挑戦
如何にアルカナ王国が強大な軍事力を保有するとはいえ、それは五人しかいない切り札と、八つしかない神宝によるものが大きい。
先の戦争でずたずたになった国家を立て直すために、多くの労力が割かれており、なによりも国外から多くの農奴を迎え入れている。
はっきり言えば、治安を維持するための力が落ちている。もっと言えば、国外からの侵入者を退ける力が落ちている。
国境をまるまる壁で遮断しているわけでもなければ、膨大な兵力を国境に集中させているわけでもない。
その気になれば、国境を越えて入り込むこと自体は難しくないのだ。
そう、問題なのは入国した後のことである。
アルカナ王国は広大であるが、食料を調達できる場所となると限られている。
当面の食料という荷物を抱えて、何百もの集団が国内を移動していれば、流石にどんなザル警備でも発見は容易。
難しいのは、入国した後にアルカナ王国の中で、難民が生活をすることである。
国土を失った彼らは竜の脅威におびえながら、アルカナやドミノの国境沿いで震えながら過ごしているのだ。
逆に言えば、個人単位での不法入国に関してはあきらめざるを得なかった。
神の恩恵うんぬんを抜きにしても、近衛兵クラスの精鋭はそれなりの数が存在する。
彼らが入国しようと思えば止められないし、国内で何かをやらかそうとしても未然に防ぐのは難しいのだ。
とはいえ、その何かをやらかす、ということが一番難しいと言える。
なにせ今回の場合、切り札たちから神宝を得なければならないからだ。
神宝はその特性上、力ずくで奪っても意味がない。所有者から正式に譲渡されない限り、使うことができないからだ。
今現在の状況を考えれば、神宝の所有者たちが別の国の誰かへ譲るわけがない。
しかし、エッケザックスの場合は少々場合が異なる。
なにせエッケザックスは最強の神剣、所有者の『最強』への執着などを力に変えている。
つまり、正々堂々と挑めば、エッケザックスの所有者は受けざるを得ないのだ。
もちろん、そんな簡単な話ではない。
いや、そんな簡単な話があると考える方がおかしい。
誰がどう考えても、国家を支える神の宝が簡単に手に入るわけがない。
そんなことは誰もが分かっている。
しかし、それでもすがるしかない。
竜を殺せるという武器を己の物にしなければ、国土を取り戻すことはできないのだから。
※
さて、祭我からエッケザックスを引き継いだランである。
この世界で生まれ得る最高の才能を持って生まれた彼女は、本来は不必要な剣の素振りをしていた。
祭我やスナエと同行して、バトラブの領地に移ったラン。
彼女は、山水やスイボクへの敬意からか、人気のない草原で素振りをしていた。
「精がでるな、我が主よ」
「ああ、私が頑張らないとな」
それを背後から見守るのは、他でもないエッケザックスである。
新しい主の悩みを静かに悟っていた彼女は、ランのことを温かく見つめている。
自分以外の剣を使うのはどうかと思っているが、その気持ちもわかる。
彼女にとって自分という剣は、竜をも殺せる剣ではなく、伝説の剣でもない。
スイボクと祭我の使っていた、自分へ託された剣なのだ。
「……私はな、エッケザックス」
「うむ」
「色々と考えたんだが……」
「うむ」
「どうやら私は、考えるのが苦手なようだ」
運動による汗をかきながら、比較的晴れやかに話すラン。
その語り方に、一切の後ろめたさはなかった。
「それ自体はいいんだ。さすがにスイボク殿のように、悠久の時を費やすつもりはないが、やるべきことが見つかった気もする」
「考えることが、やるべきことだと?」
「当座はな。もともと、仕事自体はあるわけだし」
言っては悪いが、祭我と違ってランはスナエに仕える拳法家であり剣士である。
政治家のように、自分で考えて決断を下す必要はない。というか、自分の判断で行動してはいけないのだ。
彼女が悩んでいるのは、仕事のことではなく人生についてである。
「私にとっての最強とはなんなのか、それを考えていた。それをこれから、ゆっくり考えていきたい。少なくとも、お前は私にとって必要な、守るべき『最強』だ」
「そう言ってもらうと安心する……また捨てられてはたまらんのでな」
彼女は思い出す。
今の主はスナエで、慕っている男は祭我なのだけれども。
それでも、人生観が変わったのは山水と戦った時だった。
