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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
新世界への変化
377/497

世界

本日、コミカライズの最新話が更新されます。

よろしくお願いします。

「先日、私たちはビョウブ殿の協力を得て、大八州で行われた決闘を見ました」


 祭我が戦えなくなった今、唯一あらゆる気血を宿し操れる人間。

 彼女がその気になれば、過去に起きた出来事を見て、それを幻覚という形で再現することもできる。

 それは視覚的なものに限られるが、血しぶきの一滴さえ判別できるほどに、精巧な『幻覚』だった。


「……正直に言って……ガリュウ殿が羨ましかった」


 ほれぼれする勝負だった。

 剣を極限まで極めた男同士の、全力の衝突だった。

 相手を全力で殺そうとする一方で、相手を殺すために過剰な武器を用意したうえで、初対面の男たちが丁寧に戦っていた。


「あの敗北ならば、あるいは……ああもみじめな気分にならずに済んでいたでしょう」


 空を見上げれば、神の領域がある。

 そこには、多くの暇人がいる。

 彼らは長い時間をかけて、スイボク同様に素肌剣法を継承してきた。


 その突端たる一人の達人が、スイボクから剣術を完全に継承した山水と立ち会った。

 その結果、対等の戦いができていた。

 山水は心底から楽しそうに、石になりながら切り結んでいた。


「……私は兵士であり、騎士。私の強さは国家のためにある。であれば、軍隊として求められる強さを……鎧を着こんで隊列を組み、同じく鎧を着こんでいる敵兵と戦うための訓練をこなしてきました」


 魔法こそ最強の術。

 軍隊が軍隊と戦うならば、これ以上の術は存在しない。

 であれば、気功剣と発勁を覚えているだけの剣士など、どれだけいても脅威ではない。

 そう、そのはずだ。


「ですが、アレを見て……それを後悔しました。私が一番最初に剣を手に取ったのは……強くなりたかったから。私が求めた強さとは、多くの敵兵を殺すことではなく、たった一人の強敵と正面から斬り合って勝てる強さだったのではないかと……」

