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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
新世界への変化
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贅沢

 さて、これもよく聞く話である。

 主人公がやたらと持ち上げられており、その彼への暴言を聞いたことで彼自身ではなく周囲の女性が怒る、というパターンである。


「ぶち殺してやる!」


 エッケザックスを譲られたランは、話を聞くや否や激怒していた。

 その長い髪は銀色に燃え盛り、天を突くように波打っている。

 自分の主の夫が下手に出ていればいい気になって、暴言の限りを尽くすとはありえない。


「まて、ラン」

「止めるな、スナエ! これはもう殺していいだろう!」

「当たり前だ、だがそれは私の役割だ」


 全身の体毛が濃くなり、爪と牙が伸びる。

 ランの主であるスナエが、更に怒り心頭で殺意を燃やしていた。


「努力が足りんと言うのなら、その身で証明してやろうではないか。さぞやわらかい肉と、細い骨なのだろう。この爪と牙で確かめてやる」

「二人とも、待って」


 隠しても無駄、と思った祭我は『怒らないで聞いてくれ』という前置きの元、ちゃんと彼女たちにとっても重要なことを隠さずに話した。

 どのみちどう取り繕っても、本人に隠す気がないのだから、遅かれ早かれと言う考えである。

 なお、予知の力を使えなくなっているが、この光景は予知するまでもなくわかり切っていた。


「止めるな! お前の言葉が真実なら、その小僧は戦死者のすべてを罵倒したのだぞ!」

「あの戦争だけではない、すべての名誉の戦死へ侮辱の言葉を吐いたのだ! 戦士として許せるものではない!」


 お怒りはごもっともである。

 祭我とて、他の誰かから言われれば憤慨していただろう。

 だが、相手は日本人である。そうなるとどうしても、手心が生じてしまうのだ。


「まあまあ、彼らのことはしばらく任せてくれよ」

「なんでそこまでかばうのよ?!」


 スナエやランほどではないが、ハピネも泣きながら怒っていた。

 自分の愛する男が、どれだけ頑張ったのかよく知っているからだ。

 そんな心無い言葉をぶつけられれば、悲しくて涙が出るのも当然である。


「アイツにそんな『価値』があるの?!」


 ない。

 断じてない。

 仮にあったとしても、何の実績もなく現れただけの男がそんなことを言えば、殺しても文句はないだろう。

 あの教師や生徒たちは理解を示しつつも納得できないだろうが、彼ら自身にさえ価値がないのだから意味がない。


「……価値(チート)がないからだよ。あったら逆に殺していたかもしれない」


 感情ではなく勘定によって、『殺したい』ではなく『殺さなければならない』によって、力があるだけの子供を殺していただろう。


「彼に、彼らに力があれば、きっと俺たち以外の切り札の敵になっていた。それは駄目だ……その場合は春がどうにかしていたかもしれないけどね」


 掛軸廟舞はディスイヤに雇われているが、切り札とされていない。

 基本的に裏方であり、変な話だが実務を担当している。

 そんな彼女が信頼を得ているのは、そこまで功名心がないからだ。

 自分のことを持ち上げてくれる『お店』に通うお金があり、周囲の仕事仲間からも一目置かれていれば彼女の自尊心は満たされるのだ。

 そのうえで命を賭けて戦うのだから、信頼されないわけがない。


 しかし、たぶんそれは彼らには無理だ。

 正蔵はともかく、他の切り札たちのように出世したいと思うだろう。

 だが、それには問題がある。

 この場合の出世とは、欲しい地位にいる誰かを蹴落とす行為に他ならないからだ。

 春や正蔵、山水が相手なら問題はない。しかし、祭我や右京と張り合ってしまえば悲劇が起きる。


「……俺と右京を殺さない限り、彼らは望む地位を得られないからな」


 チートとはステータスでありスキルであり、つまりは実力である。

 それは確かに意味があり価値があるが、それよりも実際の功績の方がよほど価値がある。

 国家を救うために武勲を立てた、その功績に匹敵するものはない。

 よって、祭我と右京を落とすことはできない。

 彼らの中で全盛期の祭我を超える実力を持つ者が居たとしても、そんなことで祭我の価値はなくならないのだ。


 悲しいかな、『イベント』が終わった世界では、実力の有無に関係なく出世の口がなくなっている。

 なにせまったく戦えなくなった祭我でさえ、四大貴族の当主様なのだから。

 今更もっと強いのが出てきても、祭我や右京の下扱いであろう。


「まあ、そんなに極端な出世が横行する社会なんてまともじゃない。いくら強いからって、まじめに頑張っている他の人を押しのけていいわけがない。まあ、俺が言っても説得力はないけど」


