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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
新世界への変化
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真理

 誰だって、新しい場所に来たら以前よりいい生活を望むものである。

 とはいえ、元が非常にいいところであれば、よほどのことがない限り妥協できないだろう。


 例えば、ものすごい美少女が自分をヨイショしてくれるとか、ものすごいイケメンが自分の傍でアゲてくれるとか。

 ものすごく品のない話だが、ある意味では一番想像しやすく効果も大きい、わかりやすい要素と言えるだろう。

 逆に言って、それが中長期的に手に入らない、ということは耐えられないだろう。


「どうか、どうかご理解ください!」

「これは皆さまにとって、必要なことなのでございます!」


「ふざけんな!」

「なんで労役なんてしなきゃいけないのよ!」


 とても当たり前のことを言われる。

 そりゃそうだろう、これで喜べるのはよほど過酷な環境下で生きていた者だけである。

 いきなり異世界にみんなで移動してしまった、そこで強制的に労働を強いられた。

 アルカナ王国にしても迷惑な話だが、彼らにとってはとても切実な話だ。


「現在アルカナ王国は、移民希望者を制限しておりまして、希望者には一定期間の労役を課すことが法で定められているのです」

「この国の法律など知ったことではない、と思われるでしょうが……これをこなさないと、大変なことになりかねないのです」


 労役、と聞いて『奴隷の如く土木工事に従事させられる』と、感じた生徒たちは極めて理解力が高かった。

 実際、いまだに復興作業が終わっていない場所もあるので、そうした労働力が『必要』なのである。

 仮にこの場の面々がやらなくても、他の作業者が従事することになるだろう。必要な仕事とは、そういうものである。

 しかし、これを彼らがしないと、後でトラブルの火種になりかねない。


「何がどう、大変になるんだ!」

「労役を終えた他の移民と、トラブルに発展しかねないのです」


 当たり前だが、よほどの進学校でもない限り、同じクラスの生徒でも頭の出来には大きな差がある。

 よろめきつつ、椅子に座りなおした祭我の言葉を聞いて、一部の生徒は理解して黙っていた。

 その表情は嫌そうだが、だからこそ納得してしまうのだ。


「やめろ、この二人の言いたいことが分かった」

「はあ?! なんで労役なんてしないといけないんだよ!」

「じゃあ俺たちの中の一人だけ免除されたら、お前はどう思う?」

「そりゃ許せねえよ!」

「そういうことだよ」


 そういうことである。

 労役とは国家からすれば必要な工事であり、作業する当人たちにとってはつらく苦しい作業である。

 どんな理由があったとしてもそれを免除された人がいると知れば、それを完遂した人からすれば不満はあるだろう。

 それが原因になって、無力な彼らが暴行を受けるということになりかねないのだ。


「……」

「そういうことかよ……」

「だまってりゃばれないだろ……」

「そもそも、他の奴らと一緒になるのか……?」


 特別扱いとは、目立つものである。

 そして、つらくくるしい作業を『特別』に免除されれば、それこそ悪目立ちするだろう。

 少なくとも、この場の面々は自分がそういう精神状態になっていることを、いやいやながらも認めていた。


「ご理解、ありがとうございます」

「必要なことなのです、容赦ください」


 話が一歩進んだことに、二人は安堵していた。

 しかし、それは全体的な理解であって、全員が理解を示してくれたわけではない。


「待てよ!」


 当然、予想されたことである。

 全員がある程度我慢しようと思ったところで、それに反発する生徒が出るのは。

 なにせ三十人もいるのだ、そういう生徒がいないほうがおかしい。


「なんで、農民にならないといけないんだ?!」

「職業選択の自由が存在しない社会ですので……」

「とても安定した職業ですし、皆さまの将来を考えますと、これ以外には……」


 同じ日本人が貴族になっているのに、自分たちが、というか自分が農民にならないといけないのは納得できないだろう。

 農家の人に対してとても失礼な発想だが、収入面などを考えれば当然の発言である。


 しかし、この世界には職業選択の自由などない。そして、農業は決して底辺ではない。むしろ、自作農であればかなりマシな方である。

 農家農村を追い出された平民の行く末など商家の小間使いがいい方で、街の貧民街でゴミあさりか、悪ければ野垂れ死であろう。

 この時代、基本的に子供の就職先とは『親』であり、親の仕事を手伝うままに引き継ぐのが当然で、それから溢れればかなり難しくなってしまう。


「チートがなくったって、成り上がれるかもしれないじゃないか!」


 とはいえ、それは比較的マシないし、底辺よりちょっと上と言う程度の話。

