開発
「できたぞ」
大天狗は輸送船などすぐに出来ると言っていた。
だからこそ、わざわざ森の前で誰もが待っていたのである。
とはいえ、普通に考えて大型の船舶がぱぱっとできるわけがない。
サイズの関係もあるし、強度的な問題もあった。
「……これ、船? 筏じゃなくて?」
「失礼ですが、ただの板にしか見えないです……」
大型の寄せ木細工、としか見えない板。
かなりの大きさがあるので、人間どころか馬でも乗れそうではある。分厚さもかなりのもので、確かに船の底板と言われても違和感はない。
しかし、どう見ても板である。
所々に意味がありそうな四角い穴が空いているし、側面には四角いでっぱりもある。
だが、やはり板だ。船ではない。
「……ああ、そういうことか」
「さすがウンガイキョウの主だな。説明しなくてもわかるのか」
「いや、というかこういう発想は俺が出すべきだった……貴方は本当にすごい人だ」
「そこは流石大天狗、とほめたたえろ」
しかし、右京は察していた。
ステンドも、聖騎士も、親衛隊もよくわかっていない。
二人で話を進めていってしまう。
「やっぱり、あんまり大きくしすぎるとだめですか?」
「そうだな、出来れば数で補え。それに耐久性に難がある、出来れば往復一回で使い切れ」
「……これって、やっぱり俗人には使えないですよね」
「もう少し時間をもらえればどうにかできるぞ。だが、今のままだと仙人か天狗が操船しないと駄目だぞ。急ぎってことでこうしただけだ。俺の門下を十人ぐらい貸してやる、早めに返せよ」
「ありがとうございます」
とはいえ、問題はないらしい。
右京曰く、諸国から就職しに来る人を迎えに行くための船が欲しいということだったので、確かに早く作った方がいいのだろう。
「それで、遠くの人と話せる道具に関してですが」
「ああ、そっちももうすぐ来るはずだぞ」
右京は遠距離の通信手段も欲しがっていた。
それはもう、長い間欲しがっていた。
今は制限が解除されたノアによってワープ通信が成立しているが、ワープする船に手紙を乗せて文通するなんちゃってワープ通信である。
ワープより遠距離通信の方が大変なのだから、異世界というのは地球の常識が通じない。
「遠くの相手と話をする宝貝は、昔に結構作ったからな。だいたい、四千年前から三千年前の間で二百年間ぐらい頑張った覚えがある」
あまりにも大雑把すぎる発言だった。
確かに一万年も生きているのだから、千年間のうち二百年なんてぶれて当然だろう。
よく考えれば、山水も剣術に限れば五百年で極めているのだから、その二十倍もの間宝貝づくりをしている大天狗は頭がおかしい。
色々な意味で、彼の脳内が気になる。記憶とかどうなっているのだろうか、人間の記憶力に限界はないのだろうか。
「それに、今の弟子が色々と凝っていてな。新しい宝貝も開発しているんだぞ」
一人でインフレし続けたスイボクも大概だが、この大天狗も一人で頑張りすぎである。
多分彼が一万年の間に開発した技術を公開したら、それこそ一万年文明が進むだろう。
一万年文明が進んだらどうなるのだろうか、新石器時代から二十一世紀ぐらいだろうか。
そう考えると、この男は新石器時代からずっと一人で宝貝を作り続けてきたということに。具体的に考えなくても頭がおかしいが、具体的に考えると更に頭がおかしい。
失われた(失われていない)超古代文明(現在進行形で発展中)の継承者(本人)である。
「エリクサーの主ということは俺の後輩も同然、遠慮なくもっていけ」
「……どうも」
ようやく、右京は祭我の気持ちが分かっていた。
祭我は先代エッケザックスの所有者であるスイボクへ、絶対にかなわないとあきらめていた。
右京も同様に、初代所有者へ張り合う気が失せていた。もちろん、その場の全員の共通認識である。
「大天狗~~」
そんなことを考えていると、青年程度の見た目をしている天狗が護衛と共に荷物を抱えて現れた。
もちろん、誰も見た目通りの年齢だと思っていない。
「おお、来たか。どうだ、見つかったか?」
「はいはい、見つかりましたよ。三千五百年前ぐらいの倉庫に置いてありました」
「ああ、それぐらいの時期か」
三千五百年前の宝貝がしまわれている倉庫。遺跡ではなく現役の倉庫というのがポイントである。
「こいつは俺の直弟子で、ナウオンという」
「はい、大天狗の弟子であるナウオンです。よろしくお願いしますね、俗人の貴人様」
紹介された若い(当社比)天狗は、挨拶もそこそこに地面へ宝貝を並べ始めた。
地面に置くなんて汚い、とは思っていない。
「大天狗のものだけではなく、私のも持ってきました!」
「おおそうか、お前も頑張ったからなあ」
「ええ、俗人へ売れるなんて夢みたいです!」
その無邪気な天狗を見て、ステンドは何かを察していた。
「……ディスイヤの美術館にいる学芸員と同じ類のようだ」
嫌な予感がしていた。
趣味を仕事にしている、オタク的な人種だと思ったらしい。