 そう、この世界はそんな都合がいい社会ではない。

 いくら実績を積んでも、いくら実力があっても、既に出世している相手は追い越せない。

 ある意味では公正で公平なことに、まじめに頑張っていれば今の地位は保証される社会なのだ。


 まあ、だからこそ祭我や右京のようなものは、希少例であり例外だ。

 普通は、そんな出世は無理なのである。チート能力でもない限り。

 そして、今はチート能力があっても無理だった。


「とにかく、彼らは死ぬ必要はないんだ。俺も今はこんなだし、しばらくは力になってあげたいと思うんだよ。今彼らを誰かに任せたら、そのまま殺されるだろうし……」

「そうはおっしゃいますが、具体的にどうなさるおつもりなんですか?」


 ツガーの言葉は、全員の心境だった。

 はっきり言って、見通しが立たない。

 勘違いしている子供を諫める、改心させるというのはかなり難しいのだ。

 どれだけ祭我がすごかったのか、どれだけ山水が強いのか、話して聞かせても実際に見せても、断固として認めないだろう。


「それは大丈夫だよ。ちゃんと考えはある」


 当たり前だが、農家の仕事にもやる気は必要である。

 根性が足りない軟弱者に務まるようなものではない。

 だからこそ、彼らにはやる気を出してもらわねばならないのだ。


 今でこそ一人しか不満を表に出していないが、後々になって噴き出す可能性は高い。

 もちろんゼロにすることはできないが、できるだけ減らすように対処しておかねばなるまい。


「俺の国でもそうだったけど、戦争のことは戦争経験者に話してもらうのは一番さ」



 当たり前だが、男子生徒たちはその日の深夜に何が起こったのか、ちゃんと説明していた。

 証拠が一切ないので証言だけだが、悲しいことに誰も疑っていなかった。

 それを察したのか、克土も決して反論はしなかった。


 その上で、生徒たちはまず朝食を待つことになる。

 流石に朝からつるし上げ、というのは全員が嫌だった。


「……もしかして、日本の料理を紹介すれば大儲けできるのでは」

「お店を開くの?」

「そうそう、そんな感じ。チェーン店とかじゃなくて、繁盛するかなって……」


 そうした意見が出たのは、克土ではなく女子生徒からだった。

 そこまで真剣に言ったわけではなく、ちょっとした提案程度ではあったのだが。

 兵士向けの食堂らしき、木の長机と長椅子の置かれた場所で食事を待つ間、少々の雑談をしようと思っただけであろう。


「……材料は? 調味料は?」

「調理器具は? 台所とか、火とかは?」

「計量は? 衛生は?」

「そもそも、レシピとか覚えてるの?」

「っていうか、料理好きなの?」

「あははは、ごめんごめん!」


 実際、否定されても躍起になることはなかった。

 そういう話があったなあ、という程度である。

 なお、その話に聞き耳を立てていた克土は、不満そうにむくれていた。


 なぜこうも、この世界は自分の知る異世界と違うのか。

 都合よく空気が地球と同じで、都合よく人間がいて、都合よく現地の人間と友好的な接触ができた。

 にもかかわらず、そこから一気に不都合なことばかりが起きるのだろうか。

 おかしい、一貫していない。普通なら、世界で最初に出会う権力者は『自分たちに友好的で且つ優遇してくれる』か『自分たちに対して高圧的で且つ不遇を押し付けてくる』のどちらのはずだ。

