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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
新世界への変化
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 国家百年の計という言葉がある。それはそれで正しい。

 国家戦略では、中長期的な指針が必要であろう。

 とはいえ、短期的な指針というのも同様に重要である。


『オセオがあのアルカナと引き分けた?! この国と大して変わらないのに?! お前ら、大急ぎで貢物を準備するんだ!』


『アルカナとオセオが引き分けた?! 不味い、アルカナを占領できなかったオセオはこっちを狙うぞ! 海岸がある国の中で、一番近いのはウチだ! 今すぐ国民へ避難するように言うんだ! ディスイヤへ逃げるぞ!』


『アルカナが疲弊した?! 不味い、とちくるって周辺へ攻め込んで、帳尻を合わせるかもしれん! 救援を受けろ! 媚を売るんだ! ウチ以外の国を襲うように仕向けろ! わざわざ媚を売った国を襲うことはないだろう!』


 とまあ、割と普通に思いつく危機感に身をゆだねた国々は、迅速な対処をしていた。

 実際のところ、二つの超大国が激突して互いに消耗したのだから、周辺諸国は自分が狙われることを恐れて当然だろう。


 竜を筆頭とする旧世界の怪物に挑もうなど、毛ほども考えていない。

 なにせ八種神宝を独占しているうえに、それ以前から最強の国とされていたアルカナが、一日で滅亡寸前まで追い込まれていたのだ。

 そんな戦力を見て、無駄な抵抗をすることほど無茶なことはない。オセオに唯一対抗できるアルカナやドミノへ逃走するか、服従するか、あるいはオセオへ媚を売っていた。


 とはいえ、その無駄な抵抗を恐れていたのは旧世界の面々も同様である。

 なにせ竜以外は一応人間でも殺せるのだ。魔力を宿す人間が本気でゲリラ戦を仕掛けてくれば、安心して定住などできない。

 まさか、竜に定住してもらうわけにもいかない。さすがにそれは畏れ多いし、そもそも現在そんなに数がいない。

 アルカナを相手に奮戦したことで、その脅威を思い知った諸国は旧世界の思惑通りに戦闘を放棄していた。


 そうして余裕を得た旧世界の怪物たちは、この世界の人間たちから奪い取った街を自分たちにとって都合よくつくりかえながら、ゆっくりとこの世界を開拓していった。

 旧世界で埋もれていった先祖たち、彼らが望んだ光景がそこにあった。


 その一方で、オセオも盛況だった。

 なにせコテンパンにやられたアルカナへ、一泡も二泡も吹かせたあげく、引き分けに持ち込んだのである。

 その上、周辺諸国から略奪された物資が納められ、国民の暮らしは格段に良くなっていた。


 それというのもアルカナへ攻め込んだオセオ兵が、旧世界の怪物と良き戦友として戦い抜いたからに他ならない。

 利害の一致ということで戦列を並べた怪物と人間だが、死線を潜り抜けることで関係が良好になっていたのだろう。

 もちろん、適度な距離感、というものがよく働いていたともいえる。

 オセオに残っている旧世界の怪物はごく少数で、ほとんどの怪物たちは自分たちに割り振られた開拓地に移り住みつつあったのだから。


 民族の数だけ、民族に適した土地を、有り余るほど提供する。

 それがオセオや竜が描いた『みんな』が幸せになる計画だった。


 それを実現させるためには、当然交渉相手であるアルカナにも旨味が必要だった。

 そういう意味では、竜の無敵さを活かした計画は、半分しか達成できていないと言えるだろう。



「……たしかに呪われていますね」


 改めてアルカナ王国である。

 既にオセオと和平を結んだこの国は、復興に向けて体勢を整えつつあった。

 その中で、決戦とはなんの関係もないところでぼろぼろになって、ぼろぼろのまま獅子奮迅の働きを見せたソペードの切り札山水の治療が行われていた。


「ですが、切創から呪いというのは初めて見ました」


 といっても、失った片腕は人参果実によって元通りである。

 問題は体中に負った石化だった。呪術による石化は、法術でも仙術でも治療が不可能であった。

 よって、専門家である呪術師が王都に呼ばれていた。

