哀愁
右京は切ない思いをしながらも、各地の巡視を続けていた。
確かに憎い相手は、本当にどうしようもなく悪人だった。
既得権益にずっぷりとつかった、どうしようもない害悪な暴君だった。
その彼を、その周囲の人間を、片っ端から殺すことに何の罪悪感も感じなかった。
むしろ、ズレた安堵さえ感じていた。
自分は私怨で革命を企てた身ではあるが、この国家の為になったのではないかと。
「……止めだ止め、そういうのは正蔵にでも言えばいい」
改めて、気を取り直す。
自分の持つ権力の大きさを考えれば、そうそう気が滅入ることになってはいけないのだ。
独裁者は自己管理が大事なのである。
「そういえば……実際、どうなんだ? 隠居していた雷霆の騎士ってお爺さんは、今も大八州で特訓中なんだろう?」
「はい、一から学び直していると……」
「雷切の元で学んでいた同僚も一緒なのですが、やはり少々勝手が違うようです」
「……まあ見るからに武器が違うからなあ」
日本刀(正しくは大八州刀)と西洋剣ではまるで別物である。
素人でもそんなことはわかることであり、それで『試合』をするのだから大変であろう。
「……その、皇帝陛下は今回の件に関してどのようにお考えですか?」
近衛兵としては、その辺りが気になるところであろう。
ソペードの切り札に対抗する形で引き入れた右京ではなく、隠居していた騎士を引っ張り出しているのだ。
もちろん右京は忙しいし、そもそも祭我以外の切り札は、山水と張り合うような戦闘スタイルではない。
「いいんじゃないか?」
だからこそ、右京はまるで気にしていなかった。
凄いとは思うしあこがれもするが、そもそも業種が違う。
むしろ、自分に向かって『試合でサンスイに勝て』と言われた方が呆れていたに違いない。
「そりゃまあ、賢人の水銀で若返るのはチートだとは思うけども、そんなことを言い出したら切り札全員がチートだし。周囲の人が良しとしているのなら、別に気にすることじゃないだろう」
文字通り、やりたい奴がやる。なんとも平和的な話である。
実に素晴らしい、平和の祭典を盛り上げてくれると嬉しいのだが。
「……そうですか」
「それじゃあお前ら、俺が『恥ずかしいからやめろ』と言ったら止めるのか?」
「止めません」
「もうちょっと迷えよ……」
近衛兵たちはくもりなき目で断言していた。
嫌な意味で一枚岩である。もう少し迷ってもいいと思うのだが。
「というかまあ……困ったときに足の引っ張り合いをするわけでもないし、戦争をしている時に武勲の取り合いをしているわけでもないし、平和な時に背中から刺してくるわけでもない。五百年以上修業している奴を倒すために、五十年以上鍛えてきたご老体を引っ張り出して戦ってもらってるだけだろ? 後は他の参加者が許すかどうかだ」
なんだかんだ言って、子供っぽいところはあると思っている。
その一方で、いい意味で子供っぽいとも思っている。
何が何でも勝ちたいと思っている一方で、権力を振りかざして勝利を奪おうとはしていない。
大人らしくはないが、嫌な意味での大人らしさもないのだ。
「せっかくのお祭りなんだ、真剣に頑張って欲しいね」
参加者が楽しみ、主催者がそれを尊重するのなら、それはきっといいお祭りになる。
そうなればきっと、旧世界の怪物たちも参加したくなるだろう。
※
さて、ディスイヤである。
武神奉納試合に関して企画を練っている彼らは、今日も綿密な会議を行っていた。
「さて……それでは改めて整理するとするかのう」
老いてなお頭のさえているディスイヤの当主は、会議室に集まっている『代理人』達へ話を整理していた。
その背後には、彼のもっとも信頼する切り札が並んでいた。
「武神奉納試合は、四つに分ける」
しわしわの指を動かして、老体は四を示している。
「まず一般の客も参加できる催しじゃな。これは安全を第一に考え、攻撃性のない宝貝などを並べて『遊んで』もらおう。風火綸よりは石舟の方が安全そうじゃが……できれば両方を出したいのう」
通常の武神奉納試合とは程遠い、一種の遊園地じみた興行。
それは確かに平和であるが、色々と不安が付きまといそうであった。
「無論、窃盗に関しては細心の注意を払うがの。それに関しては、色々と手を考えてもらっておる」
量産できるウンガイキョウも、現物を製造できる仙人も天狗も、ある意味ではアルカナが独占している。
