガの義父とも話したが……お前とその周辺を硬く護る。勘違いするな、お前を信頼していないわけではないし、むしろお前だけは守らなくてもいいと思っている。だが、お前の周囲には既に人を配置している。お前がどれだけ強くとも……お前以外はたいして強くないのだからな」

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