「それでは、仕事になりませんよ」

「そうですね……国家の役に立てなかった……」

「貴方は立派です、何も間違えていなかった」


 介者剣法と素肌剣法は違う。

 どちらが実戦的と言えば、前者だろう。戦場に裸同然の格好で赴くものはいないのだから。

 素肌剣法は、どちらかと言えば比較的平和な時代に求められるものだ。

 重武装していない状況、相手が一人。そんな『平和』な状況で、贅沢な殺し合いを楽しむための剣術。

 決闘のための剣術であり、軍隊では学ぶ必要性の薄い技術。


 山水はスイボクの元で素肌剣法を学んできた。それが極まった結果、軍隊を相手にしても素肌剣法を実践できた。

 雷霆の騎士は国家の為に介者剣法を学んできた。それが極まった結果、決闘でも十分な実力を得ていた。だが、それは決闘に特化した山水には及ばなかった。


「……元統括隊長殿は、大八州で剣を学び直すそうです。剣術だけではなく、気功剣や発勁を含めて」

「それはつまり」

「ええ、貴方と同じ条件で戦うためです。武神奉納試合の基準に沿った、特別ではない戦い方です」


 トオンが王都へ来た時のことを思い出す。

 学園長は魔法の優位性を示すために、自ら杖を持って祭我やスナエ、トオンと戦った。

 老齢で戦闘の専門家ではない彼女であったが、とても広い間合いで戦えば若き戦士たちにも優位だった。


 全く違う術を操る者同士が対等の条件で戦うなど夢物語である。

 一般には補助の武器とされる短刀でさえも、近い間合いでは最適な武器となり得る。

 弓矢も槍も、短刀の間合いではむしろ役に立たないだろう。


 雷霆の騎士と山水が戦ったときに、縮地で間合いを詰めてから一瞬で倒したのは、はっきり言えば他に勝てる方法が無かったからだ。

 そんな勝ち方では相手が屈辱を感じるとはわかっていたが、勝てと命じられている以上他に手が無かった。


「……私たちは、貴方にあしらわれました。そうするしかなかったと今ではわかりますが、当時はそんなことを想うこともできず……」

「……」

「統括隊長も、勝ちたいと思う以上に、戦いたいのです。貴方と同じ条件で、ぶつかり合って傷つけあいたいのです」


 仙術で魔法と戦うなら、あるいはその逆なら。どうしても、戦い方は一方的になる。それは仕方がないことだ。

 縮地を封じる宝貝を使えば、山水に勝つことは簡単になる。

 だが、縮地を封じられた山水に魔法を使うことが、勝利と言えるのだろうか。

 いや、そもそも、そこまで自分が有利な状況を作って、その戦いそのものは胸を張れるのだろうか。

 できれば勝ちたいが、殺したいわけではないのだ。

 誇れる決闘を、部下と王に示したい。そして、己自身で証明したい。

 慰めではなく、偽りでもなく、ただ意味のある戦いを。


「統括隊長は、貴方と戦う強さを求めています」

「……」

「貴方こそ、我らの目標なのです。それは、他の切り札を知った後も、スイボク殿やフウケイ殿を知った後も変わらず……」

「身に余る光栄、とはこういうのでしょうね」


 背を追われる幸福。

 競い合う幸福。

 試合の相手がいる幸福。


 それは生死を賭したものではなく、不必要で不真面目で、傍迷惑で。

 でもきっと、男はそれを欲しがっている。


「大八州には、素晴らしい剣術の流派がたくさんありました。そのどれを学んでいるのか、それとも沢山学んでいるのか。ああ、新しく剣術を開くのかもしれませんね」


 憧れこそ、最強の本質。

 余暇があるからこそ追求できる、生存には不必要な強さこそ最強。

 誰かと競い合い、その中で一番強いからこそ最強。


 そこに憎悪があってもいい。

 後悔があり、怨恨があり、憤怒があり、絶望があってもいい。

 研究し、追求し、研鑽し、実際に戦って……。


 また、戦うのだ。

 勝てるまで戦うのでも、負けるまで戦うのでもない。

 戦うのが楽しいので、戦うために戦う。


 傷つけあって、痛めつけあって、それを繰り返すのだ。


「私を倒すために、男たちが剣技を磨く。男子の本懐、ここに極まれり、ですね」



「……どうしたのかしら、トオン」


 月明かりに照らされる神の座する島を、閨の窓から見上げる男。

 彼はまるで少年のような瞳で、その島の『はるか先』を見上げていた。


「うっとりして……そんなに楽しいことでもあるの?」

「ああ、すまない。君がまぶしくてね、見ていられなかった……いつでも君はきれいだけど、今の君は更に美しい」

「あらあら、よく回る舌ね。こういう時にでもお世辞が並べられるのだもの」

「……君にはかなわないな」


 希代の美男子は、安心したように笑いながら彼女の胸に顔を埋めた。

 まるで猫をかわいがるように、ドゥーウェは夫をやさしく撫でていた。


「それで、どんな玩具が欲しいの?」

「輝く冠だよ」

「あら、今更王様になりたいの?」

「そうだ。今更、王様になりたい……笑うかな?」

「大笑いしてあげるわ」


 意地悪く笑う一方で、彼女は決して嘲らなかった。

 自分に童心をさらす夫を、独占する喜びに満たされている。


「君が笑ってくれるのなら、私は嬉しい。だが……目標ができた」

「私のことを放り出して、好き勝手したいのね? 嫌な男だわ」

「ははは……」


 トオンは格好をつけしまう、ドゥーウェはそれに嫌味を言う。

 それが、とても安らぐ。甘えても失望されることはなく、むしろ笑って喜んでくれるのだ。

 一人の男子として、こんな安らげる女に出会えたことは、人生の幸運だろう。


