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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
新世界への変化
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応援

「オセオからの宣戦布告か……どうする?」

「無視しましょう、我らには関係ありません」

「そうだな。この国はオセオから遠く離れているし、アルカナやドミノを越えなければたどり着けない」

「そのとおり、アルカナやドミノと不戦協定を結んでいる以上、この国は安全です」


「も、申し上げます! 辺境の牧場に竜が飛来し、家畜を全部食べてしまったそうです!」

「申し上げます! 別の日に、別の牧場でも家畜が竜に食われました!」

「申し上げます! 更に別の日に、都市へ空を飛ぶ船を持った竜が現れ、その中へ食料を詰め込むように脅してきたそうです! その要求に従い、食糧庫を空にしてしまったと報告が!」


 アルカナは竜を無視していた。

 竜はアルカナを無視していた。

 それはアルカナ周辺の制空権を、竜が独占していたことを意味している。

 竜はどこにでも現れるし、竜は何もかもを奪っていく。

 それは、オセオから離れた国も変わらなかった。


「竜曰く……『アルカナとの協定により、アルカナとアルカナへ服従しているドミノへは攻撃しない。しかし、この国はアルカナへ服従していないので、略奪の限りを楽しませてもらう』とのことで……」


 オセオから離れていても、諸国の命運は決まっていた。

 竜から奪われるか、アルカナへ服従するか。

 超大国同士の不戦協定は、諸国の落日を意味している。

 そして、それはもう覆せない。それを誰もが気付き始めて、しかし信じたくなかった。



 空飛ぶ輸送船を作って欲しい。

 右京から頼まれたセルは、大喜びで山水やスイボクが修業した森へ向かった。

 なにせありとあらゆる存在から化け物呼ばわりされているスイボクの、その仙気を千五百年もの間吸い続けた木石だけがある森である。

 もしかしたら森を全部改造してしまうのではないか、という懸念を抱きつつも大天狗を森にはなった右京。

 その彼と一緒に森の外で待つのは、ステンドとパレット、そして正蔵である。

 もちろん、その護衛として親衛隊と聖騎士もついている。なお、神宝たちはここにいない。ノアやダヌアはフル回転で食料を供給しているし、他の神宝はドミノで仕事をしていた。


