環境
先日は大変不快な思いをさせて申し訳ありません。
活動報告で説明しておりますが、前話を全面的に変更しました。
そちらをご覧になってから、この話をお読みください。
「という啓示を直接いただきました」
自らの座へ帰ったという神。
その去り際に残した言葉は、一種の心労を取り除くものだった。
日本人を見捨てても、後でチート能力を得て逆襲しに来たりしないよ、というお言葉である。
最初からチートだった場合、春が死なせるというのであらゆる意味で安心だった。
ただ、この世界にやってくる『普通の日本人』にしてみれば、たまったものではあるまい。
「ありがたい言葉だな……流石にそこまで気をまわしてはいられん」
山水の報告を受けて、ソペードの当主は胸をなでおろしていた。
粗相をした場合、世界は滅ぶ。そういう相手が帰ってくれたのだ、それが一番ありがたい。
一万年かけて衰退していく、というやんわりとした滅亡など今を生きる者にはほぼ無関係である。
なにせ一万年後である。そんな後世にアルカナ王国が存続しているとは考えられないし、その名前さえ残っているとも思えない。
しかし、実際にその一万年後の子孫たちが死に物狂いで侵略戦争を仕掛けざるを得なかったところを見ると、他人ごとには思えなかった。
一万年後だからそれでいい、というのは一種の真理だ。明日のことの方が一万年後よりもずっと重要である。短期的な見通しは、中長期的な見通しよりも優先されるのだ。
だが、一万年かけて衰退していく世界、というのを子孫に残すのは心苦しいのである。
「お前やスイボク殿のような者がそこいらにいるのでは、と思っていれば政治などやりようがない……もちろん、普通の傑物を警戒しないわけではないがな」
右京などは最たる例であり極端に過ぎるが、なんだかんだ言って『革命家』こそ超大国にとって最大の脅威である。
とくに扇動され、民衆を戦争に駆り立てれれば、戦争する体制が整っていないままに再開することになってしまう。
絶対に勝てる算段が立つなどあり得ないが、今戦えば共倒れである。
アルカナとオセオの共倒れとは、それこそ周辺諸国だけが喜ぶことになってしまうのだ。
「ただでさえ、八種神宝の使い手以外で竜に対抗する手段を見つけねばならないのだ。そんな状況で我らを敵視する『切り札』がほいほい増えられてはたまらない」
他でもない、目の前にいる山水こそその一例である。
長命ゆえに他の切り札と違って老いることも衰えることもなく、子々孫々に至るまで、長年にわたって奉公してくれそうではある。
もっと言えば、山水の師であるスイボク自身も更にその師匠から、次の国難にはアルカナを救うように命じられている。
だが、どれだけ長生きでも個人にもたれかかるなど、国家にあるまじきことである。
そういう意味では、秘境や大八州が長年維持されていたのは、外敵のいない隔離空間であることに加えて、長命者が小さいコミュニティーを維持するのに向いている、ということだろう。
しかし、逆に言えば国家全体を個人の人徳でどうにかするのは絶対に無理だ。
そんなことは、大貴族なら誰でも知っていることである。
「想定外の個人が減る、というのは朗報だな。それで、お前としてはどうなのだ? お前の同胞をないがしろにすることを、どう思っている?」
「もちろん、当主様のご意向に従います。私に、そうした裁量はありませんので」
武芸指南役総元締め。
なんとも箔のある言葉だが、実際にはそうたいしたものでもない。
少なくとも、領地も何もないのだから、同胞が来ても受け入れる余地がない。
「ですが、その上で申し上げるのなら……人数によっては、ある程度の便宜を図っていただければ幸いです」
「……昔のサイガのような小僧達を相手にか?」
「ある程度、で構いません」
山水を含めて、神から祝福を受けている者もそうでない者も、やたらと自尊心が高く己のことを高く見ている。
そういう手合いの相手は、ひたすら面倒で疲れるだけだ。
そんな相手のことを良く知っている当主は、今更ながらうんざりしていた。