 なぜ『自分たちに好意的且つ不遇を押し付けてくる』のだろうか。

 これではクラスは不遇を受け入れてしまうし、逃げようとする自分に対して批判的なままになってしまう。


 とはいえ『日本料理店を作ろう』と言い出さなくてよかった、とは思っていた。

 女子の一人が言い出して『その手があったか、自分が言いたかった』と思ってしまったが、否定的な意見は全て真っ当だった。

 そもそも、克土はレトルトか冷凍食品ぐらいしか縁がないのである。料理店を開くとしても、給仕どころか皿洗いだろう。


「他の人もいらっしゃったから、静かにしなさい!」


 教師が私語を慎むように注意する。そうなれば、流石に全員が黙った。

 しかし、それはある意味無意味な気遣いだった。

 単に職場の社員食堂に来ただけという城の『従業員』たちは、大きな声で私語を交えていた。

 日本でも程度はともかくそんなものなので、この世界では更に大きい声で話しているのだろう。

 とはいえ、『無駄飯ぐらい』の自覚がある教員は、黙るように言ったことは間違っていないと考えていた。


 『貴族様の同胞というだけでふんぞり返って、えらそうにくつろぎやがって』とおもわれるよりは。

 『なんで食事中に黙っているんだろう』と奇異の目で見られる方がましである。


「いやあ、楽しみだなあ!」

「本当にねえ」

「お婿様が来ると、本当に楽が出来ていいよ」

「我らが王家の切り札に乾杯だな!」

「おいおい、酒はまだだろう?」

「はははは!」


 ただ、何かおかしいとも感じていた。

 妙に、やたらと、城の一般的な『従業員』達のテンションが高い。

 確かに食事というのは、どの身分の者にとっても面白く嬉しいことだろう。

 だが、どうにもそれが高すぎる気がした。

 ただの朝食であるはずなのに、お祭りのような雰囲気があった。

 そんなことを考えていると、食堂にいる全員の鼻に『匂い』が入ってきた。


「……ねえ、この匂いって」

「まさか……」


 給仕たちが『明らかに調理場ではない場所』から運んできたのは、ご飯とお味噌汁と焼き魚とサラダ。そしてデザートらしきゼリーだった。

 並べられていくそれを、箸やスプーンなどで食べていく『従業員』たち。


「いやあ、『二ホンショク』ってのは最高だな!」

「朝飯はちょっと変な感じだけど、昼と晩は特にいいんだよなあ……」

「ダヌア様様だな!」


 なお、日本人たち。

 彼らは味噌汁やお米のことを懐かしむ前に、それを目の前に並べられていたことに硬直していた。

 確かに日本人が権力を握っているとは知っていたが、だとしても限度があるのではないだろうか。


「おいしい……」


 炊き立てのお米、具が多めの味噌汁。

 納豆かタマゴも欲しいところだが、そこはまあ我慢だろう。さすがに現地人が嫌がるに違いない。


「な、なんで……普通に日本の朝ごはんが……」


 みんな、早く食べましょう。

 そう言うべき女教師でさえ、目の前の光景に絶句していた。


 保護されて以降は、この世界の『普通の食事』をしていた。

 硬めのパンと、豆のスープ。

 余り美味しくない野菜の漬物などを食べて、空腹を満たしていた。


 もちろん文句などなかったのだが、いくら何でも変わりすぎではないだろうか。

 今日だけやたらレベルが上がりすぎである。


「昼はラーメンとカレー、唐揚げ定食だってよ」


 昼はもっと高いらしい。



「今日のお食事は如何でしたか?」


 朝ごはんを食べた後に、祭我と山水は一同の前に現れていた。

 なお、山水は基本的に食事をしないし、祭我は未だに流動食である。


「おいしかったですが……その、なぜ日本食が?」

「わかりやすく言うと、チートです」


 教師の質問に対して、祭我が答えていた。それを言ったらおしまい、という返答である。


「この世界には八種神宝という、神が作った伝説の武器があります。その中の一つに、慈愛の恵蔵ダヌアという『食べたことのある料理を無尽蔵に作れる蔵』があるのです」


 確かにチートだった。

 そんなでたらめな効果のある道具があるのなら、まともな料理人など不要だろう。

 いや、毎日支給されているわけではないのだから、そこまでインチキでもないのだろうが。


「ちょうどいいので、知りたがっているであろう八種神宝についてお教えしましょう」


 なんでもそうだが、相手が知りたがっている情報から教えた方が話は円滑である。

 第一、今彼らに本当に必要なのは、農作業の指導員である。

 まあ、それがこの世界で一番得意なのは、それこそダヌアなのだが。


「八種神宝とは、一万年前に人類へ与えられた八個の武器です……なあ山水」

「なんだよ」

「八種神宝って、武器か?」

「……神の宝でいいだろう」

「そうだな……ええ、ごほん、八種神宝とは、八個の宝です」


 一々言い直しているが、それもわかる。

 なにせ最初の一個目が食料を生産する蔵だ。

 全部が武器、というわけではないのだろう。


「あらゆる魔法を増幅する神剣エッケザックス、あらゆる存在を……まあアレさせる災鎧パンドラ、血を吸い上げ攻撃力に変える妖刀ダインスレイフ。それら竜さえ殺せる武器とはまた別に、道具を強化複製する実鏡ウンガイキョウ、バリアとワープができる箱舟ノア、天候を支配する天槍ヴァジュラ、食べた人間を強くできる料理を生産できる恵蔵ダヌア、壊れたものを治したり持っている人間に天運を与える聖杯エリクサー」


