二人
アルカナ王国に蔓延した蟠桃の過剰摂取。その症状が一番重いのは、やはり祭我だった。
なにせ大量に連続して服用したのだ、その症状が軽いわけがない。
対照的に、負けず劣らずの量を消費した正蔵は症状自体なかった。やはり、根本的に気血の量が違うのだろう。
蟠桃を過剰摂取すると、寿命が延びるどころか縮む。
元々、代謝が活発になったり、壊死した細胞がよみがえるので若返っているように見える蟠桃である。
それを服用し過ぎれば、代謝が活発化し過ぎて細胞がゆで上がってしまう。それが健康にいいわけがない。
とはいえ、そこは大天狗。
既に祭我は寿命そのものさえ伸びる、文字通りの延命処置を受けている。
それによって、祭我はこのまま死ぬ、という事態を免れていた。
修験道、蟠桃、人参果、宝貝、法術、巫女道、ダヌア。
それら、この世界に存在しうるすべての治療手段がそろっているアルカナでは、死んでさえいなければどうとでもなるのだろう。
そう、死んでさえいなければ。この世界でも、死とは軽いものではない。
すべての気血を宿す祭我が、すべての医療手段の恩恵を受けているのは、一種の皮肉なのかもしれない。
とはいえ、流石に即座に復帰というわけにはいかなかった。
ある意味当然なことに、祭我は処置を受けても目を覚まさなかった。
これを昔の日本人たちが聞けば『なんてかっこいいんだ!』と無条件にあこがれただろう。
また、この世界の住人達も同様の感想を抱くだろう。
首脳たちも、それを決して否定しない。彼の奮戦と献身を称えるだろう。
しかし、周囲の女性たちはそうもいかない。
少しずつ体制を整えていくアルカナのなかで、祭我もゆっくりと回復を待つしかなかった。その彼の傍で、ただ待っていた。
こうなると、適正な医療だと分かっていても、棺桶の中で愛する男が首だけ出しているというのは、『不謹慎』にさえ思えてきた。
「サイガ……」
そうつぶやいたのは、誰だったのか。
祭我が悟ったように、恰好がいいとは、他人から評価されるとは、最強が求められるとはこういうことだ。
むしろ、あの状況で逃げ出すような、嫌だからといって投げ出すような男であれば、それこそ女たちに寝首を取られていただろう。
だから、これでいい。祭我はやるべきことをやったし、それを周囲もフォローしなければならないのだ。
とはいえ、最強の男が義務を果たして、それで死にかけていて意識もろくにない。
そんな状況を、彼女たちが嫌だと思うのも当然だろう。
ツガーもハピネも、スナエもランも。
その彼の傍にいることしかできなかった。
そして、それを遠くから見ていて、決して共感できないのがエッケザックスだった。
ありていに言って、全く重みが違う。
エッケザックスにしてみれば、スイボクを除いて多くの主を相手に体験してきたことであり、悪く言えば慣れているのだ。
最初から主が死ぬことを想定して作られている神の宝にとって、主の喪失はそこまで悲しいことではない。
もちろん、それが人間と違うことも、彼女たちは知っていることだった。
「エッケザックス」
「スイボクか……」
普段通り、一切気配のない自然体のスイボク。
彼はエッケザックスにだけ話しかけていた。
「すまん、少し力を借りたいのだが」
「……すまん、今なんといった?」
「いや、力を借りたいのだが」
いうまでもなく、スイボクは世界最強の男である。
自分から積極的に戦うことはもうないが、やろうと思えば自力でこの状況をひっくり返せる男である。
その彼が、今更エッケザックスの力を借りる、と言うのは想像が難しい。
「……何をする気だ」
「一旦花札に帰るつもりだ、処置も済んだのでな。許可ももうとっている」
「お前、本当に速度域が違うな」
やろうと思えば、何もかもが高速化できる男である。大ヤモンドでやったように、医療行為も高速に行える。
元々彼の出した結論は、どんな術でも最大効率で実践できるようにする、という側面があるので当然なのだが。
「しかし、花札へ帰ると言っても具体的にどうするのだ。いくら今の主祭我が動けんと言っても、いやだからこそ、ここを動けん」