 ツガー・セイブの兄である、ドウブ・セイブである。

 彼は半裸になった山水の体を、無表情なまま観察していた。


「いったい何があったのか、教えていただけないでしょうか」


 そんな診察を見ているのは、ブロワ、ファン、レイン。ドゥーウェ、その兄と父、そしてトオンだった。

 山水が斬られて傷を負っているという事実を、改めて目の当たりにしても信じられなかった。


「……他言無用でお願いします」

「承知しました」

「具体的には、大天狗殿には教えないでください」


 右腕を切り落とされたことに関しては、迅鉄道の使い手ロイドとやらが関わっているらしい。

 というか、ロイドと立ち会って、切り落とされたらしい。

 それだって信じられないのだが、あろうことか真っ当な剣士と立ち会って体中を斬られたらしい。


 いったい何があったのか。

 ソペードの面々は山水の言葉を待っていた。


「宝貝はご存知ですか? 仙術や無属性魔法を再現できる道具なのですが」

「実物を拝見したことはありませんが、話には聞いたことがあります」

「その宝貝の中に、仙人骨と呼ばれる禁忌の宝貝があります。これは術を修めた仙人の骨を加工して、その仙人の得意とした術を再現するものです」


 その頂点こそ、双右腕なのであろう。

 ソペードの面々は既に聞いていたので、その点には特に思うところはなかった。


「それを元にしてゴクという邪仙が独自に編み出した禁忌の術が、俗人骨というものでした。それは宝貝でありながら、他の術を再現する宝貝だったのです」


 仙人骨に対して、俗人骨という響き。

 加えて、他の術を再現できるようになる宝貝。

 それを聞いて、その場の面々は眉をひそめていた。

 レインはよくわかっていないようだが、その隣にいるブロワは聞かせるべきではないかとも思っていた。


「それは、ランのような血統の開祖の遺骨を材料にした、まさに禁忌の代物でした」

「なるほど。我がセイブ家の開祖同様に、極めて強い呪力を宿している方の墓を暴いたと」

「ええ、それの宝貝によって、私は斬られた部位が石化するようになっていたのです」


 そう言いながら傷を触る山水をみて、ドウブ以外の面々はややおののいていた。

 忌々しいはずの石化を、愛おしむように撫でていたのだから。


「石化に関しては、それが原因ですね」

「そうでしたか……教えていただいてありがとうございます」


 とはいえ、男性陣はそれに理解を示していた。

 なにせ山水は五百年の鍛錬によって、剣術の技量だけならスイボクに達している。

 それだけに剣術で競り合える相手は、本当に希少なのだろう。

 その相手が刻んだ傷を撫でる気持ちも、武人として理解できるところだ。

 もちろん、女性陣はまったく理解できない。


「申し上げにくいのですが、呪術は本来不可逆です。術が半端ならあるいは、と思いましたが……」

「そうですか」


 呪術の専門家が無理と言っているのだ。

 それはそれで仕方がないと、山水は受け入れながら服を着始めた。


「しかし、それは人間の理屈です。恥ずかしながら、何も知らない私が言えることではありませんが」


 その山水や、他の面々は可能性を提案していた。


「旧世界の怪物は、魔力以外に関しては人間以上に優れていると聞いています。その中には、呪術を人間以上に使える者もいるのではないでしょうか?」


 なるほど、確かに可能性はある。


「そう言えば、私の石化に関して大天狗や八種神宝には相談していませんでした……」


 本来なら旧世界まで行かなければ会えなかった怪物であるが、今は幸いここに来てくれている。

 和平を達成した今なら、そこまで非現実的ではないだろう。


「なるほど、わかった。よく来てくれたな、セイブの呪術師よ」

「いえ、お力になれず申し訳ありませんでした」


 当主からの労いに対して、ドウブは謝罪を返した。

 その上で、部屋から出ていく。なんとも静かな対応だった。


「……それで、その剣士はどれほどでしたか」


 トオンは我慢ができないように、己の師へ尋ねていた。

 なにせ、自分は影降しによる奥義をもってしても、仙術を使わせることさえできなかった。

 その師が、手傷を負っての辛勝である。興味を抱くな、という方が無理であろう。

 

