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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
新世界への変化
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引退

コミカライズの最新話が明日更新です。

よろしくお願いします。

 正蔵、山水。二人の切り札は、祭我の希望で面会していた。

 祭我は相変わらず棺桶の中で埋まっているが、その顔はとても前向きだった。前向きなのは、とてもいいことである。


「ついに来ちゃったよ、俺の時代が」

「うん、良かったねえ。頑張ったもんね」

「いや、本当にすごい。お前の時代だよ、間違いなく」


 正蔵も山水も、祭我を褒めることに躊躇しなかった。むしろ、心底から称賛していた。

 自分たちも竜と戦って打ち取った身ではあるが、それでも貢献度は祭我が群を抜いていると思っていたのである。


「……あのさ、山水からお前の時代だって言われると、他意がある気がする」

「そうか……そうだな」


 何分、五百年生きている男である。

 今後千年ぐらい修行する予定のある男である。

 その山水が『お前の時代だ』といったら含みを感じてしまうだろう。

 俺と違ってお前はあと数十年で死ぬけど、それまではお前の時代だな、とかそんな感じである。


「まあとにかく、うん、祭我は本当にすごい。これでもう、お前をバカにするやつはいないな」

「そうだな! よく考えたらお前が一番俺をバカにしていた気もするけど、今では優越感に浸れるぜ!」


 ハーンやソペードの当主、前当主、ドゥーウェが祭我をバカにしていた。

 しかし、なんだかんだと一番侮辱していたのは山水であろう。

 なにぶん身近だったので、仕方がないと言えば仕方がない。

 祭我自身、苦言を求めて接触していたこともあるし。


「俺は肝心な時にいなかったからなあ……」

「そうそう、誰が強いとかどっちが強いとか、そんなことどうでもいいよな。俺のほうが役に立ったんだから!」

「まったくその通りだ」

「何でもできるとか技量特化とか、チート武器の比較とか意味ないよな!」

「うんうん、その通りだ」

「俺のほうが役に立ったもんな!」


 祭我は鬼の首を取ったように大喜びして、山水をこき下ろしている。

 実際には竜の首を大量にとったので、それどころではないのだが。


 祭我は山水に対して上から目線になれる、という貴重な機会を楽しんでいた。

 議論の余地がなく、周囲も本人たちも、祭我が一番すごいと評価している稀有な状況である。

 この機会を逃さないようにするのは、当然であろう。


「俺より強い奴が何人いても、俺の他に切り札が何人いても、何の関係もない! 俺が一番頑張ったんだ! 俺が最高の武勲を上げたんだ!」

「そうだねえ、頭のいい人もみんなで祭我を褒めてるもんね」


 山水と違って引け目がない正蔵も、素直に祭我を持ち上げる。

 馬鹿ではあるが素直な男である、決してひねたりすねたりしないのだ。

 祭我が一番頑張ったとはいえ、正蔵自身も褒めてもらっているので、妬むほどのこともないし。

 今の祭我なら、正蔵がひねたりすねたりしても、逆に喜ぶだろうが。


「……いろいろあったけど、一番肝心な時に活躍できてよかった」


 順調なことばかりではなかった。

 それでも、一番『最強の勇者』が求められるときに、ちゃんと役割を全うできた。

 特に意味もなく強さを積み重ねていた気もしていたが、あの一戦ではそれが全部活かされていた。


「もしも、あの竜との戦いで倒れていたら、きっと俺は自分を許せなかった。無念のままで、こんなはずじゃなかったって思いながら死んでた」


 相手が日本人だからこそ、同じ境遇だからこそ、共感してもらえると信じられるからこそ、祭我は穏やかに心中を開かせた。


「なんでいきなりこんな強い敵と戦わないといけないんだとか思いながら、こんなに沢山の敵と戦うなんて嫌だとか思いながら、恐怖に負けて逃げ出していたよ」


 正直に言って、祭我は逃げたい気持ちもあったのだ。

 その気持ちを素直に認めたうえで、最後まで戦い抜いたのだ。


「俺の人生が順調なことばかりだったら、あの時(・・・)、あそこまで強くなれなかった。嫌な思いもしてきたから、ちゃんと踏ん張れたんだ」


