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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
新世界への変化
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自縛

 当たり前だが、三十人も入る大部屋があったとしても、男女は分けて欲しいであろう。

 その辺りも気を利かせた二人は、そこそこの広さの部屋を二つ貸していた。当然、片方は女子でもう片方は男子である。

 学級会という名の弾劾裁判を終えたクラスは、就寝することになった。

 その部屋は、普段は貴族の護衛などを泊まらせるための設備のようで、二段ベッドが複数並んでいた。

 臨海学校のような状況に、女子たちは楽しそうにしていた。

 それでなくとも、まともに宿泊できるのだ。野宿ではない、というのはありがたいものである。


「明日、またあの二人に会えることになっています。その時は、ちゃんと謝るように」

「は~~い」


 まだ数日は、この城の中で滞在できるらしい。

 できればこのまま厄介になりたいというのが全員の本音であるが、それは無理だと何度も言われているので納得している。

 できる限りのことはするが、表立って優遇するのは危険。それが概要だった。


「……ねえ、先生」

「何ですか?」

「私たち、大丈夫なのかな?」

「……わかりません。ですが、思ったよりは悪くないと思います」


 チート能力が無く、なによりも戦争中ではない。利用価値がないこともさることながら、利用目的もない。扱いに困った結果、農村を任せる。

 この国や、あの二人には申し訳ないが、クラスにとっては一番いいことだろう。


「公務員として、生徒に政治的なことを教えたくありませんが……貴方達が、危険な職業に就かずに済むことは、喜ばしいです」


 流石にお風呂は貸せない、ということで清潔な布とお湯がそれなりの数、男女に支給されていた。

 寝る前に体を拭くだけでも、体の清潔さは保てるし気分も爽快である。

 交代で体をぬぐう彼女たちは、教師の言葉に耳を傾けていた。


「私たちはあくまでも迷い込んだだけの異邦人、なんの利用価値もないのなら、それが一番です」

「……できれば、こういうお城で生活したかったんだけど」

「気持ちはわかりますが、やはり危険でしょう。無価値な方が、ずっと安全です」


 それなりに世間を知っている教師は、しみじみとそう言った。

 がっかりしている生徒も多いが、翌々考えれば想像しうる範囲では一番いい結果だろう。

 もちろん、もう帰れない異世界へ転移すること自体が、既に最悪と言っていいのだが。


「私たちは着の身着のままで、それこそ財布さえ持っていませんでしたが……それでも、服や靴ぐらいはありますからね。それを売る、というのも手でした」


 いっそ不自然なほどに、生徒も教師も、何も持っていなかった。

 なのでそのまま餓死、という可能性が高かった。発見が早くて、本当に良かった。しみじみ、そう思ってしまう。


「大方、克土君もそんなことを考えているでしょうね。自分たちの価値を売り込めば、大成功できると」

「できないの?」

「できません。なぜなら……」


 現代知識で俺ツエー。

 実のところそこまで珍しいものではないが、これにはある程度の前提がある。


「私たちに価値があるとして、対価が支払われるとは限らないからです」


 ディスイヤの老体曰く、この世界で価値が失われないのは食料と武力だけだという。

 つまりは、武力の後ろ盾がない相手に利用価値があれば、利用されるだけ利用されて終わりである。


「私たちには何の力もありません。つまり、殴って言うことを聞かせる、無理矢理働かせる、という手段に訴えられた場合対処のしようがないのです」


 金のタマゴを生む鶏は、腹を裂かれて殺された。

 しかしそうでなかったとしても、一生飼い殺しである。

 そうならないとすれば、相手の善意に期待するしかない。

 あまりにも、都合よく考えすぎであろう。


「彼ら二人が貴族になれたのは、周囲がよほど好意的だったのか、権力で抑え込めないほどの戦闘能力があったからか、その両方でしょう」


 この国の社会基準はよくわからないが、悪党は日本にもいたのだからこの国にもいるだろう。

 日本の学生や教師、その身に着けている物にどれだけ価値があるのかわからないが、殺して剥ぎ取られる可能性の方が高い。