「縮地するから問題ない」
「……ここから、一息で?」
「制限の外れたお前と、千五百年修行を重ねた今の俺なら可能だろう」
縮地は上下に移動できないが、それを抜きにしても気配を感知できる場所が最大限である。
逆説的に言えば、気配感知能力を増大させれば、遠い場所でも縮地で移動できるだろう。
「いや、この星は丸いのじゃが……高度差がありすぎるのではないか?」
「丸くても遠いのだから、角度的に問題なかろう。それに、ある程度近づけばそこからは自力で何とかする」
「……元々、この地には虚空法できたのだし、虚空法で帰ればいいのではないか?」
「そう簡単なものではないぞ、虚空法とはもっとも難しい術の一つだ」
「お前が言うなら本当に無理なんじゃろうが、お前が言うと本当に説得力がないな」
元々、人間が自力では越えられない虚空を、ものすごく努力して頑張るという原始的な精神論で突破したのが若き日のスイボクである。
その彼が無理だというのだから、そりゃあ無理なのだろう。説得力は、毛ほどもないが。
「明確な目印があればいいが、そうでもなければほいほいと虚空から現世へ行ったり来たりできん」
「……虚空から観測できる、ということは」
「うむ、双右腕や八種神宝、あとは秘境ぐらいだな」
そのどちらもが、大八州にはない。
なるほど、虚空法で帰るのは無理と言うことだろう。
「秘境におわす大天狗は、双右腕が連続して使用されたことを気にして、双右腕を目印にアルカナへいらしたが……」
「どいつもこいつも、腰が軽い長命者じゃなあ……それはそれとして、山彦の術で連絡を済ませる程度では駄目なのか?」
自分から積極的に戦うことはないとしても、スイボクが味方として存在する、というのは心理的に安心である。
祭我が倒れたままで、山水も双右腕を修理に出している状況では、スイボクが抜けると不安が大きいのだろう。
エッケザックスは、主のこともあってアルカナ側に立って話をしていた。
「なんだ、俺がいないと不安か?」
「……まあのう」
「なに、いざとなれば我が弟子がお前を使うであろうさ」
まあ確かに、やろうと思えばできるだろう。
ただそれは、起きたときの祭我がショックを受けるだろうが。
「案ずるな、花札と一緒に半月ほどで帰ってくる。師匠も気にしていたのだが、山水の奴があれだけ手傷を負ったのに、何のあいさつもしていなかったからなあ」
「……花札を、ここまで持ってくるのか?」
「問題あるか? 大天狗がそうしているように、花札の者にもアルカナを援助してもらおうかと思ってな」
結局、お茶菓子ぐらいしか持たせなかった花札である。他所の国へ就職している武人をぼろぼろにして帰すのに、心が痛まなかったわけがない。
「三千年も留守にしていた俺と違って、今や我が師匠は花札の長老だ。それなりに無理も聞いてくれるだろう」
「お前とフウケイが崇める師匠か……会いたいような、会いたくないような」
「俺にとっては父に等しいお方だ、お前にも紹介したい」
秘境と並び仙人の住まう天界、大八州。
山水を極限まで追い込んだ、ゴクとガリュウの生まれた地である。
もちろん、スイボクもフウケイも、その土地で生まれたのだ。
ある意味、とんでもない魔境であろう。
「なんだったら、無人になった大ヤモンドの都も持ってくるぞ」
「空に浮かべるとはいえ、限度を考えろ」
正しく言えば、無人になったのではなく無人にしたのであるが、気にしても仕方がない。
「とにかく……サンスイやお前を受け入れてくれたこの地に、俺はろくなことをしていない。今回も、肝心な時に弟子を連れ歩いてしまったからな」
「自覚しておったのか……というか、もともと大八州ごと来るつもりだったのか?」
「師匠と話したときはそうだった。まさかこんなことになっているとは思っていなかったので、祭を開催するつもりだったのだが」
「祭?」
「我が友へささげる試合、武神奉納試合だ」
※
神宝を動かすのは、気血ではなく感情である。
だからこそ、浮世春もパンドラを起動させることができるのだ。