 金持ちになりたいとか、貴族になりたいとか、下手をすれば王様になりたい生徒もいるかもしれない。

 普通なら無理と言うところだが、一人皇帝になった男がいるので極めて否定しにくい。


「俺たちにも、チャンスをくれよ!」


 ものすごく図々しいことを言いだす生徒。

 それに同調しよう、という他の生徒の気配もちらほら感じられる。

 そうでなくとも、その生徒を止めようとするものはいなかった。

 誰だって、一切選択肢がないまま話を進められるのは嫌なものである。


「駄目です」

「無理です」


 しかし、山水も祭我も、それをあっさりと否定していた。

 二人だって別の選択肢があればそれを提示していたはずである。それをしていないということは、正真正銘他に一切選択肢がないのである。


「なんでだよ?! チートがなくったって、頑張ればきっと!」

「申し上げにくいのですが、まずその『頑張る』が駄目です」

「加えて、『頑張っても意味がない』のです。つまり、『頑張ったので余計苦労する』だけです」


 別に新情報をさらしているわけではない。

 既に軽くではあるが、無理な理由は話しているのだ。


「まず、この世界では日本語は通じますが、文字は日本語ではありません。よって、ある程度の出世をするには文字を学ぶ必要があります」

「先ほども申し上げたように、この国には無料で学習できる施設はありません。よって、皆さま全員へ指導できる環境を、私どもでは用意できないのです」


 日本の一般的な(めぐまれた)高校生には実感しにくいことであろうが、勉強とは基本的に金を払って行うものである。

 つまり、勉強したいという意欲があったとしても、金銭がなければ入学できない。

 地球でも世界的には当たり前な話ではあるが、入学金で苦労したことがない高校生には想像しにくいことであろう。


「だったらこう、奨学金をくれよ!」


 ものすごく勝手なことを言いだす生徒。

 なんで奨学金を払う立場の貴族に対して、そんな居丈高な態度をとれるのだろうか。

 間違いなく、二人が下手に出ているからであり、そこまで年長者に見えないからだろう。

 まあ、媚びてもなにをしても、結論は変わらないのだが。


「この国では、修学を奨励していないのです」

「奨学金という制度自体がないです」

「じゃあ個人的に貸してくれよ!」


 じゃあも何もないが、そんなことできるわけもない。

 というか、やった場合エライことになる。


「これはあくまでも参考ですが、魔法の勉強も含めて学べる学校の学費はこんなところです」

「それに対して、農家の平均年収はこのようになっております」

「……」

「これだけの金銭を、皆様にお貸しするのはあまりにも優遇が過ぎます」

「ありていに言って、つつましく過ごせば一生過ごせるほどの費用です」


 この国では、勉強とは高級品である。

 祭我と山水が示した金額が『一番高いコース』であり、一種誇張したものではあるが、その額の半分であっても膨大である。

 それを三十人分、同胞というだけで貸し付ければひんしゅくは避けられないだろう。


「それに、仮に読み書きを勉強したとしても就職先がありません」

「現在、武官も文官も、周辺諸国から採りたてています。商家に関しても同様でして、人が余っている状況です」


 正しくは、大分違う。

 軍人も民間人も死に過ぎていて大変ではあるが、逆に言って素人を引き入れる余裕がない。

 周辺諸国から才人が集まって穴埋めをしつつ、社会を再構築している真っ最中である。

 そして、『勉強』を終えたころにはちゃんと国家は復元しているであろう。


「斡旋先自体がないのです、ご理解ください……」

「そちらとしても返済できない借金を抱えるだけであり、私どもにしても回収できる見込みのない投資になってしまいます……」


 やる気はあります、頑張ります、チャンスをください、という模範的な態度の学生。

 その彼に示せるのは、永久的な就職氷河期であった。チャンス自体、この国のどこにもないのだ。


「どの就職先も経験者以外、お断りということでしょうか……」

「そうなっております」


 少なくとも、生徒たちよりは社会に対して知識を持つ女教師。

 彼女の質問は、彼らの就職先の高い敷居を一言で表していた。


「納得できない! なんで、俺たちにチャンスがないんだ! その経験者の人より、俺たちの方がうまくやれるかもしれないのに!」


 かもしれない、という時点でもう駄目である。

 なんで賭けをしないといけないのか、賭けをするほどの価値があるのか、ということは考えていないらしい。


「それでは貴方は、今から日本の役所に務めてベテラン並みに働けますか?」

「貴方は地方行政における役所の仕事内容を、日本の基準で説明できますか?」


 そして、山水と祭我の一言で黙ってしまった。

 はっきり言って、何をしているのかよくわかっていないのである。

 役所でどんな手続きがされているのか知らないのに、自分ならベテラン並みに働けると言えるわけもない。


「もういいだろ、やめようぜ……」

「そうだよ……いいじゃん、もう農家やろうよ」


 流石に、周辺の生徒も彼を諫め始めた。

