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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
新世界への変化
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会見

 復興作業が進む中も、アルカナ王国内に逃走した旧世界の怪物たちの捜索は進められていた。

 民間人にとって脅威ということもあるし、オセオ側が特に脱走兵の引渡しを要求しているからでもある。

 そしてそれは、奇しくもこの世界へ落ちてきた日本人の『集団』を発見するに至った。

 彼らはアルカナ王国の王都へ送られ、祭我が預かるということになっていた。弱っている祭我の護衛、という形で山水も同席することになっている。


 さて、思いのほか早く現れた『同胞(たにん)』である。

 祭我と山水は、ともに顔を見合わせながら唸っていた。

 如何にして彼らを説得するのか、大真面目に悩んでいた。


「……あのさ、山水。高校生が先生と一緒に、一クラス分だって……」

「多いな……」


 およそ三十人の男女。

 その彼ら全員を、どうにかしてこの世界で生活させなければならない。

 ねばならない、というのは誇張だが、そうしたいのが二人の心情である。

 二人ともこの世界の住人によって生かされてきたわけであり、そうした恩義が信頼関係の基本にある。

 助けてもらえた恩義には報いることができている一方で、もしも助けてもらうことが出来なかったらどうなっていたか、経験を重ねている六人はよくわかっている。

 戦う力を持ち敵対してくるのならともかく、助けを求めているのなら親切にしてやろう、というのは全員の共通認識だった。

 しかし、出来ることには限度がある。

 立場を手に入れ、ある程度の裁量を与えられたからこそ、出来ることとできないことがある二人。

 四大貴族次期当主と武芸指南役総元締めは、互いにため息を禁じえなかった。


「そうなんだよ、多いんだよ……一人二人ならどうにかできたけども、三十人ぐらいだからなあ……」

「どうするんだ? どこまでできるんだ?」

「俺が支給できるもので一番高価で、彼らに意味があるもの……労役を経てからの国籍かなあ」


 二人は、沈黙した。

 はっきり言って、現在の周辺諸国では一番価値があるものである。

 アルカナ王国の国籍を得られるのなら、たいていの労役は引き受けるだろう。


 国籍を得られるということは、単純にアルカナ王国で暮らせるというだけではない。

 嫌な言い方だが、アルカナ王国の国籍を持つ者と結婚して、手っ取り早く国籍を得たいというものは多い。

 そんな彼らからすれば、若く未婚の男女というのは魅力的なはずだ。

 これまた嫌な言い方だが、アルカナ王国籍を得た日本の高校生たちは、結婚相手が引く手あまたということになるわけである。


「嫌がるよなあ……」

「嫌がるなあ……」


 しかし、それはこの世界の常識である。

 この世界へ訪れたばかり、この世界のことを何も知らない高校生からすれば、そんなものをもらえると聞いても嬉しくは思えないだろう。


「男女を問わず肉体労働を強いられて、得られるものが『俺の国で生活できる権利』だもんな……俺、どんだけ偉そうなんだよ……」

「絶対欲しがらないな……スイボク師匠の弟子になったばかりの俺だったら、絶対に嫌がってたな……」


 もちろん、今までのアルカナは国籍うんぬんにそこまで厳しくなかった。

 というか、そんなに厳密に管理していなかった。

 しかし、これからは違う。なにせ多くの国から民衆が押し寄せてくるのだ、まっとうな仕事に就くには、あるいは土地や家などの売り買いには、国籍、戸籍が必要なのである。


「それに、あっせんできる職業も農業とかだし……」

「しかもチート要素がほぼないしな……」

「自作農だよ~~と言っても喜ばないよな……」

「慣れない畑仕事をさせたうえで、俺に納税しろ、だもんな……」


 仮に、彼ら三十人が農業高校の生徒でもない限り、嫌がられて当然だろう。

 いや、農業高校の生徒でも、普通に嫌だろう。日本とアルカナでは、使用する設備が違い過ぎる。

 その前段階で労役が必要ということもあって、むしろ前知識があるだけに、嫌がられるはずだ。


「せめて、労役は免除できないか?」

「無理……義父さんに確認したけど、無理……」

「じゃあ無理だな……」


 物事にはちゃんと理由がある。

 無理だと言っている人間に悪意があるわけではなく、むしろ善意があればこそ無理だと言っているのだが……。

 それを聞き分けられるほど、彼らが大人であることを期待しよう。


「あるいは、一緒にいるという先生の腕次第だ……」

「期待するのは酷だろ……」



 このアルカナ王国の領土に落ちてきた学生たち。

