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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
新世界への変化
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欠点

 大天狗が作った『船』。

 それは文字通りの意味で『箱舟』を作るための部品だった。

 最初からウンガイキョウによって複製をつくることを前提としており、同じものを大量に作って、組み合わせて船にするというものだった。

 板同士をくっつけて大きな板として、それを更にくっつけて箱にするのだ。そして、浮かせて、天狗や仙人が浮かせつつ操船するのだ。

 当たり前だが、そんなに頑丈ではない。それこそ、子供のおもちゃを大型にした程度である。

 とはいえ、元がセルの作ったものであることや、制限の取れたウンガイキョウが複製することを前提とするなら、使い捨てる分に問題はないだろう。

 右京はその陳腐な箱舟を使って、各地から集まりつつある才人を回収して、ドミノやアルカナへ運送していった。

 何分、陸路を行くと混雑にぶつかる可能性があった。

 今現在、アルカナやドミノへ逃れようとする難民は多い。

 国境沿いでせき止められている彼らを抜けるのは、とても大変だろう。



 アルカナ王国とオセオ王国は、周辺の地図へ一線を引いた。

 それはアルカナとオセオの国境を延長したものであり、その上か下かで勢力圏を分けたものである。

 まさに天下二分の計、地図に引かれた一線によって世界の命運は決定したのである。


 アルカナ側の国々は、竜に征服されることも占領されることもない。

 しかし、竜から略奪の限りを尽くされる。絵画や財宝などではなく、穀物やら家畜やら鮮魚やら。人間以外にとっても意味があるものばかり、人間にとって本当に必要なものばかりを奪っていく。