それは逆説的に言って、変化しやすいものであるがゆえに、威力が一定ではないという弱点もある。
その理屈を誰よりも知るのがエッケザックスと言えるだろう。
その彼女だからこそ信じられないのが、今のスイボクの精神状態である。
「久しぶりだな、お前を使うのは。サイガに悪い気もするが……」
昔のスイボクは、悪く言えば自分に疑念を抱くことがあった。
その疑念を振り払うために、自らへの怒りで燃え盛っていた。
今のスイボクは、揺るがない。
山水がそうであるように、確固たる自負自信をもってエッケザックスを握っている。
『……久しぶりだ、お前に使われる感覚は』
「そうだな……この、何もかもが止まった感覚も、本当に久しぶりだ」
制限の解放されたエッケザックスを手にした、最強の体現者であるスイボク。
その強化具合は尋常ではなく、軽く瞬身功を使用しただけで時間静止に近い感覚に達していた。
『……強くなったな、その心も』
「ああ……俺に、本当に必要なものはそれだったんだ」
激しさこそ失ったものの、最強であるという感情は劇的に高まっている。
最強とは己、己こそ最強。誰も並び立つことはなく、しかし誰もが自分の背を追っている。
それこそ真理、山水が証明した絶対の事実。
だからこそ、最強への確信は揺るがない。
城のバルコニーに出た『二人』は『二人だけの世界』を味わっていた。
それでも、すぐに振り払う。
もうすでに、終わっていることなのだから。
「集気法、山彦の術」
周辺の状況を把握するのが集気法の基本ではある。天地法を習得するには広大な空間を認識しなければならないのだが、制限を開放しているエッケザックスを手にしたスイボクにとっての『周辺』はそれさえ超えている。
まさに、星の知覚。星の表面だけではなく、その深層に至るまで『目』が届く。
あるいは、戯れでこの星の『表皮』をはがせるのではないか。
もはや『世界』さえ敵ではない、エッケザックスを手にしたスイボク。
しかしそれが『エッケザックスを手にしている』ことを前提としている時点で、今のスイボクにとっては自分の強さではない。
特に思うところもなく、感慨もなく、はるか先にいる師匠へ話しかけていた。
『カチョウ師匠、聞こえますか?』
『連絡が遅くなって申し訳ありません、今から其方へ参ります』
必要なことを伝えると、スイボクはあっさりと最強の剣から手を離していた。
「またな」
『うむ』
「縮地」
一瞬で消えた『かつて』の主。
その彼を見送りつつ、エッケザックスは振り払って祭我のもとへ戻っていた。
白妖精
人間の子供ぐらいの大きさで、お世辞にも『妖精』という雰囲気ではない。
どっちかというと妖怪で、あるいは小鬼である。
体全体が白っぽく、汚らしい雰囲気がある。というか、汚い。
黒妖精とは犬の品種が違うぐらいの差しかないので、子供も作れる。
体力的には人間にも劣るが、気血の量はかなりのもの。
寿命はそこそこ短いが、成長も早く特に老いることもないので、当人たちは短いとは思っていない。
怪我を治せる術の使い手である関係もあって、全体の中では地位が高い。
見た目はアレだが、ニンゲンよりもずっと治療が得意である。
祝精
人間は聖力と呼ぶ
光の壁や鎧、建物を作ったりでき、さらに他人を治すことができる。
防御魔法であり回復魔法、と言えば大体あっている。
悪血と違って肉体の欠損を治せるほど無茶が効くわけではないが、それでも大抵の怪我や病気は治療できる。
なお、人間を含めて他の種族は光の壁と治療を分けて使うが(あるいは、片方しか使えない)、白妖精の場合は基本的に同時に使うものである。
白妖精は光の陣地を形成し、その内部にいるだけで怪我人は治療されていく。
本人たちの容姿を除けば、妖精に思われても不思議ではあるまい。
なお、黒妖精が得意とする『輪精』に関してだが、白妖精も得意である。
白妖精にとって、輪精を持って生まれるのは珍しいというだけで、黒妖精同様に扱えるのだ。
これは黒妖精も同様であり、祝精を持って生まれた黒妖精は、白妖精同様に陣地を形成できるのである。