「ガリュウという返景流剣術、気功剣や発勁の使い手でした。賢人の水銀によって若返り、剣術と身体能力を両立させた強敵でした……」


 普通なら『なんと邪道な』という感じで、その達人に対して思うところがあるだろう。

 しかし他でもない山水自身が、ガリュウよりもはるかに長く生きていることは確実なので、むしろ山水の方が圧倒的にズルい。

 むしろ、それぐらいで互角に持ち込めたガリュウの方がすごいだろう。

 改めて、その場の面々は仙人の無茶さに呆れていた。

 四千年生きているスイボクとか、一万年以上生きているセルを知って色々と麻痺していたが、五百年生きている山水も大概である。


「俗人骨で四器拳を再現し、あり得ざることに何でも切れる剣を。それだけではなく神降しを再現し、身体能力を底上げしていました。本人の技量もあって、圧倒されてしまいました」


 神降しの再現、と聞いてトオンの気配が揺らいだ。

 しかし、それもすぐに収まる。

 微笑みながら、傍らの妻のそばに少し寄っていた。


「大天狗から双右腕を授かっても苦戦は免れませんでした。奇策を使わねば、私が負けていたでしょう」

「なるほどな……そこまでされれば、お前でも厳しいか」


 歴戦の達人が賢人の水銀で若返り、山水と同等の技量と身体能力を得る。

 その上で玉血の剣と獣化の強化、そして呪術の石化が加われば確かに負けても不思議ではない。

 その場の誰もが、納得せざるを得なかった。


「しかし、改めて宝貝専門の仙人は凄まじいな。スイボク殿は専門家ではないので、少々便利な道具が作れる程度だったが……」

「そうですね、父上。やはり長命の中で己の技を極めている仙人は、我らとは一線を画すのでしょう」


 制限から解放された神宝の強力さには目がくらみそうになるが、宝貝の専門家が作る道具にも通常ではありえない機能がある。

 もちろん、スイボクがそうであるように、ゴクもセルも一流の中の超一流なのだろうが。

 とはいえ、その頂点が店を開いてくれるのである。こちらへ負い目を感じているうちに、色々と作ってもらうべきであろう。


「それはそれとして、サンスイ」

「はっ!」


 冷ややかなドゥーウェは、不覚にも傷を負った山水をなじり始めた。

 それこそ、蔑みの目で見つめている。


「貴方には失望したわ」


 姿勢を正して、山水はそれを受け入れていた。

 それはもう、ごもっともである。言い方はともかく、なにも間違っていない。


「がっかりよ」


 そのあたり、サンスイもよくわかっているので、申し訳なさそうな顔をしていた。


「国難の事態にソペードだけ切り札が不在、そんな状況で私が楽しいとでも思う?」

「申し訳ありません」

「それはいいのよ? 貴方にとって尊敬すべき師のお供ですもの。私たちの許しを得た上のことだしねえ」


 そう言って、サンスイに歩み寄り、その体の石になった部分を撫でた。


「勝つのは当然として、罪人のように石だらけ。それでソペードの武威を示せるのかしら?」


 アルカナ王国近辺では、法術同様に呪術は広く知られている。

 それは懲罰を目的としたものであり、お世辞にも名誉あるものではない。

 今回は旧世界の怪物が敵ということで、そういう目で見られることはなかったが、それでも今後は厳しい目を向けられる可能性はあるだろう。


「面目ありません」

「ええ、文字通りね」


 その上で、あたたかい言葉が口から出る。


「一刻も早く、その無様な呪いを解きなさい。これは命令よ」

「……承知しました」


 貴方の家族の為にね。

 言外から読み取った山水、ブロワ、レインは彼女へ深く礼をしていた。

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