「スイボクさん、相変わらず無茶苦茶だねえ」

「ああ、まったくだ」


 二人が想うのは、死んだときに出会った神のことだった。

 あの神とまた会うことになるとは思っていなかった。

 というか、スイボクがあそこまで無茶苦茶だとは思っていなかった。

 もうちょっとこう、自分たちと同じ盤面の存在だと思っていた。

 違った。


「バグキャラだよねえ」

「バグってたなあ」


 アレは確かに枠を逸脱している。

 昔迷惑をかけた相手へ謝罪しに行って、その相手を引きずって連れてくるとか、まさに荒ぶる神である。


「まあそれはそれとして、旧世界の怪物(ひと)たちは大変だったんだねえ」

「ああ、まさか神が旧世界を滅ぼしていたとはな」


 右京としては、旧世界の怪物が訪れたのは移民が濃厚だと思っていた。

 とはいえ、それは旧世界の怪物全体ではなく、旧世界の怪物たちの中で抗争でも起こって、負けた側が逃げてきたのだと考えていた。

 まさか、この世界へ逃れてきた怪物たちが、残存しているすべての生命だとは思っていなかった。

 なるほど、必死になるわけである。


「とはいえ……俺は少し、神が好きになったよ」

「へえ、なんで?」

「伝言で済ませようと思ったのはどうかと思ったが……許したのは偉いと思ったよ」

「そう? 俺は何も悪くない子孫が、顔も知らない先祖の悪口のせいで大変になるのはどうかと思ったけどねえ」


 神に祝福された二人の会話を、その保証人である二人の女性は聞いていた。

 神が降臨した、あるいは引きずりおろされた、その事実を知った上で。

 二人の話を聞いていたのだ。


「悪いのはその先祖様なんだから、その竜たちをひどい目に合わせればよかったのにねえ」

「それが神宝なんだろ?」

「あ、そうか……」

「無敵で最強の竜を討つための道具。人間的に言えば、カブトムシが人間を殺す銃をもらったようなもんさ。そりゃあ屈辱的だっただろうよ」


 おまけに、そのカブトムシに勝ったと喜んでいたら、自分たちの世界はどんどん荒れていくしカブトムシは新天地で天敵もなくぬくぬくしているという。

 なるほど、腹立たしいだろう。


「……よくラスボス系の創造主ってのは、自分で作った人間や動物を失敗作扱いして、全部滅ぼして新しく作り直すとかいうじゃねえか」

「あ~~そうだねえ」

「あの神は、自分の愛が要らないと言った怪物のことは無視しても、製造物が製造物らしく振舞うことは許しているじゃねえか」


 自分が作った生物が、その行動原理に対して忠実に動いている。

 死ぬことを避けるために、最善を尽くしている。

 それを、神は肯定していた。

 右京は、それを少しうれしく思っていた。


「仙人と神は価値観が近いんだな。人間が人間の国を侵略して土地を奪ったり奴隷にすることを許すように、怪物が人間の土地を奪って生活することも許す。なんとも公平なことだ」

