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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
新世界への変化
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甘々

「いやあすまんすまん、お主の寿命を示すろうそくを、間違えて水が入ったバケツへ投げ捨ててしまったのでな」

「花火でもしてたのかよ?!」

「お詫びとして、なにか特典を付けたうえで新しい世界に送ってやろう」

「それじゃあ、俺に幸運を授けてくれ!」

「……そんなんでいいのか? ゲームでいうところの幸運がカンストするぐらいじゃぞ? そんなんでいいのか? 他にはなにもやれんが」

「いいって! 運さえあれば、なんでも思いのままだろ? 幸運がカンストしてるなら、カジノとかでも勝ち放題だろ! それに、殺されそうになっても助かるはずだし!」

「まあそうじゃが……」

「それなら最高じゃん!」

「……まあいいが」

「俺って頭いいよな! ああ、ついでに一番栄えているカジノがある街の近くにしてくれよ! それぐらい、サービスしてくれるだろ?」

「……まあよいが」

「よっしゃあ! これで一生遊んで暮らせるぜ!」


「……また三日ぐらいで死ぬな」





「まったく……儂の親戚はこれじゃから困る」


 ため息をつきながら、当主は屋敷の中を歩いていた。

 復興は順調に進んでいるが、それにディスイヤの人間はほとんど関わっていない。

 あの凄絶を極めた戦いをみて、彼らは『インスピレーション』を受けた。

 山水が双右腕で解体した竜の死体を見て、それを模写するものまで出る始末である。

 もちろん、それなりには価値がある。腑分けされた竜の死体など、そうそうみられるものではない。後世では貴重な資料となるのかもしれない。

 だが、非常時に貴族がやることではない。


「不慣れでもいいから、仕事をしろというのに……」

「心中お察しします」

「    」


 その脇を歩く二人も、当主を慰めることしかできない。

 実際、二人にもそれは無理だからだ。


「儂も別に、趣味でも副業でも、芸術をするなとは言っておらん。やりたければやればいいと思っておる。ただ、貴族としての義務を放棄するなと言っているだけじゃのに……」


 確かにディスイヤにはカネがあるし、仕事を代行している人間もいる。

 だからと言って、親から継いだ資産に甘えて好き勝手にするのはよくない。

 仕事とは、求められているからこそ存在している。ディスイヤが貴族として行うべき義務は、ディスイヤが果たさなければならないのだ。


「まったく、『バカヅキ』の様になっても知らんぞ……」

「なんですか、それは?」

「ああ、知らんかったのか」


 バカヅキ。

 それはディスイヤを含めた、この世界の賭博場に出没する、珍しくもない連中のことである。


「バカヅキとはな、賭博場に現れる『幸運』な輩よ。一切イカサマの要素はなく、ただひたすらに勝って勝って勝ちまくる。しかも、その金を『回収』しようとしても、どういうわけだか煙に巻かれるのじゃ」


 百戦百勝、必勝不敗、絶対無敵。

 幸運に愛された、最強のギャンブラー。

 なるほど、驚異的である。


「ただまあ……あまりによく現れるので、儂らにはきちんと対策がある」

「どうするのですか?」

「簡単な話じゃ、カネを回収するのを諦めて、カネを使わせなければよい」

「……?」


 賭博場で得たカネを、バカヅキに使わせない。

 それはどういう意味なのか、二人にはわからない。


「……お主ら、通貨に金や銀がなぜ使われるか、知っておるか?」


 ディスイヤの老体は、とても根本的なことを尋ねる。


「それはな、まず腐らず錆びにくいこと。加えて、そう簡単に手に入らぬからじゃ。偽造されてしまえば、通貨は通貨足り得ぬからのう。それに、重くはあるが持ち運べぬほどでもない」


