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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
新世界への変化
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仁義

「なんと、竜とその(しもべ)がこの世界に現れたと」


 余りにもあっけなく帰還を果たしたスイボクは、己の師匠へ報告をしていた。

 落語を聞いていた青丹の者たちも、興味津々である。なにせ、暇なので。


「はい、大分やられておりました」

「そうかそうか……まさかお前がサンスイをここへ連れてくるまでの間で、そんなことになっているとはのう」

「……サンスイも気に病んでおりました。幸い、親しい者は死ぬこともなかったのですが、サイガという剣術の生徒は瀕死でして……」

「八種神宝が一か所に集まっているということで、嫌な予感はしていたが……」


 旧世界の怪物、竜。人類を追放した怪物たち。

 その存在は、当然ここでも語られている。

 なにせ、当事者であるセルも、よくここに来るので断絶するわけがない。


「では、お前も戦ったのか?」

「いえ、俺は戦ってませんよ」

「間に合わなかったのか?」

「神に会いに行ったら聞けたので、行こうと思えば間に合いましたね」


 ふわり、と風が起こった。


「そうか」

「はい」


 石がふよふよと浮かんで、カチョウの手に収まった。


「助けろ」


 スイボクの顔に、石がたたきつけられた。


「如何に仙人とは言え、仁義はないのか! お前は狼に食われかけた小娘を助ける心意気はあっても、竜に襲われている国を救う心意気はないのか!」

「アルカナ王国は無力な赤ん坊というわけではありませんし……」

「ええい! 言い分けなどききたくない! いまからでもオセオとやらに行って、その竜やら何やらを根絶やしにしてこい!」


 その場合アルカナも困るのだが、スイボクの場合できるから困る。


「か、カチョウ師匠……恐れながら、その、ですね、神もそれを認めているのですよ」

「……はぁ、儂は情けない。お前はその気になれば、星さえ砕けるであろうに……世界の営みに手を加えぬのは仙人としては正しいが、知り合いが困っているのなら手を差し伸べるのが年長者の器量であろう」


 神が許すなら仕方がない、とカチョウはあきらめた。

 その辺り、自然への畏敬を失っていないのである。


「お前にしてみればそこいらの痩せた犬も、旧世界の竜とやらも大差ないであろうに」


 弟子の戦闘能力への圧倒的な信頼感。

 それを聞いている面々は自分たちの長老の発言を疑っているが、実際にはそんなもんではないのでカチョウの方が正しい。

 少なくとも、フサビスはそんな心境だった。


「お前には、克己しかない」


 カチョウは明らかながら、スイボクの頭を石で小刻みに叩いていく。

 正座しているスイボクは、それを甘んじて受け入れている。

 実際、そう間違ってもないのだろう。


「お前の弟子を見た時も思ったが、お前の到達した境地は『敵』というものを想定していない。フウケイなどはお前を目標としており、死ぬことを前提として死んでも死なぬ境地を目指していた。それはつまり……」


 スイボクが見抜いたように、フウケイは志が低かった。

 スイボクを圧倒し、蹂躙し、ぶちのめして叩きのめして、という発想がなかった。

 むしろ、スイボクにどれだけ打ちのめされても、喰らいついて見せるという姿勢だった。

 実際そうだったので、間違ってはいなかったのだが。


「お前は、倒したい敵などいないのだ。まさに克己……己に克つことしか考えていない」

「……はい」

「お前には何もない。何かを倒したいとも思っていないし、何かを守りたいとも思っていない。ただ、己を高みに届かせたい、としか考えていない。ゆえに、無形。ありとあらゆる状況に対応できると言えば聞こえはいいが、お前は実際のところやりたいことなどないのだ」

「はい」

「それはいい。お前の人生の答えは、当にお前の弟子が正しさを証明している。だが、だとしても。仁義を忘れてはならん。大天狗でさえ、その一線は常に守ってきたのだ」


 秘境を護る。その中で生きる、血族を絶やさぬようにする。

 趣味に生きている大天狗だが、弟子を育てることと迅鉄道と巫女道の使い手を護ることだけは、決して怠ることはなかった。


「強さも生き方も、お前が想うように正しい。お前は修業の果てに、誰に倣うことなく正しい答えに行き着いた。それは師として嬉しい限りだが、生きている限りは偏って当然なのだ。間違っていてもいいから、仁義を欠くな。そんな判断が出来ぬほど、未熟というわけでもあるまい」

「はい……」

「気に入らん相手を滅ぼすことは良しとしても、気に入っている相手を護らんというのは、それこそどうかと思うぞ」


 カチョウは、己の愛弟子へ諭した。


「よいか、竜であれ何であれ、お前と縁のある相手を脅かすものがいれば、その時はお前の『強さ』の全てを賭して迎え撃て。間に合わなかったのなら仕方がないが、そうではないのなら教えてやれ」