 仮に正しい取引が成立しても、その大金を護れるとも思えない。結局、武力の裏付けは必要なのだ。

 まさに平和ボケであろう、自分たちに価値があると信じる一方で、相手が正しく取引してくれると信じて疑わないのだから。


「克土君はこの国やあの二人が、自分たちを騙そうとしていたり利用しようとしている、ということにしたいようですが、彼ら以外を疑わない辺り考えが浅いです」


 その可能性を考えていなかった、女子生徒たちは震え上がった。

 そう、仮にこの国の王や貴族が自分たちを利用しようとしているとして、他の人がそうではないと考えるのは浅はか過ぎた。

 少なくともあの二人は好意的で、こちらへ身分や住所、職業を準備してくれているのだ。それを受け入れなければ、それこそ社会の悪意にしゃぶられて捨てられるだろう。


「それに、農家というのはそこまで悪い話ではないでしょう? もし幸運が重なって、日本へ帰ることができたとき、経験が無駄になるわけではないですから」

「そ、そうかな……」


 確かに剣と魔法の技術よりは、農業の経験の方がましだろう。

 しかし、日本へ帰れても農業をする、というのは若い女性としては好ましくあるまい。


「……じつは、私には働くアテがあります」


 前向きな材料が少なすぎる、と判断した教師は一つだけ案を出した。


「珠算です」

「シュザン??」

「……ソロバンです。私は段位を持っていますので、教えることができます」


 珠算とはソロバンである、というのは一般的な常識だと思っていた彼女は、自分の生徒がそれをわからないことにやや戸惑っていた。

 まあ異世界へきて『シュザン』と言い出せば、他の何かを考えるのも当然だが。


「ソロバンが無かったとしても、複雑でもありませんから作ってもらえるでしょうし、最悪自作すればいいでしょう。ソロバンがあったとしても、それを教えられるわけですから、就職もスムーズなはずです」


 ソロバンを作って大儲け、とは考えない。

 この世界で知的財産が保証されているとは思えないし、そもそも量産することが無理だ。

 一度売り出して軌道に乗れば、他の誰かが大量生産してそれまでである。

 第一、日本人が結構来ているのなら、作って売っていても不思議ではないし。


「そっか、スマホも電卓もないなら、ソロバンだよね!」

「先生、あったまいい!」


 ただ珠算の段位を持っているだけではなく、高校生への教員免許を持っていることも大きいだろう。

 それなりにセールスアピールができるし、そうと知られても極端な対応をされることはない。

 字が読めないうんぬんも、数字さえ覚えればいいだけであるし。

 まあ、この世界の数字が十進法である、という前提が必要ではあるが。


「小銭を得るぐらいはできるでしょう。そうすれば、多少はマシになると思います」

「……あのさ、先生」


 教師は得られた収入を、クラス全体に使うつもりらしい。

 しかしそれはおかしな話だ、教師とは保護者から金銭を受け取って、生徒へ指導を行う立場である。

 日本へ帰れるのならともかく、そうではない状況で奉仕をするのは不自然だった。


「先生は、私たちのこと、見捨てないの?」

「当たり前です」


 断言しつつも、教員は内心で言い訳をしていた。

 こういう、ある程度余裕がある状況なのでそう言っているだけで、切迫した事態になれば見捨てていたかもしれない。

 しかし、今はその余裕がある。むしろ、自分が指導するクラスの『長』にならなければならない状況である。やる気を出すのは当然だった。


「私は教師であり……大人だからです。如何に自分の子供ではないとはいえ、未成年を助けるのは当然です」


 少なくとも、この状況で受け持った生徒を見捨てるのはとても気分が悪い。

 事実上失職したとはいえ、彼女は教師である。

 教師になるために大学へ入り、卒業し、教師になったのだ。

 その彼女が、特に意味もなく生徒を見捨てるなどあり得ない。


「先生、かっこいいい!」

「きゃ~~!」


 生徒から賞賛を受けつつ、教師は思っていた。


 きっと、あの二人も『大人』だからこそ、自分たちに手を差し伸べたのだろうと。




 

 さて、よくある話である。

 クラス単位で異世界へ召喚された場合、あるいは複数で無作為に召喚された場合、ひとりだけ別行動をとる者がいる。

 大抵主人公であり、大活躍して集団で動いている面々をあっけにとらせたりする。

 

