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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
新世界への変化
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復帰

「そ、村長の仕事って……」

「村長の仕事を知らない男の決めた、村長の決め方に何の価値がある? 書いているうちに、自分の知識の浅はかさに気づくかと思っていたが……」


 先輩から突き付けられた、ごく初歩的な問題点。

 村長の仕事を知らない、という当たり前すぎることに気づけなかったということ。


「ほら、紅茶を飲め。冷めているが、頭がすっきりするぞ」


 当然、劇的な効果は望めない。

 後輩は促されるままに飲み干したが、ほぼ効果はない。


「そ、村長の仕事を知らないですけど……それでも、選挙をすることが大事なんじゃないですか」

「お前の書いた紙には、村長へ立候補する者の条件はどうなっている? 満三十歳以上だとか、そんな適当な年齢制限だけなんじゃないか?」


 村長の仕事を知らないままに、村長の決め方を考える。

 それがどれだけ無謀なことか、きちんと説明していく。


「お前の基準を満たしている村民の、誰が村長になっても問題なく村長の仕事が務まるのか?」

「……それは、大丈夫だと思います」

「その根拠は? 仕事の内容を知らない男が、なぜそう言える。お前はただ、自分が考えて書いたことを否定されたので、むきになっているだけだ」


 机の上に置かれている後輩の書いた書類、それをなんどか叩いて見せる。


「大事なのは選挙をすることじゃない、村長にふさわしい人間が就任できるかどうかだ。もっと言えば、村長の仕事をちゃんと知っていて、前任者から引き継げる者だ。お前はその点をどう考えている?」

「それなら、前任者に協力してもらえば……」

「協力してもらえなかったら?」

「してもらえると、思います……」

「思います、じゃ困るんだよ。俺でも君でもなく、村の人がな」


 よく知らないことに首を突っ込んだことに対して、先輩はゆっくりと説教をしていく。


「お前は選挙の仕方を考えただけで民主主義を気取っているが、そんなことは上っ面だ。民主主義が多数決であること、それしか考えていない。肝心の政治に関して何も想像していない」

「お、俺が勝手に決めるんじゃない! 民主主義っていうのは、みんなで考えて一つ一つ決めていくんだ! 今までのやり方を変えて、よりよくしていくんだよ!」

「今までのやり方を知らないのに、どうやってよりよくしていくんだ?」

「だ、だから、それはみんなで考えるんだよ」

「それはな、お前自身が考えなくてもいい、という意味じゃない。お前もちゃんと考える、という意味だ」


 みんな、というと自分以外を想像する。

 自分以外の誰かが、自分の言ったことを真剣に検討してくれると楽観する。


「お前がしなければいけないのは、俺に言い訳をすることじゃない。まず村長の仕事を調べることだ。百人単位の村だけじゃなく、多くの規模の村長の仕事も調べなければならない」

「し、調べてあるんだろう? お、教えてくれないのか?」

「お前は俺たちの情報を鵜呑みにするのか? この国は、今帝政なんだぞ? 自分で調べるのは面倒なのか?」

「ち、違う……そうじゃなくて、時間がかかりすぎるから……」


 実際には、見当もつかないからだ。

 この国にどれだけ村があって、どれだけの聞き込みをすればいいのかわからない。

 そして、調べたとして、どんな人物に被選挙権を与えていいのかわからない。


「この国の人を、帝政で支配している。そんなお前たちを、今すぐにたたき出したいんだ」

「たたき出したいという割には、元気がないな。もっとお茶が欲しいのか? それとも肉か? 食べ盛りに見えるしな」

「い、要らねえよ……賄賂のつもりか?」

「夕食ぐらいごちそうするつもりだったが……まあいい。とにかく、重要なのはたたき出すこともそうだが、その後に生活を良くすることだ。お前はまず、この国全体のことを知るべきだ。ほら、識字率も知らないだろう? 識字率の調べ方も考えたことが無いんじゃないか?」


 仮に、投票用紙に、出馬した候補の名前を書くとする。

 その場合、まず字の読み書きが出来なければならない。


「この国は、右京さんが革命を起こすまでは本当にひどかったそうだ。だからお世辞にも、民衆の教育制度はよくない。俺は今、この国に寺小屋を建てる計画の、草案を作る仕事をしている」