あの時、初めて恐怖や尊敬以外の目で見られた。
ひたすらどうでもよさそうに、心底から煩わしそうに。
虫を潰すように、一瞬で気絶させられたあの時。
自分は何も思えなかった。
その後の公然試合で、本当に恐怖した。
他人に命を握られることが、どれだけ怖いのかを思い知った。
己の中に流れる膨大極まる気血から醒めた、あの一瞬の空白。
そう、自分は今でもきっと。
「……エッケザックス、少し下がっていてくれ」
「うむ。では頑張るのじゃぞ。お主はスイボクとサイガの認めた、我が主なのじゃからな」
きっと、山水への恐怖がある。
あの男は今でもきっと、自分を殺すべきだと思っている。
その彼に、殺されるのは嫌だった。
死ぬのが嫌ということもあるのだが、彼に殺されるということは自分が無価値ということだからだ。
あの時から、何も変わっていないと思われたくない。
山水に認められる戦士になりたい。
それが人生の目標の一つであり、自分の目指す最強だと思っていた。
「さて……お前たちがどこの誰かはしらないが、目的はわかっている。あそこの、最強の神剣エッケザックスだろう?」
ランの周囲には、武装した数人の男たちがいた。
いつかの自分たちと違い、その顔には余裕など欠片もない。
とても緊迫した表情で、ランとエッケザックスをにらんでいる。
「……そうだ」
「竜をも殺す最強の神剣をもらい受けに来た」
「我らが故郷を、竜とその僕から奪い返すために」
人気のない場所でいつも修業しているランを殺せば、最強の神剣エッケザックスが手に入る。
そんなうまい話があるのか、と思いつつ、そうするしかない男たち。
「サイガとやらは、竜との戦いで再起できなくなったと聞いた」
「今の主はお前であり……お前を倒したものが、新しい剣の主になるのだろう?」
疑わしい好条件をまえに、彼らは確認を行う。
如何に伝説として語られている武器であっても、全ての情報を知っているわけではない。
少なくとも、確定情報ではない。彼らは引けぬ身ではありながら、失敗が許されぬがゆえに及び腰だった。
「その通りだ。私が保証してやろう、私と戦って勝てばエッケザックスは主と認める」
その迷いに好感さえ覚えながら、ランは持っていた剣を構えた。
あくまでも、エッケザックスを用いずに戦う。
それを見て、男たちも覚悟を決める。
ランを見守る少女が、本当は神の剣だと知っている。
「……行くぞ」
一人がそう口にした。
全員が無言になり、剣に魔法を纏わせ始めた。
それを見て、ランは相手を分析する。
全員が魔法使いであり、風か火を操っている。
それなりの手練れではあるのだろうが、心身ともに万全ではない。おそらく、睡眠や食事が十分にとれていないのだろう。
故郷が滅ぼされているのだから、切羽詰まっていて当然なのだが。
「来い」
ランの言葉が、彼らの耳に届いたのかも怪しかった。
男たち全員が、弾けるように飛び出していた。
防具らしいものをほぼつけておらず、手にした片手剣と魔法だけで突っ込んでくる。
勇敢ではなく、無謀でもなく、捨て身。
己たちの内誰か一人でも生き残ればいい、という突撃に対してランは髪を銀色に燃え上がらせていた。
伝説として語られる狂戦士の姿。それを見ても、男たちはひるまない。
「発勁法、震脚」
ひるまないとしても、ランの方がはるかに速い。
自己強化が可能な銀鬼拳は、それができない人間を置いていく。
火や風の魔法による加速は、あくまでも推進力による外付けであって、自分の速度を完全に制御できるわけではない。
ランは高速化した思考の中で、相手の突撃の中から乱れを発見する。
悠々と軌道修正しながら、その乱れへ走りこんでいく。
全速力での正面衝突、それは通常の人間では思考が追い付かず、狙いを定めることもままならない。
悲しいことに、ランは魔法使いとの戦闘に慣れており、相手は銀鬼拳との戦いを想定したことが無かった。
「発勁」
すれ違いざまに放つのは、剣戟ではなく押し飛ばす発勁。
それは横に並んでいた男たちをぶつけ合わせ、地面に転がしていた。
半数が転倒し、無様に転がる。
それを見ても、残った残党は眉一つ動かさずに切り返して、遠距離攻撃を行う。
「撃て! 撃て!」
「思った以上に速いぞ!」
魔法の最大の優位は、殺傷能力であり射程距離。
