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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
傷だらけの愚者
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決壊

「よし、やるぞ!」

「さあ先手は譲ろう!」


「譲らないでぇえええ!」

「その男に魔法を使わせるなああ!」

「もういっそ斬り殺せ!」


 法術が守りの業なら、魔法は攻撃の技である。

 この双方がぶつかり合う場合、一般に法術使いが有利であるとされる。

 というのも、法術の守りを貫く方法が熱と雷ぐらいで、逆に言ってこの二つも『ただでさえ数が少ない法術使い』の中でも更に希少な『戦闘特化した法術使い』と戦う時ぐらいしか使い道がないのだ。

 加えて、熱も雷も有効範囲が極めて狭く、炎や風の様にいい加減に撃っても大体当たるとはいかない。

 先日引退した雷霆の騎士もそうなのだが、原則として雷や熱を主な呪文として使える魔法使いはそれだけで超一流とされる。


 対するに、希少とされる法術使いの中でも、更に珍しい戦闘に特化した法術使いである。

 彼らは単に珍しいというだけで、多少未熟でも魔法使いと容易に戦闘ができる。炎や風を簡単に防げる壁があるからだ。

 山水の様な希少例を除いて、戦闘とはダメージの与え合いである。つまり自分が傷を負わない限り、攻撃方法が地味でも普通に勝てるのだ。


 ただ、それはあくまでも常識的な相手との戦闘に限られる。

 加えて、いろんな意味で常識が通じないのが正蔵でもある。

 国を吹っ飛ばすような魔力を、特に深い考えもなくぶっ放すのが彼なのだ。


「じゃあ行くぞ!」


 当然だが、キャンバスは全く魔法が使えない男と戦うほど卑怯ではない。

 仮に正蔵の体に何かの障害が残っていた場合、握りしめていた拳を緩ませていたかもしれない。

 とはいえ、飛行魔法の訓練をする程度には優れた、火か風の魔法使いだと思っていた。

 熱や雷が使えるかもしれない、とも思っていた。その上で戦いを申し込んだのである。


 だからこそ、初手の魔法には拍子抜けというか、一種呆然としていた。


「水、出ろ!」


 手のひらからあふれ出る、膨大な量の水。

 その量自体は驚くが、まさか水魔法を使ってくるとは思っていなかった。

 水魔法を使う魔法使いは少ない。いないわけではないが、軍事面だと少ない。

 火を浴びた場合と水を被った場合の、人間への殺傷能力の差もそうなのだが、基本的に受け身の魔法だからだ。

 火の魔法を防ぎたいが、法術使いがいないというときに、水の壁などで受け止めるのが主な役割である。

 当然、火の魔法には同規模の火や風の魔法を使えばいい話なので、城壁を守る際にはそれなりに優位なのだが、やはり一般的ではない。


 そして、常識的に言って法術の壁を打ち破れるわけもない。


「この水量には驚いたが……しかし水の魔法使いとは……」


 水の量とそれに伴う水圧。

 確かに大したものだとは思う。

 一瞬しか発動しないのではなく、長時間放水していることも含めて大したものだと思う。

 しかし、それだけだ。

 水では、或いはその上位である氷であっても、法術の壁は破れない。


「だが、勝負は勝負、負けるわけにはいかないな」


 基本、キャンバスは生真面目な男である。

 目の前の彼が手抜きをしているようにも見えないし、慌てて逃げ出してもいない。

 であれば、自分も手加減をするつもりはない。

 確かに放水は続いているが、彼もそれを永遠に続けることはできまい。

 水圧の関係上前進することも光の壁を解除することもできないが、それでも十分だと思っていた。

 待てばいい、それで自分の番がくる。そう思っていた。

 軽いながらも鎧を着ている自分の、その足元が冷たさを覚えた時までは。


「……な?!」


 ありえないことだった。

 水の魔法も土の魔法も、相手に重量をぶつける魔法であって、それなりに広い空間を埋め尽くすほどではない。

 というか、無駄だからだ。空間を埋め尽くすほどの水を出すよりも、そこそこの大きさの水に圧力を込めて撃つ方が魔力が節約できると素人でも知っているからだ。

 また、専門家ではないものの、水や土の魔法の有効時間に関しては体感で知っている。確かに光の壁で四方を覆っているこの状況はある意味密室と言えるのだが、しかし床は普通に地面なのだ。砂漠ではないとしてもしみこんでいくものである。

 