多分長い話を聞かされるのだろうと、身構えてしまっていた。
「まあ、沢山あるんですね」
「ええ、沢山あるんです!」
「へえ~~、これが電話なのかあ」
「デンワがなんなのかは存じませんが、全部自信作です!」
なお、カプトの二人は地面へ並べられた宝貝に興味深々である。
正蔵は携帯電話の機種がたくさんあるぐらいの認識だったが、右京やステンドは違うだろうなと察していた。
多分十数個ある宝貝の内、ほとんどは今回の趣旨とは無関係であろう。
「これは山彦の石と言いまして、山彦の術を再現したものです」
そう言って、握りこぶしほどの石をいじり始めた。
宝貝だけに、人工物らしさは余りない。多分河原に投げたら、仙人以外は見分けがつかないだろう。
「こうして……」
【聞こえますか】
その場の全員の耳へ、ささやくような声が聞こえた。
なるほど、確かに通話系の道具である。
「山彦の術は、仙人が使うと気配を察知できる範囲内で、特定の人に言葉を送ることができるんです。ですがこれでは、周囲の人全員へ囁くように言葉を送ってしまうんです」
それはそれで便利そうである。
しかし、右京が求めている道具ではあるまい。
「デパートの館内放送みたいだねえ」
「ああ、そういう使い方が出来そうだな」
正蔵の言葉を右京は肯定していた。
範囲次第だが、そういう使い方ができるだろう。
「だが、これは通話、お互いに声を届け合えないんだろう?」
「はい、これは一方から語るだけです。相手もこれを持っていれば、一応話はできますが……」
「それは欲しいのとは違うな」
スピーカーで話し合うようなものだ。それは通話ではなく、騒音に近い。
多分、周囲の人は迷惑だろう。
「他にこういうのもあります。盗声石と言いまして、周囲の音をすって出すことができるのです」
「まあ、凄いですね……どう使うんですか?」
パレットに質問されると、ナウオンはその石を操作した。
とはいっても、俗人にはさっきの石とどう違うのかわからないのだが。
『まあ、凄いですね……どう使うんですか?』
「……私の声が、その石から!」
盗声石というので、盗聴器の類かと思っていた右京と正蔵。
しかし、実際に使ってもらうと明らかに違っていた。
広義では盗聴も可能だろうが、これはどちらかというと……。
「録音だね、コレ」
「もしくは蓄音機だな」
この石に声を封じて、遠くの人に贈る。
そうすれば、ある意味声を遠くへ届けることができるだろう。
もちろん、右京が求めていたものとは違う。
「これはこれで便利だとは思うが……駄目か?」
「俺も凄いとは思うが、これなら手紙でいいだろう?」
「……そうだな」
夫に比べて、ステンドは感心している。
石から声が聞こえてくるというだけで、彼女としては驚きのようだった。
とはいえ、確かに使い道がないことに気づく。売り物にはなりそうだが、有用性は低そうだ。
「そして、これは雷石です。私が作りました」
ずいぶん趣の異なる名前の石が出てきた。製作者が違うので当然かもしれないが、なにやら物騒な名前である。
「……一応聞かせていただきますが、それはもしや天動法の再現ですか?」
「そんな高度な術、私は再現できませんよ。そもそも今回の趣旨に反するじゃないですか」
フウケイとスイボクの頂上決戦を見たパレットが警戒するのは当然だが、ナウオンは笑って否定していた。とはいえ、仙人や天狗が『かみなり』とか言い出したら、比喩や冗談には聞こえない。
だが確かに、今は天動術などお呼びではあるまい。
「これは発勁の応用でして……」
あ
その場の全員が耳を抑えていた。
とんでもない爆音が、周囲に前触れなく響いたからである。
まさに雷鳴の如き音量だった。
「こうして、声を大きく出来るのです」
耳を抑えつつ、自慢げなナウオン。
それをみて、自分も鼻高々なセル。
なお、周囲の全員は尊敬のまなざしを失っていた。
むしろ、憤慨している。
「趣旨から遠ざかっていると思うのですが……」
「先に言ってよ……」
パレットも正蔵も、くらくらしながら苦情を口にした。
特に正蔵は、昔の自分を思い出して沈んでいる。
やっぱり予告なしで変なことをされると、精神的にもつらいものがある。
「そもそも、なぜ実際につかう……声を大きく出来ると言えばいいだろうに……」
ステンドの苦情も尤もだろう。
機能は単純なのだから、口で言えばいいだけである。
そもそも、声を大きくするにしても限度がある。
使っている本人も耳が痛くなるのは、能力が過剰すぎるのではないだろうか。
「そして、それらを合わせて開発したのがこの宝貝です!」
小さい銅鐸のような宝貝がナウオンの掌に乗っていた。
「これは私の自信作でして、騒鐘というんですよ!」
※
全員、その場に倒れていた。
ロイドが使用し、山水へダメージを負わせた宝貝。
その製作者は、なんの必要性もなく使用して全員を巻き込んでいた。
