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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
新世界への変化
357/497

夫婦

 さて、神を連れてアルカナへ戻ってきたスイボクである。

 その彼が今何をしているのかと言えば、祭我と同様の症状に苦しめられている患者を救う施術に従事していた。


 仙術、錬丹法。蟠桃、人参果。

 ダヌアによって大量生産が可能になったこれらは、ある種の懸念があったゆえに流通が禁止されていた。

 はっきり言えば、法術使いが不要になるのではないか、そうした懸念である。


 とはいえ、竜との戦争はそんなことを言っている場合ではない。

 アルカナ王国の首脳陣は、満場一致で制限から解放されたダヌアを使い、蟠桃と人参果を一般の兵士たちに配布した。


 その結果、ある意味当然の結果になった。

 祭我ほどではないが、蟠桃を食べ過ぎて副作用により苦しむ『民衆』が多く現れたのである。


 まず、蟠桃は気血を回復することを主な目的とするが、美容にもいいしたいていの病気を治すこともできる。人参果に至っては失明や肉体の欠損さえ補える。

 それを一般の兵士に配布した場合、どんな悪用を行うのか、想像に難くない。


 食べてなくなるものなので、食べましたと言い張れば誤魔化すのは簡単である。

 よって、売る者が出た。また、病気の家族へ与える者もいた。


 全兵士がそうしたわけではないし、仮に蟠桃や人参果を食べても全員が副作用によって死にかけるわけでもない。

 しかし、何分配布した数が膨大だったので、結果的に倒れた患者も多くなってしまったのである。

 というかまあ、単純に美味なので食べ過ぎたという兵士もそれなりの数がいた。


 蟠桃も人参果も食べ過ぎれば死ぬ、という劇薬である。

 そんなものを、専門的な知識を持たない人間が使用すれば、それこそ死人が何人でても不思議ではない。


 なまじ美味で、食べ過ぎなければ問題が無いということで、かえって被害が大きくなっていた。

 その事実を知って、カプトや一般の法術使いは安堵したのか、それとも残念に思ったのか。

 ともあれ、改めて蟠桃や人参果の流通は、法で禁止されることになった。


 そういうわけで、スイボクはそんな彼らの治療にあたったのである。


 とはいえ、本来スイボクは大八州から神の座へ赴いて、そこで謝罪をするだけの予定だった。

 それが山水のケガの件もあって、再びアルカナへ滞在することになったのである。

 それはつまり、大八州に帰っていないということである。



「心配じゃのう……」


 三千年ぶりに帰ってきた弟子が、二日か三日でまたどっかへいったことで、大八州の長老であるカチョウは落ち込んでいた。


「またどこかで迷惑をかけておらんかのう……」


 ここに来るまでのごく短い時間の間に、一つの国を滅ぼしていると聞いているので、その不安は具体的だった。

 まさか、謝罪しに行った先で更に無礼なことをしていないだろうか、とも思っていた。

 実際、そうだった。


「はあ……」

「まあそのうち帰ってきますって。そんなに悲しそうにしてないでくださいよ、カチョウ師匠」

「そうですよ、カチョウ様。スイボク様は……まあ、その、もはや大仙人ですし」


 そんな彼のことを慰めるのは若い仙人と天狗だった。

 ゼンとフサビスは、カチョウと共にあいさつ回りをしている。

 本当はスイボクも一緒のはずだったのだが、未だに帰ってきていないので三人で回ることになっている。


 大八州を形成する、人の暮らす八つの島。そのうちの一つ、青丹州。

 そこへ新しい顔であるフサビス(とスイボク)を連れていくことになっていたのだ。

 比較的小さいその島でそれなりのもてなしを受けた三人は、何やら大きい寺へ案内されていた。

 もちろん、カチョウとゼンはここで何が起きるのか知っている。

 しかし、フサビスはなにが起きるのか、首をかしげていた。

 まあ悪いことではないのだろう、と察しはつく。さすがに、この流れで説教を受けることはあるまい。


「いやあ、楽しみだねえ」

「やったーー」


 というか、寺の境内では普通に出店まである。

 普通にお祭り扱いだった。