「よし、思った通りだ!」


 ライターを使う感覚で火柱を出し、バケツの水をぶちまけるつもりが村を水害に陥れる。

 彼が魔法を使用して失敗していたのは、他ならぬ彼自身がびっくりしていたからだ。

 逆に言えば、魔法そのものは成功していたのである。

 あとは慣れてしまえば、本人がパニックを起こすことはない。

 そう、村を水没させる魔法を今ここで使えばいいだけなのだ。


「何を考えている?!」

「俺は見ての通り普段着、そっちは剣を持っていて鎧も着てる。このまま水位が上がっていけば、どっちが先に溺れるかなんてわかり切った話だ!」


 光の壁に囲まれた密室は、どんどん水位を増していく。

 膝から腰へ、どんどん水がせりあがっていく。

 もちろん、キャンバスの作った光の壁は健在だ。しかしあくまでも一方向を守るものであり、四方を囲って水の侵入を防ぐものではない。

 そして、泳ごうと思えばキャンバスも鎧を着たまま多少は泳げる。しかし、当然目の前の相手の様に楽にしていれば浮きそうというわけでもないし、そもそもそんな状況になればこちらの負けを認めざるを得ない。

 鎧を脱ぐこともあり得ない。敵の前で鎧を捨てるなど、負けを認めるも同然だ。


「まさか、これほどとは……!」

「どうだ、参ったか! 負けを認めるなら、この魔法を止めてもいいぞ!」


 正蔵はそれなりに適切な魔法を使っていた。

 別に目の前の相手を殺したいわけではないし、むしろ殺したくないと思っているほどだ。

 その辺り、彼は適切な選択をしていた。水の魔法に殺傷能力がないことは散々思い知っている。

 そういう意味では、目の前の火柱に対してパニックを起こし、水を大量に出したこともそこまで間違っていたわけではない。

 つまり、精神的に楽なのだ。相手はどんどん追い込まれていくが、別に怪我をするわけではないし、精々窒息する程度だ。それなら魔法どころか通常の救命措置でも助かる。

 どこぞの誰かの様に、殺意もないのに増幅した火の魔法を帯びた神の剣で斬りかかることはないのだ。

 勝つのが目的であって、殺すことは目的ではない。殺傷能力などむしろ邪魔なのだ。


「先生が、今の自分に何ができるのかを知るのが大事って言ってたしな!」


 既に腰から肩の高さまで水位が上がっている。身長はキャンバスの方が上なので、先に完全に水没するのは正蔵の方なのだが、それも泳げばいいだけである。

 まさか鎧を着たまま剣を振りかぶって襲い掛かってくるわけもないし、それならその彼に向って放水すればいいだけだ。

 もう勝ったも同然である。


 ただしそれには、とても致命的な前提が抜けていた。


「まだだ、まだ耐えよ!」

「な、なんのこれしき……」


 当然と言えば当然なのだが、法術も人間技であることは事実。

 であれば、膨大な水の塊という重量を、長時間受け止め続けられるかという問題が生じる。

 中にいるキャンバスはそれこそただ放水に耐えればいいだけだったが、周囲を固めている聖騎士たちは、全重量をとどめ続けなければならなかった。

 それも、刻一刻と体積を増していく水を、である。

 正蔵は『こういう条件なんだから絶対壊れないだろ』と考慮していなかったが、当然限界はあるのだ。

 聖騎士たちが早々に危険と判断して壁を解除しておけば、足元を勢いよく水が流れていく程度で済んだだろう。

 しかし、既に膨大な量の水が蓄積しつつある。

 そう、『村を水害で流した』膨大な水がだ。


「で、ですが……決闘はまだ……キャンバス様が諦めていないのに……」

「男の意地で聖騎士が命を捨てるな! ここで死ぬことが、カプトの為に、アルカナ王国の為になると言い切れるか!」


 中の二人はまだいい。仮に決壊しても、遠くまで勢いよく流されていくだけだ。

 だが、決壊した側にいる聖騎士は違う。ため込まれた水の、その質量を至近距離で受け止めてしまうのだ。水の量によって圧力なども変わるだろうが、それこそ死んでもおかしくない。


「今、お嬢様を小屋の方に逃がした。そしてこの壁は小屋の反対方向だ!」

「つまり、解除するのは私でなければならないと?!」

「そうだ、向こう側が決壊すれば、お嬢様に被害が及ぶぞ!」


 脂汗を流しながら、重量に耐えていた聖騎士の一人。

 彼は指揮系統上の上官からの説得を受けて、決闘を妨害する行為を行おうとしていた。


「儂がお前の前に、我らだけを守る壁を作る! 多少濡れるが、直撃は避けられる!」

「……お許しください、キャンバス様!」


 既に、四方の全員が限界だった。負荷は増え続け、減る見込みがまるでない。

 千人を遥かに超える魔力と、たった四人が拮抗するわけもないのだから、正に無駄な抵抗だった。

 そして、キャンバスの首まで浸かっていた水が、解除された壁の部分から鉄砲水となってあふれていく。


 