「夢を見るのはいいけれど、私に恥をかかせないでちょうだい」

「ああ、もちろんだ。約束するよ、君が自慢できる功績を持って帰る」

「何を言っているかしら? 私の見えないところで、楽しい想いを独り占め? それでも私の夫なのかしら」


 夫の髪を、指でいじる。

 妻の特権であろう。


「私を退屈させないのが、私の夫のお仕事でしょう?」

「……そうか、そうだな」


 男には、決して合理的ではない部分がある。

 満たされているはずなのに、傷つきたくなることがある。

 それを笑って許してくれるとき、男は自分が幸せだと感じるのだ。


「夢ができた」

「どんな夢?」

「この国で一番強い剣士になりたい」

「あらあら……ブロワやレインを泣かせてしまうわね」

「そうだな……」

「良いわ、その時は私も謝ってあげる」


 彼女は、自分の夫と、自分のお腹を軽くたたいた。

 女であることの幸せを満喫しながら、美しく笑う。


「貴方の夫より、私の夫が強くてごめんなさいね、と」

「……そのことばを、君に言わせたい」

「期待しているわ」



 城の中で、克土は悶々としたものを抱えていた。

 今からでも、今でも、自分は兵士になれる。


 農家になっても先は見えるが、兵士になれば出世の目はある。

 だが、もうそんな気はなかった。

 そんな気はなかったのに、なぜ自分はみじめな気分になるのだろうか。


 異世界に来たのだから、違う自分になれると思った。

 実際に、剣と魔法の世界だった。自分には一応魔法の素養もあるらしい。

 しかし、誰もが剣と魔法に関わる職業に就くわけではない。それは、ある意味では自分のよく知る異世界と同じだった。

 そもそも、特別な誰かになりたいのであれば、特別な努力が必要なのは当然だった。


 努力した奴が一番強い。

 その言葉を言った自分が、なぜ糾弾されるのかわからなかった。

 しかし、今はわかる。


「……俺、農家できるのかなあ」


 言っていることは間違っていなかった。

 問題は、自分自身である。


 魔法の修業なら、一生懸命できると思っていた。

 剣が意味を持つのなら、その訓練もできると思っていた。

 つらく苦しいことも、耐えて高みを目指せると思っていた。


 実際には、走り込みをしただけで懲りていた。

 流石に克土もわかっている。兵士が走り込みをするのは、単に走る体力が必要だからだ。

 克土を含めた日本人へ嫌がらせをしたかったのではない、兵士が戦場で走るのは当たり前で、そもそも戦場へ行くにも歩くのだから当然だ。


「……俺は、普通の兵士にもなれないんだし」


 技術チートな主人公が作りがちな、誰でも使える便利な武器もあった。

 それさえあれば、誰でも強くなれる、自分でも簡単に武勲を重ねられる。

 なので、自分である必要が無い。そもそも、民兵に配ればいい。


 世界のすべてが、自分に自分を思い知らせる。

 特別になれる機会があるからこそ、自分は特別になれないのだとわかってしまう。


 そう、考えてみれば、日本だってそうだった。

 勉強すれば、それなりに高給取りになれた。

 程度はともかく、勉強さえすれば、勉強しないよりはいい暮らしがあった。

 それなのに、勉強をしてこなかったのは自分のせいだった。

 なぜなら、勉強しなくても、適当でも、まあどうにかなるからだ。


 多分ではあるが、この世界の人間も好きで兵士になっている者ばかりではあるまい。

 クローもそう言っていたし、今は自分もそう思っている。

 他に仕事が無いから、仕事をしないと死ぬから、家族を養うために。

 様々な理由で、兵士としての訓練をして、兵士として戦場に立つのだろう。


 最悪農家になればいい。

 あれだけ反発しておいてどうかと思うが、別の道があると甘えてしまう。

 それに加えて、そこまで強くなりたいとも、兵士になりたいとも思っていない。


 もしも、男子の中に本気で強くなりたいと思う生徒がいれば、きっと最底辺からでも兵士になろうとしていたはずである。

 最強になれなくてもいいから、才能が無くてもいいから、農家よりも貧しい暮らしでいいから、兵士であり続けることを目標にして頑張るだろう。

 自分がそうしていないのだから、結局は自分も農家をするのが嫌というわけではないということだった。


「……別の世界のこと、ってことか」


 今までと何も変わらない。

 努力さえすれば、今からでも何にでもなれるのだろう。

 だが、そんな努力をしたくない。


 地続きの世界であっても、自分とは別の世界で生きている誰かがいる。

 彼らは社会に貢献しつつ、それとは別で強さを追求する。

 余裕で勝てる相手がいるにもかかわらず、勝ち目の薄い相手に挑む。


 勝つことではなく、戦うことを重要視する。

 負けず嫌いではあっても、戦わずに逃げることだけはしない。

 そんな人たちが、確実にいる。この世界にも、地球と同じような人がたくさんいる。


「……農家は、頑張らないと不味いよなあ」


 冷えた頭で、醒めた頭で、そうぼやく。

 多分この世界では、ニートなどできないのだから。

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― 新着の感想 ―
性格悪いけど、ドゥーウェお嬢様のこういうところが憎めないんだよね。 本当に性格は悪いけど。
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