「ただの兵器じゃねえか……」
右京の言葉を、いったい誰が否定できただろう。
そもそも、全員聴覚が麻痺している。
平衡感覚を失っており、はいつくばってしまっていた。
それでも自慢げな顔をしているあたり、セルもナウオンも頭がおかしかった。
攻撃的な意志は一切なく、ひたすら自慢したいだけだった。
悪意はないのであるし、悪気もないのだ。
でも、罰は必要と思われる。
※
「ということで、これが兄弟石です。これは相互に声を伝えあえるんですよ。大天狗が製作された宝貝です」
「最初からそれを出せ」
煮えたぎる怒りを込めて、ナウオンの頭を雷石で思いっきり叩く。
もちろん、誰も止めていない。
「ふっふっふ……どうだ、俺は三千五百年前から凄いんだぞ」
「最初からこれを出せ」
自慢げなセル。
その頭を騒鐘で叩くことを、いったい誰が(略)。
「ただ、いくつか問題があってだな」
「お前の頭が問題だ!」
「いだっ! いや、解決すべき問題があるんだ。聞け」
「お前が俺の話を聞け! というかそもそも、もっと別のことを先に話せ! そもそも危険なことをするな!」
怒る右京。
復讐の妖刀を操る者として、報復せねばならないのだ。
その意志を止めることは誰にもできない。
「実際に使わねば、効果が分からないだろう」
「別に分かりたくねえよ! わかる必要がどこにあるんだよ! 聞いてねえだろうが! そもそも通話と何の関係もないだろ!」
大天狗は世界最高の権威を持つ長命者であり、それこそスイボクやその師匠であるカチョウさえも下に置く男である。
その彼を殴った場合、スイボクが動く可能性を秘めていた。
まあ、それは杞憂であろう。多分この場にいても『大天狗が悪いでしょう、殴られても仕方がないのでは?』と言うに違いない。
自分のことを、棚に上げて。
「そもそも誰が電話の歴史を聞きたいって言ったんだよ! これが無いならまあ、欲しい機能があるのかないのか確認する必要があるだろうけども! 完成品を作ったことがあるってことは、俺の作って欲しいものが分かってたってことだろうが!」
「まあそういうな、こういうときでもないと自慢ができないからなあ」
「営業ってもんを考えろ! 商売舐めてるのか! 商品で客をケガさせるどころか、攻撃してどうする!」
自分の頭から流れる血を舐めるセル。
生きる意志が強いので、悪いとは思っているが自罰する気はないぞ。
「何事も体験が一番だぞ」
「ダインスレイフを体験させてやろうか!」
「もう体験しているぞ、アレを最初に使っていた女も短気でなあ……まあとにかく、お前は遠い場所の相手とも通話したいんだろ?」
懐かしいなあ、と一万年前を懐かしむ男。
「生きる意志が満ちている奴ってむかつくなあ……ちっとも応えてないぞ」
「とにかく、原理から言って遠く過ぎる相手とは通話できない」
おそらく、十数分前にしていれば尊敬の目で見られたであろう、知識や技術を語っていく。
「基本的に、この宝貝も山彦の術の応用だからな。他の仙術同様に、気配を感じられる範囲の外には効果が及ばない。エッケザックスを手にしたスイボクならともかく、遠すぎる相手には通じないぞ」
「どうにかできるのか?」
「もちろんだ、俺は大天狗だぞ。準備さえ整えば、どうとでもなる。具体的には、途中に宝貝を設置して、伝えていけばいいのだ。その宝貝を一個作れば、ウンガイキョウで増やせるから問題ないだろう」
「中継局か……なるほど、電波と同じだな。で、どれぐらいかかる?」
「専念するなら、材料さえそろえば三日で作れるだろう。ただ、確認するが兄弟石は一対でいいのか? ウンガイキョウで増やした場合、全部に話が通るぞ」
出血している自分の頭に、宝貝の包帯を巻き始めたセル。
その話の内容は、右京にはよくわかる。
なるほど、ウンガイキョウは完全にコピーしてしまうので、この場合は不適当なのだろう。
一対の兄弟石をA,Bとして、Bを百個にしたとする。
Aから発信された声は、B全部へ伝わってしまう。更に、百個あるB全部の声がA一つに注ぐのだ。
それはそれで使い道がありそうだが、大変そうである。
「携帯電話というか、無線機だな……いや、それでもありがたいが……」
「混ざらないように調整した兄弟石は作れるが、そっちも作るとなるとそこそこ時間がかかるぞ。それに、石がとんでもない量になるが」
「そっちもどうにかできるのか?」
「新しく作ればなんとかなるな。ただ構想を練るところから始めないといけないからな、七日はかかると思え」
「……そんなんでいいのか?!」
「原理は簡単だからな、双右腕に比べれば玩具みたいなもんだ。さっきの無礼も合わせて、謝罪と思え」
それを聞いて、右京は自慢げな顔を殴っていた。
「謝るなら最初からするな」
正蔵もパレットもステンドも、自由過ぎる初代エリクサー所持者に突っ込む気力が無かった。
なので、もう力尽きている。よって、右京を止める者はどこにもいなかった。