「そ、それまで待てっていうのか?!」

「そんなことは言っていないだろう。識字率が低くても、選挙ができる方法を考えればいい」

「だから、その、俺の考えた方法なら……」

「予算は? まさか、村に負担させるつもりか?」

「国が出すんだよ! 当たり前だろ!」

「財源は?」

「だから、国庫から……」

「なるほど、増税するのか」


 国が負担するのなら、それは国民から集めた税金を使うということである。

 それを指摘したところ、後輩は怒りだしていた。


「なんでそうなるんだ! 無駄を省けばいいだろう! 民衆の為に選挙をするのに、なんで民衆へ負担を強いるんだ!」

「はい、これ来年度の予算案」


 どっさりと、大量の紙の束が机の上に置かれた。


「これは去年の決算、これはおととしの決算。この中で無駄なものを探してくれ」

「……これ、全部?」

「当たり前だろ? お前が無駄を省けばいいといったんだ。お前が調べないでどうする」


 当然ながら、全部この国の文字で書かれている。

 それを読むことは、後輩にはできなかった。


「あ、あのさ……読めないから、読める人を……」

「はい、コレ書き取り用のドリル」


 そう言って、白い紙と教科書のような物を出した。

 それを最後にして、先輩は出ていこうとする。


「ま、待てよ! おい、まさか、今から覚えろってのか?!」

「字も読めないのにどうやって政治に参加するつもりだったんだ?」


 何一つ隠し事はしていないし、何一つ暴力は振るっていない。

 相手の熱意をかって、適切な資料を渡していた。


「お前は民主主義、と唱えれば勝手に周囲の誰かがどうにかしてくれるかと思ったみたいだが、そんなことはないぞ。お前が自分で調べて、自分で考えて、草案を作らないと周囲の人も困るだけだ」

「時間がかかりすぎるって言ってるんだ! だれか、読める人をよこしてくれ!」

「そんなに暇な人が、城にいるわけないだろう。第一……お前が日本で暮らしていたとして、いきなりやってきた異世界の人間が『俺の為に六法全書を朗読してくれ』と言ってきたら迷惑だろう?」

「そ、それはそうだけども……」

「やられたらいやなことは、自分からするな。お前はこの国の人に為に頑張りたいんだろう? 口よりも手と頭を動かせ」


 もちろん、後輩は気づいていない。

 字を覚えたとして、読み書きができるようになったとして。

 選挙に最低限必要な物、その値段の相場が分からないということを。


「一応言っておくが……選挙をするには予算が必要であり、民衆へ負担がかかる。仮に国家予算に無駄があったとしても、その無駄を選挙ではなく他のことに使えば、それはそれで民衆の為になる。選挙をすることで、生活が豊かになると民衆へ説明できるようにもしておけ」