 半分以上武器ではなかった。

 剣(武器)、鎧(武器)、刀(武器)、槍(武器)、蔵(建造物)、船(乗物)、鏡(日用品)、杯(日用品)。

 鎧を防具扱いにした場合、八個中五個が武器ではない。


「それらが、この世界における伝説の武器……いえ、神の宝ですか」


 正直教師としてはどうでもいいことだった。多分それは二人も察していることだろう。

 仮に伝説の武器を手に入れればすごく強くなれるとしても、あるいは高く売れるとしても、そんなものを探しに行く気も手に入れるための試練をこなすきも、こなさせる気もなかった。

 彼女は既に察しているが、そんな素晴らしい宝を手に入れた場合、まずその宝を護るか、その宝を売って得た報酬を守らなければならない。

 そんなことは、それこそ大貴族でもないと無理だ。


「全部アルカナ王国が独占しています……なあ山水」

「いや、独占でいいだろう」

「そうだな……まあ独占しています」


 つくづく面白くない話だろう、と二人は思っていた。

 普通ならその伝説の武器を探すとか、奪われているので取り戻すとか、ダンジョンの奥深くに眠っているので取りに行くとか、まあそんな感じだ。


 実際には、そんな大した感じになったのはエッケザックスだけである。

 スイボクは神の所まで取りに行ったし、祭我は認められるために鍛錬を積んだし、ランは前任者から継承した。

 それ以外は、そんなに大したイベントが無かったわけで。


「皆さんが食べたように、今日は王都へダヌアが来ています。アレは巡回しておりまして、アルカナ王国の各地と隣にあるドミノ共和国……じゃなかった、新生ドミノ帝国の各地を回っています」

「基本的にお祭りのようなものでして、常に食料を供給しているわけではありません」


 ようやくここで、二人が何を言いたいのかわかった。

 農家の意味がないわけじゃないですよ、ということだったらしい。


「ですので、食料生産の重要性は変わりません。皆さんだけではなく、多くの人々に今後も生産者として頑張っていただきたいと思っております」

「それから……ダヌアの配給は周辺一帯にも行っておりますので、皆さんが城を出ても定期的に食べられますので、ご安心を」


 喜んでいいのか悪いのかわからないニュースだった。

 無人島だと思ったら、リゾート施設だった、みたいな話である。



「晩御飯は、ステーキ丼です」



「……太らないかしら」



 異世界に来て、健康上の問題として真っ先に体脂肪率を気にするのは、いかがなものであろうか。

二足猫


完全な肉食獣。肉しか食べない。

なのだが、直接的な戦闘能力は低い方なので、それを気にしている節がある。

人間を相手にする分には十分だが、ほかの猛獣を相手にするとかなり厳しい。

そういう意味では、二足犬に対して劣等感を抱いてもいる。

顎の力がやや劣ることもあって、大型の草食獣を襲うのを好むわけではない。食べておいしいわけでもないし。

気分、尊厳、矜持の問題である。


基本的には家族単位で生活を営んでおり、そんなに大きな群れを作らない。

一匹狼ならぬ一匹の猫として暮らしている若い個体も多い。


指は長い方なので、結構器用。人間ほど道具作りが得意ではないが、人間が作った武器を使うのは得意。


虚精

人間は幻血と呼ぶ


実体のない幻を生み出す力。

攻撃力も防御力も機動力もないが、自分の姿を隠す、囮を作る、という点ではこの上なく便利。

人数を揃えれば大軍を隠すこともできる。


人間が使った場合は視覚をだますことしかできないが、二足猫が使った場合は五感全てをだますことが可能。

物理的には無力だが、やはり補助としては優秀であると言えるだろう。


なお、暗闇のなかで火を隠す、ということは無理。

色を付けることはできても、発光したり闇を生み出せるわけではないからだ。

よって、光る粉を散布する鱗精とはきわめて相性が悪い。

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