よって、一つ二つ盗まれても戦略的に問題ではないが、戦術的には問題になり得る。
もちろん、持ち出した場合は簡単に探せる。
宝貝は仙気を宿しており、双右腕を包んでいた布のように、専用の宝貝で隠さなければ簡単に追跡できてしまう。
そしてその場合、追跡するのはスイボクか山水である。
とはいえ、盗まれないに越したことはないのだ。
「次に、競技を行う。これは賭けこそ行うが、裏の無い純粋な実力勝負じゃ。これは旧世界の怪物でもある程度真似が出来そうな、単純なものを予定しておる。具体的には、希少魔法を使わずに、テンペラの里の拳法を使った競技じゃな。主に嵐風拳や酒曲拳が良いと思っておる」
競技にはいくつかの『縛り』がある。
できるだけ『安全』であること、できるだけ『単純』であること、できるだけ『道具が少なくて済む』こと、できるだけ『遠くから素人が見ても楽しめる』こと。
安全ではない、怪我が多いと広い層に支持されにくい。
単純ではない、勝敗が明確にならないともやもやとしてしまう。
必要な道具が多い、専門的な道具が必要では真似しにくい。
遠くから素人が見て面白くない、近くから玄人が見ないとわからないようでは、多くの客を得られない。
大人から子供まで、独り身から子連れまで観戦できる。
審判が不必要なほど、解説が不要なほどわかりやすく決着する。
観戦した大人も子供も、次の日に真似をしたくなる。
たくさんの人が一丸になって熱狂する試合。
それが、いい競技というものである。
「まあ徒競走とかでもいいと思うがの。特に思いつかねば、それでよい。筋肉の張った大の男が全裸で走れば、男も女も大盛り上がりじゃ」
春も廟舞も一般教養はある。
無駄な知識ではあるが、古代オリンピックでは選手全員が全裸だったという。
ある意味一番公正で公平だが、現代日本人の感性からは見たくない光景だ。
そもそも、女人禁制にしなければ趣旨が乱れそうである。
別の意味で大盛り上がりだろうが、年齢制限が検討されるところだ。
「さて、三番目。これは異種格闘技戦も含めた、派手な『演舞』と思って欲しい」
およそ、全ての希少魔法が集結した状況である。
そんな中で、『どの希少魔法が強いのだろう』と思うものは少なくない。
実際、戦わせてみたい、と思っている者も多いだろう。
しかし、これを『競技』にすると確かなことがある。
絶対に、ルールでもめる。
トオン王子がこの地へ訪れた時に、学園長は魔法の優位性とその運用法を説明していた。
端的に言えば、距離があるなら希少魔法と言えども敵ではない、というものである。
逆に言うと、近い間合いで魔法使いが希少魔法の使い手と戦うのは、種類にもよるが非常に危険ということである。
そもそも魔法は殺傷能力が非常に高い。
前回の戦争では旧世界の怪物にも使用されたが、人間よりも屈強な猛獣を相手にしても、十分な殺傷能力を発揮していた。
そんなものを、法術使い以外に使えるわけもない。
「剣聖はロイド殿やガリュウ殿に対して木刀一本で挑み、見事な戦闘をしたが……アレを基準に考えてはならん。競技とは勝ちに徹するから面白いが、選手が勝ちにこだわりすぎると見ていて面白くなくなる。考えても見よ、魔法使いは空をとんでなんぼじゃろうが、ほとんどの希少魔法の使い手は、飛ばれたら何もできんぞ」
スイボクも山水も、勝つこともさることながら、戦うことに重きを置いている。
絶対にどうしようもない状況ならともかく、攻防ができるならちゃんと相手と戦うのだ。
だが、それを万人に押し付けるのは傲慢だろう。
「よって、マジャンからの貴賓に華を持たせようとおもう。彼らは派手じゃし、何よりもマジャンでは泥を塗りすぎた。神降しが有利な条件で戦ってもらい、彼らからの援助に答えたいと思う」
それが最大に発揮されたのは、他でもないマジャンでの御前試合である。
事前の取り決めを最大に活かし、相手を封殺して一方的に打ちのめす。
それもまた武ではあるが、やられた方は面白くないにもほどがある。
勝つにしても負けるにしても、結果だけで何もかもが決まるわけではないのだ。
戦争もそうであるし、試合もそうである。
「最後に……本当の意味での武神奉納試合。これは大八州に任せ、我らはせいぜい高値で観戦券を吹っ掛ける程度にする」
武器は木刀、防具は無し。気功剣と発勁以外の術は禁止。
一対一で打ち合い、審判の判断によって決着とする。