「泳ぎがあんまり得意じゃないの忘れてた」

「馬鹿ですね……いいえ、今回は貴方ばかりを責められませんが」


 結局、二人は『下流』まで流されて、それで決闘は終了となった。

 少なくとも、今回の一件に関してはそこまで間違った戦法ではないだけに、中々咎めることができなかった。


「キャンバス」

「ああ、わかっているよパレット」

「……信じられないと思いますが、ショウゾウは膨大な魔力を持った人間です。はっきり言って、その総量は千倍を遥かに超えると」


 回収された二人は迅速に治療を受け、小屋の中でパレットからの説教を受けることになっていた。

 当然、誰も怪我らしい怪我は負って居ない。

 強いて言えば、キャンバスの護衛が全員疲れたことぐらいだろう。


「貴方がどの程度彼の強さを想像したのかわかりませんが、それを大きく超えていたことは確かでしょう。目で見なければ、理解できないとは思いますが……」

「ああ、その通りだ。僕は結局、君ではなく自分を信じてしまった」


 キャンバスは、パレットを想うあまりにパレットをないがしろにしていた。

 彼女の潔白を信じ、聖騎士隊長の保証を信じて、その上でどうして止めていたのかを知った上で、どこまでも自分の考えを優先してしまっていた。


「決闘が始まる前に、君が間に合った時、僕は余計意固地になってしまった。君の前で、彼を倒すと意気込んでしまった。君が、それを喜ぶ女性ではないと知った上でだ」


 戦いは血生臭いものであり、必要なものである。

 それは時として、神への祈りよりも優先される。

 いいや、実際の所神への祈りなど意味がないのかもしれない。


 だが、現実の暴力に打ちのめされつつ、それでも尚『きれいごと』を信じる彼女だからこそキャンバスは惚れ込んでいたのだ。

 しかし、実際に自分がやったことといえば、彼女を困らせる行為だった。


「すまない、君を疑ってしまい、更に国家を存亡の危機に立たせてしまった」

「そうですね、私の事はともかく国家存亡に関しては反省してください」


 言っちゃあなんだが、少なくとも聖騎士隊長の言葉だけは信じるべきだった。

 もやもやとした感情を抱え込むとしても、そのまま自分の領地へ戻るべきだった。

 それで余りにも音沙汰がなければ、改めて説明を求めるべきだった。


「いいえ、もちろん、優秀な魔法使いがいるとは思っても精々十人分程度でしょうが……」


 この国、或いはこの周辺の文化圏では魔法が発達している。

 だからこそ、魔法使いのピンキリも理解している。

 その常識が、千倍以上の力を持った彼を警戒させなかったのだ。


「俺って、想像を絶する大天才なんですね!」

「……否定できる要素が何処にもないな」


 専属魔術師は、呆れながらも認めていた。

 確かに天才である。っていうか、天災である。

 小さな国なら丸ごと吹き飛ばせる個人など、存在してはいけないほどだ。


「とにかく、確かなことは君が正しく、僕が間違っていたことだ」

「ええ、現実が異常過ぎました。信じてもらえないとしても、貴方にはもう少し話すべきでした」


 正蔵が馬鹿過ぎたのがいけない。

 男に小屋を用意して、頻繁に通ってる、という客観的に考えて疑われても仕方がない状況を誰もフォローしようと思っていなかった。

 日本人風にいうなら、大量破壊兵器の発射スイッチを連打している幼稚園児を相手にしていたような気分だったのだ。

 馬鹿過ぎて男だと誰も思っていなかった。

 あるいはパレットに近すぎて、彼女がそう疑われるわけがないと思っていたのかもしれない。

 いいや、キャンバスさえもそこだけは疑わなかった。ただ、自分の中の醜い部分が、彼女に近づく男を許せなかっただけで。


「僕は君の隣にいる資格がない」

「……そこまで気にしなくてもいいですよ。私が悪かったのです、貴方が信じないだろうと思っていました」

「いいや、事実信じなかった。必死だった君を見ても、それでも尚自分の目で見てもすぐには信じなかった。君は正しいんだよ、彼の気前の良さも含めて隠すべきだった。僕は……最低だ」


 くだらない嫉妬で国を滅ぼしかけた。その一点だけで万死に値する。

 もちろん、そんなこと言ったら爆弾そのものである正蔵は、生きて居てはいけないのかもしれないが。


「僕は、君の隣に立つ資格がない」

「そんな……」

「後は頼んだよ、ショウゾウ」

「は?」


 何やら、何か青春を卒業したような顔をして、キャンバス・カプトは護衛と共に小屋を後にしていた。


「何言ってたんだ、あの兄ちゃん。最後まで人の話聞かなかったな、お嬢様はもう良いって言ってたのに」

「真実だけに、どうしようもないな……」


 馬鹿ではあるが、馬鹿正直でもある正蔵の言葉に、専属魔術師は応じていた。

 確かに、その場の勢いで猛烈に突っ走る男だった。 


「あの……もしかしてこれは婚約破棄でしょうか」

「お嬢様……その、彼の性格からすると、後で正式な破談の申し出が……」

「そんな、理由がない筈です!」

「ショウゾウの事を明かせば、おのずと……」


 別に嫌いじゃなかったのに、相手が勝手に盛り上がって勝手に消沈して勝手に婚約を破棄された。

 パレットは、この胸に吹きすさぶ虚無感を、なんと呼べばいいのかわからなかった。

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