 寺の中、板間には座布団の上に座った『お客』がぎっしりと入っており、それどころか立ち見やら外から覗いてくる人までいた。

 老若男女を問わず、結構な熱気が確かにあった。


 そんな彼らとは別格の扱いを受けている三人は、当然のように一段上等な座布団を用意された席に座っていた。



「どうも、どうも」



 初老の男性が現れると、その場の客たちが拍手で迎えていた。

 拍子木の高い音が響き、出し物が始まったことを伝えていた。


「本日は、秘境セルから若い天狗様がいらっしゃるということで、この私、大八州一番の色男が接待の席に参上仕りました」


 どっ、と軽い笑いが起こる。どうやら、定番のギャグらしい。

 なお、フサビスは微妙にノリが分からなかった。


「大八州亭、フスマと申します。この度は、大仙人をお招きできたことを、改めて嬉しく思っています。フサビス様もゼン様も、どうかお楽しみください」


 真面目に一礼して、数段重ねた座布団の上に座る。

 彼はその上で話を始めた。話を始めた、というか説明を始めた。


「今回はこういう芸が初めてのお客様をお迎えしていますので、いつもより丁寧に話させていただきます。こういう内輪の笑いは、お客さんがみんな笑っていても何が面白いのかわからないものですからねえ」


 初老の男性は、静かに話を聞いているお客へよく通る声で話しかけていた。


「『毒の甘味』なんてえ噺がございます。ある屋敷の主が夜な夜な飴をなめておりまして、下男にはそれを毒だからといって食うなと言って含め、下男がそれを平らげちまう小話です。当然主人は怒りますが、下男は『悪いことをしたので死のうと思ったが死ねない』なんてほざきましてね。まあそんな言葉で誤魔化されるご主人じゃあありません、屁理屈をこねる下男を追い回す、なんてえオチでございます」


 知ってる知ってる、という雰囲気が流れた。

 なるほど、この男性が笑い話をするのが、この場の趣旨らしい。


「他にも『まんじゅう』ってえ小話がございます。仲間内で飲み会をしていたところ、怖いものは無いのかと言い合うことになりまして。女房が怖いだの借金が怖いだの言い合って、一人だけ『何も怖いものは無い』とか言い出しまして。そこで無理に聞いたところ『まんじゅうが怖い』なんていうもんですから、仲間は大爆笑でございます」


 一人の男がしゃべっているだけなのに、引き込まれるし楽しい。

 なるほど、確かに芸だった。


「それじゃあ饅頭でおびえるところを見てやろうと言い出しましてね、その次の日にそいつの長屋へ仲間どもが饅頭を放り込むわけでさあ。部屋の中から悲鳴が聞こえてくるわけですが、なんとも臭い、演技臭い。そおっと中をのぞくと、怖い怖いと言いながら饅頭を旨そうに食っている男がいるってえわけですな。だまされたとわかった仲間たちは怒って、

お前が本当に怖いのはなんだ! と、男はもちろん『茶が怖い』とまあ来るわけでございます」


 そこまで話すと、その男性は座り直していた。


「さて、フサビス様はお医者だと伺っております。お医者、それも天狗や仙人の医者の言うことは、守らなくちゃあいけません。今回の噺は『旦那想いの女房』、お医者、仙人、天狗のおっしゃることは、ちゃんと聞きましょうという教訓話です」


「なんにでも効く薬って言えば、まあ大抵は詐欺と相場が決まっております。ですが、これが天狗や仙人のおつくりになる蟠桃と言えば話は別。どんな病気もたちどころに治っちまうし、それを抜きにしてもたいそう美味と来たもんです」


「青丹の大工シシウと言えば、まあ怠け者で有名な大工でございました。これが働かないわ役に立たないわ。親方に怒鳴られるなんてしょっちゅうです。そんなろくでなしでも所帯持ちになれるんですから、不思議なもの。シシウの女房はそれはもう働き者で、そのうえぞっこんときました」


「女房はいつでも旦那の言うことを聞いて、どんな我がままでも聞いてやっていました。だからでしょうねえ、自分の我がままをどこまで聞いてくれるのか試してやろうと思ったシシウは、チョイと無理なことを言い出しました」


「『こら、あんた。今日は赤丹へ行くんじゃなかったの? また親方にどやされちまうよ』『ううぅ、お前、ちょっと俺はもうだめかも知らねえ』『どうしたんだい、布団にくるまっちまって。もう朝飯もできてるのに』『体がしんどい……こりゃあよくない病気だ』『何をまた……また嘘かい』『嘘なもんか、布団の中に手を突っ込んでみな』」