優勝者は真剣で、武神フウケイと戦う。
それが、つい最近まで行われていた武神奉納試合のルール。
フウケイが死んだ今、武神として優勝者と戦うのは山水かスイボクである。
当然怪我人は続出するし、遠くから見て面白くない。
あくまでも玄人が静かに見守るだけの、神聖な決闘である。
「希少な試合、特別な客しか観戦できん、とくれば付加価値はつくし券は勝手に値上がりする。どこまで高くなるか楽しみじゃのう」
廟舞は過去を見て、それを幻影にできる。
それゆえに大八州や秘境、そしてスイボクとフウケイの戦った場所へ赴いた。
それらの激戦をみて、ディスイヤの当主は『金にならない』という判断を下している。
カネとは社会的な価値であり、あれは余りにも個人的な価値を突き詰めたものすぎた。
まあスイボクとフウケイの戦いはそうでもなかったが、アレは派手が過ぎる。幻影ゆえに調整も可能だが、縮地を多用するのでよくわからないのだ。
「……で」
さて。
改めてこの会議室である。
ディスイヤの人間は、ディスイヤ家の人間は、あくまでも当主だけである。
他にいるのは日本人の二人と、ディスイヤの代理人ばかりである。
「儂の親戚一同は、今何をしているのかのう……」
血圧が上がっていくような気配が漂っている。
老人は、静かに怒りを燃やしていた。
「ついこの間、大八州への石舟に密航しようとした者がおった。ああ、者、というか者達じゃな。全員スイボク殿がとっつかまえたが……全員、儂の親戚じゃった……」
現在、ディスイヤの老体の強い希望によって、大八州への渡航は極めて制限されている。
当然、大八州からアルカナへ降りている者達は行き来も自由なのだが、アルカナやドミノの人間はほとんど許可されていない。
大八州側の都合ではなく、アルカナ側の都合である。
というか、この老人が嫌がっているのである。
「それを聞いて、他の当主や国王はどんな顔をしたと思う? ああ、やっぱり、という顔じゃった……」
老人の怒りに、誰もが目頭を熱くさせる。
なぜこの老体が、こんなにも親戚に裏切られねばならないのだろうか。
「……普段から仕事をするのが一番じゃが、こういう時ぐらい本気になってくれるかと期待しておった。別に隠れた才覚を発揮して欲しいわけではなく、拙いなりに力になって欲しかった……」
老人の枯れた肌を、見えない涙が伝った気がした。
「非常時になっても、誰も仕事せん……」
皆、強く思うのだ。
この老人を、自分たちが支えねば、と。
黒妖精
白妖精と極めて近い種族であり、肌の色がやや違うだけで交配さえ可能。
相互の術を得意としており、生まれやすいかそうでないか、の差しかない。
肉体的には人間に劣るが、気血としては人間を越えている。
見た目は『小鬼』という感じで、お世辞にも可愛くはない。
しかし知性は高く文明度も同様で、農業も営むらしい。
耕作だけではなく、酪農もするとかしないとか。
他者の傷を治せる白妖精よりは、種族間の地位は低い。
その一方で、魔法に匹敵する攻撃的な術の使い手として恐れられてもいる。
旧世界では、白妖精をさらおうとする人間と衝突することも少なくなかったとか。
輪精
牙血、動輪拳 猛威、迅鉄道 と人間は呼ぶ
歯車を生み出し、その周囲に薄い刃を発生させて攻撃と防御、移動を行う力。
自己の身体能力を強化できないだけで、単独でぶつかり合う分には竜を除けば最強に近い。
多数の戦いも苦手ではないが、勝手に燃え広がる火の魔法には攻撃範囲で大きく劣る。
攻防のバランスがいいのではあるが、やはり攻撃寄り。
虚空でもある程度維持できるだけの『空間的な強度』を持つ一方で、熱や雷の魔法を防ぎきることはできない。
なお、攻撃面でも法術使いの壁を完全破壊できるほどではない。
ほぼ拮抗状態であり、術者の技量や込めた気血によって結果は変動する。
逆に言うと、法術と魔法の組み合わせがどれだけ凶悪か、という話である。
魔法が発達した地方で法術使いの血統を確保していたアルカナが、山水たちを得る以前から大国だったことも納得であろう。
なお、人間の場合は歯車とそれを基本にする刃しか操れないが、黒妖精と白妖精はその他にも『鎖』や『棒』なども構築して操作できる。
複雑な機構を生み出せば、生活に置いて様々なことが可能になるわけである。
なお、戦闘で役に立つとは言っていない。