 地球でも同じ理屈で金貨や銀貨が使われていた。

 紙幣の場合は加工の難しさで偽造を防止しているが、金貨や銀貨の場合は材料の希少さで偽造を防止している。

 その上で保存もでき、持ち運びもできる。それが『通貨』の条件である。


「賭博場で大勝ちすれば、当然抱えきれぬほどの金貨を得る。それこそ、台車にでも乗せねば足りぬほどのな」

「……まさか、台車を渡さないとか?」

「いや、そんなことはせんよ。店の者に台車を引かせるわい」


 当たり前だが、この世界に『アイテムボックス』はない。財布も異空間に金貨を放り込めるわけではなく、ちゃんと手で持たなければならない。

 であれば、抱えきれないほどの金貨を得れば、抱えられないので馬車などを都合するしかない。

 勝てば勝つほどに、なんの前触れもなく現れたバカヅキは大量の貨幣を抱えて移動することになる。

 おそらく、その時のバカヅキは人生の絶頂を迎えるのであろう。

 そして、あとは落ちていくだけである。


「バカヅキは得たカネを使って、豪遊の限りを尽くそうとするじゃろう」


 博打で大勝ちする。なるほど、それは楽しいだろう。だが、カネは得たら使わねばならない。

 カネは食えないし、カネは飲めないし、カネでは温まれないし、カネでは寝れない。

 カネを支払って、食って遊んで寝泊まりをしなければならないのだ。


「バカヅキが賭け事をしている間に、町中の宿屋や酒場へ話を通しておく。バカヅキが来るので、絶対に通すな、店に入れるな、何も売るな、とな」


 なるほど、と二人は納得する。

 仮にその『バカヅキ』がただ幸運なだけなら、打てる手は残っていまい。


「そ奴がどれだけカネを持っていても、どれだけ幸運だったとしても、まったくなんの意味もない。幸運の余地が入らぬのだから、どうにもしようがない」

「……その後、どうなるのですか?」

「癇癪を起して暴れると聞いておる、まあ当然じゃな。とはいえ、こっちはそのまま監視を続けるだけ。そのうち別の街へ行こうとするが、当然誰も護衛を引き受けず、あるいは荷台を売ることを拒む。そうなれば……まあお察しじゃ」


 この世界の通貨を大量に得る。

 一生遊んで暮らせるほどの貨幣を得る。

 想像もできない贅沢ができるであろう現金を得る。


 そして、それを使えない。

 賭博場のある歓楽街、そのすべての店がバカヅキを締め出す。

 カネはあるのに、誰もなにもしてくれない。

 宿に泊まれず、飯を食えず、酒を飲めず、色を買えない。


「……想像するだに恐ろしい話ですね、ご老体」

「当然の報いじゃよ。買う側に選ぶ権利があるのなら、売る側にも選ぶ権利がある」


 好々爺のような笑いをするが、日本人二人は青ざめている。

 なるほど、当然の報いではある。


「賭博場は、あくまでも遊戯。カネを右から左へ動かして、刺激を楽しむ遊びじゃ。一獲千金の夢を見ることぐらいは許すが、そこにあるカネを袋詰めして持ち帰ろうなどという輩は、迫害されて当然じゃな」


 おそらく、神から恩恵として幸運を授かったであろう『彼ら』。

 この世界で放蕩の限りを尽くそうとして、何もできずに死んでいった『彼ら』。

 なるほど、神から恩恵を得ても、この世界の住人から普通に対策をとられて終わりというわけである。

 同じような輩が定期的に来るのなら、誰もが知っていてどうにかできるというわけだ。


「まったく……浅ましい。カネとは社会への貢献を数字にしたもの、社会(たにん)から恩恵を受けるためのもの。誰の役にも立ちたくないくせに、誰からも奉仕されたい等とは笑わせる」


 老体は、怒りをにじませる。

 おそらく、自分の親族への怒りが含まれていると思われる。


「一生遊んで暮らしたいと言って、釣竿を手に海でも川にでも行くのなら可愛げがあるものを、歓楽街で接待を受けようなどとは勘違いも甚だしい。歓楽街は普段から働いている者が、一時夢を見るためにあるのだ。それを『カネさえあれば、運さえあれば』などと……」