 首から上しか露出していない彼は、静かに今の自分を悟っていた。

 既に、ほぼすべての術を操っていた、『全盛期』の力を失っているのだと理解していた。


「楽しいことしかなかったら、ハピネやツガー、スナエのことをここまで愛していなかった。辛い時も一緒にいてくれたから、守りたいって思えたんだ」


 もう自分は戦えない。

 長い時間をかけてリハビリをしないと、日常生活もままならない。

 そういう状態になっていることを、安らかに受け入れていた。


「山水に負けて、フウケイさんに負けて、スイボクさんに負けて……それでも支えてもらったから、なんとかやってこれた」


 自分が得た強さは、すべて自分の人生とつながっていた。

 無関係なことなど何もなく、いろんな人とのつながりが確かにあった。

 だから充実していたし、いい加減でも半端でもなく、確固たる日々があったのだ。


「いろんな人と出会って、いろんな術を知って、その術にかけた思いを知って……それがあったから、俺の最強(チート)には意味が備わったんだ」


 ゲームに設定された、多くの魔法。

 それらとは存在しなかった、確かな由来。

 思想や理念、受け継がれてきた歴史。

 それらを学びながら、祭我は強くなっていった。


「俺は昔、山水が羨ましいと思った。なんの前触れもなく、ポンっと強くなったんじゃない。スイボクさんっていう師匠がいて、その師匠と確かな絆があって、その人に認めてもらって……そういうのがいいと思った」


 それをすべて失っても、確かにそれは残っている。

 祭我は力だけを闇雲に集めたわけではない。ステータス画面をいじって魔法を得たわけでもないし、スキルポイントを消費して技を覚えたわけでもないし、レベル上げをして気付いたら習得していたわけでもない。

 だから、それでいいと思えるのだ。


「今の俺にも、それはある。うん、これからも頑張れるよ」


 いきなり強くなっただけの『キャラクター』にはないものが、ちゃんとある。

 それをなんというのか、祭我は昔から知っている。今は知っているだけではなく、理解もしている。


「誇りがあるからね」


 鼻息も荒く、自信満々で悦に浸っている。

 それを、正蔵も山水もまぶしく見ていた。


「これからは政務で貢献するよ。俺はもともと頭がよくないから、そっちに集中したいし」

「もう戦うのはやめたんだ……それで、切り札とかはどうするの?」

「そうだな……俺が言うことじゃないが、エッケザックスのこともどうするんだ?」


 祭我が切り札を引退することを、二人は特に引き留めなかった。

 どう急いでも数年は戦えないし、次期バトラブの当主でもある祭我には政務という仕事があるからだ。

 元は山水への対抗意識で婿入りが許された祭我だが、それは既に達成しているので問題ないだろう。

 とはいえ、バトラブだけ切り札不在の状況である。それを好ましく思わない者もいるかもしれない。

 特に、エッケザックスにとっては大問題だろう。スイボクの弟子である山水としては、そのあたりも気になるところだった。


「どっちもランに頼むつもりだよ。エッケザックスには少しだけ話しておいた」


 幸いと言っていいのかわからないが、祭我には信頼できる後継者がいた。

 山水からの評価は低いが、それでも祭我としては安心してエッケザックスを預けられる戦士である。


「元々、何度か貸していたから、使えるのはわかってるし」

「そうだったな……本人は不服そうだったが」

「よかったねえ、強い子が仲間にいて。俺の方はそうもいかないからな~~」


 なんだかんだ言って、祭我がこうもあっさり引退を決められるのは後釜がいるからだろう。

 適任者がいない場合、形だけでも切り札として名を残していたかもしれない。あるいは、今後に備えて全力で復帰しようとしていた可能性もあった。


 替えの利かない最強こそ切り札に他ならないのだが、神宝があることによってそのハードルは下がっていた。

 やはり、後任へ引き継げる『最強の武器』というのはありがたい。少なくとも、箔は十分だ。


「最強の武器、と言えば……山水、聞いたよ。妖刀スイボクをもらったんだって?」

「違う、と言いたいが大体合っているのが悲しいところだ……」


 スイボクとフウケイを材料にした刀で、山水が竜を斬ったという。

 その話をエッケザックスは死んだような目で語っていた。

 武器にしても最強と言うのは、流石としか言いようがない。

 