「……そ、そんなことまで……」

「お前はどこにいる誰に、そんなことをさせようとしていたんだ?」

「だから、その……みんなで……一人だと大変だろう?」

「じゃあなんで一人できたんだ」


 それでも、無駄にはならない。

 政治にかかわるかどうかはともかく、読み書きができるようになれば彼の人生は豊かになるのだから。


「諦めるなよ、応援しているからな」


 あきらめなければ、死ななければ、何でもできる。

 どれだけ失敗しても、どれだけ仲間が死んでも、あきらめなければ国家さえ滅ぼせる。

 問題は、たいていの人は手を付けた段階で諦めるということだ。


※ ※ ※


 視点は再びアルカナ王都に戻る。


 空に浮かんだ大八州は、星空を遮らないように高度を上げて、雲の更に上に座していた。

 そのはるか下、下界であくびをしているのは、他でもない白黒山水だった。

 城のバルコニーで人を待っている彼は、眠気を抑えようと頑張っている。

 五百年間日の出とともに起きて、日の入りと共に寝ていたのである。その習慣はなかなか抜けなかった。


「お待たせしました」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました」


 ほどなくして、バルコニーにクロー・バトラブが現われた。

 今回の一件に関して、感謝の言葉を伝えようとしたところ、ここへ来て欲しいと言われたのである。

 それを断る理由もなく、山水は夜空の下で待っていたわけである。


「本来は、私か祭我様が指導をするべきだったのですが……」


 思いあがった若者へ、適切な指導を行う。それは山水が今までによくやったことである。

 そうして指導した結果、それなりの実力と節度を身に着けていた。

 しかし、相手が日本人となればそううまくもいかない。変な話だが、昔の自分に対して説教をしている気分になってしまう。

 問題点はわかるのだが、それを指摘するのが恥ずかしいのだ。


「いえいえ、貴方にとっては身内に近いのでしょう。自分の親族だからこそ厳格になれる者もいますが、手心を加えてしまう者も少なくありません」

「そう言っていただけると……ありがたいです」


 彼らに必要なのは、この世界の人間が『一生懸命頑張っている』という、当たり前のことを理解することだった。

 とても残酷な話だが、どれだけ努力したところで、特別な力を持たないのであれば普通の扱いしかされない。普通の『外国人扱い』しかされない。

 仮に知識があっても、その知識を吐き出させられて終わりであろう。誰でも活用できる知識なら、その知識をそのまま現地人が活用すればいいだけなのだから。


「一人、特に『好奇心』が旺盛な男子がいましたね」

「お恥ずかしい……どうしてああも、自己中心的に考えられるのか」

「新天地に訪れてやる気を出したのでしょう、よくある話です。それに、彼のような考え方の者は、この国にもよくいますから」


 顔を赤くしている山水へ、クローは気にすることはないと言っていた。

 異世界と言っても、男子の気質は変わらないらしい。


「曖昧でいい加減で不確定なほうが、幸せな気分になれるものです」

「そうですね……」

「敵も味方も民衆も、自分より無能であって欲しいと願うのはよくあることです」

「そ、そうですね……」

「敵は悪として目の前に現れ、何もなせずにあとくされなく倒される。味方は単独では何もなせないが、曖昧な指示をだしただけで忠実に動き出して素晴らしい戦果を挙げる。民衆は自分のことを常に讃え、それに反するものを排斥する。そんな、自分にとって都合のいい舞台の役者だけを求めるものです」

「そう、ですね……」

「よくある話ですよ」

「そう……ですよねえ……」


 そんなありがちな愚かさを、山水はよく知っている。

 祭我を見た時も少し思い出していたが、今は特に胸が締め付けられるようだった。


「……良くある話でした」


 クローも、見上げながら思い出に耽っていた。


「人は変われます……私も貴方も、それを見てきた。そして……それでも報われるとは限らない」

「……貴方の部下も、勇敢に戦ったと聞いています。肝心な時に、私は……この国を出て、能天気に……旅を楽しんでいました。本当に、申し訳ない」


 クローは、真剣に山水を見た。

 その小さい体、染みついた技量、貧弱な武装を見た。


「……さきほど、偉そうにも、女性へ『女性同士の陰湿な争いは醜い』と言ってしまいました。ですが……男の羨望からくる陰湿な嫉妬も、また見苦しいものです」


 この男に、成す術なく敗北した。

 才能のある自分たちが、恵まれた環境の中で幼少のころから訓練を受けていた。


 克土は、自分に隠れた才能があると思っていた。

 クローには、才能が実際にあった。


 克土は、血のにじむような努力をすれば、実力が手に入ると思っていた。

 クローは、実際に血のにじむ努力をした。幼少期から、長期間にわたって。


 克土は、この世界で認められると思っていた。

 クローは、この国で認められていた。


 最高の武器、最高の仲間、最高の上官、最高の栄誉。

 それらが、全てこの男に叩き潰された。


「『雷切』殿」

「……」

「私が王都へ訪れていたのは、戦争で疲弊した近衛兵を再編成するために、退役したものに王家が招集をかけたからなのです。私はそれを断りました、バトラブの人間として領地に尽くしたかったのです」

「……そうですか」

「当主の座を蹴ってまでして近衛兵になったにも関わらず、一度の敗北で心折れて恥をさらしつつ領地に戻り……呼ばれたからと王都へ行けるわけもありません」


 山水の異名、雷切。

 王家に属する者にとって、特別な意味を持つ二つ名。

 特に近衛兵たちにとっては、重い意味があった。


「私は……貴方へ、敬意を抱いています。以前の件に関しては、感謝さえもあります。その上で、汚い感情もあるのです」

「……あれは、苦い戦いでした」

「こんな言い方は許されませんがあえて言いましょう。王家は、貴方に傷を負わせた二人の戦士に、羨望と嫉妬を向けています」


 アルカナ王国が、ドミノを受け入れた理由。

 それは山水と右京の対立を避けるためであり、右京を王家の切り札として迎え入れるため。

 王家にあったのは、山水を従えるソペードへの対抗意識。


「仙人でも神の戦士でもないこの世界の俗人が、貴方に決闘で苦戦させた。一度は完全に諦めた相手だというのに、そのことを知った王家は再び貴方を倒すための準備を始めたのです」

「……ですが、それは別に、内戦などではないのでしょう?」

「ええ、もちろんです。王家も理性的に判断をしています、この非常時にそんな真似をするわけがありません。ですが……戦争の傷が癒えた後ならば、名誉と栄光のある戦いの場があるのなら……王家は、全力で貴方に食らいつく」


 山水は、それを察していた。

 そう、ガリュウを見た時から、あり得ると思っていた。


「武神奉納試合、ですか」

「その場で貴方に挑むのは、雷霆の騎士です」


 あくまでも、正々堂々と戦う。

 あくまでも、尊厳と矜持の為に。

 武に人生を捧げた、王の剣としての己を示す。

 可能だと知ったのなら、手を伸ばす。

 山水へ傷を刻んだロイドとガリュウに追い付き、追い越すために。



「彼は現在、賢人の水銀を処方されています」



 山水と戦い、勝つために。

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