「奪われた人は可哀そうだけどね」

「それは仕方ないだろう。それこそ、犬猫でもやっていることだ」


 人間に滅ぼされるために怪物を生み出したわけではない、と神は明言していた。

 神宝は怪物と戦うために作られた道具ではあるが、生物とは別なのだということだろう。

 牛刀は牛を解体する道具だが、牛は牛刀に解体されるために生まれてくるのではない。


 まあそもそも、神宝を与えられても、人間は怪物に負けて逃げ出しているわけで。

 神がもっと依怙贔屓をしているのなら、怪物たちは人間を追放できなかっただろう。


「もともと腹立たしい話だったからな。いくら八種神宝を独占しているからって、人類代表を押し付けられて全人類に奉仕するなんてな」


 もちろん、旧世界の怪物と戦うための道具を掌中に収めて自慢しておいて、いざ旧世界の怪物が来たときに逃げ出すのは筋が通らない。

 しかし、だとしても。

 マジャンの様に遠く離れた国ならまだしも、近隣の諸国が対岸の火事を気取るのは許せない。

 労せずに、人間だからというだけで自由を味わうのは許しがたい。


「人類の代表を俺たちに押し付けるのなら、その分『応援(のうぜい)』するのが筋ってもんだ」

「……そうかもねえ」


 正蔵は少し考えた後に、それを肯定していた。


「俺たちがアルカナの為に、アルカナを代表して戦うのも、アルカナの人にお給料をもらっているからだもんねえ」

「その通りだ。俺もアルカナやドミノの為に頑張るのは、俺を信じて納税している、国民たちのためだからな」


 チートもインチキも、大成功も一発逆転もなく。

 ただひたすら、汚い、きつい、つらい。面白くも楽しくもない。

 スローライフでも、隠遁生活でもない。

 普通に働いて、少ない実りの中から更に税を納めている国民。

 その彼らの為に、切り札たちは戦っている。

 いや、アルカナの兵士の全てが、そのはずだ。


「俺たちに金払ってない奴が、俺たちの戦いのおかげで儲けた気になるのは、面白くねえさ」

「……そうだね」


 正蔵は、ちらりとパレットを見た。

 その上で、右京に話をふる。


「ねえ右京、今回の戦争はどうしても必要だったのかな?」

「ああ、必要だった。旧世界の連中は、絶対に俺たちとどこかで戦わないといけなかった」


 即答だった。

 右京は、迷いなく答えていた。


「パンドラの機能がある以上、奴らは絶対に俺たちを叩いていた。自覚があったんだろうな、この世界にとって自分たちが「災い」だと」

「……災いを引き寄せる力か」

「そうだ。この世界に現れる外部からの災いは、必ずパンドラに吸い寄せられるからな」

「嫌な機能だよね」

「必要な機能だ、この「世界」のためにはな」


 旧世界の怪物は、エリクサーやパンドラの機能を知っていた。

 知っていたので、それを可能な限りコントロールしようとした。

 偶然パンドラと出くわすことを避けるために、意図してパンドラを狙った。

 偶然主力部隊をエリクサーに吸われないために、意図して主力部隊をエリクサーにぶつけた。

 知っているが故の、必要な選択だった。


「なあ正蔵、お前は日本が異世界に出現する系の小説を読んだことあるか?」

「なにそれ」

「知らないか……。そこそこ数があるんだが、日本が土地ごと異世界へ転移しちまうんだ。で、その先で現地の勢力と戦争する」

「……戦争するの?」

「普通はな」


 そういうジャンルの小説がある、その程度の話だった。


「作者がそういう話を書きたいからであり、読者がそういう話を読みたいから、そうなるんだ」

「へえ」

「ただまあ、小説のご都合主義を抜きにしてもそうなるんだよ。だってお前、俺たちの故郷って人口一億人ぐらいだぜ?」


 この世界に、ぽんと日本が出現する。

 一切悪意なく、侵略の意図もなかったとする。

 それでも、戦争は不可避だろう。


「一億人が、飲み食いするんだぜ? 石油がどうちゃら電気がどうちゃら以前に、いきなり一億人が飯食って水を飲むんだぜ? そりゃあ戦争になるだろうよ」


 もちろん、少々誇張は入っている。遠い海のど真ん中などなら、よほどのことが無いと接触できないに違いない。

 しかし、近隣に出現すれば全面戦争はともかく、衝突は避けられないだろう。

 日本の一億人が、ただ生きていく。それはこの星に生きる者には害悪でしかない。


「旧世界の怪物たちだって、こっちに来たのが一人二人なら戦争なんてしなくていいさ。それこそ適当な山で暮らすなりすればいい。人間に見つかったんなら逃げればいいし、殺したって人間社会にゃあ影響はない。十人だって、二十人だって似たようなもんだ。もしかしたら、どっかの村や集落で受け入れてもらえるかもしれないしな」


 正蔵と右京を背後から見る二人の女性は共感している。

 確かに、超絶した力を与えられている二人、あるいは六人の日本人。

 しかし、それでもたった六人でしかない。

 最強でも、六人分しか飲み食いをしないのだ。

 仮に一般的な人間だったとしても、近隣に一億も現れれば影響は避けられないだろう。


「だが、連中は何十万か、百万か。それだけの知的生物が、いきなり現れてみろ。双方に善意しかなくても、食料や居住区の奪い合いになる。絶対にそうなる」


 独裁官として経験のある右京は、何も知らない正蔵に断言していた。


「まして、連中には時間的余裕が無かった。仮に、この星にまだ人間が手を付けていない領域があったとしても、一から開拓するには時間がかかりすぎる。なによりも、百万が暮らす土地をゼロから見つけるのは、割り振るのは、絶対に無理だ」