上位属性ではない普通の火と風は、立体的に相手を制圧できる。
個人に対して使うにはあまりにも広範囲で、高速の攻撃。
殺到してくるそれに対して、ランは冷静だった。
「最初からそうすればいいものを」
相手は魔力に不安があるのか、それとも撤退のことを視野に入れているのか、人数に不足があるのか、攻撃の密度が薄い。
通常の人間ならまだしも、今のランには十分回避が可能だった。
なぜ、最初からしなかったのか。それを考えて、高速化した脳髄で即座に答えを出す。
疑問に対する回答は、速やかだった。
相手の目的を想えば、当然であろう。
「……少し、面白くないな」
些細ないら立ちが、脳を沸騰させかけた。
それをむやみに否定せず、軽口にして受け流す。
そう、言葉にしてしまえば、心で感じたことなど大したことではないのだ。
「必死なのはわかるが……勝ちに来い!」
勝気なことを言って、気分を切り替える。
些細な小技だが、意外と意味がある。
単独だからこそ、狂暴になってはいけない。
ランは言葉を発して自分を冷却しつつ、弾幕の切れ目を狙って突っ込んでいく。
「気功剣法、十文字……発勁法、裂破!」
いったん間合いを詰めてしまえば、通常の魔法使いなどランにとって敵ではない。
有り余る気血による、殺傷能力の低い無属性魔法。
それによって、万全でもなく無防備な男たちは吹き飛んでいった。
「もう全滅だと……早過ぎる!」
そしてその先にいるのは、エッケザックスへ向かって突き進む最後の一人。
少女の姿をしている彼女を、そのままさらう算段のようだ。
ランは彼の背を負うが、流石に魔法で加速して先行している分、追い付くことができない。
それでも、ランは決して慌てていなかった。
「だが、エッケザックスはいただく!」
加えて、エッケザックスも慌てていなかった。
他でもない彼女は、自分に向かってくる愛国者に、何の危機感も抱いていなかった。
「無礼者め、我の前で武勇ではなく策略を使うなど……」
「黙れ! 竜と戦うための神宝なら……我らに力を!」
事前の打ち合わせ通りに、仲間を見捨てて剣を奪う。
敗北を許されない彼は、勝利ではなく成功を求めた。
そして、戦果であるエッケザックスを抱えようとして……。
「ぐわぁ?!」
触れた瞬間、大きく弾かれていた。
「我は最強の神剣、エッケザックス。その機能は、触れた相手を選び、拒絶すること。他の神宝ならば操れないまでも持ち運ぶぐらいはできるが、我だけは例外だ。武勇を示さぬ者には、触れることさえ許さん」
千五百年間スイボクを待ち続けた剣である。
祭我が現れるまで、誰にも抜かれずにいたのは、その機能があればこそ。
「覚悟は買うが……出直してこい!」
ランの発勁。
打撃に乗せたものではなく、あくまでも優しく触れてからの、振動による揺さぶる発勁。
それは最後の一人を、あっさりと地面に寝かせていた。
さて、ランはエッケザックスを剣にして担いでいた。
自分が倒した相手を背に、そのまま歩いて去っていく。
「ま、待て……」
「殺す気はない。その任務は受けていないし……それに、受けた挑戦に応じるのが最強だ。私はそういう男に憧れている」
美意識をもって、燃え盛る髪を納めた彼女は振り向かずに歩き始めた。
だが、それに対して、意識を取り戻した男は叫んだ。
「お前は! 狂戦士だと聞いていた! そうなのだろう!」
悪血を常人離れして宿した、再生能力と学習能力、身体能力を向上させ続けられる人間。
それが、凶憑き、あるいは狂戦士。
人間の中でも、最強に分類される天才中の天才である。
いいや、災いだったのかもしれない。
「そうだな、私は今でも狂戦士だ」
「なぜ戦わない! 敵がいるのに、なぜ戦うことを止めている!」
いっそ、そちらの方が周辺諸国からはよかったのだろう。
死ぬまで戦い続ける狂戦士が、最強の神剣を持っているのなら。
今現在の、一頭の竜が世界を我が物顔で飛び回る状況は、すぐに終わっていただろう。
それどころか、我が物顔で人間の国土を脅かす怪物たちさえ、一匹残らず絶滅させていたはずだ。
「エッケザックスもだ! 竜と戦わないものを主とする、最強とするなど意味が解らない!」
都合が悪いことになっている。
国家が滅ぼされている。
どうあがいても、取り戻すことができない。
「お前たちは……人類の裏切り者だ!」