「しかも、その刀を使っても苦戦した相手がいたとか」

「ああ……相手も大概インチキな武器を使っていたからな」

「それを、俺の前で言うなよ……俺だってエッケザックスで挑んだのに……」

「ガリュウは俺と日本刀で斬り合って、互角の腕だったんだが……」


 祭我にとって、顔などが石化している山水というのは、事前に聞いていてもショックだった。

 しかもその相手が、神宝を持っているわけでもなければ、神から恩恵を受けているわけでもない現地人だった。

 その上、仙人から援護を受けているとはいえ、仙人ではない俗人である。

 スイボクやフウケイを知っているので、仙人に負けるのは仕方ないと諦められる。

 だが、『普通の達人』に苦戦して辛勝した、というのは悲しいところだった。


「もう未練は断ち切ったんじゃないのか?」

「それはそれとして、お前には最強でいてほしかった……俺の株が下がったような気もする……」


 勝つことを諦めた相手が、『普通の敵』に苦戦していたらもどかしいだろう。

 もうすでに戦えないだけに、そのもどかしさはより一層である。


「お前に勝てるのは、スイボクさん以外には春ぐらいだと思っていたのに……っていうか、春は? 春にも来てくれって言ったんだけど」

「春なら来てないよ~~、お花はくれたけど」

「パンドラの完全適合者が見舞いとか、冗談にもならないとか言ってたぞ」


 この世で唯一、スイボクに絶対勝てる男。ディスイヤの切り札、浮世春。

 今回の戦争では右京と肩を並べて戦った彼だが、元々パンドラとだけ行動することが多い。


「それに、仕事が忙しくなるとも言っていたぞ。ほら、農奴が増えたからな」

「奴隷解放や国土の奪還を掲げて、チート能力者が来そうだよね~~」

「そうか……確かに義憤を感じるだろうな」


 パンドラは他の八種神宝と違って『未知の異世界からの敵』を迎撃することも役割としている。

 世界の害となるモノはまずパンドラに吸われ、死なされるのだ。

 そんな春が近くにいたら、祭我はたまったものではないだろう。




「……今後は、奴隷制を守らないといけないんだな、俺」

「そもそも、貴族だろお前」

「頑張ってね」



 苛烈に搾取される貧民層によって支えられる社会を管理する。

 貴族というのは、倫理的にも負担が大きいのだった。

人面樹 (絶滅)


とても大きい樹。人間の顔に見える模様が体の至る所にあるものの、特に意味はない。

旧世界と運命を共にした絶滅種。

他の種族を人間の暮らす世界へ送るために、その身をささげて船の材料になった。


万年亀やもう一つの種族同様に、人間と竜の戦争がどういう結末になるのか悟っていた。

一万年間衰退していく世界で嘆く生物に対して罪悪感を抱いており、惜しみなく献身を選んだ。


樹精を宿す他の種族を弟子にする習慣があり、セルもその一人だった。

エリクサーを授かった『人類の中で最も強い感情を持つ八人』の一人であるセルには人間の未来を託して送り出している。

尚、他の弟子たちにはやはり各々の種族を導くように頼んでいる。


竜とは別の意味で、指導者のような立場にある種族だった。

なお、銀杏同様に雌雄がある。




樹精

人間は仙気、験力と呼ぶ。


生命、重力、空間を操る術。

長い修行によって他の種族は『長命者』になることが可能であり、人面樹は自然とそうなる。

やはり植物向けの力であり、動物が覚えるのは大変ということだろう。


戦おうと思えばかなり強く、斬られそうになれば普通に反撃してくる。

体の一部、枝の先端だけを『縮地』させてワープ攻撃するなど、かなりアグレッシブ。

樹精を得意としている種族だけに、他の種族では原理として不可能な縮地法や虚空法を操ることができた。




ちなみに、かなり無関係なことだがゴクの『俗人骨』にかんして。

ランのような希少魔法の生まれやすい血統の開祖になりうる人間の骨を材料とすることで、仙術以外の術も再現できるようになる宝貝のことである。


まず、宝貝には以下の四種類がある。


スクロール同様に、込められた仙気を消費して機能を発揮する『使い捨ての宝貝』。

使用者から気血を吸うことによって機能を発揮する『使用者が疲れる宝貝』。

最も高度で作るのが困難な、自律的に集気を行う『半永久的に使用できる宝貝』。

集気法が使えることが前提となる『仙人にしか使えない宝貝』。


双右腕は三番目と四番目の複合であり、どれだけ使っても本人の気血は一切減らない。

(厳密にいうと、刀である水墨が四番目、鞘である風景が三番目)

俗人骨は二番目であり、使用者の気血を吸って別の術を再現する。


ランや正蔵のような膨大に気血を宿す人間は材料になりうるが、彼らの気血量と再現される術に一切の関係はない。

銀鬼拳や魔法の再現ができるだけで、消費される気血は使用者のものである。


逆に言って、ランや正蔵が俗人骨を使用すれば、相応の規模で術を使える……こともある。

魔法や迅鉄道の場合気血の量によって威力が増減するが、銀鬼拳や神降しの場合百倍の気血を宿していても百倍の効果を発揮するわけではないからだ。

ケースバイケース、ということである。

というか、正蔵が使った場合宝貝が持たずに壊れる、と言うこともあるだろう。

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