「もちろん、シシウの奴は病気でも何でもございません。ですが、変に悪知恵を働かせたシシウのやつ、実は女房が起きる前にちょいと湯を沸かしまして、冬備えの中から取り出した湯たんぽに入れちまったわけでして」


「『ぎゃあ、なんて熱いんだい。まるでヤカンみたいだよ!』『こりゃあ、もう駄目だ。俺のことは、焼いて捨てるんじゃなくて、そのまま海へ捨ててくれぇ』『そんなことを言うもんじゃないよ。待ってな、すぐに仙人様やお医者様を呼んでくるからねえ』『いやいや! いやいや! 医者も仙人も天狗も必要ねえ!』『なんだい、いきなり元気になったかと思えば!』『俺の病気は、蟠桃でしか治らねえ!』」


「女房の奴は参っちまいました。なにせまあ、蟠桃なんて大八州でも、そう何度もお目に係れるもんじゃあありません。ですが旦那のためなら、と膝を叩いて家を飛び出します」


「『……おっ、アイツ本当に行っちまったか。しめしめ、うまくすればあのうめえ蟠桃が、また食えるってもんだ』『ガキの頃にいっぺん、切れ端を食っただけだしなあ』『うまかったなあ、もういっぺんくいてぇなあ』」


「と、そこで朝飯に気づきます。考えてみれば、起きてから何も食べてないわけで」


「『へへへ、無駄にしちゃあ悪いからなあ……』『ずずずぅ』『むしゃむしゃむしゃ』」


「『あんたあああああ! もらってきたよ~~~!』」


「『ひ、ひぃいいい!?』『どうしたんだい、あんた』『い、いやなんでもねえ』『おや、朝飯が減ってるような?』『す、スイボク様がいらしたのさ』『スイボク様が?!』『おおう、お前のことを地獄へ連れて行くってなあ……』『で、アタシの作った飯をお食べになっていたのかい。雷神様がお食べになるんなら、もっといいもんを作っておけばよかったよ。それで、雷神様はどこに?』『お前の声にびっくらこいて、どっかへ行っちまったよ』『雷神様を驚かせるとは、アタシもすてたもんじゃないねぇ』」


「貧乏長屋に、うまそうな、あまい、あまあい匂いが立ち込めてきた。どこをどう駆け回ったのか、シシウの女房の奴は蟠桃を一つ丸々抱えて持って帰ってきたんだからたいしたもんだ」


「『お前が怒鳴らなかったら、スイボク様に地獄へ落とされちまうところだったよ』『そうかい、そりゃあ良かった。それじゃあ雷神様がお戻りになる前に、これをお食べ。そうすれば雷神様も死にそうにねえ、となってもう来ないさ』『お、おまえ……本当に、もう持ってきてくれたのか?』『アンタのためだからねえ、夫婦じゃないのさ』『お、おめえ……』『さあ、切るから食べな』」


「女房の奴は人のいいやつでねえ、切った蟠桃をひと切れ旦那の布団の中に入れてやった。それがうめえのなんの、旦那の奴、欲をかいてどんどん欲しがりやがった」


「『どうだい、治ったかい?』『う、うめぇ』『梅?』『うううん、もっとくれええ!』『あいよ!』」


「とまあ、よせばいいのにどんどん食っていくシシウ。皆さんご存知かどうか知りませんが、蟠桃ってやつは一切れ食えばどんなクタクタでも元気になれるし、病気だって吹き飛ばしちまう。けれども、全部まるまる食べちまえば……」


「『うううう……ああ……』『アンタ?!』」


「とまあ、本当に熱を出して倒れちまった。このままだと本当に死んじまう、そう思ったシシウは女房に今度こそ医者を呼んでもらおうと思ったわけで」


「『お、おい、お前……』『まってな、あんた。今すぐ海に投げてやるよ!』『い、いやそうじゃなくて、医者、天狗、仙人をよんでくれぇ……』『さっきは呼んでくれるなと言っていたのに、今は呼んでくれとは変な人だねえ』」


「布団からでて、ばたーっと倒れたシシウ。そりゃあもう、つらいのつらくないの。今にもゆだっちまいそうな旦那を見た女房は、また大慌てで貧乏長屋を出ていったってぇわけだ」