 賭博場といっても、ゲームの中の賭博場ではない。

 現地の人間にも思惑はあるし、以前の教訓もある。

 幸運を絶対視する愚か者は、社会から制裁されて当然なのだろう。


「そもそも、賭け事の世界に最強無敵など存在してはならん。絶対勝つ賭場などすぐにつぶれるし、絶対に勝てない賭場も同じことよ。鉄板だろうが大穴だろうが、外れるときは外れるのが賭け事の面白さ。スイボク殿のような『絶対に勝つ者』やシュン坊のような『絶対に生き残る者』など賭けが成立せん」


 もっと言えば、賭け事は胴元が『制御』するものである。

 特別な例外を除けば、数学的に損得は操作できる。

 もちろん勝つ客もいれば負ける客もいるが、そこはイカサマによって調整が効く。

 それはある意味お約束事であり、上客の特権でもある。


「アルカナ王国全体もまた然り……仕方がないとはいえ、勝ちすぎておる。どこかで調整せんとな」


 アルカナ王国は戦災からの復興のため、周辺諸国に負担を強いている。

 それ自体は別にいいのだが、やりすぎてしまうと周辺諸国が食うに困って戦争を起こしてしまうだろう。

 貧乏人同士の戦争など、それこそ何も生み出さない。


 元々裕福とは程遠かった小国は、竜の襲撃やアルカナへの上納金で大分疲弊している。

 今のところはディスイヤの老体が、賄賂と一緒に竜に滅ぼされた貴族を任せて、間接的な援助をしている。

 だが、それも長くは続かないだろう。


「……まあそれは儂が考えても、仕方がないと言えば仕方がないのう」

「そうですよ、ご老体。僕や春もいますし、お嬢様だっていらっしゃるじゃないですか」

「ビョウブちゃんは優しいのう……もうこの際、不老長寿になってディスイヤを支えてくれんか?」

「それは嫌です」


 冗談半分に対して、冗談半分で返す廟舞。

 最近肌の衰えが気になって、寝る前に仙気へ気血を切り替えていたりもするが、流石に百年単位で奉公など御免である。


「ご老体だって、水銀を使えば……」

「そんなことするぐらいなら自決するわい」

「ですよねえ……」


 天狗や仙人たちでさえ、千年も生きれば解脱して自然に帰る。

 賢人の水銀で若返りの処置をしたとしても、俗人では『若い体に精神がついていけない』という。

 確かにそれはよくわかる話だった。若く元気でありたい一方で、永久の命などまっぴらである。

 スイボクやセルのような強烈な目的意識があって、それでようやく永遠に近い時間間隔について行けるのだ。

 普通のメンタリティでは、百年も持たないだろう。


「   」

「ああ、わかっているよ春。確かに無駄話だった」

「シュン坊はまじめじゃのう……」


 三人はいったん足を止めていたが、春の言葉を受けて歩くのを再開する。


「ああ、そういえば」


 ふと思い出したように老体が仕入れた商品について口にしていた。


「大八州からいろいろと芸術作品を仕入れたが、驚いたのう」

「  」

「何がですか?」


 大八州はこの世界でも際立って古い地方であり、当然地球とは縁もゆかりもない。

 しかし、意外にも切り札たちの故郷と共通するものが多かった。



掛軸(かけじく)屏風(びょうぶ)という、部屋に飾る絵があったのう」

「そ、そうですね!」

浮世(うきよ)絵に(しゅん)画という物もあったわい」

「     」

「おぬしらの親は、何を考えてそんな名前を付けたのじゃ」



 しばらく後に、三人へバカヅキの発見と、その自殺が報告された。

 いずれにせよ、世界は平常である。


この作品を投稿してから、一年が経過しました。

今後もよろしくお願いします。

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