 彼らも気付き始めたのである、目の前の二人が、というかこの国全体が自分たちを必要としていないことに。


「魔物と戦えとか、魔王を倒せとか、ダンジョンを攻略しろとか、アイテムを探してこいとかじゃなくてよかったよね……」

「戦争も終わったみたいだしさ……巻き込まれて死ぬよりはよかったよね……」

「人殺しとかさ、マジで嫌だしさ……」

「娼婦とかになれよりはいいじゃん、奴隷ってほどでもなさそうだし……」


 主に女子たちが、現状を前向きに考え始めた。

 そう、確かに農村で働くのは嫌だ。

 だが、他国を相手に戦争しろとか、魔物を討伐しろとかよりは数段マシだ。


 なによりも、ごねても何の得もないということに。

 むしろ、相手がおとなしくしているうちに応じるべきだということに。


「お前さ、もう迷惑だから黙れよ」

「ウザイぞ、本当に」

「ごねてんじゃねえよ」


「いいのかよ?! 俺たちは農民だぞ?! そんなんでいいのかよ! 冒険とか出世とか、したくないのかよ!」


 いつの間にか孤立していたことに気付くが、それでもムキになって、意地になってしまう。

 このまま人生を強制的に決められてしまうなどありえないのに、なぜそれを周囲が許す流れになるのかわからない。


「先ほども言った様に、冒険者という職業自体ないのですが……」

「チートを授かった私も、結構な数の強敵と戦えばこんなものです。ですから、チート能力がない皆さんは、戦うべきではないかと……」

「そ、そんなのは……そんなのは!」


 自分たちは何も悪くない、自分は悪くない。それなら、自分は罪はない。

 労役はつらい、農民もつらい。それならそれを課す相手は、悪である。

 そんな二元論に基づいて、彼は結構なことを言ってしまう。


「そんなの、チートの上にあぐらをかいて努力をしてなかったからだろ!」

「……いや、そんなことはないですよ? 私は、結構頑張っていたんですが……」

「そ、そうです。私も祭我が努力していたのを、良く知っています」

「それでもぼろぼろになったのなら、努力が足りなかった証拠だろう?!」


 流石に止めるべきだろう、と山水が思った時である。



「チート野郎なんかよりも、誰よりも努力している奴が一番強いに決まっているんだ!」



 山水も祭我も、その言葉を聞いて思考停止してしまった。

 そう、少なくともこの二人には、その言葉そのものを否定することはできないのだから。


「おい、お前バカか?! 何考えてるんだ?! 何も考えてないだろ、絶対!」

「ちょ、ちょっと、おい?! 相手、貴族だぞ?! 自己申告だけど、たぶん本当に貴族だぞ?! 怒らせたら大変だぞ?!」

「打ち首獄門、無礼討ち、切り捨て御免だぞ?! 連帯責任かもしれないんだぞ?!」


「っていうか、一応親切にしてくれてる人になんてこと言うのよ!」

「そもそもアンタ、運動部でもないし、勉強だってさぼってるじゃない! 何が努力よ、白々しい!」

「農家が嫌だって奴が努力も何もないでしょうが! 偉そうなこと言ってるだけじゃない!」


 その真理がとんでもない罵倒に聞こえた生徒たち。

 彼らは大急ぎでその生徒を抑えていた。


「おい、や、やめろよ! 何するんだよ?!」

「うるせえ、黙れ! お前この人たち怒らせて、何かされたらどうするんだよ!」

「俺たちを巻き添えにすんな!」


 何やら使命感を抱いていた一人の生徒ではあるが、他の面々からすれば空回りもいいところであった。

 労役を経て農民をやれ、というのは確かに不満があるが、そもそもこの世界では全員一文無しの宿なしである。

 何かされたら、どころか、何もされずに放り出されれば、それだけで人生がいっかんの終わりである。

 そもそも、言っていることはかなり残酷とはいえ、丁寧に話してくれている病人を相手に大声で罵倒する様は余りにも見苦しい。


「み、みんな騙されるな!」

「騙されるなってなんだよ! 俺たちにもチートがあるってのか?! あるんなら見せてみろ!」

「い、いや、だから、その……!」


 反論に窮する。そう、そもそもこの場合、騙す意味が分からない。

 全員、二人が言うところの神に会った覚えがない。いろいろ試した気もするが、チートらしき能力もない。

 というか、仮に授かっていたとしても、魔物退治も戦争もしたくない。

 農家へ強制就職と言うのは嫌だが、ごねたらそれこそシャレにならない。騙されているとか利用されているとか、そういう疑問を抱くのは当然だが、この場合『利用価値がない』と思われて放り出されるのが一番危ない。


「まあまあ、皆さん落ち着いて……」

「そうですよ、クラスメイトでケンカなんて……先生も止めてくださいよ」

「そ、そうですね、申し訳ありません……」


 およそ、ほぼすべての発言が『滑って』いた一人の生徒。

 その彼は一つだけ正しいことを言っていた。

 だが、その正しさを、その限度を、彼は想像もしていないのだろう。


 山水も祭我も、チートがないから逆にチートなはずだ、という思い込みを信じている彼へ哀れみの目を向けざるを得なかった。

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