「サイガはまだマシだった、既に立場をバトラブが保証していたからな。ある意味では、自尊心は既に満たされていた。だがまだ満たされていない連中は厄介だぞ」
「承知しております」
「……お前には釈迦に説法だったな」
ようは、山水の生徒、その志望者たちと同様だった。
別に日本人だけが特別というわけではない、若ければ無駄に自信満々ということはある。
問題は、相手にする方が大変、ということだ。
闇雲に尊大なので、沢山の人数がいると疲れてしまう。
とはいえ、そうした輩を躾けたのが山水である。
その指導力は、それこそスイボク譲りだった。
戦争が始まる前は、多くの貴族たちが彼の生徒へ教えを乞うていたものである。
「……お前の生徒たちは、よく戦ったと聞いている」
「私の誇りですよ」
静かに、二人は祈りをささげた。
ソペードの各地に散っていた武芸指南役たち、あるいはトオンの配下として戦った者たち。
彼らは全員勇敢に戦い、他の兵士たち同様に名誉の戦死を遂げていた。
彼らの功績をたたえて銅像を建てる、という地方もあるらしい。
もちろん、全滅ではなく半壊、約半数が生き残った。
とはいえ、山水の指導が集団戦で役に立った、とは思えない。
おそらく、最後まで逃げずに奮戦したことこそが……。
眩くも、尊いのだろう。
「とはいえ、前にもましてお前への指導依頼は多い。それに来る武神奉納試合にも、そうした参加者は多く出したいところだしな。まあ今はそれどころではないので、どちらかと言えば大八州や秘境とのつなぎ役になって欲しいところだ。スイボク殿の御付き、という形になるだろうがな」
個人の力に頼り切り、他国の力に頼り切り、というのは情けない話である。
しかし、体勢を整える、ということは全てにおいて優先される。
立ち上がらなければ、どこにも行けないのだ。借りは返せばいい、それで体面は保てる。
「まあ何が言いたいのかと言えば、お前にそんな暇はないということだ……とはいえ、お前の同胞だ。助けることはやぶさかでもない」
「ご厚意、配慮に感謝いたします」
ありていに言って、同胞と言えども一切配慮しない、アルカナの人間としてだけ動く、というのも不気味である。
余りにも人間味が無さすぎるし、そもそも今のアルカナの主導する政策とも反対である。
アルカナへ忠義するものなら、外国人でも優遇する。
その外国人の元領地の領民も、労役さえ真面目にこなせば小作農としてなら受け入れる。
もちろん好んで小作農になりたがる人間はいないだろうが、死ぬよりはましだし竜に追い立てられるよりは数段マシだ。
問題は、その『数段マシ』を日本人たちが受け入れられるかどうかである。
ほぼ間違いなく、自尊心が肥大している日本人には受け入れられないだろう。
そんなことは、生粋のアルカナ人であるソペード当主にも想像できることだ。
「我慢できないだろう?」
「まあ……無理ですね」
山水は、全面的に肯定していた。
「自分は、師弟関係を抜きにすれば一番『劣悪』な環境でした。五百年飲まず食わず、というのは仙人や天狗の修業としても異常だったようですし」
「……ああ、やはりか」
フウケイはスイボクが殺していたので何とも言えなかったが、他の天狗や仙人と交流を持つようになると、意外と飲み食いをしていた。
考えてみれば『飲食が不要』というのと『飲食しない』にはえらい違いがある。
食欲が全くない、というわけでもないし、仮になかったとしても食べたくなるのが普通ではないだろうか。
やはりスイボク式弟子育成法は異常だったのである。
「我が師の更に師匠であるカチョウ様曰く、お前は鬼か、と」
「言いたいことはわかる……お前はよく耐えられたな」
「耐えたと言いますか……慣れるしかなかったと言いますか……」
改めてスイボクは無茶だったらしい。
本当に今更で、取り返しがつかなかったのだが。
「まあそれを極論としても、アルカナでの生活はニホンとやらに比べて劣悪だろう。そんなことは、ダヌアで出したお前たちの食事を見ればわかる」
「……恐縮です」
「この世界に夢も希望もない、ということを知ればどう癇癪を起すのかわからん……配慮はするが、期待はするな」