 大天狗同様に、長命者の中の長命者として生きるであろう己の弟子へ、愛をこめて伝えていた。



「自分のことを強いと勘違いしている者へ、本当の強さを思い知らせろ」

「はい! 思い知らせます!」



 正しい強さを間違ったことに使ってもいいんだよ、という危険思想を最強の男に伝えた大罪人。

 そんな見方もできるのだが、ともかくアルカナが竜に滅ぼされることはないだろう。

 アルカナ王国が滅ぶことが何時になるかわからないが、スイボクが生きている間のことであろうし。


「とはいえ……さて、こうなると急がねばならんな」


 もともと、たいして土産も持たせずに石にして帰してしまった負い目がある。

 早めに謝罪をしに行こうかと思っていた矢先に、仕官先が戦乱で傷ついたという。


 好機、というわけではないが、このままにしておくことはできない。

 謝罪の意味も含めて、カチョウは己の領地を動かす気になっていた。


「サンスイは儂にとって孫も同然、孫の仕官先が手を求めているのであれば、動かねばなるまい。スイボク、手伝え。大八州をアルカナへ飛ばすぞ」

「はい、師匠」


 その時、大八州の中では何も起きていなかった。

 しかし、雲の上に浮かぶ大八州を外から見ている者がいれば、その異常に気付いただろう。

 雲海の上を悠々と浮いていた島が、突如として静止し、そのまま西へ進路をとった。

 周辺の気候さえ巻き込みながら、明確に目的をもって『前進』を始めたのである。

 それはまるで、大八州という巨大な群島が真横へ落下していくようだった。




 その数日後、マジャンの王宮にて。


「ヤモンドが滅亡して、また戦乱になった、か」


 マジャン王国、先王マジャン=ハーン。

 己の寝所でごろりと横になっている彼は、新しい王になった息子からの報告を聞いていた。

 いい報せともわるい報せともとれる、大きな話題だった。


「ああ、何があったのかはよくわからねえが……なんでも、天界が関わっているらしいぜ」

「ってえことはだ、仙人か」


 緊張している顔で報告しているのは、新しい王であるマジャン=ヘキ。

 中原とほど近い、マジャン王国。

 それゆえに、場合によっては雲の彼方に大八州を見ることもある。

 その大八州が関わっているのなら、それこそ大帝国が滅びても不思議ではない。

 山水を知っている二人にとっては、仙人とは架空の存在ではないのだ。


「何をしでかしたんだかね、あの国の皇帝は」

「さあなあ、わかりゃあしねえよ。だが、これは俺たちにとって都合がいいぜ」

「どうでもいいだろ、どうせ連中から見れば、こっちは世界の外だ」


 一万年前に人類がこの世界へ入植してから、この世界はすでに人間のものだった。

 それゆえに、人類は人類同士で対立し、世界を隔てていた。


 そういう意味では、アルカナ王国周辺とマジャン王国周辺も、違う世界であると言えるだろう。

 少なくとも、文化は著しく異なっている。

 そして、広大な中原とマジャンも、世界の壁を挟んでいた。


 中原の国での『魔法』はごく一部の人間が使う、社会から排斥されている技術だった。

 それは、唯一絶対でなければならない君主にできないことなどあってはならない、という馬鹿げたものが根幹にあるという。

 よその国なので正直どうでもいいが、攻め込まれるとなると厄介だった。それが延期になったのだから、それなりにいい話である。

 まあ、何やら壁でも作りそうな流れではあったのだが。


「連中が俺らのことをなんて呼んでるか知ってるか? 未開の蛮族だとよ。気血のことも忘れた連中に、んなこと言われたくないってんだ」

「確かにな」

「それはそれとして、トオンやスナエからガキができたって手紙は来てねえのか?」

「来てたら真っ先に言ってるよ。まああれだ、親父とはちがうってことだろ」


 遠くへ嫁いだ、婿入りした子供のことが気になる。

 近くにいる子供のことをどうでもいいと思っているわけではないが、それでも気になるのが親心であろう。


「……つまんねえなあ、王をやってるときは張りがあったのによう」

「毎日毎日、宮殿の女官に手を出しているくせに、ずいぶんじゃねえか」

「女抱いて寝るだけの生活なんざ、ひと月で飽きちまうよ」


 息子は王を引き継いだ、今のところ何とかやっている。

 そうなると、退屈を持て余す。

 せっかく健康な体を取り戻したのに、何もやることが無いのではしようがない。


「また風火綸で散歩でもしたらどうだ?」

「それもなあ、いつでもやれると思うとなあ……」


 最初こそ楽しかった空の散歩も、慣れてしまえばただ飛んでいるだけだ。

 やはり簡単にできることを継続する、というのは容易ではない。


 そう思っていると、表がにわかに騒がしくなった。

 何か起きたのか、と国家の頂点である二人は身構える。


「たたた、大変でございます! 前王様、現王様!」


 大慌てで入ってきたのは、御前試合に参加した経験もあるマジャン=トレス。

 彼女は血相を変えて、王の寝所に飛び込んできた。


「トレス、どうした?!」

「他所の国でも攻めてきたか?」

「違います、大変です! 天界が、天界が、ものすごい速さでこの国へ向かってきているんです!」


 浮遊している島、それが猛烈な速度でマジャンへ向かってきている。

 あるいは、マジャンを通過するつもりなのかもしれない。

 どちらにしても、尋常ではなかった。


「落ちてきているのか?」

「いえ、雲の上です!」

「よしわかった、俺が行ってくる!」


 尋常ではない大冒険、雲の上へ元王が赴く。

 なるほど、楽しくてワクワクしてくるのは当然だ。


「ヘキ、お前は残ってここをまとめとけ!」



 大八州は空を進む。

 もとより大地とも大海とも縁がない、大空を飛ぶ島々は最初から自由自在である。

 西の果てを目指す二人の仙人が、その術を用いて大八州のかじ取りをしていた。

 