 彼らは期待と悲観が混じった状態で、大きな広間で待たされていた。

 本来は引率としてまとめるべき教師も、ふさぎ込んで動かなかった。


 ここへ来る途中に見た、空に浮かぶ巨大な山。

 それを見て、ここが自分たちのよく知る世界だと思う学生はいないだろう。

 悪戯でもなんでもなく、既存の物理法則をはるかに超えた状況に、自分たちがまきこまれたのだと察していた。


 深く考えている生徒たちは、やたらと扱いが親切だったことに、一種のとっかかりを感じていた。

 気付けばこの世界へ放り出されていた一クラス分の生徒と教師。そんな自分たちを見つけた時は、たいそう驚いていたものの、速やかに保護してここまで連れてきてくれた。

 それはある意味安心であり、ある意味では不安になることだった。

 仕方あるまい、まったくの異世界に自分たちが放り出されたことで、様々な考えが頭をよぎるのは。

 それらが杞憂だと聞かされても、あっさりと信じられることはないだろう。


「ど、どうも~~」

「失礼しますね~~」


 未だかつてないほどに現代日本人らしい振る舞いをしながら、二人はその部屋に入ってきた。

 方や浴衣同然の格好に木刀を腰に差しており、しかもそこそこ立派な椅子を持ち込んでいる少年。

 もう片方はやたら血色がいい一方で、病人服らしきゆったりとした服の内側には厚手の布が巻いてある男。

 その二人ともが、日本人らしい髪と目の色をしていた。


「さ、どうぞ」

「あ、ああ……」


 山水が椅子を置き、それへ祭我が座った。

 それは祭我が弱っていることを、周囲へ伝えるものだった。

 警戒している生徒は更に警戒を深め、不安になっていた生徒は安堵を示していた。

 一部を除いて、敵ではないと思ってくれたようである。


「どうも初めまして、瑞祭我です」

「どうも初めまして、白黒山水です」


 それを感じ取りながら、山水も祭我も名乗った。

 できるだけ簡素に、日本人であることを伝えていた。

 その上で、出来るだけ刺激をしないように説明を始める。


「皆さんと同じ日本人であり、この世界に以前から暮らしている者です」

「今回、皆さんを発見したという報せを受けまして、こうしてこの世界のことを説明に伺いました」


 山水はともかく、祭我も未だかつてないほどに丁寧口調だった。むしろセールストークに近い。

 二人は相互に無駄に胡散臭くなっていることを感じながら、それでも懸命に誠意を込めて話し始めていた。


「ええ~~」

「ええ~~」


 剣の師弟は、互いに言葉に詰まっていた。

 こういう時、十牛図第十図は無力である。

 練習していないことを、完全にこなすことはできないのだ。


「まず、ここはアルカナ王国という国です。とても大きい国です。この辺りでは、一番の国です」


 もはやカタコトの域に達した祭我。日本語で話しているのに、外国人が拙い日本語を話しているようである。

 もともと体調が悪いこともあって、顔色がどんどん悪くなってくる。


「ええっとですね、この世界には魔法があります」


 それを察した山水が説明を引き継いだ。

 できるだけ五百年前を思い出しながら、彼らが気になっているであろうことを話していく。


「魔王はいませんが、竜の女王はいます。他にもモンスターという感じの怪物がいます。伝説の武器もあります」


 嬉しそうに、ワクワクしながら話を聞いている生徒も多い。

 主に男子生徒であり、女生徒はほとんどが嫌そうにしていた。

 ここへ来る途中に大八州を見ていなければ、それこそ疑っていただろう。


「回復アイテムもありますし、一種の地下世界もあります。もう見ていると思いますが、空に浮かぶ島もあります」


 言わない方がいいような、ぬか喜びさせるような、そんな情報も明かしていく。

 ものすごく後悔しながら、そんなことを言っていく。


「この間、モンスターを率いる竜と戦争をしまして、この国は大いに疲弊しました」


 箇条書きのマジックを体験しながら、その上で一番重要なことをいう。


「なので、皆さんへ十分な補償ができません。私たちも最善を尽くしたいのですが、皆さんの期待にそうことはできないでしょう」


 そこで、ん? という空気が流れた。

 全員が、思っていたことと違う展開だと感じたのだろう。

 そりゃそうだろうが、山水は説明を続けなければならなかった。


「この世界にやってくる日本人は、三種類に分かれます。神に出会い、力を与えられて送り込まれてくるもの。私と祭我はそれにあたります」


 はっきり、チート能力者ですよ、というと男子の一部が失笑していた。

 これもまあ、気持ちはわかる。祭我も山水も、怒るを通り越して恥ずかしかった。


「こことも日本とも違う世界を経由して、この世界に存在しない力を得てやってくるもの。私はあったことがありませんが、同じように力を与えられた人はよく会っているようです」