 しかし、考えてみれば。

 それを実際にやられそうになった面々からすれば、たまったものではあるまい。


「おい、克土」


 その日の夜遅くだった。

 大部屋で寝ていた男子生徒たちは、物音がしたので目を覚ました。

 何かと思って星明りの入る窓の方を見てみると、そこにはガラスの窓へ椅子を振りかぶっている克土の姿があった。

 起きた男子生徒全員で抑え込み、克土が準備していたロープ状にしている毛布で縛り、正座させていた。


「おいこら、なんか言えよ」


 ランプの明かりもない、異世界の夜。

 先ほどまでの弾劾裁判が上品だったと思えるほどに、とても残酷な私刑が始まろうとしていた。

 しかし仕方あるまい、先ほどもあれだけのことをやらかしたのに、またこんなことをされればたまったものではない。


「……ほっておけよ」

「甘えんな、ボケ!」

「ふざけんな!」

「お前どんだけ馬鹿な真似すれば気が済むんだ!」


 まともな精神状態を維持している男子生徒からすれば、窓ガラスを割って逃げようとするクラスメイトなどぶんなぐって当然である。

 にも関わらず、克土は拗ねたような顔をしていた。まるで反省の色が無い。


「……お前らに巻き込まれたくないだけだ。お前ら、正気じゃねえよ」


 正気じゃない奴にそんなことを言われて、我慢した男子たちは自分をほめていた。

 こんなに腹が立つことが、人生であるのかと思うと泣きたくなる。


「あの二人のことを、どうしてそこまで信じられるんだ? どう考えたって、俺たちを奴隷にするつもりだろう。このまま明日になれば、何をされるのかわからねえ。だから、俺だけでも逃げる」


 克土は、周りの馬鹿に巻き込まれたくない一心で、賢く逃げ出す算段だったのだろう。

 しかし、周囲が起きてしまって、その計画が頓挫してしまったのだ。恨み言を言いたい気分だろう。

 なお、その程度でとん挫する計画を立てた、自分の頭の悪さには気づいていないらしい。

 そもそも、椅子で窓ガラスが割れた場合、どう考えても大きい音が鳴ると思うのだが。


「この、ゲーム脳が……」

「俺たちを何だと思ってるんだ……」

「コントじゃねえんだぞ……」


 一緒に異世界へ来たクラスメイトが、ゲームのキャラめいた行動力を発揮したことに呆れてしまう。


「今逃げないと、どうなるかわからないんだぞ! お前らには迷惑をかけないから、見なかったことにしろよ!」

「何を甘えたことを……」

「甘えてるのはお前らだ、あんなチート野郎ども、信じるなんてどうかしている!」


 まあ、危機感を持つのは普通だ。

 しかし、自分だけ助かろうという根性がまず気に入らないし、逃げても自分たちに迷惑が及ばないと考えるのが気に入らないし、そもそもすんなり逃げられると思うのが馬鹿丸出しである。


「……なあ」

「なんだ!」

「俺たちを利用するつもりなら、逃がさないようにしているんじゃないか?」

「そうだよな、この部屋の外に兵士とかいるよな」

「窓の外にもいるだろ」

「そもそも、ここ城の中だぞ? 庭に出たら、警備の兵に殺されるんじゃないか?」

「第一、お前出口知ってるのかよ」

「まさか、とにかく出ればどうにかできる、とか思ってるのか?」


 返答はない、何も考えていなかったようだ。


「行動しないと、駄目なんだよ! お前らはそんなこともわからないのか?!」

「なあ、克土。つまりお前は俺たちを見捨てるつもりだったんだよな?」

「だから何だ!」

「俺たちに今、ぼこぼこにされるとは思わなかったのか?」

「はぁ?! な、なん、なん……」


 言われてようやく気付いたらしい。

 そもそもこの時点で拘束されているのだが、そこまで考えが及ばなかったようだ。


「お前がガラスを割って逃げたら、その分の修理代金を俺たちに払わせる、とか考えなかったのか?」

「この文明レベルのガラスだろ? 高いだろ、多分」

「お前その辺り考えてなかったのか?」


 星明りが照らす、城の二階。

 さて、どうしたものだろうか。

 男子生徒たちは、ひとしきり悩んだ後、一つの決断を下した。


「しゃべれないようにして、縛ったまま寝かせておこうぜ」


 誰かがそう言って、誰もが頷いた。


「ま、待てよ! イジメ、イジメだろ?!」

「じゃあお前は何をしようとしたんだ?」

「……あ、いや、だから……」


 自分さえ助かればそれでいい、そう考える生徒に対して、クラスメイトは助け舟を出さない。

 こいつ以外が助かればいい、という判断を下したことは、決して間違いではないだろう。


 一人はみんなの為に、みんなは一人の為に。


「やっちまおう」


 みんなのために、みんなで一人を縛る。

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― 新着の感想 ―
す、すごい クラスの中に馬鹿が1人しかいない……だと!? 良い先生なんだねぇ……
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