「相変わらず、お前の天動法は見事だな」

「いえいえ……正直に申し上げて、若いころは師匠のことなどとうに超えた気になっていましたが……」

「驚いたか? お前に自慢したくてなあ」


 スイボクが花札を砕いてから、フウケイは鍛錬を積んでいた。

 同様に、スイボクを一人前としたカチョウもまた、まどろみの中で新たなる境地に達していた。


「どうだ、マネできまい」

「ええ……解脱さえ御するとは……私ではまねできません」

「おかげで、天地とより深くつながることができるようになった。さすがに虚空へは手が伸びんがな」


 昔であれば、己より上にいる誰かを許せなかったかもしれない。

 やっきになって、それを越えようとしたかもしれない。

 しかし、今はただ痛ましく、ただ誇らしい。


「……本当に、お待たせしました」

「本当だぞ、まったく……」


 二人は大八州の中でも、一際眺めがいい場所で語り合っていた。

 本来なら風の強い場所だが、今はそんなことは一切ない。

 気球がそうであるように、風と同じ速度で飛んでいるこの島では、今殆ど風の影響がない。


 そんな場所で、多くの仙人たちが先人の技を学ぶべく、そのすぐそばで集気を行っていた。

 若き仙人たちは座り、瞑想によって行われている仙術を感じようとしていた。


 とても広い範囲に対して、仙気が行き届いている。

 それこそ、この広大な島やその周辺の大気に至るまで、神経が及んでいるのだった。

 それを、談笑しながらこなしている。まさに天の領域に達した、仙人の中の神と言えるだろう。


「いやあ……カチョウ師匠もスイボク師匠も、凄いですねえ……」

「ええ、まったく。同じ人間とは思えないほどよ」

 

 その中には、ゼンもフサビスもいた。

 長い時間の中で術を研鑽し続ける、というのは並々ならぬ労力を必要とする。

 死に際を見失った仙人ほど、悲しいほどに術は練磨されている。

 いや、その言い方は不適当だろう。別の次元へ昇華する。


 スイボクしかり、フウケイしかり。

 カチョウしかり、セルしかり。

 そういう逸脱するまで研鑽した者へ、敬意をこめてこう呼ぶのだ。


大仙人(だいせんにん)、あるいは大天狗(おおてんぐ)……ね」

「ゴクさんも、それに近かったんですよねえ……」

「そうね、彼もアレを究極としなければ、ガリュウと心中しなければ、きっと……」


 そうした彼らの絶招を引き継ぐことこそ、弟子の使命。

 それが難しいことと、それを既に引き継いでいる同世代の存在。

 それは、とても重いことだった。


 そんなことを考えていると、二人の大仙人は何かを知覚していた。


「……おい、スイボク。近付いてくる気配の主は」

「ええ、私が作った宝貝で飛んでいますね」


 必死になって、なんとかこの島へたどり着こうとしている老雄。

 その彼を、二人は確かに認識していた。


通常時は人間と変わらない体格をしており、少々貧弱に見えるほど。


現在生き残っている竜は全員赤い竜なのだが、かつては他の色の竜もいたという。

竜ごとに羽化した場合の形態が違っていたらしいが、一万年前の時点で淘汰されていた。


間違いなく最強の種族ではあるのだが、それだけに誇り高く折り合いを付けるのが下手。

飛行できる関係で大きな群れを成すこともなく、個人単位で広い縄張りを持ち好き勝手に暮らしていた。


基本的に、竜餌鳥のコロニーこそが竜の巣である。

別にいなくても生活はできるのだが、羽化を行うには必要なので共生関係になっていた。


羽化をしない場合の寿命は四十年ほどで短いが、羽化を果たすと劇的にのびる。


気血量はかなりのものだが、覇精以外を極端に苦手としているため、実質的に使えるのは覇精だけである。



覇精

人間は王気と呼ぶ


巨大化、別の形態への変身。それらを行う『魔法』。

肉体強化と新しい機能の獲得を可能にするが、やはり竜が使うと別次元の強さを発揮する。


竜は一生に一度しかこれを使えない。

通常時は使用すると数日で死ぬし、竜餌鳥の献身を得た場合は生涯継続するからだ。


他の種族は短期的に強くなる、ないしある程度の加減ができるのだが、竜は最大強化しかできず、しかもそれは他の種族をはるかに超える。


竜を頂点としている、最強の『魔法』であるといえるだろう。


なお、人間以外にも覇精をそこそこ得意とする種族はいるのだが、竜への敬意もあって人間以外は習得しない。

あるいは、間引くということもある。

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