 それはもう、遠慮なく。一切不安も恐怖もなく。

 それを防ぐ手段は一つしかない。アルカナへ、奪われる分よりは少ない貢物を送ることだった。


 しかしオセオ側の国家が、全て占領されるか支配されるか、というわけではなかった。

 元々のオセオと同様に小さな国、奪っても価値のない国、貢物を送ってきた国、服従を誓った国。

 それらはあっさりと許された。今後も継続して貢物が必要だろうが、皮肉にもそれ以前よりは減ったらしい。

 しかし、それは小さい国の話。大きな国であれば、価値のある領土を持つ国であれば、例え貢物を送ってきたとしても占領された。

 その土地を欲しがった種族にもよるが、その地で元々暮らしていた人間は、追い出されるか農奴扱いになったらしい。


 ともかく、旧世界の怪物たちは侵略に成功した。

 多くの犠牲を伴いつつ、価値のある土地と食料を得たのだ。

 現在成体の竜は一頭だけだが、その一頭による『平和』がどれだけ長く続くのかはわからない。

 しかし、一つ確かなことがある。

 この『均衡』は、両国の『今後の利益』を護るためには必要ということだった。



 現在、山水は王都でおとなしくしていた。

 今後もオセオと交渉の席が設けられる可能性があり、向こうでは『邪仙ではない長命者』が尊敬されているという関係もあって、同席することが求められていたらしい。


 なお、大天狗は向こうの指導者と顔見知りの為、逆に出席が断られたらしい。


『兄者が出席するなら帰る』

『なんでまだ生きてるんだ……人間の精神力じゃないぞ……』

『兄者に舟を見られたら、何をされるのかわからない! 秘境につっこんで出さないでくれ!』

『恨み? そんなもんは最初からない、別に裏切ったとも思ってない。とにかく関わりたくないだけだ』


 と、納得の評判だった。一万年前から性格は一切変わっていないらしい。

 まあそんな性格でも一万年間共同体を維持しているのだから、有能ではあるのだろう。

 ただ、脳内の優先順位がおかしいというだけで。


 さて、山水である。

 武芸指南役総元締めという役職の人間が、この状況で何か仕事があるわけもない。

 家族と一緒に、ゆったりと時間を過ごすことになっていた。


「ううぅ」

「うんうん、ファンを見ているとレインを思い出すなあ。あんまりかまってやれなかったんだが」


 山水は自分の娘を可愛がっていた。

 というか、ブロワとレインは未だに怒っていた。

 なので、山水は赤ん坊のファンとだけ戯れていた。

 ここで仙人的な対応をしたほうが、むしろ二人を怒らせると悟っていたのである。


「ううぅう」


 なので、立場の悪い男を通していた。

 本当に嫌われていれば、それこそファンを抱かせてもくれないので、拗ねているのだろうとわかる。

 もちろん、本気で拗ねているのだが。正当な理由で拗ねてるのだが。


「ううぅ」

「ファン、いい子だなあ」

「私は悪い子なの?」

「いや、そんなことはないぞ。レインもいい子だ」

「私は悪い妻か?」

「いや、そんなことはない。ブロワは最高の奥さんだ」


 こういう時、山水は自分がダメな夫であり父だと思う。

 人間、失敗する時は失敗するものだ。これは未熟、という言葉に逃げることもできない。

 スイボクもそうだし、そのスイボクが認めた自分もそうである。


 山水は理想の剣士であり、理想の仙人であり、理想の兵士だ。

 しかし、それは理想の父親であることとは、明らかに矛盾している。

 それが人間というものである。


 矛盾というよりは、無理なのだ。それらはある程度すり合わせることはできても、完全に両立させることはできない。

 人間性と能力の関係は切っても切れない、表裏一体の関係である。


 最強になる、最強である、最強を目指す。

 それらは克己心を必要とするし、生真面目であることや競争心も必要とする。

 それらは一時の訓練によるものではなく、習慣によるものだ。


 たとえ練習や努力が嫌いだったとしても、何かの目標の為に頑張れるのであれば、むしろそれはマジメと言えるだろう。

 普通は、いやだったら目的があっても頑張ることはできない。好きなことを頑張れるのは真面目さとは関係なく、むしろ嫌なことを頑張れる方が真面目である。(もちろん、好きなことを頑張っている人間は真面目ではない、と言っているわけではない)