 乾燥した砂漠に種を植えて水を撒いても、絶対に作物は育たない。

 そもそも、水が手に入らない。種だって、そうたくさんあるとは限らない。


 大海原で釣り糸を垂らしても、大きな網を投げても、漁ができるとは限らない。

 むしろ、海があるとは言っても漁ができる領域は、極めて狭い。


 土地というのは、あればそれだけで実りを約束するわけではない。

 油田や鉱物資源が埋まっていることなどを抜きにしても、価値のない土地と価値のある土地は明確に別れている。


 もちろん、農業に適さない土地を改良することはできるが、それには膨大な時間と労力が必要だった。

 泥棒を見て縄を綯うどころではない、食糧危機になってから開墾をしても遅いのである。


「土地も食料も『持っている奴』から分捕るしかないんだよ。良いとか悪いとかじゃなくて、他に手が無いんだよ。百万もの命を守るってのは、そういうことなんだ」


 もしかしたら、奇跡のように素晴らしい立地が多数あるかもしれない。

 もしかしたら、人数分の楽園が残っているかもしれない。

 しかし、それはどの程度の確率だろうか。

 それが見つかるまでに、どれだけの時間が必要だろうか。

 百万の命が、それに耐えられるだろうか。

 先住民が暮らしていたとしても、その先住民と『みんな』を秤にかければ、どちらが重いかなど考えるまでもない。


「俺も、そうしたさ」

「そうだったね」


 かつて、アルカナを襲ったもの。

 かつて、ドミノを焼いたもの。

 二人は、昔を懐かしんだ。


「それを、悪とされちゃあたまらないさ。それを、悪だから負けて当然とされちゃあ、たまらないさ」


 この世界は、そうできている。

 そんな世界で、みんなが生きている。

 その世界の創造主が、侵略や略奪を悪とするのはやるせない。


「……だから、まあ。連中の怒りもわかる」

「なんのこと?」

「裏切者についてだよ」


 旧世界の怪物たちは、己の役割りを果たしていた。

 人面樹なる生物の『肉体』を素材として、船と成してこの世界へやってきた。

 その犠牲を無駄にしないために、全員が全体の為に動いていた。


 しかし、戦場に逃亡者はつきものだ。

 百万の命は見逃されないとしても、数十人なら見逃されることもあるだろう。

 それに期待して、戦線放棄した裏切者が旧世界の怪物の中にもいたらしい。


「ああ、逃げたっていう?」

「そうだ、見つけ次第引き渡して欲しいらしい。気持ちはよくわかるさ、竜がみんなの為に命を捨てて勝ち取った生存なのに、逃げ出した奴までこの世界で生きることが許されるわけがない」


 その逃亡兵たちは、家族と一緒に散り散りに逃げたらしい。

 その彼らは、まさに今追われているらしい。


「義務を果たしていない奴が、自分さえよければそれでいいなんて奴が、旧世界の連中は許せないんだろうさ」

「……そっか」

「もちろん、俺もな」


 戦争は終わったが、戦争からの復興は始まったばかり。

 それは、逃亡兵の始末も含められている。

 パレットもステンドも、それを担うであろう男の背中を見つめることしかできなかった。

魔力

得意種族 人間


消費することで、何もない場所に『なにか』を生み出すことができる力。

『火、水、土、風』を基本とし、『熱、氷、鉄、雷』を上位とする。

人間が宿しやすい『気血』であり、得意とする『魔法』。

他の種族の場合、魔力を宿すものは希少。

仮に宿していても、種族ごとに水しか使えなかったり、風しか使えなかったりする。

特に上位属性は、人間しか習得できない。これは気血の量とは完全に無関係である。


人間は魔法が得意なので、新世界でも習得法が普及している地域では猛威を振るっている。

しかしそれは人間が習得できる他の『魔法』と比べてではなく、実際には他のあらゆる種族の『得意魔法』と比べても図抜けて強い。

特に熱と雷は、完全に防ぐ術が犀の剛精ぐらいしかない。

殺傷能力や攻撃範囲などが極めて高性能で、集団での運用が特に強い。

それを得意とするため、人間は旧世界では竜に次ぐ強さを持っていた。


エッケザックスが『迅鉄道が一番強い』と言っていたのは、一対一の話である。

魔法は防御が苦手なので、そちらも得意な迅鉄道のほうが決闘では優位。

(長期戦では巫女道ないし蟠桃の支援を必要とするので、一対一とは言い難い)


なお、熱や雷なら成体の竜の鱗も貫けるが、飛行時の高度や速度の関係上当てるのはまず無理。当てることが出来ても、竜は体が大きいので痛いだけ。

近距離から眼球などに命中させない限り致命傷にならない。

正蔵はバカみたいな魔力を宿しているので、参考にはならない。

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