別に、アルカナ王国にしてもわざわざ日本人を怒らせたいわけでもないし、わざわざ排斥したいわけでもない。
ただ、切り札の同胞だから、という理由だけで過分な暮らしをさせるのも問題なのだ。
それでは普通に暮らしている民衆が報われない。
まあ、そもそも彼らに頼める仕事、というのがほとんどないのが問題ではある。
「……私たち自身がよくわかっているので、ご安心ください。最悪のことが起こっても、誰も何も思いません」
白黒山水は一応貴族であり、国内最強の剣士であり、世界最強の剣士の弟子であり、今は持っていないが最高の職人が作った刀の所有者(強制)でもある。
瑞祭我は四大貴族の次期当主であり、引退したとはいえもっとも竜を殺した英雄であり、遠い外国の王女が妻であり、その妻の配下には現役の神剣所有者がいる。
興部正蔵は一番扱いが悪いが、それでも悠々自適な暮らしをしており、世界最強の魔法使いとして戦績も派手である。
風姿右京は属国とはいえ、アルカナと同等の国土を持つ帝国の皇帝であり、アルカナ王国の王女とも婚姻関係にあり、八種神宝を五つも保有している。
浮世春と掛軸廟舞は……。まあ、アレである。
とにかく、廟舞を除けば全員が国内最大の有力者と懇意であり、ありていに言って成り上がりである。
その彼らが『この世界では出世できないよ』とか『そう都合よく物事は進まないよ』と言っても、絶対に説得力がない。
普通とは逆の意味で、説得力がない。
この世界の誰もがうらやむほどに出世している男たちが、そんなことを言っても説得力がない。
「……そんなに、望みがないのか?」
「神の恩恵がないからこそ、逆に自分は凄い、と思う可能性が高いです」
「……なぜ?」
ソペードの当主は素で尋ねていた。
誰がどう考えたところで、神の恩恵がある方が強いに決まっている。
山水は微妙に違うが、神の口利きで弟子になれたのだから無関係ではない。
「なぜ一切特別な資質を与えられない状況で、それを逆に考えられる?」
「なぜでしょうか……」
山水自身も恩恵はないし、その師匠であるスイボクも完全に現地人である。
しかし、周囲の全員が目指すことを諦めるほどに、過酷な修業(というか長期間の禁欲生活)の賜物である。
スイボクに次ぐ実力に至ったフウケイにしても、同等の期間修業した仙人である。
まさか、今からそれだけ努力できる、という人間はいないだろう。
いてもいいが、今を生きる人間には全く関係がない。五百年後に期待、というところだろう。
「なぜ、と聞かれると……本にそういう主人公がいたからではないでしょうか?」
「現実と虚構の区別がつかない人間が、そんなに多いのか?」
「……多いと思います、俺もそうでしたから」
説明していると、どんどん情けなくなってくる。
ありていに言って、双方の為にそういう不幸な人間が流れてこないことを祈るしかなかった。
もちろん、その祈る相手こそが、自分たちにそうした情報をもたらしたので、一切意味がないのではあるが。
「まあそれはそれとして……逃走した怪物たち、その捕捉も急務だな」
そして、そうした懸念とはまた別で。
旧世界の怪物、その逃亡兵たちもまた混乱の元だった。
「場合によってはお前に動いてもらうが……実際、どうなのだ?」
「難しいですね……私は気配を探知するのですが、基本的に気血を見るのです。つまり……」
「旧世界の怪物と人間の区別がつきにくい、と」
「魔力を宿しているかどうか、というのはあまりあてになりませんし……単独だと紛れてしまいます」
強大な力を持つ羽化した竜なら見分けられるのだが、流石に羽化した竜が裏切るとは思えない。
「捜索に関しては地道に行うか……短時間で終わらないのなら、お前を酷使するわけにもいかないしな」
「申し訳ありません」
「くどいぞ、お前になんでもかんでも任せる、というのは健全ではない」
健全ではない、という一方で、ソペードの当主はある考えが頭にこびりついていた。
つまりは、王家が山水の素性を知ると同時に諦めたこと、それの実践である。
「……多くの仙人の住まう地、か」
当に長期的極まりない話だが、現実的には他に考え付かない状況でもあった。