「『うう、うう、死ぬ、死んじまう……』『アンタ! 仙人様をお連れしたよ!』『は、早いなあ、お前……!』『おおう、どうしたんだ、シシウ』『仙人さまあ、すまねえ、実は俺は蟠桃を丸々食っちまったんだぁ』『ああ、お前そんなことをしたのかい。しょうがねえ奴だなあ』」


「フグの毒にあたったときは、首まで埋めちまうなんてぇ話がありますが、蟠桃を食い過ぎた時は、特別な桶の中に膝をおって座らせて、そのまま首まで埋めちまうわけで。三日もすればケロリと治るんですが、そんなことを知らねえ女房は、埋められた旦那を見て悲鳴をあげちまうわけで」


「『あんたぁ、死んじまったんだねえ!』『し、しんでねえよ……』『待ってな、今海に捨ててやるからねえ』」


「人一人はいる桶の中に、旦那と土が詰まってる。そんなもんを担げるわけがないと思っていたら……」


「『うん、よいせえ!』『ま、待て、本当に持ち上げる奴がいるか!』『まってなあ、今度こそ海に捨ててやるよう!』『た、助けてくれぇ!』『アンタの言うとおりにしてやるからね!』」


「『旦那の言うことを真に受ける女房がいるか!』お後がよろしいようで」



 とまあ、名人芸という歓待を楽しんだフサビスは、笑顔で拍手を送っていた。

 なるほど、楽しい席であった。それなりに教訓もあり、知識も身につく寓話的なものだった。

 一種の吟遊詩人なのかもしれない。

 秘境セルにはない文化を楽しんだ彼女は、感謝の言葉を述べていた。


「ありがとうございました、フスマ。とてもいいお話でした」

「お楽しみいただけたようで、なによりでございます」


 もちろん、周囲の客も大喜びだった。

 娯楽の乏しい天空の島で発達した、固有の文化のようである。


「いやあ、実に上手だったぞ。できれば、スイボクにも聞かせてやりたかったのう」

「いえいえ、カチョウ様。もしもスイボク様がいらしたら、今の話はできませんでしたよ」


 なにせ三千年前にこの島を砕いた男である。

 大八州においてスイボクは、一種の神として親しまれている。

 悪いことをするとスイボク様が来るよ、とかそんな感じだ。

 先ほどの話でも、死神のように扱われていた。

 実際にはもっとたちが悪いので、フサビスはその点だけどうかと思っていた。


「そこはほれ、フウケイにでもすればよかったのではないか?」

「ははは! それもそうでしたねえ」


 いや、故人さえネタにする師匠の方をこそ、どうかと思うべきであった。

 ゼンもフサビスも、フスマさえも困っていた。


「……いや、そんなことをすれば、むしろスイボクは怒っていたかもしれんなあ」


 そんな話し合いさえ、見世物のように客たちは楽しんでいた。

 そして、さあ終わりという段になって……。



『カチョウ師匠、聞こえますか?』



 山彦の術が、その寺の中で響いていた。



『連絡が遅くなって申し訳ありません、今からそちらへ参ります』


リュウエチョウ 竜餌鳥


スズメより少しデカいぐらいの小鳥。


飛ぶのはそこまで得意ではないが、肉体的には特に取り柄が無いので、それが唯一のとりえとなっている。


そのくせ妙に尊大なのは、竜を羽化させるために必要な力を備えているから。




竜への忠誠心は種族単位で本物であり、竜が幼体を見せる少ない相手でもある。




肉体的にも気血的にも恵まれておらず、寿命も短い。


しかし、子供は生まれやすい。


小物な雑魚キャラである。




得意な気血 捧精


テンペラの里では操血と呼ぶ




相手と自分をつなげ、その状態を把握したり力を供給したりできる。


法術や銀鬼拳と違ってケガが治るということはなく、気血を補給できるだけである。




なお、他の種族の場合は『相手の体調の把握』と『相手への気血を補充する』ことしかできないが、この鳥たちの場合は『相手から気血を吸う』こともできる。


実質唯一の攻撃手段であるが、よほど大量に襲い掛からないと意味がない。




同じ力を宿す傀儡拳の使い手が襲い掛かってくるとき、旧世界の怪物たちはたいていびっくりする。

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