 とにかく、山水は真面目なので、仕事で手を抜くことはない。

 そして、当たり前だがブロワとレインが知る山水は、常に仕事中だったと言っていいだろう。

 山水は強かったし、武門の名家に仕えるに足る精神性を持っていた。少なくとも、好戦的ではなかった。

 ブロワが現役の時はドゥーウェの命令でよく一緒に戦わされていたが、そういうときは二人で嫌な気分になっていたものだ。

 優れた資質を持つ祭我やランと戦うのも、積極的ではなかった。


 なので、ブロワもレインも、微妙に勘違いしていた。

 山水は修業が好きでも、戦うこと自体は好きではないのだと。

 他人へ稽古をつけることも好むが、争うことを嫌がっているのだと。


 実際にはトオンと戦うときなどに、戦うことを楽しんでいることもあった。

 自分に挑戦してくる荒くれ者を相手にするときも、結構嬉しく思っている時もあった。


 ただ、山水はあんまり感情を表に出すことはなかったし、仕事の枠を超えることもなかったので目立たなかったのだ。

 よって、二人とも知らなかったし気づけなかった。

 場合によっては、自分から積極的に無茶をする性格だということを。


 それはトオンなら初対面でも感じ取っていたことであり、祭我もそれなりに話をしている関係で察してはいた。

 その辺りは、男女の差もあるのだろう。


 とはいえ、山水は修業だけが好きという性格ではない。そんな性格なら、修業のさなかで解脱しているだろう。

 自己完結して、自己満足して、そのまま未練を捨てていたはずだ。


 とにかく、山水という人間から『相手によっては戦うことを楽しむ』ことや『死闘さえノリノリ』という気性を抜くことはできない。

 女性陣からは不評だろうが、仕方がないのであきらめるしかない。というか、それが成功した場合間違いなく解脱する。


「俺が悪いんだ、本当にごめん」


 セルもスイボクもそうなのだが、悪いことをした自覚のある長命者は素直に謝る。素直に謝れない奴は、邪仙になっている。

 しかし、セルやスイボクが特にそうなのだが、謝罪された側がそれを受け取れるわけではない。

 謝ったって、許せることと許せないことがあるのだから。


「お前はずっと仕事をしていろ」

「本当だよ!」


 聞きようによっては『お前は金だけ出してればいいんだよ!』という最低の主張だが、実際仕事をしている間の方が安心できるので仕方ない。

 そもそも、今までだって山水はずっと仕事中だったわけで。

 変な話だが、仕事をしている間の方が、一緒にいられるのである。


「……でもパパ」


 と、レインは不安そうに聞いた。

 そう、今までとは状況が違うのである。


「まさか、またオセオへ行って滅ぼしてこい、とか言われない?」

「当分は大丈夫だろう、少なくとも双右腕の改修が済むまでは」


 理性的な話に限るので、感情的にはいつ破たんしても不思議ではない。

 その前提の上での話だが、山水は当分の間オセオとアルカナの関係が悪化することはないと考えていた。


 理由は二つある。

 まず第一に、両国の民衆が怒りの矛先ないし、不満のぶつけ先を得るからだ。

 オセオというか、竜が滅ぼす諸国からの難民は、原則として小作農になってもらう予定である。

 他の職に就くとしても、かなり悪い扱いをされるそうだ。ぶっちゃけ、奴隷に近い。

 それも、よく主人公が得るような、やたら優しいご主人様に飼われる奴隷、とかそんな甘いものではない。

 それこそ、牛馬のごとくこき使われることになるだろう。

 ちなみに仙人や天狗の価値観から言えば、人間が牛馬をこき使うのと人間が人間をこき使うのは大差がない。神も似たようなもんである。


 まあ要するに、祖国を追い出された可哀そうな人たちを、弱みにつけ込んでさらに可哀そうにするのだ。

 下層の人間を幸せにするには、もっと下の人間を用意するのが一番簡単である。


 オセオの方はもっと単純だ。

 そもそも、アルカナとの戦争そのものが、国内のうっ憤を晴らすためでもある。

 引き分けと言っても、相手の国土へ一方的に打撃を与えたうえでの引き分けだ。実質、勝利と言っていい。

 不満が無いとは言えないが、他の国を根こそぎ滅ぼして自分たちの領地にしているので、大したことにならないだろう。

 連戦連勝で調子に乗るということもあり得るが、不満が爆発して戦争に発展する可能性に比べれば大分低い。


「強い国同士、ぶつかり合えばただでは済まない。隣の国ということもあって、積極的に手を出すことはないだろう」


 前回、アルカナはオセオへ山水を送り込みつつ、祭我と右京で破壊工作を行った。

 どちらも、オセオへ甚大な被害を与えるものであり、大変怒らせるものだった。

 しかし、それをアルカナ首脳陣は許した。

 なぜか。それは、単純にオセオが弱かったからである。


 百年後や二百年後に、ゴーレムの技術などを発展させて脅威になる。

 知らないとはいえ、スイボクを拉致しようとした。

 合同結婚式で、王子自ら暴言を吐いた。


 それらが動く原因だったわけだが、仮にオセオが現時点でアルカナと同等の力を持った国だった場合、大きなことはしなかっただろう。

 前提がおかしいが、その当時の時点でオセオが竜と同盟を組んでいたのなら、穏やかに終わらせていたに違いない。


 嫌な言い方だが、怒らせても殺し合いになっても、まったく問題にならないから叩きのめしたのである。

 今は違うのだ、相互に唯一の脅威となっている。

 お互いが裕福なら、あえて戦争をすることはないだろう。


 兵法の基本は、自分より強い敵と戦わないこと、自分より弱い敵と戦うことにある。

 強い敵と戦うことを視野に入れる場合は、勝つ方法を考えるよりも負けた時のことを考えるべきなのだ。


 卑怯なことをしたぐらいで確実に勝てるなら、軍隊は要らない。国が軍事力を蓄えるのは、侵略することや防衛することもさることながら、戦力を整えている方が攻め込まれにくいからである。

 机上の兵法よりも単純に強いことだけが、国家を暴力の被害から遠ざけることができるのだ。


 もちろん、そんな心理的な枷はあてにならない。場合によっては、簡単に戦争へ発展する。そもそも、国力に差があるのに喧嘩をふっかけたのは、オセオの王女であるし。

 しかし、それでも双方が抑止力を保有している以上、普通よりは戦争へ発展しにくいはずである。

 まして、局地的な戦争ではなく、全面的な戦争には。


 一つの理由ではなく、複数の理由で戦争に発展しにくい状況にある。

 であれば、当分は大丈夫であろう。たとえ、戦争の火種が複数存在するとしても。


「それじゃあ、お前の石化を治すことに関してはどうなんだ?」


 ブロワが聞いたことだが、レインとしても次に気になるのはそこだろう。

 相変わらず山水の体は、一部石化している状態であった。


「……それは、ちょっと難しいらしい」

ダイオウガ

やたらデカい蛾。身長は子供ぐらいで、羽を広げると三メートルほどになる。

一応飛べるがムササビ以下で、滑空がやっと。ニワトリよりマシという程度。

果物や花の蜜を吸う、ストローのような口をしている。

羽の模様は毒々しいが、とくに毒はない。

ダイオウガという名前はただデカいというだけの意味しかなく、別に他の蛾を従えているわけではない。

そもそも、人間が勝手につけた名前である。


なお、別の種族の固有の言葉でも『デカい蛾』という意味の名前でしか呼んでいない。

迫害されているわけではないが、鱗精とは無関係に鱗粉をばらまくためデカい蛾ということで距離をとられている。

そんな成体はまだマシで、芋虫(あかちゃん)は他の種族にとって見たくもないレベルである。

一万年前の旧世界で、人間は気持ち悪いという理由で駆除していた。それをダイオウガは憎んでいたが、他の種族も同じ理由でたまに駆除していた。


肉体的にはとことん弱いが、気血の量はかなり多い。

鱗精の燃費が良いということもあって、かなりの規模で術を連発できる。

子どもは生まれやすいが、寿命は短いらしい。


得意な気血 鱗精

(テンペラの里では光血と呼ぶ)


光る粉をばらまくことができる。

ただそれだけで、攻撃力も防御力も殆どない。

強く発光させて、目を潰すこともできる。


ダイオウガが使った場合、その光る粉に性質を持たせることができる。

ねちょねちょとした粘着性や、さらさらとした潤滑性、ザラザラとした感じも出せる。

持続力が高いこともあって、嫌がらせにはこの上なく有効。


意外にも、法術や迅鉄道と同種である。

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