 正しく言うと、よく死なせている、が正しい。

 しかしそんなことを言っても仕方がないので、黙っておくことにしておく。

 どうせ、彼らには全く関係ないのだし。


「最後に、日本から直接来た方です。つまり、貴方たちですね」


 それを聞いて、教師やほとんどの生徒が、聞きたくなさそうな顔をしていた。


「特別な力を持たずに、この世界へ落ちてきています。よって、その……まあ、ええ。申し上げにくいのですが、特別な補償ができません」


 品のない言い方だが、なにがしかの『利用価値』があれば厚遇しても周囲からの文句はない。

 しかしなんのとりえもない、切り札と同郷というだけの相手を三十人もまとめて厚遇できるわけもない。


「先ほど列挙したことは何も間違っていませんが、この世界にはクエストを配布してくれる冒険者ギルドも無料で勉強できる学校も死者を蘇生する神殿もスキルポイントもスキルツリーもレベルもステータス画面もありません。基本的に、魔法があるだけの中世ヨーロッパだと思った方がまだ近いです」


 山水は即座に修業だったので思うところはほとんどなかったのだが、祭我は覚えがあったのだろう。座りながら、更に疲れた顔になっていた。

 まったくもって、夢も希望もない世界である。よくもまあ、切り札たちは大成できたものである。


「貴族も平民も奴隷もいますが、面倒な呪いによるものではなく普通の契約によるものがほとんどです」


 そういう小説もあったなあ、と思いながら続ける。


「また……食べると能力が強化される食べ物や、若返りの薬、なんでも切れる剣、魔法の封じられた巻物などはありますが、皆さんに関わることはほぼあり得ません」


 憧れるようなものはあるけど、国家機密的なものですよ、と告げていた。


「空に浮かんでいる島や地底世界には渡航制限があり、原則として『外国人』は入れません」


 はっきり言って普通のことなのだが、聞かされている面々はどんどん顔が曇っていく。


「皆さんにあっせんできる就職先は、農家ぐらいです。しかも、特にチート要素もなく、農耕機械もなく、普通の農業です。しかも、それに至るまでに労役を受けていただきます」


 祭我は黙って座っているだけなのだが、それでも気絶しそうだった。

 はっきり言って、首まで埋まっていた時の方が顔色がいいぐらいである。病人らしく、土色に染まっていた。


「もちろん、強制は一切いたしません。しかし、だからと言って他の道を用意もできません……今この国はとても疲弊しておりまして、他の帰化希望者と大きな差のある待遇ができないのです……」


 山水も祭我も、深く頭を下げていた。


「どうか、ご理解ください……この話を受けていただけない場合、皆さんをこのまま無一文で、無国籍のまま放り出すことになってしまうのです」


 最後だけは、祭我がしめていた。

 そう、そこだけは武芸指南役に言わせてはいけない、責任者としての立場を示す言葉であった。


「……あの」


 教師であろう、若い女性が代表して尋ねていた。


「チート能力を授かっているというお二人は、現在どのような立場ですか?」


 一番聞かれたくない言葉だった。

 それを口にしたら、何が起きるのか明白極まりない。


「地方公務員のようなものだとお考え下さい……と言いたいところですが、流石に不義理でしょう」

「そうですね……」


 廟舞以外、有名すぎる五人である。

 はっきり言って、黙って後で知られる方が問題だった。

 その場合、明確な裏切りと思われるだろう。


 避けては通れないのなら、あえて踏み込むのが勇気である。

 その程度には、元日本人である二人も成長していた。


「アルカナ王国四大貴族、バトラブ家次期当主です」

「アルカナ王国四大貴族、ソペード家筆頭剣士、武芸指南役総元締めです」


 同じ日本人だけど、チート持ちだから出世しているよ。

 君たちはチート持ってないんだ、労役をこなしてから農民してね。


ふざけんなあああああああああああああああああああ!

ちょっとぐらい、なんとかしてよおおおおおおおおお!


 教師を含めて、全員が絶叫して非難した。

 まあそうだろうなあ、と思いながら、椅子から立ち上がって、祭我は頭を下げた。

 山水も祭我を支えながら、頭を下げていた。


(謝罪会見みたいだ……)


 嫌な懐かしさを感じながら、二人は支え合っていた。

 美しき友情である。


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